Target005「霧島・ユミ・エスティリカ」
俺は陽西学園で知り合った初の生徒に、職員室まで案内をしてもらっているのだが、なぜか体育館へ連れて来られていた。
「なあ、ユミ」
「んー? なーに?」
先を歩くユミが、下から顔を覗き混んでくる。髪からは花のような良い香りがし、身長が俺より顔一つ分ぐらい小さいせいか、その……胸についている大きな物が眼に入って来てしまう。
ずっと見ていたら、変態と思われてしまう。自然な流れで目を反らしつつ、今感じている疑問をユミに訪ねる。
「なぜ体育館なんだ? 俺は職員室に行きたかったんだが……」
「……本当に知らないんだねー。てことは、訳ありなのかな、君は!」
心底驚いたような反応をされてから、直ぐにズビシッと人差し指を指されてしまった。
訳ありかどうかで言えば、正規の試験や面接を受けず、日陰の人間が日陰の職人に頼んで転入してくる時点で、おもいっきり訳ありなんだろうけど……。
「なあ、さっきから訳ありだとか、色々意味深な事を言っているが、どういう事なんだ? そろそろ教えてくれないか……」
「うーん、ユミから説明するのは簡単なんだけど……ここはやっぱり、ちゃんとした人に聞いた方が良いと思うんだ! だから着いてきて?」
実際、着いていくしか選択肢がないんだ。そこは良い。
だが、問題があるな。
さっきの話じゃないが、体育館と言うある種の終着点に着いている段階で、俺はどこへ着いて行けと言うんだ。
「ちょっと待ってね」
ユミは体育館の壇上へ登り、校長や役員が登談する台へ向かう。よもや、実はユミが校長でしたー的なオチなんじゃないだろうな。
「このボタンを押して……っと」
台に置いてあるマイクの付け根にある小さなボタンを押すと、ガコンッと激しい音がした。
そして体育館が振動するぐらいの音を発てて、壇上の下にある椅子収納スペースが左右にスライドして開けていく。
更に壇上下の地面が今度は縦にスライドしていき、そこからは階段が見えてくる。
え? ちょっと待て……何だこれ……
最終的には壇上分の長さもある地下への階段が出来上がってしまった。
「ここが地下校舎への入口……つまり昇降口だね!行こ!」
「……」
言われるがまま、俺はユミと共に階段を降りていく。
なんだ、この学園……嫌な予感しかしないぞ。明らかに一般のそれを越えている。
「……っ!?」
いや……そんな甘いものじゃないかもな……
「やっぱり判るんだね。皆が纏う気配の質が……」
この肌に走るピリッとした気配……間違いない。日陰者がいる!それも一人……じゃないな!
「仕組屋のやつ……いくら当てがないからって、こんな訳あり物件を宛がうなんて……」
気配の数はざっと数えても100はいる。空間把握をすれば、細かい数字も算出出来るが今はそれどころではない。
「コホン。改めて紹介するね。ここは陽西学園地下校舎!犯罪者や日陰者、元闇人と言った訳あり持ちを監視・矯正させる日本国特殊治安維持部隊『武装警察』管轄の、通称要塞学園だよ!」
「武装警察!? 日向者にして日陰者に対抗出来る唯一の戦力。そいつらが管轄している学園だと? 初耳にも程があるな、オイ!」
その時、仕組屋のよっさんのイタズラに満ちた顔が頭に思い描かれた。
分かってて黙ってやがったな!今度クレームつけてやる!
「ちなみにね? この学園では原則として、お互いの素性を詮索するのはダメなんだよ!」
両手の人差し指で、ペケマークを作って注意を促してくれる。
「まあ、無難な規則だな。取り敢えず職員室に案内してくれ。この状況に言いたい文句は山ほどあるが、今は手続きやら説明やらを受けないと何も始まらん」
「わぁ!ポジティブだねー! さては君、過去に散々苦労してきたクチだねぇ?」
猫口でからかってくる。うん、そう考えてみるとユミは猫っぽいかもな。印象的に。
「坂本零弐だ。君より名前で良んでくれ」
君呼ばわりはよそよそしくて好きじゃない。だから、名前で呼んでもらった方がしっくり来る。
それだけの意味だったのだが、ユミはパァッと笑顔を輝かせて嬉しそうにしていた。
「レージ……レイジかぁ!うん、良い名前だぁ!宜しくね、レイジっ!」
「発音に少しなまりがあるが、日本語上手いな」
「あ……やっぱ異国人って分かっちゃうかな?」
「そりゃまあ、明らかにスペルが入った名前と、その綺麗な雪のような白髪は、日本人には居ないからな。よく見れば分かる。地毛だろ?」
「うん。凄い観察眼だね、地毛って見抜けるなんて。 でも、嬉しいなー」
「ん?」
「ユミの白髪を雪のように綺麗って言ってくれた事だよ。 昔はババァとか白髪とか言われてきたから……」
「ああ……そういう事か。 気にするだけ無駄だ。そういう奴らは脳内が子供だから、軽く流してれば良いんだよ」
「……! 子供……か。えへへ、面白いことを言うねっ、レイジは! こっどもーこっどもー、みーんなこどもー」
クルクル回りながら歌い出してしまった。
なんと言うか……ユミも別の意味で子供っぽいな。猫っぽくて、子供っぽい……仔猫か!?仔猫だな!
「あ、レーイジ!職員室こっちだよ~」
いつの間にか階段を降りきっていたユミが、通路の奥を指差して、片手で手招きしている。
「本当に仔猫だな……足も早いし……」
ただ、今回もその歩行に気付けなかった。気取られる事なく近付いたり、移動したり、凄い才能だよな……。
ひょっとして、こんな凄い奴らばかりなのかと緊張しながらも、俺は階段を降りていった。
『to be continued』