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嵐の前の静けさ

「ソラ、休憩入っていいよ」

「はい!!」

 ピークを過ぎた城の厨房は、交代で休憩を行っていた。

 蒼井空、十七歳。以前は現役の女子高生だったが、今ではすっかり異世界の生活に慣れて楽しく暮らしている。 

 暮らしてはいるが、やはりあの剣士が傍にいないのは淋しい。

 藍色の髪に同色の瞳、紫紺のロングコートを身に纏う最高位の剣士ティエラ・トレス。

 メイルとの死闘から半年が過ぎた。

 女王の命令違反で近衛隊の任を解かれたトレスは、新たな任務を命じられた。近衛隊の頃と違って、城へ帰るといったら報告だけでほとんど国外にいることが多いらしい。

 トレスとは、会うどころか顔も見られないのが今の境遇だ。

 初めて二人でオバジーンへやってきたあの丘で、互いの気持ちを確かめ合い、口づけを交わしたがそれ以上の進展はない。

 こうも声も聞けない状況が続くとさすがに不安になってくる。

 厨房で働く皆は『空は元気だ』だと言うが実際は違っていた。トレスに会えない日々が続き、寂しさと不安でいっぱいなのだが敢えて見せないようにしている。

 いつも笑顔でいること。それが、彼との約束だから……。

 

「エエッ!? トレス、来ていたんですか?」

 どうやら今日もすれ違ったらしく、銀髪のノーサが頷いた。

「報告にね。急いでいたから引き留められなくてごめん」 

 謝る彼に空は首を横に振る。

「そんな、ノーサさんが謝らないで下さい」

「あいつも気にしていたよ。真っ先に訊くのはソラちゃんのことでね」

 その言葉に空の頬が緩んだ。


 -離れていても心は通じ合っているんだね。


 なんだか元気を貰ったようで、また小走りに厨房へと戻っていく。


 

