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その7

 トレスとアザリアの願い虚しく、更に森の奥から招かれざる客が喉を鳴らして現れた。

「トレス、二手に分かれて向かい討とう!!」

 トレスと背中を合わせたノーサが叫ぶ。彼がいれば妖獣一頭に専念できると安堵したが、実際の状況は違っていた。

「な、なんだ、あれは!?」

「化け物だ!!」

 異形の生物に兵士はおろか剣士達も浮足立ち、士気が乱れ始める。

「落ち着け!! 隊列を乱すな!!」

 ノーサの怒号も騒然とした場にかき消された。その間にも、じりじりと二頭がにじり寄る。

「役に立つのか立たないのか分かりゃしないわ!!」

 毒づくアザリアが先陣を切った。大きく振りかぶる妖獣の腕を、宙返りで回避して小刀を投げつける。

「グオオォォ!!」

 数本の小刀が見事妖獣の背中に刺さったが、やはり致命傷にはならず動きは止まらなかった。

「やるな」

 先を越されたノーサがもう一頭の妖獣と対峙する。

「アザリア、ノーサを援護しろ!!」

「ええ!?」

「初戦のあいつに分が悪い」

 トレスの傍にいたかったアザリアが渋々従うと、ノーサが「悪いね」と苦笑した。

「何か助言があれば助かるけど」

「今までの概念と経験は捨てた方がいいわ」

「それは困ったな」

 穏やかな口調とは裏腹に、彼の額から脂汗が流れ落ちる。人間相手に名を馳せた自分の剣が、この化け物にどれだけ通用するか未知数なのだ。

「くるぞ!!」

 トレスの鋭い声にノーサは思考を切り替えて迎え撃つ。

 高く跳躍した妖獣を見上げたノーサが腰を低くして構えた。落下寸前で彼も大地を蹴って速い一太刀をくれてやる。

 悲鳴を上げて体勢を崩した妖獣にアザリアが印を結んだ。両手から繰り出される炎の渦が巻きつき、弱ったところへノーサの剣が心臓を捉える。

「やったか!?」

 手応えはあった。

 トレスも目の端で一部始終を追っていたので確信していた。が、次の瞬間だった。

「うそ!!」

 鮮血おびただしい妖獣はまだ生きているではないか。その光景に一同は驚愕して言葉を失う。

「なんて生命力だ!!」


 -確かにノーサの剣は急所を捉えていた。俺の時と同じだが……。


 最初に戦った妖獣と同じ状況なのに、何故ノーサのとどめは効かないのかとトレスは思考を巡らした。

 再び、銀髪の剣士が異形の獣に攻撃する。トレスの力強い剣捌きとは異なり、ノーサのそれは曲線的で緩やかな舞いのごとく華麗なものだ。

 

 -へえ、トレスの友達だけのことはあるわね。


 彼に煽られたアザリアも瀕死の妖獣に切りつけるが、無数の刀傷を全身に刻んで尚歩みを止めない。

 焦る二人の前に、紫紺のコートがふわりと広がり頭上から縦一文字に剣を振り下ろした。

 断末魔の叫び、多量の返り血。

 

 ドクンッ!!

 

