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その3

 全身炎を纏った妖獣の動きが弱まった。

 彼女の術に妖獣を仕留めるだけの力はないが、瀕死にさせるのは成功したらしい。

「今よ!!」

 アザリアの声に反応したトレスが、剣を構えて妖獣の胸深く貫いた。断末魔の叫びの後からおびただしい鮮血が噴き出す。

「やったかしら?」

「ああ。お陰で助かった」

 二人は絶命する様子を眺めていたが、突然青い炎に包まれる妖獣にトレスは勢いよくアザリアに振り向いた。

「私じゃないわ!!」

 一体ではなく、荷馬車に置いてある妖獣の死体までも青い炎によって燃え尽くされている。

 アザリアが川の水を汲んで、そのものに掛けたが消える気配はない。

「一体、どうなっているの!?」

 妖獣がいなければ証拠にならない。

「証拠隠滅か」

トレスが忌々しく呟くのを聞いたアザリアが首を傾げた。

「どういうこと?」

「こいつの存在が明るみに出てほしくないか、あるいは……」

 言葉を切った彼の横顔を怪訝な表情で見つめている。

「取り敢えず城へ行く。お前も証言してくれるな?」

 アザリアは頷いて城へ向かう準備を始めた。



 朝から休みの空は城の外へ出掛けた。町娘のプレタとスイーツの店で待ち合わせしている。

「プレタ、久し振り」

「ソラったら全然遊びに来てくれないんだもの」

「ごめんね」

 栗色の髪に大きな瞳と容姿が似ているプレタとは、オバジーンに来て以来の友人だ。

 こちらへ来た店員に、二人は早速ケーキセットを注文した。

「今日は私が奢っちゃう」

「ホント!? 太っ腹ね」

 笑顔満開のプレタを前に空は小さく笑う。


 -プレタもトレスのこと、大好きなんだよね……。


 彼との交際を伝えるべきか悩んでいると、その言葉を不意やってきた。

「トレス様、元気にしてる?」

 飲んでいた紅茶にむせて、なかなか咳が止まらない。

「大丈夫?」

「う、うん。なんだっけ?」

「トレス様よ。近衛隊を外されたって噂なんだけどほんと?」

 空が頷くと、プレタは軽く息を吐いた。

「そうなんだ。だから、ここにも来れないのね」

 メイルとの一件は公にされていないので、プレタ達が知らないのも当然である。

 しんみりとした空気が漂い、二人は差し出されたケーキを食べ始めた。

「そうだ!! この前、ソラが作ったあのお菓子好評だったの」

「ドーナツ?」

「そう、それ!! でね、よかったら店に置いてくれないかっておばさんが言ってたわ」

「でも、素人が作って売れるかな?」

「味は私が保障するわよ。考えておいて」

 ドーナツと言えば、甘いものが苦手なトレスが空の世界へ来た時に気に入った食べ物だ。それをオバジーンで再現したところ、ここの住民に受けている。

 あれ以来、いつ彼が帰って来てもいいように定期的に作っている。ほとんどが無駄となってしまい、あちらこちらに振舞っているうちに評判になっていたらしい。

 街にあれば、いつでも食べられるし自分のことも思い出してくれるかも知れない。

「分かった。あとで返事するね」

「ねえ、ソラ」

「うん?」

「トレス様とはもうキスした?」

 まさに不意打ちだった。今度は勢いよくケーキを噴き出す。

「な、な、何をいきなり!! 私とトレスはそんな……」

 慌てて否定しようとする空をプレタが遮った。

「私なら全然平気よ。初めてソラに会った頃からなんとなく分かっていたし、トレス様があなたを見ている目も違っていた」

 そんな頃から二人の気持ちを察していたのかと空は驚いた。

「隠していた訳じゃなくて、つい言いそびれて……。ごめんね」

「ううん。二人はお似合いだし、私もこの美貌だから、彼氏には苦労していないんだから」

 明るく笑うプレタの声が微かに震えている。

「やだ。このケーキ、しょっぱいね」

 何も言えなかった。

