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魔王の守人  作者: 木賊苅
1部
18/33

6-2


 覚醒した煌は目を開けると同時、がばりと勢い良く上半身を起こした。きょろきょろと周囲を見回すが、そこは何ら変わりもない自室の寝室で、昨夜眠りに落ちた時と同じくベッドの上だった。



「夢…………?」



 小さく呟き、はぁ、と右手で目元を覆って深い溜息を吐く。なんというか、巨大な狼が出てきたりそれが喋ったり自分の心が真っ暗だったり、なんとも不思議な夢を見たものだ。

 軽く頭を振って残っている眠気を飛ばしてベッドから降りた。ふと窓の外を見ると、ザァザァと細い蜘蛛の糸のような雨が降っている。勢いは弱いため、しばらくしたら止むだろう。しかし生憎地面はぬかるんでいる。今日は休日で学校もないため、外に出て修行でもしようと思っていたのだが、残念である。

 雨は嫌いだ。湿気のせいかどうにも憂鬱な気分になるし、何より行動範囲がぐっと狭められる。

 少しがっかりしつつもそもそと室内着から私服に着替えると、とりあえず趣味で集めている武器類を収納している棚から一振りの剣を取り出し、腰に下げる。

 バトルトーナメント以来、煌は以前にも増して周囲に対して警戒するようになった。あの日まではルシアが傍にいたため帯刀していなかったのだが、現在彼は自分の傍にはいない。自分の身は、自分で守らなければならない。



「今は、いないんだ」



 腰の剣を握りしめ、ぽつりと呟いた煌の頭に、もう一つの声が響く。



 本当に今だけなのか。二度と、戻ってくることはないのではないか。



 はっ、と短く息を吐く。口元が自嘲で歪む。



「あいつがいなくたって、今まで通りになるだけじゃねぇか」



 そう、元の生活に戻るだけ。なのに、何故物足りなく感じるのだろう。

 もう一度頭を振る。とにかく、食堂に行こう。空腹だと、何も出来ない。空腹だからこそ、こうも後ろ向きな思考になるのだ。

 朝の早い時間帯だからか人の気配があまりない廊下や道を歩き、食堂に向かう。途中、医療棟に向かうアリアの後ろ姿を見かけたが、声をかけることなくその背が曲がり角に消えるまで見送った。彼女の守人もまた、自分のごたごたに巻き込まれた被害者といっても過言ではないだろう。彼はまだ、ベッドから出ることすらもままならない。

 そうして辿り着いた食堂。全学生が利用する食堂なのでかなりの広さがあるのだが、休日の早朝ということでまばらにしか利用者は見当たらない。

 適当なセットを頼み、欠伸を噛み殺しながら出来上がりを待つ。

 と、その時。



「やっぱり!煌君だ!!」



 前触れなく大声で名前を叫ばれた煌は、びくり、と驚きで肩を跳ね上げる。首を回すと、最近になって見慣れた姿が入口にいた。



「莉央。と、カークか」



 笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる莉央は、淡い水色のワンピースで身を包んでおり、いつもは下ろしている長い髪を今日は旋毛の辺りで紺と白のストライプのシュシュで一つにまとめていた。その後ろからは、普段と変わらぬカークが苦笑しながら付いて来ている。



「制服の時とは違うなぁ。さすが女子」

「煌君こそ、いつもより格好いいよ!」

「そりゃどうも」



 上から下までじろじろと興味深そうに煌に見られ、恥ずかしそうに頬を赤く染めた莉央は、意趣返しとばかりに返す。が、残念ながら笑顔で流された。

 ぷくっと頬を膨らませている莉央の頭を撫で、煌は彼女の斜め後ろに控えているカークに目をやった。



「王サマからは解放されたみたいだな」



 横目で見ながらそう言うと、カークはぎくりと体を震わせる。



「あ、あぁ。莉央放っとくわけにもいかんしな。ルシアに許可もろて、一旦戻ってきたんよ」



 ぎこちない笑みを浮かべて答えるカーク。嘘は言っていないが、何をしていたのかは言えない、といったところだろうか。そう判断し、あっそ、と特に興味もなさげに返した煌は出来上がった朝食のトレイを手に席に着く。

