幸せ者
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「…………ええ天気や」
青空透ける11月。
今朝も俺の1日が始まった。
【幸せ者】
冬場の芝桜は見た目、元気がない。
葉が枯草色になるからだ。
ま、俺の髪みたいな色だ。
だが、心配はいらない。
これは芝桜なりの紅葉。少し味気ないが、春には鮮やかに咲き乱れるのだからよしとしよう。
「まだ霜は大丈夫やな」
乾燥に強く成長の早い芝桜は根が弱点だ。
霜が降り、土から根が出てしまうと、そこから弱ってしまう。夏の雑草の根も天敵で、根の強いものには芝桜の根が負けてしまうのだ。
夏は雑草取り。
冬は霜取り。
この二つをし、土が乾いたところで水をやれば、芝桜は毎年美しい花を咲かせる。
俺は駐車場脇に青の芝桜、庭に白とピンクの芝桜を植えている。
余談になるのだが、当初、駐車場脇には青・白・ピンクの3色が植えられていた。しかし、いつの間にか青が大半を占め、白とピンクが隅に追いやられていたのだ。
可哀想だと思って荒れ地となっていた庭をせっせと開拓してから、そこに白とピンクを植え替えてやった。そして、駐車場脇には青、庭には白とピンクの芝桜が咲くようになった。
宿根草の根の発生を促す為に茎に土を幾らか盛るのだが、これを目土と言うらしい。
目土の効果で、今年も新芽を出して広がってくれた。
来年の春が楽しみだ。
「司野、枯れてないか?」
「枯れてへん。お休みしてるんや」
「お休み中?マジ?」
崇弥の重味を肩口に感じる。太陽の匂いがした。
「また来年、綺麗な花咲かすから待っててな」
「芝桜だよな?桜みたいな花咲かすやつ」
「そうや。これ」
頭上に降り注ぐ朝陽にネックレスにしたお守りを透かせば、トンボ玉に浮かぶ桜が瞬く。
「キラキラしてる」
「本物の桜はもっとキラキラしておるで」
お守りをTシャツにしまって、俺は後ろを振り返った。
赤茶の髪に寝癖を付けて欠伸をする崇弥。
着ている首回りの伸びたシャツには虹色でDREAMと書かれている。色褪せたぶかぶかのジーンズがサンダルに引っ掛かりそうで怖い。
「おはよう、崇弥。珍しく早起きやな」
「おはよー、司野。今日は何か目が醒めた。朝御飯まで時間あるから散歩しようかなって」
「せやったら、一緒に散歩するか?」
「する。したい」
あ、微かに笑った。
「一緒に散歩する……その前にちょっと準備してくる」
もう少しレアな微笑みを堪能したかったのに、ハッとした崇弥は門を開けて自分の店へと走って行く。
「……俺も戸締まりするかな」
不思議と、習慣で鳴るお腹を撫でていても心が躍っていた。
「なんや……これ。散歩ちゃうん?」
「散歩、散歩。散歩だ、司野」
散歩にチラシ配りがセットとは。
「用心屋にチラシあったんやな……」
「呉がパパッとな。あ、司野!右端からだろ?なんでそんな微妙なとこからなんだよ。どこまで入れたか分かんないだろ」
「へ!?」
崇弥がまた1枚ポストにチラシを入れながらむすっとしていた。
「す、すまん……」
って、なんで俺が謝らなければならないのだろうか。
そんな疑問とも言えない疑問を持ちつつ、ちゃっかり右端から入れ直す俺。
俺って優しいな。
「いやぁ、助かった」
「散歩……やしな」
「いやいや、俺の手伝いご苦労様!」
そこは言い直さないでほしい。散歩だと暗示しながら、さして景色の変わらない団地の中を歩いていたのだから。
「はぁ……」
もう溜め息しか出ない。
お腹の空き具合は半端ないし。
「さ、司野、お礼にほら!」
「お礼……?」
と、崇弥が道路のど真ん中で腰を屈めて俺に背を向けてくる。
これは……――
「え?おんぶ?」
「見ての通りじゃん。用心屋前行きの崇弥バス発進しますよー?」
「俺は……おんぶは……」
「崇弥バスの見所はなんと言ってもその高さ!背の低い……新しい世界が開けるはず!」
背が低い。
ああ、そうかいな。
「崇弥バス乗ってやる」
左右前後、人気なし!
