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魔王の守人  作者: 木賊苅
1部
10/33

3-5


 時は少し遡る。

 煌と隼は激しい攻防を繰り広げていた。

 振り下ろされた剣を弾き返し蹴りを繰り出すが避けられ、そのまま一歩踏み出し横に剣を薙ぎ払う。



「くっそ、埒があかねぇ」



 腕を狙って払った剣を隼に避けられ、煌は忌々しげに舌を打つ。しかし手と足は止めない…………………止められない。止めれば最後、あの世へ直行だろう。それだけは避けねばならない。幸い少しでも危険になれば炎鷲がちょっかいを出すおかげで、今のところ煌の方が有利だ。

 それからまたしばらく、同じような攻防が続く。

 そして、



「っ、やべ…………っ」



 隼に手首を柄の部分で殴られた煌は、痛みで思わず剣を弾き飛ばされてしまい、小さく呻いた。一瞬、本当に一瞬だけ煌の動きが止まる。

 しかし隼がその一瞬を見逃すはずがなく、煌は凄まじい勢いで地面に押し倒される。倒された際に背と後頭部を強く打ち付け息が詰まる。背中がずきずきと痛む。もしかしたら肋骨が折れたか、そうでないにしてもひびが入るぐらいはしたかもしれない。

 慌てて飛び起きようとするが、隼に剣を持っていない方の手で二の腕を押さえられ、起きるどころか左腕はろくに使うことが出来ない。ならば押さえられていない方の手で、と右手で殴り飛ばそうとするが、それも残念ながら手首辺りを踏みつけられ失敗に終わる。足も太腿あたりに座られていて動かせない。打つ手なしだ。

 反射的に煌は目の前にある顔を睨みつけた。すると空虚な目とばっちり視線が合い、再び背筋に悪寒がはしる。

 隼が剣を大きく振りかざす。その切っ先は、煌の首を狙っている。

 それを見ながら煌は他人事のように考えた。


 あ、これ終わった。



 腕が動き、剣はためらうことなく振り下ろされる。



『煌!』



 ぐらり、と隼の体が揺れた。炎鷲が横から当て身を食らわせたのだ。

 煌の首を狙っていた剣先は大きく逸れ、



「っぐ、ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」



 ずぶり、と煌の右肩に剣が深々と突き刺さる。苦痛による悲鳴が、彼女の口から発せられる。

 激痛に意識が一瞬遠退いた。

 隼は纏わりつく炎鷲を鬱陶しそうに払い体勢を直すと、地面に突き刺さった衝撃で刃が半ばから折れた剣を翳し、再び煌へと狙いを定める。

 が、



「いってぇんだよ、クソがぁ!」



 殺されそうになった、ジ・エンド目前に加えての激痛に、怒りが頂点に達した煌は、一瞬痛みを忘れて自由になった左手で拳を作り、容赦なく目の前の顔を思い切り全力でぶん殴った。

 一方、隼はまさかこの状態の煌が反撃してくるとは思わなかったのか、彼女の恨みがたっぷり篭った拳をまともに顔面に食らう。勢い良く吹っ飛ばされ、突然のことに受け身をとる事さえままならずに地面に転がった。

 煌は荒い息で肩に刺さっている折れた剣先の刃になっていない部分ををむんずと掴み、思い切り引き抜くと、体を起こし立ち上がる。悲鳴は全力で噛み殺した。ぼたぼたと多くの血が壇上に落ち、真紅の斑模様を描く。



「殺れるモンなら殺ってみやがれ。こっちももう、容赦しねぇ………………」



 操られているだけなのだからなるべく軽傷で、と思っていた自分が馬鹿だった、と口角を上げて笑いながら、己の血が付着した剣先を無言で立ち上がった隼に向ける。

 煌が完全にキレた。逆切れ?何とでも言うがいい。こちとらたった今殺されかけたところだ。



『煌、傷は……………』

「心配すんな。あぁ、炎鷲。さっきは助かった」



 心配そうに煌の傍に舞い戻った炎鷲に笑って礼を言う煌。しかし、目はまったく笑ってない。それは彼女が激怒している証拠だ。

 炎鷲は煌の傷口に目をやる。今も塞がっておらず、周りの布が赤黒く変色していっているのが目に見えてわかった。それに気のせいではなく、煌の息が普段よりも荒い。

 炎鷲はますます心配になる。



『治療をしてからの方がいいのではないか?』

「うっせ、ンなことしてる間にあの世行きだろ。あいつは、オレの命狙ってんだから」



 まだ死ぬわけにはいかねぇんだ、と苦しそうにしながらも煌は炎鷲の提案を拒否する。そして霞む視界とぼんやりする意識に毒づく。血を流しすぎた。

 気を落ち着かせようと大きく息を吸う。ずきり、と胸部と背中が痛む。本格的に肋骨をやってしまったようだ。

 ザマァねぇなぁ、と心の内で溜息を吐く。

 ルシアは来ない。つまりまだ自分で対処できると判断されたということ。しかし、戻ったらあの物言いたげな眼差しで責められるのだろうと考えると、何だか笑えた。

 再び全身に魔力を巡らせる。それに気付いた炎鷲が叫んだ。



『駄目だ煌、それ以上魔力を使っては…………………っ!』

「………黙れ。死なねぇようにするさ」



 ぎろりと炎鷲を見る煌。

 炎鷲は煌を見たまま固まった。愕然と煌を見つめる。今まで見たことがないような強くて激しい意思の篭った瞳に、何も言えなくなる。

 その時、跳ね起きた隼が突如走り出す。向かう先にあるのは、弾き飛ばされて転がっている煌の剣。隼の剣は先ほど半ばからぼっきりと折れてしまっている。煌の剣で戦うつもりなのだろう。