 しばらくして、同じくトレイを持った莉央が煌の前に座った。いただきます、と嬉しそうに手を合わせると、実に美味しそうに食べ始めた。

 食べながら莉央が煌に話しかける。それに煌が返す。また莉央が話しかける。と、同じことを何度か繰り返していると、突然莉央が小さく声を上げた。既に食べ終えていた煌がどうかしたのかと彼女に目を向ける。



「見て見て煌君、カーク!虹が出てる!」



 すごーい!綺麗!と一人はしゃいで巨大な出窓に駆け寄る莉央。二人とも早く!と急かされ煌も渋々腰を上げ、既に彼女の後ろで外を見ているカークに続く。

 そんな二人を見て、そろそろ潮時だろうかと頭の隅で考える。これ以上親しくなって、自分のせいで彼女たちに何か起こったら、それこそ耐えられない。

 何気なく外を見た。空を覆う分厚い雲の切れ間から一筋の光が地上に降り注ぎ、大きく綺麗な弧を描いた虹が発生している。



「―――“暗い雲の隙間から   一筋の光が舞い降りた

光は地面にぶつかり弾け   七色輝く虹となった”………………」



 ふと頭に浮かんだフレーズを、煌は小さな声で口ずさんだ。隣で目を輝かせ虹に見とれていた莉央は、きょとんとして彼女を見上げる。



「煌君、それなんて歌?」

「あ?あぁ、えー………と、」



 考え込み、首を横に振る。



「あー……知らねぇ。何か、あの虹見たら頭に浮かんだ。でも……………」



 この歌をよく聞いていて、自分も誰かに歌っていたような気がする。フレーズを口にした瞬間、妙に懐かしい気分になった。

 思案に暮れていると、突如今朝の夢を思い出した。

 自らを“雪華”と名乗った狼は、傍にいる、一人ではない、と何度も繰り返していた。そして、思い出せ、とも。もし、失ってしまった頃の記憶を取り戻すことが出来たなら、この掴み所のないないもやもやとしたものは消えるのだろうか。

 困惑したものから一変、険しい表情を浮かべ、じっと窓の外を睨み付けるように見つめている煌に、莉央はちらりとカークに目をやった。

 ここ数日の彼女は、話しかけてもこちらに気づかないほど鍛錬に集中しているか、考え事に没頭していたり、ぼぅっとしていたりすることが多い。そして我に返ってはあえて別のことに意識を向けたり、再び何かに没頭する。あきらかに様子がおかしかった。

 カークが頷き返したのを認めて、ねぇ煌君!と彼女の目の前に駆け寄り名を呼ぶ。



「雨上がったし、気分転換に一緒に隣町まで買い物行かない?」



 近くで発せられた弾んだ声に、煌はハッと我に返った。隣に視線を落とすと、にこにこと笑っている莉央が見上げてきている。



「…………まぁ、この様子じゃ鍛錬場使えねぇし、別にいいけど」

「じゃあ決まりね!準備が出来たら、玄関ホールに集合♪」

 煌が頷くと、莉央は嬉しそうに右の拳を頭上に突き上げる。

「…………了解」



 そんな彼女に、思わず小さく口元が緩め了承の意を返す。これを機に、彼女たちから少しずつ距離をおこう。あまりにも正面から全力で好意を向けてくるのでこうしてずるずると付き合い続けてしまったが、今ならまだ大丈夫。離れられる。理事とユーファ、時々炎鷲たち、彼らとだけ交流してきた時に戻れる。

 空になった皿を乗せたトレイを返却口に置き、莉央と並んで高等部の女子に割り当てられた寮へと歩き出した。その後ろをゆったりとカークがついていく。



「で?買い物って何買うんだ?」

「ふふっ、洋服買おうと思って。もう梅雨入りでしょ?そろそろ暑くなってくるし。それに、この時期になると美味しい屋台が出るって雑誌に載ってたの!雪みたいに砕いた氷の上にシロップをかけて、果物がいっぱい乗ってるんだって!他にもたくさんあるってあったし、屋台巡りしてみてもいいよねっ!冬には焼き木の実とか蒸し饅が出るんでしょ?楽しみだなぁ」

