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その5

 マリーナから、しばらく城へ留まるようトレスに命令が下った。

 妖獣の報告をまとめる名目で、彼をゆっくり休ませてあげたいマリーナの気遣いでもある。

 アザリアにも部屋が与えられて、オバジーンでも新しい生活に期待で胸が膨らんだ。

「私、一度でいいからこういう部屋に住みたかったのよねえ」

 ベッドに身を投げたアザリアが部屋を見渡す。必要最低限の家具しか置いていないが、こざっぱりとして心が落ち着いた。


 -トレスの部屋もこんな感じかしら?


 あの性格だと常に整理整頓されているに違いない。


 -案外、散らかってたりして。


 彼の部屋へ行ってみようと思ったが、ひょっとしたら空がいるかも知れないと躊躇した。

 

 アザリアの予想は外れて、トレスはノーサと妖獣について話をしていた。

「長老が言うには、メイルが『時の泉』を利用したため妖獣が現れたらしい」

「『時の泉』か……」

 形のいい顎を撫でながらノーサが唸る。きっと彼の脳裏にもメイルとの闘いが甦っていることだろう。

「このことを陛下にはお伝えしたのか?」

「考えあぐねているから、お前に相談した」

「随分と頼りにされているんだな、俺は」

「当然だ」

 

 -こいつ、照れる台詞をさらりと言ってくれるよ。


 真顔のトレスに呆れつつ、ノーサも次第に真剣な表情に戻る。

「そうだな。取り敢えず妖獣の目的が分かるまでは慎重に事を進めた方がいい。アザリアという娘にもこちらの事情を知ってもらわないとな」

 アザリアの名が出て、トレスが眉をひそめる。マリーナとの謁見の際も肝を冷やす場面がいくつもあった。

「あの娘、無鉄砲にもほどがある」

 忌々しく呟くトレスにノーサが失笑する。

「何がおかしい?」

「その台詞、そのままお前に返すよ」

 彼の鋭い視線に、銀髪の友は笑うのをやめたがまだくすぶっているようだ。

「あ、ソラちゃんにトレスはしばらく城へいると伝えたら喜んでいたよ」

「余計なことを」

 そうは言うものの自然と口元が綻んでいるトレスにノーサはまた笑いがこみ上げる。



 しばらくトレスは城にいるらしいよ。

 ノーサの口から飛び出した言葉は、まるで魔法にかかったかのように空の心をわくわくさせた。


 -そうだ、ドーナツ作らなきゃ。お店に置いてくれる話もしたいな。それから……。


 考えればきりがないから、取り敢えずドーナツを作りながら頭を整理する。

 出来上がったので、部屋まで届けようと廊下を歩いていると藍色の髪の剣士を見掛けた。

「トレ……」

 呼ぼうとしたが後ろに続くアザリアの姿に一瞬躊躇う。

 あの正装のせいなのか、フローラと違った神秘的な雰囲気を持つ大人の女性につい自分と比べてしまう。

 先に気付いたのはトレスでわずかに笑みを浮かべた。

「あら、ソラ」

 続いてアザリアがやってきて、空が胸に抱えているカゴに鼻をひくつかせる。

「なあに、この甘い匂いは?」

「よかったらどうぞ」

 それでは遠慮なく、とカゴから一つドーナツを取って一気に食べ始めた。

「美味しい!! 初めて食べるわ」

「アザリア、先に行っててくれ」

「え、ええ」

 ドーナツを片手に渋々歩くアザリアはそっと振り向くと、空とトレスが何やら話している。頬を染める空、彼女への眼差しが優しいトレス。

 そんな二人に胸がちくりと痛い。


 -ところで、先に行けってどこにいけばいいのよ。


 広い城内できょろきょろと見回していると、銀色の髪の剣士が怪訝そうにこちらへ向かってきた。

「君はアザリア……だったね」

「ええ。あなたは?」

「これは失礼した。俺はラヌギ・ノーサ、近衛隊の剣士だ」

 優しい青い瞳に穏やかな笑顔が印象的な青年である。仏頂面のトレスと違って親しみやすいので、聞き取り調査を開始した。

