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犯人の声



 まとめると、この島には携帯の電波が届かず。警察に連絡を入れるには、この家のどこかから固定電話で連絡をしなければならなかった。

 数学さんの遺体発見後、雅さんはすぐに電話をかけに行ってくれていた。そして、戻ってきて顔面から畳にダイブしたわけだけれども。実はこの家、電話機はあっても、電話回線は繋がっていなかったらしい。そんなことがあるのかと、確認してみたが、本当に回線は繋がっていなかった。

 で。

 翌日の朝。

 僕と雅さんは、警察を呼ぶために、ボートで島を出た。

 クルーザーの運転なんて、数学さん以外にはできないし、ボートじゃ全員は乗れないから仕方がない。

「それにしても糸束くん。君は酷いヒトだね」

 上がりかけの太陽に頬を照らされながら、雅さんが言う。

 潮風に揺れるボートが心地よく彼女の言葉を運んだ。

「やめてくれよ。そんな他人行儀な呼び方は、あの島の中だけで十分だ」

 数学さんごめんね。

「そうだね名探偵、殻糸からいとたばね

 くるくると、風になでられてくすぐったそうに笑う。

「そうだよ真犯人、みやび樟葉くずは

 波の音が、どこか遠くの出来事のように耳に入り込んでは、意識の外側へ飛んでゆく。

 僕たちは、旧知だった。

 数学さん。やっぱり僕には、犯人を捕まえる事はできなかったよ。

「あははは、ほんっと、酷い推理だった」

「僕だってそう思うよ、あんなの全部出任せで、ありもしないでっち上げの推理だ、分道さんには悪いことをしたけれど」

「まあ、警察が調べれば、きっと本当の犯人があたしだって事も、すぐにわかるだろうしね」

 だからこそ、僕も他人に罪を着せるなんて事ができたわけだけど。

「でも束、いつ気がついたの、あたしが犯人だって」

「数学さんの遺体を見た時点でわかったよ。むしろ僕の方が聞きたいくらいだ。どうしてだれも気がつかなかったのかって」

 数学さんが握っていたのは、ただの糸じゃない。

「ホントに。まさかダメージジーンズの剥き出しになってる繊維を千切られてたとはね、迂闊だったぁ」

 倒れた数学さんに掴まれてどっか破けたような音は聞こえたんだけどね、千切り取られてるとは。ジャージに着替えて安心してたよ。と、テスト問題のケアレスミスを言い訳する学生のように、当時の様子を詳しく語ってくれた。

 思うに、真面目そうな柱木さんにも、暗そうな二野さんにも、身持ちが堅そうな分道さんにも、ダメージ加工のあるジーパンというのは、身近なアイテムではなかったのだろう。普通のジーパンすらほとんど穿いたことがないのかもしれない。だから、誰も、あの糸が何だったのか気が付かなかったんだ。

「束。どうしてあたしのこと、庇ったんだよ」

「それは」

 始めに僕が疑われているときに君が庇ってくれたから、なんて。そんな子どものような単純な感情が動機なんて、恥ずかしくて言えるはずもなかった。

「だって、自分の知ってる人間が警察に捕まるのなんて嫌じゃないか」

「ふうん」

 ボートの近くで、僕らを覗き見に来たみたいに、小魚がぴょんとはねて、海面に戻っていった。

 お天道様だけじゃない。こんな魚だって、ヒトの悪事を見ていたりする。

 晴れの日の海は、ひどく静かで、ただ、僕たちは揺られていた。僕のしたことは正しかったのか、正しくなかったのか。ゆらゆら。ゆらゆら。ただ、揺られていた。

「でも、最終的には樟葉に判断を任せたんだから、僕だけがみんなを騙したみたいに言うなよな」

「判断……ああ。凶器の包丁を持ってきたこと」

「そうだよ」

「あんた、あんなのほとんど『自分の部屋から隠してる凶器を持ってこい』ってあたしに言ってたようなものじゃない」

「そんなこと」

「あります」

 ぐ。自覚してます。

「結局さ、束がやってたみたいに、何が正解かわからない時って、声のでかい奴の意見が通っちゃうものなのよね」

 確証がないから。自信満々にこれはこうなんだ。そうだろ。って言われると、逆らう理由がなくて流されていっちゃう。

 僕だって、何度となくそうして流されてきたさ。

 そっち側の人間になるのは、嫌だったけれど。

「そもそも、冷静になってみれば、いくら数学さんが頭のいいヒトだとしても、自分の死に目にそんな複雑なメッセージ、残せるわけがないんだよね」

 それでも、十分に犯人を特定できる情報は残していたはずなんだけど。

 樟葉は、自分の言いたいことを言い終えると、空へ掌を沈めるようにして、思い切り伸びをした。

「あぁあ。明日からどうやって生きてこうかな」

「僕の家にでもくるかい」

「じょーだん」

 まあ、時効までがんばってくれよ。せっかく庇ったんだし。

 のんびりとボートを漕ぐ。

 いつになったら陸に着くのか。

 真犯人は問うた。

「訊かないの」

 探偵役は答えた。

 ヒトを殺す動機なんて。

「聞いたら、もう樟葉と友達でいられる自信がないよ」

 理由を聞かないうちは、まだ僕の精神は健全を保てる気がした。

「そ。じゃあ話さないでおこー」

 束に嫌われるのも嫌だし。

 海鳥が鳴いた。

 ひゅうん、ひゅうん。

 魚がはねた。波が立った。昔、僕と樟葉は、仲がよかった。友達だった。と、過去の事の様に思っていたけれど、意外と僕らは、今でも友達をやれているみたいだ。

 本当の友達なら、道をただしてやるべきなんじゃないのか、なんて。誰かは言うかもしれないけれど。

 善人や天使に友達がいるように。

 悪人にだって、悪魔にだって、友達くらいいるものさ。

 僕は、僕のやり方で友達を大切にしただけだ。

「というか、このまま樟葉を逃がしたら、僕、共犯者じゃん」

「そうかもね。じゃあ、一緒に逃亡生活でも楽しもうよ」

 はあ。

 悪い友達を持ったものだ。

 だけど、悪友というのも。

「悪くはないね」





 読了。ありがとうございました。


 いやいや、本当に、自分で言うのもどうかと思いますが。これは探偵ものと言うには、あまりにも……、まあ、いいでしょう。


 結局は、声のでかいやつが勝つ、ってことを主人公は実証してしまったのですね。


 なんてことをしてくれてんだ、と書いた僕自身が思っていますが(笑)


 でも、もう少し文章から固有名詞を減らしたいなぁ。と。今は反省シテイマス。


 そんな感じで、僕の初本格ミステリは、反則気味に幕を閉じることとなりました。


 めでたしめでたし。


 それでは、今回はここらへんで失礼させていただきます。


 数学さんは、何者だったのか……。

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