 足早に城を去って行くトレスは後ろ髪を引かれる思いだった。一目だけでも空に会っておけばよかったと今更ながら後悔する。

 この間は久し振りに会って驚いた。栗色の髪は伸びて、大人っぽくなっていたのだ。どんどん綺麗になってく彼女を間近で見ていたいが、トレスにはその時間さえ許されない。

 かつてモンソウが行っていた任務で、諜報機関員として単独で行動しているので終わりはないのだ。

 離れていても想いは同じと信じて馬を駆る。 


 今回の任務は、隣国との境にある村の調査である。最近、奇妙な生き物の目撃情報が寄せられていたからだ。

 先程、任務終了の報告をした際に女王マリーナがその話を切り出した。

「まだ、噂の段階なので真偽は定かではありません」

「奇妙な生き物ですか?」

「ええ」

 各地を飛び回っているトレスに思い当たることでもあるのか、少し間が空いた。精悍さと幼さが混在する顔をマリーナは愛おしく見つめている。

 告白を断られても、気持ちは空に向いていると分かっていてもやはり好きなのは変わらない。

「私の知る限りではそのような噂は聞いておりません」

「そうですか。トータム・メイルとの件もあるので王室はかなり警戒しています」

 メイルとは『奇跡の石』を巡って因縁があった。その石も『番人』のトレスの命と引き換えに砕け散ったのだ。

「分かりました。調べてみます」

 一礼してコートの裾を翻す彼をマリーナが呼び止めた。

「その……、気を付けて」

「有り難うございます」

 かすかに微笑んでまた歩き出した彼をいつまでも見送った。



 問題の地に降り立ったトレスは村を見渡した。

 文明はオバジーンより進んでおらず、全て自給自足の生活をしている。着ている服も質素で、上質な素材のロングコートを纏う彼は完全に浮いていた。

そのせいか、住民は好奇な目を向けるだけで近寄ってこない。ようやく、一人の中年男性に話を聞くことができた。

「この辺りで、奇妙な生物を目撃したというのは本当か」

「そうなんですよ。身の毛がよだつほど恐ろしい姿をしていました」

 男は興奮して声のトーンが一段と高くなる。

「実際に見たんだな?」

「丁度、畑仕事をしている時で……」

「そこで何をしておる!?」

 二人の会話をしゃがれた声が割って入った。

「長老様!!」

 白く長い顎髭をたくわえた老人がこちらを見ていた。その鋭い眼光はトレスから離さない。

 老人が手で合図すると、男は慌てて立ち去ってしまった。

「よそ者が何の用じゃ?」

「俺はティエラ・トレス。オバジーンの剣士です」

 名乗った刹那、長老が目を見開いた。

「では、お主があの最高位の剣士か!?」

 今度はトレスが驚いた。まさか遠く離れたこの地で、自分が知られているとは思ってもみなかったからだ。

 ついてくるよう促されて、長老の後を追うと一軒の家に着いた。漆喰の壁に瓦葺の屋根の造りが何処か懐かしく感じる。

 入り口は狭く、背が高いトレスは身を屈めなければ頭をぶつけてしまう。

 床に座るよう勧められたのでそれに従った。細く裂いた布をこより状にして編んだ敷物は、地面からの熱を遮断する役割をしているとのことだ。

 長老が淹れた茶を飲む間も辺りを警戒するトレスに、彼は声を立てて笑う。

「そんなに警戒せんでも大丈夫じゃ。お主のことはわしと孫娘しか知らない」

「とても、この土地で情報を得られるとは思えません」

「先祖は未来を見通す能力があった。その力はわしら一族に受け継がれている」

 トレスは背中に脂汗が流れるのを感じた。この老人が次に続く言葉が予想できるからだろうか。

「心配せんでも、長い年月を経てだいぶ弱まっておる。それ故に、トータム一族とは縁があってな」

 トータムの名が出てトレスの顔に緊張が走った。

 咄嗟に床に置いた剣を掴んだが、長老がキセルで制する。

「落ち着きなさい。これは二人しか知らぬと言ったはずじゃ」

 長老に宥められて浮かしていた腰を下ろした。

「メイルも可哀想な男じゃ。一族のねじれた思いが仇となってしまった」

 『時の泉』に沈んでいく憎悪に満ちたメイルの形相は、未だトレスの瞼に焼きついている。

「やつが『奇跡の石』を持たぬ者を異世界へ送り込んだことで、よからぬ者まで呼んだようじゃな」

 それが本当なら自分に責任があるのかとトレスの胸は痛んだ。

「どうすれば、その者達を鎮められるのでしょうか」

「それは……」

「あら、お客さん?」

 二人の会話を遮る明るい声が部屋に響いた。振り向くと、オレンジの髪を靡かせた若い女性が立っている。

「先程話していた孫のアザリアじゃ。この人はオバジーンの剣士ティエラ・トレス」

 小脇に抱えていたカゴをテーブルに置くと、身を乗り出してトレスを覗きこんだ。あまりの近さに、彼の方がのけ反る。

「ふうん。思ったよりいい男ね」

 目鼻立ちがはっきりしたなかなかの美人であるが、いささか気が強そうだ。

「ここの果物美味しいのよ。食べてって」

 と、カゴから果物を取り出すと器用に剥き始めた。皿に盛ってトレスに差し出そうとした刹那だった。

 

 キン!!

 

 乾いた金属音が部屋に木霊した。

 懐から抜いたアザリアの短剣を、鞘からわずかに抜いたトレスの剣が受け止めたのだ。

「やるじゃない」

 キッと睨むトレスに彼女がにやりと笑う。

「戯れが過ぎるぞ」

 長老に咎められてアザリアが肩を竦めて短剣を仕舞った。

「最高位の剣士がどれほどのものか試してみたかったの」


 -俺を試そうなんてとんでもない女だな。


 トレスが呆れていると、アザリアがこちらを見てウインクしている。

「すまんのう。幼い頃、両親と死に別れて自由に育ったせいか作法がなっていない」

 彼女も両親がいないと知ってトレスは同情した。

「ねえ、今夜泊まっていったら? 妖獣に会えるかもよ」

「ヨウジュウ?」

「あの生き物のをわし等はそう呼んでおるのじゃ」

「いいでしょ? おじいちゃん」

 長老も反対しなかったので、半ば強引にトレスの宿泊が決まってしまった。喜々として支度を始めたアザリアを前に断る理由も見つからないトレスは深く息を吐いた。




 

前作がやっと完結したんですが、その後の二人を書いてみたくなっちゃいました。新キャラも登場して、どちらかというとトレス中心の話になる予定です。もちろん、空やこれまでのキャラも活躍しますよ♪

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