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その15

 メイルの剣からトレスの命を守り、砕け散ったはずの石が指輪となり甦る。

 そして、もう一つ同じ型の指輪が彼の掌に光っていた。

 

 -わあ、ペアリングだ!!

 

 高校の頃、付き合っている男女達の間で流行っていた物だ。その頃はまだ恋愛に関心がなかったので、話半分に聞いていたが実際に貰うとこんなに嬉しいことはない。

「俺とお前を繋いだ石だからな」

 色々とあったが大事にしたいとトレスは言う。

 

 -でも、失くしたら嫌だな……。

 

 よくクラスの女子が大騒ぎで、教室中を探して回っているのを思い出して顔をしかめた。しばらく黙っていた空が、机の引き出しを幾つか開けて何やら探している。

「ジャジャーン」

 手にしていたのは二本のチェーンだ。つなぎ目を外して、指輪を通すとペンダントとなる。

「考えたな」

 受け取ろうとするトレスに「ちょっと待って」と制した。怪訝な表情の彼を横目に見ながら、指輪にキスをする。

「この国では、願いを込めて贈り物にキスするって聞いてたから」

 我ながら恥ずかしいとは思ったが、一度はやってみたかったのだ。それを聞いてトレスは憮然とする。

「俺が先にするべきなんだが」

「え? そうなの?」

「当り前だ。お前へのプレゼントだぞ」 

 腕を組んでむくれる彼が、妙に子どもっぽくて失笑してしまった。

 トレスも小さく笑い空に倣って指輪にキスをする。互いにペンダントを首に掛けると、満面な笑みを浮かべた。

 二人の胸元に光るペンダントは、最高のバースディプレゼントとなった。

 互いに歩み寄り、トレスの指が空の頬に触れようとした時だ。急に膝が崩れ落ちる彼を慌てて抱き止める。

「トレス!!」

 体重を支えきれなくなった空はその場に座り込み、丁度膝枕をしている状態となった。

 不意に倒れて狼狽したが、やがてトレスから寝息が聞こえて安堵する。よく見れば、紫紺のロングコートは所々ほつれており血が付着していた。精悍な顔も切り傷の痕もある。

 きっと、妖獣狩りからそのまま駆けつけてくれたのだろう。

 全てを委ねて寝入る少年のようなトレスに、空は藍色の髪を優しく撫でた。

 

 

 目覚まし時計が鳴り、いつものように手探りでアラームを止めた空は飛び起きた。

 辺りを見回すと、既にトレスの姿はなく自分はちゃんとベッドで寝ている。どうやら、彼が運んでくれたらしい。

 いや、あの夜自体が夢だったのでは……と慌てて首に手を当ててあれを探した。

 

 -あった!! よかった、夢じゃなかったんだ……。

 

 『奇跡の石』がはまった指輪のペンダントを確認して微笑む。身支度に取り掛かった空の目が、テーブルに置かれている一枚の紙を見つけた。

 

 十八歳の空へ

 大切な日を最後まで過ごせてやれなくてすまない。指輪が二人を繋いでくれる。だから、笑顔でいてくれ。

 ティエラ・トレス

 

 流れるような字体に頬が緩み、ついでに涙腺も緩んだ。いつも、トレスは一言残して去って行く。どんな顔をして書いているのかと想像すると、思わず笑ってしまった。

 普段は口が悪いくせに、手紙になると優しく流暢に言葉を綴るそのギャップにときめく。

 

 -私も笑顔でいるから、トレスも笑顔で帰って来てね。

 

 栗色の髪を一つに束ねて空は元気よく厨房へと駆け出した。

 