俺は崇弥の手に導かれて崇弥の背に乗った。すると、高い。民家の庭から出た木々が近い。にゃんこが塀の上をのんびり歩いている。
新しい世界が開けた。
「崇弥バスしゅっぱーつ!」
「しゅっぱーつ!」
その時、隣の隣の隣の家のおじいちゃんが朝のジョギング途中に俺達をじっと見ていたとは夢にも思わなかった。
『由宇麻君、昨日は楽しそうやったねぇ。若い若い』
『み……見てたんですか?』
『おんぶなんて、私も親父に良くしてもらったわ。でっけぇ親父の背中にぎゅってしがみついて……なぁ、由宇麻君』
「そうですね、お父さんの背中」と、崇弥の背中だけど……と思いつつ、俺は苦笑しながらジョギングに向かうおじいちゃんを見送った。
崇弥バスは近所の公園を駆け抜け、なかなかの乗り心地と景色だった。新しい世界――つまり、新世界というやつだ。
「今日のご飯はスッパゲテぃいい。ミートソーススッパゲテぃいいー」
今朝から気分が良かったから、俺の鼻唄もノっている。
すると、
キーンコーン。
スパゲティを茹でるための水を火に掛けて、ミートソースにカレーの風味も入れて作っていた時、チャイムが鳴った。
我が家のインターホンには訪問者を映す画面も訪問者て話せる受話器もないため、直接出ていくしかない。
土曜日の昼間に誰だろう。
用心屋の誰かだろうか。
「誰やろ……」
ドアを開ければ、でーんと……!?
「ひぁ!?」
「あ……すみません」
すみませんじゃない。
何故、門から入ってドアの真ん前にいるのだ。お陰で鼻をジャンパーの金具にぶつけてしまったじゃないか。
「……どちら様?」
鼻頭がじんじんする。
「敢えて言うなら、俺は不審者ではないので、安心してください。夕霧の名前で芸をしている者です」
今、物凄く不安になった。
敢えて言わずとも、彼は不審者だ。
芸名しか教えてくれてないし。怪し過ぎだ。
「……ご用件は何ですか?」
「質問しに来たというか……お向かいとは付き合いありますか?」
向かいは勿論、崇弥の家だ。しかし、用心屋の業務内容を考えると、不審者に無闇に答える訳にはいかない。
「君は向かいとどんな関係か言わんなら、俺は何も答えない」
「ムキになるあたり、付き合いがそれなりにあるか、俺が何者か余程気になるのか。……俺、お腹空いているんです。ミート的な何かを食べたくて。空腹が満たされれば口も軽くなるし、同じ釜の飯を食べた仲なんてのもありますし」
なんて、図々しい奴だろう。
でも、崇弥に似てる気がする。
「釜じゃなくて麺やけど。まぁ、ええわ。ミートソーススパゲティーを一緒に食べよう」
俺って、本当に優しいなぁ。
代わりに敬語は止めたけど。
「あの、ところで、それは趣味ですか?」
サンダルを脱ぎ、彼を玄関に入れたところで、彼にじっと見られていることに気付いた。
視線の先は俺で……。
「ひらひらのフリルを存分にあしらい、裾と袖には並ぶリボンの数々。括れを強調するかのようなブルーの大きな大きなリボン。それはまるで――――」
「貰ったんや!趣味やない!」
義理とも言えないが、妹が舌をちろりと出してくれたのだ。
『お兄ちゃん、プレゼント』
フリフリエプロンを……。
「そうですか」
いや、全然信じていない顔だ。
「……麺を茹でるから席に座っといてや」
「それじゃあ、お邪魔します」
俺はスリッパを用意して先にリビングに向かった。
それにしても、何か変な客だなぁ。
背負っていたリュックをソファーに立て掛けた彼は食卓用の椅子に腰掛けている。キョロキョロと辺りを見回しては、カレンダーや置物を見詰めていた。
カレンダーには出張の期日など……労働課監査部アンチ……なわけないか。
だって彼は、
「貰い物ばっかりですね。それも可愛いものばかり」
皆、何を勘違いしてか、可愛いのばかりくれるのだ。
「司野さんはお仕事は何を?」
ぎくり。まさか、アンチ?スパイ?
