愛猫
昔ある村には魔女と呼ばれる人が住んでいた。煙突からは絶えず煙が上がり、魔女の僕である黒猫を見たものは数日後には死んでしまうとされていた。
村に住む小さな女の子はある日、森に木の実を拾いに行った帰りに黒猫を見てしまった。黒猫は森の中に消えてゆく。女の子は噂を思い出して呼吸が止まりそうだった。このままでは自分は死んでしまうのだ。まだ子供なのにあっけなく死んでしまうのは納得できない。女の子は勇気を出して、魔女の家に行くことにした。
魔女の家は噂通り煙を吐いていた。勇気を振り絞って消えそうな声を出しながらドアを開けた。
「おじゃまします……」
家の中はよくわからない文字で書いてある本やらカラフルな液体の詰まった瓶やらが散らかっている。椅子には先ほど見た黒猫が丸まっていた。黒い衣をまとった魔女と思われると女は火にくべた器を棒のようなもので混ぜていた。
「おやおや、お客とは珍しいわね。一体何の用かしら」
魔女は女の子の気配を察しているようだ。女の子は、全身から声を絞り出す。
「あ、あの……。私、そこにいる黒猫を見てしまったのです。私を殺すのをやめてもらえませんか」
魔女は女の子の定めをあざ笑うかのように肩を震わせた。
「まあまあ、そうかい。それは残念だね。この世の理にはだれも逆らえないわよ。定めを受け入れなさい」
女の子は声に力を込めた。拳に、顎に力が入る。
「納得できません。なんで私が死ななきゃならないのですか。まだ子供で、これからやりたいこともいっぱいあるのに……」
魔女は手を止めて、女の子の方へ体を向けた。その目は女の子の目を捉えている。
「そう。なら一つだけ課題を出しましょう。それに合格することが出来ればあなたは死を免れることができるわ」
「何をすればいいんですか。私、何でもします! 」
「煙突から煙の上がっていない家を探しなさい。その家にいる猫をここへ連れてくることが出来ればあなたは死を免れることができるわ」
「わかりました。絶対連れてきます! 」
女の子は魔女の家を飛び出した。藁にもすがるような思いだった。
煙の上がっていない家を探して村の中を走り回る。しかし、どの家も煙が上がっている。そうだ、もうすぐ夕食の時間でどこもその準備で煙を上げているのだ。それに、村に猫を飼っている家なんてそうそうない。何だ、魔女は最初から無理難題を押し付けてきたのではないか。私は死ぬことから免れることはできないのか。何と残酷な仕打ちではないか。怒りに身を任せて、魔女の家に進路を変えた。
「魔女さん、あなたは最初から私を殺す気でいたのですね。煙の上がっていない家はどこにもありません」
「人間が食事をとるために火を起こすのは当然のことだわ」
「じゃあやっぱり……」
「あなたは猫を探しましたか? 」
「……いえ、探してないです。だって、家がみつからなかったから」
「あなたはそこにいる黒猫を見て私の家にきたのだったわね」
黒猫はさっきと同じで椅子の上で丸くなっている。
「はい……」
「黒猫はなぜ、魔女はなぜ悪さをすると考えるのかしらね。人間生きていれば不幸なこともあるし、いずれ死んでしまうものだわ」
「そうみんなが噂しているから。大人たちはそう言っているから」
「私にはあなたを殺す理由なんてないわ。それに黒猫が不幸を呼ぶのですって。こんなに可愛いのに」
魔女は黒猫を抱きかかえる。黒猫はそっぽを向いて居心地が悪そうだ。
「じゃあなんで人は不幸になったり、死んだりするのですか」
「私はそれを調べているのよ。何故雨が降って、何故火がついて、何故人は物を食べないといけなくて、何故人は不幸になって、何故人が死ぬのかをね」
女の子は思った。皆はこの女の人のことを色々言ったりするけど、本当はただの変な人なんじゃないかと。魔法で人を殺したりはできないのだと。女の人に、黒猫に急に親近感が湧いてきた。
「あの、そのごめんなさい。私勘違いしていたみたいで」
「いいのよ。わかってくれれば」
「それで、その、もしよければ時々この家に来てもいいですか」
「ええ、いいわ。でも、村の人にあることないこと言われるわよ。その覚悟があるのね」
「はい、あります」
「よし、今日からあなたは私の弟子ね」
「弟子ですか。そこまで言ってないです」
村では二人の魔女と黒猫が焚刑に処された。灰は世界を回る。