「あぁ……氷のは知らねぇけど、確かに結構美味いのあるよな。肉の串焼きとか、焼いた腸詰パンに挟んでんのとか。手軽に食えるし値段も手頃だし」

「煌ちゃんは甘いモン食わへんの?好きやろ、女子供はそういうん」

「食わないことはないけど…………腹持ちの良さを優先するからなぁ。てか、食いたくなったら自分で作るし。クッキーとか」

「煌君お菓子作るの!?というか、料理できるの!!」

「結構山籠りするし、まぁ簡単なのならな。ユーファと理事の腕には負ける」

「ぅわ、思ってもみぃひんかった女子力出してきよった…………」

「私、お菓子ならなんとかできるんだけど、お料理は失敗するんだよね…………」



 そんな他愛ない会話を交わしている間に、目的である高等部の寮へと辿り着いた。コの字型になっている一つの大きな建物の左角に男子側の入口、右角に女子側の入口、そして中央に男女共用の立派な玄関ホールが置かれ、各階の中央には男女共用の談話スペースがある。防犯の問題で、男子は女子の、女子は男子のフロアの廊下を歩くことはできるが、誓人以外の異性が室内に入ることは出来ないように細工が施されていた。過去に男子生徒がとある女子の部屋に侵入しようとした時、強力な電撃を浴び風の弾を食らって部屋の外に文字通り吹っ飛ばされたという。その噂が嘘か真かはさておき、以来そのような騒動は起きていない。

 三人は右の入口から建物に入ると通路を進み、上の階へと続く階段の前で足を止めた。莉央の部屋へは更に奥の階段を使わなければならないのだ。何せそれなりに歴史のある魔道学校なので、何度か増築が行われた結果、生徒にとってところどころ不親切な構造になってしまっている。



「じゃあ煌君、また後でね!」



 上機嫌に手を振り廊下の奥へと向かう莉央とそれに続くカークを見送った煌は、一時間ほど前に通った道程を今度は逆に進んでいく。階段を上がり、廊下を進み、数か月前に彼女に割り当てられた部屋へと辿り着いた。

 服はこのままでいいよな、と自身の服装を見下ろしながら――何せ同年代の同性と何処かに出かけるなんて、記憶にある限り初めてのことだ――取っ手に手を伸ばし、触れる直前で動きを止める。ぐっ、と知らず眉間に皴が寄った。

 部屋の中に、一つの気配がある。ルシアやアルスほどではないが、それなりに大きな力の持ち主が。

 煌は一度大きく息を吐き、今度こそ取っ手に手をかけて勢いよく開け放つ。一歩足を踏み入れた瞬間、きつすぎる花の香りが顔面を襲い、けほりと一つ咳き込んだ。



「薔薇…………?」



 そう、これは薔薇の香りだ。しかし何故、自分の部屋に?

 顔の前を掌で扇ぎつつ素早く室内を見回すと、一人の女がそこにいた。



「ようやっと来たのか。レディを待たせるとは、礼儀がなっとらんのぅ」



 薔薇の花のモチーフを胸元につけた深紅のドレスに身を包んでいる、浅黒い肌に複雑に結い上げられた濃い桃色の髪、ローズピンクの瞳を持った女が、わざわざ持ち込んだのか、本来この部屋にはなかったアンティークなソファーに腰を下ろし、優雅に紅茶を飲んでいた。そして彼女の周りには、大量の薔薇の生花が花瓶にいけられ飾られている。まさか、それまで持ち込んだのか。