「………………管理職みたいな」
「労働課監査部ってそう言うところなんですか」
「なんっ!?ホンマに何者や!!」
俺は麺を茹でる手を止めて彼を睨めば、
「名刺にそう書いてあるじゃないですか」
雑務の人が新人に対してお祝いの意を込めて贈ってくれる名刺セットを彼が掲げていた。
「それ……!どこから……」
「テーブルの上に。でーんと置かれてましたけど」
……………………置いていた気がする。
嗚呼、俺の馬鹿野郎……。
「労働課監査部……カッコいい名前ですね」
「労働課一の嫌われ部署や」
確かに名称はカッコいいと思う。平仮名、片仮名、漢字を使う日本人の俺も、漢字が多いと、なんかカッコいい。
宇宙特殊防衛戦闘員。
ほら、カッコよくないだろうか。俺だったら、戦いたくはないが、少し無理してでも肩書きは欲しいな。
宇宙特殊防衛戦闘員――司野由宇麻。
じっちゃんに自慢したいな。
それに対して、労働課監査部は名の通り、企業はたまた政府機関を徹底的に監査する。各項目を厳しく調査し、違反があれば項目毎に設けてある反則点を加算していく。そして、反則点がある一定を越えると強制的にその団体は活動停止となる。
そうして、一度でもブラックリストに載った企業等はボーダーラインが上がった状態で反則の改善をしなければ、活動を再開できなくなる。
そして何より、『倒産し、名称の変更をして起業する』と言った大人の事情も全力で阻止するのが監査部の仕事だ。監査部は監査対象の倒産後も目を光らせ続けている。
それを軍関連施設以外ならば、政府関連施設だろうと適用させるのだから、嫌われて当たり前だ。
もともと、我ら労働課監査部のコンセプトは“平等な監査執行機関”であり、国民の抱く政府への疑惑を取り除く為にできたのだ。だから、一般市民の味方のつもりである。
しかし、あくまでも“平等”だから、良く分かって貰えない。
罵られたり、殴られたりと、同じ労働課の仲間や公務員達に嫌われ、国民にも嫌われ、何とも肩の強張る仕事である。
繰り返すが、労働課監査部は政府と国民とを取り持つ“平等な監査執行機関”だ。
じっちゃんなら、きっと俺の頭を撫でてくれる!
「――あの、司野さん、いつまで麺を茹でるんです?」
「……あ!茹で過ぎやんか!」
カレーとかシチューを作るでもないのに!
「俺があとやりますから、司野さんは席にどうぞ」
「いや、お客様にそないなことはさせられへん」
「お客様じゃなくて同じ釜の飯を食べる仲間。ボーッとしてるし、座っててください」
ボーッとしていた間に隣に立たれていた俺は、彼に背中を押される。
“お客様”以前に、知り合って間もない人間に台所を譲るのは断固拒否のはずだが、俺は彼に任せることにしてしまった。
崇弥と同じような年の子で、崇弥に雰囲気が似ていて……――
「なぁ、俺、君と会ったことあらへん?」
「あなたと俺が?」
「いつか何処かで見たことがある気がするんや」
「……俺はありませんけど」
他人の空似……崇弥に似てるなんて考えていたら、あらぬ空想までしてしまったようだ。
俺の家はキッチンと食卓用テーブルとに仕切りがあるが、背が低い仕切りのため、椅子に座っている俺からも彼が見える。
彼はてきぱきとスパゲティはお湯から上げ、用意した皿に盛り付けていく。
「あ……微かにカレーの匂いがしますね。美味しそうだ」
「カレー粉を少し入れてるんや。俺は後ろの棚にある粉チーズとパセリを掛けるんやけど……君もどうや?」
「是非」
にこっと笑む姿は大人びていて、やはり、いつか何処かで見たことがある気がする。
俺は粉チーズとパセリを取り出すために席を立った。
背、崇弥よりも高くあらへんかな……。
「で?俺はお向かいさん同士、崇弥家とは交流がある。でも、同じ釜の飯を食べただけじゃ、俺は何も答えへんで」
「崇弥洸祈は天然野郎だった」
唐突に語る彼。
崇弥の個人的なことを語って、俺に信用させようということか。
逆に言えば、俺の崇弥に対する情報も試されている。
もし、「そんなやつは崇弥やない!」なんて言って、本当に崇弥の知り合いだったら悔しいし、悲しい。
「味噌汁とか白米、お茶漬け、蜜柑が好き。刑事ドラマを見せたら、ハマった。昼ドラは勝手にハマった。あとは、寝てる時は超絶可愛い。……許せないのが、自己犠牲精神。自分のことを省みない。いつも自分を痛め付ける。で、時折突き放すようなこと言うけど、大抵は根拠のない強がり。嘘っぱちだ」
あ……この人…………。
「よぉ分かってるんやな!俺も自己犠牲は崇弥の悪い癖やと思ってたんや!」
分かってくれる人がここにいたとは!