 涙を拭いながら必死にケーキを食べるプレタをただ見つめるしかなかった。

 フローラやプレタ、そしてマリーナの思いを越えて叶った恋を決して失ってはいけないと心に誓った。



 あれから二日、馬を駆ってようやくトレス達は城門の前まで辿り着いた。白亜の建物を見上げたアザリアは興奮している。

「へえ、これがオバジーンの城なのね!!」

「行くぞ」

「待ってよ」

 感動する暇もなくトレスの後を追いかけると、門番が槍を交差してアザリアの行く手を遮った。

「ちょっと!!」

「彼女は俺の連れだ。通してやってくれ」

 トレスの一言ですんなりと視界が開けると、アザリアが口を尖らす。

「さすが、最高位の剣士様は顔パスなのでございますね」

 皮肉も動じず先に行ってしまう彼を慌てて追い掛けた。広大な敷地で逸れて、この歳で迷子になる醜態は晒したくない。かつてトレスも庭園で迷ったのが、アザリアは知る由もない。

 城内の廊下を歩く二人に通り掛かる者達が会釈していく。もっとも、相手はアザリアではなくトレスなのだ。


 -結構、凄いのね。ティエラ・トレスって男は。


 予知夢でしか分からない彼の素顔に興味津々である。

「やっと帰ってきたな」

 向こうからにこやかな笑顔の青年が手を上げると、トレスの頬が緩んだ。

「久し振りだな、ノーサ」

「全くだ。いつになったら酒を奢ってくれるんだか」

 美しい銀髪が流れていく光景に見惚れていると視線が合った。

「そちらのお嬢さんは?」

「私はアザリア。スカビオサから来ました」

「スカビオサ?」

「例の村だ」

 トレスが付け足すとノーサがはっとする。

「あの生物の目撃場所か」

 紫紺のコートに純白のコート、藍色の髪に銀の髪。二人並んで立っていると、何もかも非対称的な容姿を見比べていると澄んだ青い瞳をこちらへ向けた。

「ソラちゃんがやきもち焼くんじゃないのかい?」

「空が? 何故?」

「こんな美人と一緒とは聞いていなかったからね」

 

 -ソラ? 誰だろう? トレスとどういう関係?


「今回は長くいられそうか?」

「どうだろうな。陛下の指示を仰ぐまでは何とも言えないな」

 二人の会話から高い頻度で出る『ソラ』という名前をアザリアは記憶に焼き付けた。

「アザリア、マリーナ女王に謁見するが準備はいいか」

 トレスが話を振ってきたので、アザリアは急に落ち着きを失くす。

「待って。おじいちゃんが、女王様にお会いする時は正装するようにってうるさくて」

 慌てて持っていた鞄を胸に抱えて、辺りを見回した彼女をノーサが着替える部屋を案内した。

 しばらくして、部屋から出てきたアザリアに二人は驚いた。

 これまでの質素な服装から一転、光沢のある黒と赤い縁取りがされた民族衣装が鮮やかだったからである。膝丈の上着は前後左右にスリットが入っていて、動くたびにすらりとした脚が覗いている。

 オレンジから艶やかな黒と変色した髪を後ろで束ねていた。

「髪の色が変わるんだ」

 ノーサが感心して訊いた。

「この衣装を着ると霊力が高まるから変わっちゃうの。気に入らない?」

 トータム・メイルを彷彿とさせる髪の色に、ついトレスの表情が曇ったのをアザリアは見逃さなかった。

「気に入らないと言っても仕方ないだろう」

 素っ気なく返す彼に頬を膨らませる。

「そうなんだけど、ほかに言い方があるんじゃないの」

「元々こうなのさ。気にしない方がいいよ」

 仏頂面のトレスの代わりに、苦笑するノーサが代弁した。

「だから、女の子が寄ってこないのよ」

「それは違うな。彼を慕う者は多いよ」

 穏やかに否定するノーサを不思議そうにアザリアが見やる。

「そうなの?」

「でも、トレスには心に決めた……」

 と、言い掛けたが、トレスの鋭い睨みにノーサは口を噤んで肩を竦めた。


 






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