 唖然とその光景を見つめた煌は、むわりと再び襲う匂いに現実に戻る。



「ぉ、まえ…………何処から入った!?つーか勝手に人の部屋に物持ち込んでんじゃねぇ!!その椅子も花も、全部出せ!!」



 ずびしと廊下を指さし叫んだ。何よりこのむせ返るような花の匂いは我慢ならない。いっそ頭が痛くなってくるほどの強烈さだ。

 怒鳴られた女が顔を顰める。



「細かいことを気にする小娘じゃのぅ。気の短い女子(おなご)は嫌われるぞえ」



 ふんと鼻を鳴らし、カップに口をつけ紅茶を口に含む。

 もう一度言ってやろうと口を開いた煌だが、何かが引っ掛かり口を閉じた。隼の言葉と、アルスの言葉が脳裏に蘇り、繋がっていく。



 “女の声”、“古い貴族のような口調”、“薔薇”、そして……………



「薔薇の、女王………………」



 ぴくり、と女の肩が煌の呟きに揺れる。

 確信を抱いた煌は、ぎり、と歯を噛み締める。



「お前が、黒幕か。オレの両親を殺して、隼にオレを殺させようとした!」



 怒りの炎をその瞳に宿し、女を睨み付ける。

 女はかちゃり、と手に持っていたカップとソーサーを、これまた持ち込んだであろうサイドテーブルに置き、優雅な動きで立ち上がった。そっと乱れたドレスの裾を払う。



「左様、我が名は薔薇の女王(ローズクイーン)。魔界の前王妃じゃ」



 煌の鋭い視線を正面から受け止め、威厳を全身から放ちながら女、ローズクイーンは答えた。

 前王妃、という単語に煌の瞳から少し鋭さが消え、変わって怪訝な色に染まる。

 そんな彼女にローズクイーンは一つ頷いた。



「そなたの下についた者は我が息子。しかし………」



 そこまで言って、ローズクイーンの顔が怒りに歪む。



「十年前、あやつは親である妾と王に反旗を翻しよった。夫である王はあやつの手によって亡き者にされ、命からがら逃げおおせた妾は魔界の隅に追いやられたのじゃ」



 ローズクイーンの体から、少なくはない魔力が零れ出す。カップが小刻みに揺れ、かちゃかちゃと耳障りな音をたてた。

 十年前までとはいえ、元王妃というだけはあるその量に、煌は小さく顔を歪めた。こんなにも大きな怒りや憎しみといった負の感情が込められた魔力を浴びたのは、記憶にある限り初めてだ。

 しばらくして、ローズクイーンは己を落ち着かせるように大きく息を吐いた。



「どうじゃ娘。妾と共に来ぬか?」



 いまだ入口から一歩も動いていない煌に、うっすらと笑みを浮かべ問うローズクイーン。

 何が目的なのか、と煌は胡乱げな表情を浮かべた。



「妾の目的は、そなたの内に封印されしモノ。仲間になれば、命など狙わぬ」



 だから来い、とローズクイーンは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと煌に手を差し伸べる。



「そなたの願い、何でも叶えてやろう。妾の物になれ」



 何でも願いが叶う。それは、人にとってとても魅力的な言葉だ。望みが叶うのならば、人は時に自分を見失いどんな犠牲をも払う。

 煌の手が、ゆっくりと持ち上がる。

 今までこの方法で多くの存在を堕としてきた。失敗など、一度もない。今回もそうに違いないのだ。

 ローズクイーンはうっそりとほくそ笑んだ。

 煌は震える手を握りしめ、



「ふざけんな!お前はそうやって隼のこともいいように操ったんだろうが!!」



 勢いよく払われた拳で殴られ、扉脇の壁は音を立てて崩壊した。崩れ落ちた穴から拳を引き抜くと、ぱらぱらと砂塵が零れ落ちる。

 上げられた煌の顔は再び怒りに染まり、瞳が鮮やかに煌めいた。



「オレの願いは一つ!親の仇を取ることだ!!」



 腰に下げた剣を抜き放つと、煌はそれを正面に構える。

 それを見ていたローズクイーンは忌々しげに顔を歪めた。本当に何度も何度もこちらの予定を狂わせてくれる。しかし、すぐに再び口元に笑みを浮かべた。



「妾に剣を向けるより先に、せねばならぬことがあるのではないか?」

「何…………?」



 切っ先を少し下げた。

 ローズクイーンは不審に顔を歪めて睨みつけてくる煌を鼻で笑うと、ゆらりと何処からか出した扇子で窓の外を指す。その先にあるのは……………



「あちらには妾の手の者が十数人控えておる。今頃そこにおる娘と誓人は、どうなっておるのかのぅ」



 口元を開いた扇子で隠し、ころころと笑うローズクイーンに、煌は目を瞠った。扇子で示された先にあるのは、玄関ホールにある巨大な窓。今のこの時間、玄関ホールにいるだろう存在は、一人しか思い浮かばない。