寝てる時は天使なのに、起きたらツンツンしてるし。
「ですよね?あいつ、他人の心配お構い無しで無茶するし」
「言っても言っても治らへん。心臓いくつあっても足らへんわ」
「本当に。……洸祈、元気ですか?」
そっか。
性格とかは知ってても、元気かとかは知らないのか。
「ずっと会ってないん?」
「……会えなかったんだ」
「…………崇弥は元気や。沢山の家族に囲まれて笑っておる」
黒曜石みたいな漆黒の瞳が俺を見上げてきた。
「家族に……洸祈はひとりぼっちじゃないんだ……」
「そうや」
「………………洸祈……良かったな……」
彼の穏やかな表情。俺はその中に愛情も見た。
崇弥は愛されている。
「洸祈は……幸せですか?」
そんな質問、答えは決まっている。
「あいつは十分幸せ者や」
崇弥が幸せじゃなきゃ、用心屋の皆も俺も幸せじゃなくなる。
「嗚呼……本当に…………これで俺も幸せだ」
ボソッと一言。
俺は彼にホッとした。
崇弥の悪い癖は自己犠牲。悪く言えば、偽善。
そんな崇弥のことを真剣に考えて、自らのことのように安堵する彼。
「ご馳走様でした、司野さん。カレーとチーズは覚えておきます。とても美味しかった」
皿洗い一切をしてくれた彼は「着替えても?」と不思議なことを言うので、2階の空き部屋に案内した。と、1階で待っていようとしたら、声を掛けられた。
「じっちゃんが教えてくれたんや。じっちゃんは和菓子屋やけど、料理は何でもできて、新作作っては俺に食べさせてくれたんや」
「いいおじいさんですね」
「せやな。……俺、君は崇弥の最高の友達やと思う」
他人の幸せで幸せになれる人はあんまりいない。俺は妬んだり、僻んだり、羨ましくなってしまう。
欲しい。
家族が欲しい。
欲しいから……壊そう。
「ありがとうございます。でも、俺は友達じゃありませんよ」
………………?
「洸祈の友達の座はもう誰かに奪われてしまってますから。俺の知らない誰かに」
それは、俺も知らない誰かや。
「だから、俺は洸祈の恋人の座を奪いに来たんですよ」
「……は?………………!?」
発言の内容は理解したが、発言の意味の理解は出来なかった。
それより、部屋から出てきた彼は、
その銀髪に合う純白の着物を着ていた。
「その格好……」
見たことがある。
彼を絶対に何処かで見た。
「あいつの中で、俺はこの姿だから。だけど、俺はこの姿のままでいるつもりはない。司野さん、お世話になりました」
「あ…………っ」
思い出した。
しかし、確認する前に彼は行ってしまった。
「……月華鈴の子や」
親を亡くした子達が舞を踊り、お金を集め、それを世話になった施設に送っている。
俺は彼をテレビで見た。
『約束したから』
約束したから舞を踊ると言った彼。
月華鈴の夕霧。
「約束……叶ったんやろか」
視線の先の用心屋は静かだ。