探偵の声
助けてもらってしまった。
と、思っていいのか。
まあ。僕だってこの中の誰かが警察に捕まるのなんて嫌だし。
それに、まだ気が付いているのは僕だけの様だし。
仕方がない。
「解決編です」
雅さんの言葉を受けて、僕自身が発言する。
僕の疑いが少しでも薄まったこの瞬間なら、僕の言葉も聞き入れてくれるだろう。
「みなさん訊いてください。このメッセージを残したのが数学さんだということを踏まえて考えれば、犯人の見当は付けられるはずです」
雅さんの意見で、多少僕への疑いが薄らいだのか、「というと」と、柱木さんが話を促してくれた。
雅さんが返す。
「まずさ、そんなわかりやすいメッセージだったなら、犯人にばれて隠蔽されちゃうかもしれないじゃん」
「確かに、それは考えていなかったわね」
雅さんが、とてもわかりやすい理論で分道さんを納得させた。やはり発言力のある味方は心強いな。
しかし、ここからは僕が言おう。
「でもその上で、数学さんは僕たちに解けるメッセージを残しているはずです」
僕たちだから解ける答え。
ここに集められた僕たちだから。
「私たちの共通点といえば」
柱木さんが、電球をともしたように、ぱっと言葉を溢した。
「ゲームですか」
「はい。僕たちはお互いの事を何も知らない。そんな僕たちが数学さんについて知っている事と言えば、あのゲームが強いということと」
あえて、今度は、分道さんに振る。
「数学が得意なこと。かな」
「そうですね、分道さん」
流石。と言うべきか。年長の二人はちゃんと僕の話を理解して解き進めてくれている。できる大人というのは、何よりきちんと話を聞いてくれるから、会話がしやすくて助かる。
「だからその点を踏まえて、ここからは僕の推理です」
被害者は数学さん。
探偵役は、僕が務めよう。
そして、犯人役ももう決まっている。
襖に囲まれた、畳の大広間。隅に寄せられたテーブル。積まれた座布団。上座にはマイクスタンドまで控えてある。あとは、総当たりでプレイしたゲームの対戦スコアの書かれた紙。人を集めるのが好きだったのだろうな。そんな数学さんの残した、最後のメッセージ。
もとい、ゲーム。
「二野さんが言っていたように、数学さんが手にしていたものは、糸とも紐とも解釈できます」
が、あれは糸です。と言った。雅さんは何も言わなかった。
「それはどうしてだい。私も最初に見たときは糸だと思ったけれど、だからといって雅さんの意見も無視はできないと思うけれど」
あれが紐だという意見も。
「柱木さん。数の世界には、一つだけ『糸』を表す数字があるんですよ」
一般教養とまでは行かないけれど、知っているヒトは知っている知識。今回僕は、たまたまこのことを知っていたけれど、もしそうでなければ、全く違う推理をしていたのかもしれない。
「命数法。というのを知っていますか」
あまり聞いても、ピンと来ていないらしい。柱木さんと、ついでに分道さんも首を傾げる。
「知ってるぜ。万億兆京垓……ってやつだろ。それがどうしたんだよ。命数法に糸なんて漢字は使われないはずだぜ」
なるほど、学校の先生が昔言っていたな、間違ってくれる奴はありがたい、と。
「そんなことはありませんよ二野さん。何も名前が付いている数字は、大数だけではありません」
言いながら、野球中継の見おう見まねで、バットを振る素振りをする。
「三割」
スイング。
「三分」
スイング。
「三厘」
フルスイング。
「聞いたことありますよね」
「ええ。野球選手の打率、よね」
僕の突然のアクションに若干、身を引きつつも、分道さんが確認をしてくれた。
まさに僕が言いたかったのはその通りで、まあ、そんなに打率の高い選手もなかなかいないものなのだけれど、野球に代表されて使われているように、少数にも名前というものがついている。ここでは「分」が「0.1」、「厘」が「0.01」という意味で。
「へえ。なるほどね、それで」
話の流れを察して、柱木さんが相槌で促す。
「つまりは、これが、数学さんによる出題足る所以で」
軽く、言葉を切って四人を見渡す。
僕の思う犯人とだけ、目があった。
そのヒトに微笑みかけつつ。糸という字には「0.0001」。
「つまり『一〇のマイナス四乗』という意味があります」
そう。表記するなら「10^-4」といったところだろう。
「二野さん」
前髪の長い青年に呼びかける。
「な、なんだよ」
「それ、とってもらえませんか」
それって、と僕が指さす方を振り向くとすぐに気が付いた。
「さっきやったゲームの対戦スコアか」
「はい」
僕たちの共通点はゲーム。そこに答えがあるとなれば、それは理論が無くとも、納得はできるはず。
「数学さんの対戦スコアを読み上げてもらえますか」
「ち、なんで俺が」
と文句を垂れ流しながら、スコア表を目で追う。
「八対七。三対零。八対五。七対三……」
可能性に気が付いてか。僕の定めた犯人役の顔色が、明らかに悪くなった。
「……一〇対四」
二野さんが、スコアを全員に見えるようにした。
『 数学10―4 分道 』
「ちょ、まってそん……」
「動かないでください」
声を張り上げて言う。主導権を握るように。
「まだわかりません。が。分道さん。これから雅さんにあなたの部屋を調べてもらおうと思うのですが、かまわないですか」
犯人なら、凶器を隠し持っているはずだ。と。
「は、はい。でも私は犯人じゃ」
言っても仕方がないと、さっき僕が疑われていたときの問答を思い出したのか、言葉は尻すぼみに消えた。
「雅さん。僕たちはここでお互いを見張っているので、部屋を見に行ってもらってもいいですか」
「なあ糸束くん、それなら全員で行った方がいいんじゃないのかい」
もっともな点について柱木さんが意見する。
「それは、デリカシーに欠けますよ」
まだ犯人と決まったわけでもない、女性の寝室に押し掛けるのはね。
十五分後。
雅さんは、凶器の包丁を持って大広間に帰ってきた。
僕たち五人の中で事件は終結した。
「ところで雅さん。警察はいつ頃島に来てくれるんだい」
柱木さんが重要な点についての確認をする。
確かに、いろいろあって聞きそびれていた。
「え。最初に言ったじゃないですか。無理でした、って」
「は、最初って」
「あたしが転んだとき」
確かに何か言っていたな。