「ノーサはトレスと長い付き合いなの?」

「まあね」

「ソラって前はどこにいたの?」

「さあ。異民族の娘とは聞いているけど」

「最近この城は……、ちょっとなに笑ってるのよ」

 笑いを堪えているノーサにアザリアが口を尖らせる。

「せっかちだな。情報を得たいのならもう少し気長にしなくちゃ」

 バレバレだった。

 アザリアの顔がみるみるうちに真っ赤になり、彼をキッと睨む。

「うるさいわね!! ちまちまやるのは私の性分じゃないのよ」

 踵を返して立ち去ろうとする彼女の背にノーサの一言が突き刺さった。

「トレスはやめといた方がいいよ」

 くるりと振り向くと、にっこり笑っているノーサに目を剥いたアザリアが言い捨てる。

「余計なお世話よ!!」

 

 -やれやれ、また言われたな。


 苦笑するノーサは、行くあてもないアザリアを見送った。


 -全く!! トレスはやめとけってどういう意味よ!!


「アザリア」

 名を呼ばれて振り向くと、トレスが小走りでこちらへ向かってきた。

「何処へ行っていたんだ?」

「そっちが先に行けって言ったんでしょう!?」

 物凄い剣幕で怒鳴られてトレスが目を丸くする。邪魔者扱いされたことやノーサとの会話やらで苛立つアザリアが当たり散らした。

「何を怒っているんだ」

「別に怒っていないわ!!」

 大股で彼の横をすり抜けてさっさと行ってしまった。

「なんだ、あれは……」

 呆気に取られたトレスが慌ててアザリアの後を追う。

「妖獣のことをもっと詳しく知りたい」

「妖獣?」

 アザリアの足が止まった。

「お前には未来を見通す力があると聞いているが」

「あるけど、そんなにちゃんとしたものではないのよ。こう漠然としているというか抽象的というか」

「妖獣が現れた時も分かっていたのか」

 周りに誰もいないことを確かめたアザリアが手招きする。

「知っていたわ。でも、あんなにいるとは予想外よ」

「長老は『時の泉』に関係していると考えているんだな?」

「ええ。『番人』以外の者が泉を行き来したのが原因じゃないかって」

 廊下の隅で話しこんでいるトレスとアザリアを、柱の陰から物凄い形相で見ている者がいた。


 -トレスの奴、またあの娘と!! どんな気持ちで身を引いたと思っているんだ!!


 赤毛のフローラである。空の時もそうだったが、今回もまたどこぞの娘を連れてきたトレスに怒り心頭だ。

 

 -なに、この殺気!?


 不意に襲った悪寒にアザリアが首を廻らす。

「どうした」

「ん? なんでもないわ。どこまで話したかしら」

「妖獣の出現を予測できるかだ」

 それなら、と懐から取り出したのは布の小さな袋だった。中身を出して掌に広げると、黒と銀の毛らしきものがある。

「これは!?」

「そう、妖獣の毛よ。これに術を施せばちょっとした道しるべになるわね」

 アザリアのいた村は、文明が進んでいない代わりに霊力や術が発達している。特に彼女はその力が強いとのことだ。ここはアザリアを信じるしかない。

「やれるか?」

「準備があるから今すぐじゃないけど、出来ないことはないわ」

「頼んだぞ」

 口の端を上げて肩に手を置くトレスに、アザリアの鼓動が速くなった。

「ま、任せておいて」

 辛うじて、平静を取り繕ったがまともに顔も見られない状況に彼女自身感情を持て余す。


 -やだ。あの剣士が変なこと言うから意識しちゃったじゃない!!


 トレスには空がいる。言い聞かせても抑えきれない高揚感に焦った。

 隣にいる彼をちらっと窺う。精悍さと幼さが共存する横顔、凛とした立ち姿、勇壮な剣さばき。

 出逢った頃から、全てが新鮮で心惹かれる剣士だった。

 そして、ある気持ちに気付いてしまう。


 -私、トレスが好きかも……。

 

 

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