「……………させるかよ」



 小さな声で呟いた煌は手に持っていた剣の残骸を持ち替えると、大きく振りかぶって……………………投げた。

 槍投げのように投擲され、勢い良く飛んでいく剣身。それを追いかけるようにして煌も動く。

 危険を察知したのか、足を止めた隼の足元に剣が突き刺さる。彼が顔を上げると、目の前にはいつの間に接近していたのか煌の姿が。

 ヒュッと風を切る音と共に、顔目がけて拳が飛ぶ。隼はそれを当たるぎりぎりのところで受け止めた。そしてもう一方の手が煌へと伸びる。

 煌は腕の力を緩め体を屈めることでそれを避けると、右足を軸にして半回転し、しゃがんだまま隼の足を薙ぎ払う。力が入らずぶら下がったままの腕がずきりと痛んだが、歯を噛み締め堪える。

 先程の顔面への攻撃の影響が抜けきっていないのか、隼はあっけなくその場に引っくり返った。受け身をとり、反撃しようと構える。

 しかし構えきる前に、煌はその腹へと踵を落とす。動きが止まったところを、更に純粋な魔力の塊をぶつけ吹き飛ばした。

 勢い良く飛んでいった隼は壁に激突し、動かなくなる。

 沈黙が辺りを包み込んだ。



「しょ、勝者は窮地に追い詰められながらも怒涛の反撃で勝利した、柊煌選手!昨年に続き、四年連続優勝という大挙を成し遂げました!」



 ハッと我に返った進行役の若い男が叫ぶ。

 対戦相手の“参った”という言葉と引き出した時か、相手の意識を奪った時、そして審判官により相手が試合続行不可能と判断された時、勝利したと認められる。今回は隼がぴくりとも動かなくなったため、煌の勝利となった。

 肩で大きく息をしていた煌はその言葉を聞いて、天を仰ぎ一際深く息を吐く。踵を返した瞬間は、ゆらり、とよろめいたが、その後はしっかりとした足取りで階段の方へと向かう。その背に静かに炎鷲が続いた。

 彼女の姿が完全に見えなくなった頃、遅れて割れんばかりの歓声が沸き起こった。よくやったとか、さすが優勝常連者は伊達じゃないとか、そんな言葉が歓声の合間から聞こえてくるが、気にしていられる余裕は今の彼女にはない。



『煌!』



 階段を全て下り終え、辺りに人の気配が一つもないことを確認した煌は、そのまま医務室へ向かおうとしてかくんと膝を折り、その場に崩れるようにして倒れ込む。人前では気丈にしていただけに、炎鷲は思わず焦り声を荒げた。

 が、



「…………まったく、無茶をする」

「る、しぁ………?」



 体が階下に叩き付けられる直前に姿を現したルシアによって支えられ、煌は床と衝突することから免れた。呆れと怒りとが混じりあったような複雑な声でぼやいたルシアに、煌は混濁した意識の中で相手を確認するように彼の名を呼ぶ。

 重い瞼を開けてみれば、霞む視界にルシアの顔が見える。そういえば膝裏と背中の辺りに腕のような感触があるな、と今更ながらに気付く。これはいわゆる、お姫様抱っことかいう状態だろうか。だとしたら死んでも他の奴には見られたくない、と朧げな意識の中でも強く思った煌だった。



「……………約束は、守ったぞ」



 ルシアの言葉が、一瞬理解できなかった。しかしすぐに合点し、思わずゆるりと笑みを浮かべる。



「そ、だな………………」



 でも今それ言うか?

 くつくつと喉の奥で笑い、傷口が痛んだのかその顔はすぐに苦痛に歪んだ。これは、予想以上に重傷かもしれない。まぁ、串刺しにされた状態で動き回ったのだから当然か。



「ルシ、ア………………」

「何だ?」



 吐息のような声で呼ぶ煌に、ルシアは顔を近づけ何事かと問うてくる。いつもより幾分声がやわらかい気がするのは気のせいか。それに何故だかほっとして、力が抜けてきた。体が重い。指の一本すら動かせる気がしない。医務室に行かないといけないのに、まぶたが段々と下がっていくのを自覚する。

 触れているところが温かくて、感じる魔力が心地よくて、一度抜けてしまった力を体に戻すのは至難の業だ。いっそのこと、このまま寝てしまえたらどれだけ楽だろう。



「る、しぁ」

「何だ、煌」



 呼びかけに返る声は柔らかい。一瞬、少しだけなら、この心地よさに身を預けてもいいだろうか。



「ゎ、るい………すこ、し……ねる…………………」



 それだけを絞り出した煌は、くたりと力を抜き意識を手放した。

 今日は散々な日だった、と毒づきながら。




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