 まだ疲労感が拭えないまま自室へ向かうトレスの前に、明らかに不機嫌なアザリアが立ちはだかる。

「昨夜はどこへ行っていたのよ!? 心配したんだから!!」

 ノーサから空の誕生日だ聞いていたが、まさか一晩中と一緒にいたとは思ってもみなかった。実際には、アザリアが考えていた疚しいことは一切ないのだが。

「たださえ体調が悪いんだから、早く寝たらよかったのよ!!」

「充分寝たさ」

「どこで!?」

  アザリアの形相は凄まじく、いつかテレビで見た阿修羅像を彷彿とさせた。

「悪いが、あとにしてくれ。急いでいるんだ」

 特に用はなかったが断る常套句を口にすると、ますます相手の怒りを増幅させてしまったらしい。

「あなたがいつも忙しいから、ゆっくり話す暇もないじゃない!!」

  ゆっくり話し相手になろうものなら時間があっても足りないとトレスが眉をひそめた。

  問答無用とばかりに背を向けた彼に更に噛みつく。私室までついてきたアザリアだか、じろりと見るトレスに口を尖らした。

「なによ」

「シャワーを浴びたいんだ。出ていってくれ」

「誤魔化しても無駄よ」

  腰に手を当てて睨むアザリアにため息をついて、コートから順に脱いでいく。

「ちょ、ちょっと、なにしてんのよ!!」

  上気した顔を手で覆い隠して狼狽するアザリアに、答えるのも億劫なのか無言で脱ぐ動作をやめなかった。

  やがて、鍛えられて引き締まった上半身に辿り着いたところで、悲鳴を上げながらアザリアが退散したのだった。

 

 今にも顔から火が出そうなアザリアが廊下を疾走する。

 

 -トレスのバカ、バカ、バカ!!

 

 村にいた頃は年寄りが多かったので、あまり若者の裸を見る機会がなかったアザリアには目の保養、ではなく目の毒だった。

 それでも、彼の首に提げてあるペンダントは見逃さない。

 次第に失速していき足を止めて振り向いた。

 

 -私が入りこむ隙間はないの……?

 

 再び歩きだそうと前を向いた瞬間だ。

 突然、視界が白一色となりしたたかに鼻を打つ。

「いったーい!!」

「これは失礼」

 純白のロングコートを纏ったノーサが驚いた表情で見下ろしていた。

「ちょっと、何処見て歩いているのよ!!」

 虫の居所が悪い彼女は自分の非を棚に上げて当たり散らしたが、それでもノーサは穏やかな笑顔を崩さない。

「トレスに会ったかい?」

「……朝帰りみたいよ」

 言いにくそうにアザリアが呟くと、彼は承知していたのか「ふうん」と一言だった。

「心配して損しちゃったわ!!」

 またトレスとのやり取りを思い出して、不機嫌になったアザリアが頬を膨らませて去って行く。

 ノーサは、そのあとにトレスと鉢合わせとなった。

「やあ、具合はどうだ」

「だいぶ楽になった」

「アザリアが怒っていたぞ。朝帰りはまずいだろう」

 呆れる友の眼差しにトレスはげんなりして答える。

「空にプレゼントを渡したら、そのまま寝てしまったんだよ」

 頭をかいて憮然とするトレスに、ノーサは瞬きを一つした。

「記念すべき誕生日にか?」

 罰悪く頷く彼に今度は盛大なため息をつく。

「はあ。それでアザリアに騒がれたのでは割に合わないな」

 まったくだ、と仏頂面のトレスが可笑しくもあり気の毒でもあるが、とにかく一緒に祝えたらしいので良しとしよう。

「ところで、呪いのことなんだか心当たりはないのか?」

 真剣な声色のノーサにトレスの表情も引き締まった。

「恨んでいる者は多いだろうな」

 最年少の最高位の剣士、おまけにマリーナ女王の一存で近衛隊まで成り上がった身だ。恨んでいる者など山ほどいるはずである。

 心当たりはないかと尋ねられて、限定するのは難しい。

「強いて言えば、妖獣が現れ始めた頃かも知れない」

 初めて妖獣と闘ったあたりから異変をきたし、妖獣が現れるごとに酷くなっていく気はしていた。

「やはり、メイルと関係があるのか……」

 かつての敵の存在がちらつき、唸るノーサにトレスの表情も真剣さが増す。

「『時の泉』も関わっているとしたら、ますます怪しいな」

「ああ」

 徐々に削られていく命を自覚していたが、自分のことのように苦悩するノーサを前にしてトレスは胸の奥に仕舞うしかなかった。

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