 と、その時。耳を裂くような甲高い悲鳴が微かに彼女の耳に入ってきた。



「莉央…………っ!?」



 思わず名を口にすれば、ローズクイーンがにやりと笑う。それを正面から見た煌は、素早く剣を鞘に仕舞い身を翻した。室内に完全に背を向け、間に合え!と少女とその誓人の無事を祈って全力で廊下を駆け抜け、時折手摺りを乗り越えるようにして階段を駆け下りる。

 何故だ。莉央は関係ないはずだ。何故、彼女が巻き込まれなければならない。やはり、自分が近くにいたから、自分が関わったから、彼女まで危険にさらされてしまったのだろうか。

 唇を噛み締めると、口の中に鉄の味が広がった。

 離れるのが、くすぐったい好意を手放す決意が、遅すぎた。

 息を切らしてようやく玄関ホールに辿り着く。が、目に入った光景に、莉央、と少女の名を呼ぼうとした舌の根が凍りついた。



「いやぁああああ!カーク!カーク!!」



 ドクン、と心臓が大きく脈打つ。

 十人前後の人影の中心に二人はいた。大剣を支えにしたカークは全身に傷を負って床に力なく膝をついており、その腕の中では頬や衣服を赤い血に濡らした莉央が泣き叫びながら彼に縋りついている。揺らされても反応がないところを見ると、彼女を腕の中に抱え込んだまま気を失っているらしい。意識をなくしてもなお、守人を手放さないのは、守りきるという意思か。それでもほぼ半数は返り討ちにしたのか、ホールには数人の魔族が血だまりの中に転がっていた。



 ……………………間に合わなかった。



「一足遅かったようじゃのぅ」



 駆け寄ることも声をかけることも出来ずに立ち尽くしている煌の背後に、転移したらしきローズクイーンが姿を現す。反応しない彼女の背に歩み寄り、耳元に口を寄せる。



「そなたと関わってさえいなければ、このような目には合わずにすんだのにのぅ」

「ぁ……おれの、せい………………?」



 ローズクイーンの言葉に、初めて反応した煌が小さく呟く。

 自分のせいで、カークがあぁも傷だらけなのか。莉央が泣いているのだろうか。



「ぅ、ぁ……………」



 そうだ。自分のせいだ。自分が彼女に関わったから。

 知っていたのに。両親のことで、知っていたはずなのに。



 ちがう、と頭の奥で叫ぶ声を封じるように、小刻みに震える手で耳を塞ぐ。

 耳鳴りが酷い。動悸が速い。息が、苦しい。

 いけない。このままでは、普段意識的に抑えている魔力が暴走する。彼女のコントロールを外れたそれは、辺り構わず壊してしまうだろう。それに、魔力は生命力に直結している。暴走させて使い尽くしてしまったら、体への負担も大きい。だから、抑えなければ。



 あぁでも、自分がいなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。きっと、そうなのだろう。自分に関わることさえなければ、カークが傷つくことはなかっただろうし、莉央がこんな風に泣くことはなかったはずだ。ならば。



 ――――こんな自分は、いらないのではないか……………?



 ふと頭をよぎった考えに自分で動揺した瞬間、辛うじて止められていた魔力が体の外に溢れ出すのがわかった。決壊したダムから水が溢れ出すように勢いよく体内が空になっていく感覚に、耐え切れず喉から悲鳴が飛び出す。

 無理だ。もう、抑えられない。

 諦めて魔力の流れに身を委ねようとしたその時、煌、と何処かで聞いた声に名を呼ばれる。



“やれやれ……お前は本当に、世話の焼ける……………”



 頼れと言っただろう、馬鹿が。

 呆れたような優しい罵りがすぐ傍で聞こえたかと思うと、彼女の意識は暗闇へと放り込まれた。




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