 トレスの身体が激しく脈打つ。

 今まで感じたことのない異変に思わず剣を落とした。

「トレス!?」

 あり得ない友の姿に、血相を変えてノーサが彼に駆け寄る。

「大丈夫か」

 頷くトレスの顔は青ざめていた。今度こそ絶命した妖獣を見下ろす二人にアザリアの悲鳴にも似た叫びが木霊する。

「もう一匹来たわよ!!」

「士気も乱れている。これ以上は無理だ」

 これはノーサの弱音ではない。放心状態の者、戦意喪失の者を抱えては被害が増えるだけと的確な判断だった。

「全員、退却!!」

 トレスの命令で、一同が馬に跨り退却し始める。ノーサ、アザリア、トレスの三人は最後まで妖獣を足止めした。その場に誰もいなくなったのを確認して三人も乗馬する。

 アザリアが振り向きざまに地面目掛けて玉を投げつけると、眩い光が辺り一面にほとばしった。二頭の妖獣が視覚を奪われて、のたうち回る隙にトレス達は立ち去った。


「あーあ。二人も殺しちゃったんだ」

 一連の騒動を、高い木の枝に腰掛けて傍観している者がいた。

「罪は身をもって贖うべきだよね、ティエラ・トレス」

 口の端を上げて笑うその表情は悪魔のようだった。



『妖獣狩り』と銘打った出動から数時間の帰還だった。

 死者こそいなかったが、満身創痍の者、重傷の者に続いて全身に返り血を浴びたトレス、ノーサの両名に出迎えた者達が絶句する。

 獣独特の悪臭が漂い、大臣達が袖で鼻を隠す仕草にアザリアは睨みつけた。

「失礼な人達ね!! 誰の為に戦ったと思ってんのよ!!」

「やめろ、アザリア。俺達は着替えてくるから先に陛下に報告してくれ」

 トレスが制したので、ぶつぶつと不満をたれながら剣士達についていく。

「トレス!! ノーサ!! 無事だったか!!」

 赤毛のフローラがこちらへ一目散に駆け寄った。

「フローラとお揃いになったよ」

 彼のそれが純白から深紅に染まっており、彼女のコートと類似しているさまに言葉が出ない。

「そんなに手強いのか」

 最高位の剣士二人をもってしても退却せざるを得ないとはどれだけの化け物か、フローラの背筋が寒くなった。

「相手は人間じゃない。動きも攻撃も桁外れだ」

 忌々しくトレスが言い捨てる。

「顔色が悪いな。少し休んだらどうだ?」

 心配そうなフローラに小さく笑ってみせた。

「俺を誰だと思っている」

「ティエラ・トレスも人間だ。ここは彼女の忠告を聞いておいた方が身のためだぞ」

「分かった。後は頼む」

 そう言って私室へ向かうトレスの背中は、気のせいか精気がなかった。


「剣士達が帰って来たらしいぞ」

 帰還の一報は厨房でも噂となっていた。

「ひどい有様だったようだ」

「化け物相手に人間が敵うものか」

 作業の手を止めてひそひそと話をしている見習いにスレッダが一喝する。

「口より手を動かせ!!」

 彼の怒りも無理はない。今回は小規模な出動だったが、大掛かりになると上級位の剣士もいかなくてはならないだろう。

 そうしたら、あのフローラの身も晒されるのかと考えるだけで不安になる。


 -ソラはもっと心配だろうなあ……。


 忙しく厨房を飛び回っている空に目を向けた。普段と変わらない態度だが、心中は穏やかではないはずだ。

 そう、スレッダが察する通り空もまた不安で胸が押し潰されそうになる。だから、忙しくして気を紛らわしていた。

 トレスはいつも闘いの中心にいる。最高位の証であるロングコートを纏っている以上、その宿命からは逃れられないと分かっている。分かっているが、無事な姿を見るまでは安堵する日々はない。

「あの、ソラ」

「なんですか、スレッダさん」

「ここは俺がやっておくから、その抜け出してもいいぞ」

 彼女の横にそっと来たスレッダが囁いた。驚いて顔を上げると、彼が鼻の頭を掻いてそっぽを向いている。

「様子見てこいよ。心配だろ?」

 心配だった。トレスには逢えないかも知れないが、せめて彼の様子だけでも知りたかっただけにスレッダの心遣いが嬉しかった。

「ありがとうございます!!」

 包丁をテーブルに置いて空は急いで厨房を飛び出した。


 何処に行けば逢えるのか、それすら分からないがとにかく城を探し回った。そして、赤毛の女剣士を見つけて大声で呼び止める。

「フローラさん!!」

 その大きさに驚いたフローラが目を丸くした。

「ソラか。ちょうど行こうとしていたんだ」

 肩で大きく息をする空に彼女は微笑む。


 -よほど心配だったんだな。


「トレスなら大丈夫だ。返り血を浴びていたから、酷い怪我と噂になったかもな」

 よかった、と満面な笑みを浮かべる空が羨ましくもあり愛しくもある。

 空の為に戦うトレス、トレスの為に無事を祈る空。

 この二人だからこそ、自身の報われない恋から身を引く決心をしたのだ。


 


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