ソフトボール(1)
ここは総合研究所の空き地です。
昼休みに野球をして遊んでいます。といっても、テニスボールを金属バットで打って遊んでいるです。ピッチャーとファーストベースがあるのですが、ほとんどノック練習みたいなものです。
食品研究所の井村義男は、悩んでいました。今度、組合主催のソフトボール大会があるのですが、メンバーが決まらないのです。男ばかり十数人の食品研究所は頭数はありますが、高齢化しているのです。
「岡村、安田、置屋、大丈夫だな。問題は、ピッチャーの川村さんは持つかな。」
守備練習している日下部が目に入りました。
「日下部、今度のソフトでるか。」
「でます!」と主人は元気よく答えました。
「出るのか?ほんとに出るのか。」
「去年は、ピッチャーでやらしてもらったでしょ。」
(わかってねぇな。こいつ運度神経ねぇし、野球センスないから、そこしか守らようがなかったんだけどな。)
「ああ、そうだったな。」
「打ち込まれて、悔しかったから、あれから1年間、壁相手に練習したんですよ。」
「そうか。じゃあ。メンバーに入れとくよ。」
(川村さんを全試合使うわけにいかないからな。練習したんなら中継に使えるかも・・)
ここは、女子更衣室です。ほんとに、女子更衣室が多いですね。偶然です。
広田礼子が主人に頼んでました。
「日下部さん。女子の試合出て!」
「えー、僕は男だよ。」
「女子更衣室のメンバーだし、かまわないわよ。」
「それは関係ないだろ。僕は男だ。だめだよ。」
「17人しかいなくてこのままだと試合が成り立たないのよ。」
「そりゃ、困ったなあ。」
「ねぇ!お願いだから・・」
「しゃないなあ。」
主人は渋々了承しました。
もともと、スポーツ好きの選手は数名しかいないので、なだめすかして集めた、運動オンチの寄せ集めです。あまり喜んでやる子はいないのです。
「じゃあ、行くわよ。」
「え?どこへ」
「試合の格好のコーディネートに決まっているじゃない。」
「またあ。化粧もするだろうな。」
「当然よ。」
「今度はセクシーダイナマイト。」
「なんだそりゃ。」
嫌がりながら、徐々に喜びに変わっている主人でした。
ここは、組合会議室です。
「え!日下部のやつソフトボールにエントリーしているぞ。」
「またかあ。いつもやっかいなことをするやつだな。」
「村田、どこにでているんだ。」と泊さんが聞きました。
「食品研のチームと女子ソフトチームです。」
「女子ソフトは日下部を入れてかっきり18名か。だめというなら試合がなりたたないか。」
「本人が女子チームに出たいとというならまあいいじゃないですか。」
「どうせ、エキビションだ。勝敗に関係ない。誰が出ても問題ない。」
「問題は食品研のチームですね。」
「ああ、女子が全イニングでると2点加点するというルールですよね。」
「勝負にこだわるやつが多いからな。」
「女子の試合に出たということは、女ということになる。2点加点はどうしてないんだといいかねない。」
「うーん。」
「困ったな。」
「・・・・・」
みんな考え込んでしまいました。
「あいつは、男扱いにしよう。」と泊さんがいいました。
「え。」
「いつも、『僕は男だ』と言っているだ。食品研のチームでは男扱いが本人は喜ぶだろう。」
「ええ、まあ、確かにそうですが・・」
「女子ソフトチームは、男性であるが女性陣に特別招待された選手ということにしよう。」
「なるほどね。」
「食品研のチームには前もって言っとけ。2点加点は無しだ。」
「わかりました。」
ソフト大会の当日になりました。色とりどりのジャージーやウェットを着た選手が黄色い声をあげています。いま、女子ソフトの試合が行われるのです。
「これより。女子対抗戦を行います。」
ずらりと、美女、自称も含めて美女が並びました。その中で、ひときわ異彩の美女がいます。下は黒タイツにピンクの半ズボン、上は黒のニットアンダーウェアにピンクのベストを着ており、サングラス付きのバイザーをかぶってます。しかも、背が高いです。
試合が始まりました。ピッチャーをやるようです。投げるたびに豊かなバストが揺れてます。ああ、うらやましい。揺れるおっぱいだなんてありえない。
井村義男はジュースを片手に女子ソフトの試合を見に来ていました。
自分たちの試合が終わればこれを眺めるのが男の楽しみなんです。
(すげぇ。あの美人はだれた・・色っぽい。)
「ストライク!スリーアウト、チェンジ!」
イニングが終了しました。ピッチャーがマウンドにボールおいて、井村さんのほうにやってきました。
「井村さん。ウチの試合どうでした?」
「え? 『ウチの』って、あんた、だれ?」
「やだなあ。僕ですよ。日下部。」
そう言って、バイザーのサングラスを跳ね上げると、アイシャドウにルージュと化粧を決めた主人でした。
「日下部かあ。ビックリした。」
「結果まだ聞いてないんですよ。」
「第1試合は、10-1で圧勝、第2試合は、2-3で惜敗した。ピッチャーの川村さん年だな。30分後に敗者復活戦があるけど。」
「でれなくて、済みませんね。これ終わったらそっちいきますから・・」
(別にいいけどな。期待してねぇし。)
「日下部さん。打順よ。」
「はあい。・・・きっと、行きますから出させてください。」
「わかったよ。」
所詮、運動センスゼロの女子の試合です。バットに振り回されている女やボールが飛んできたら逃げる女もいる楽しい試合です。送球も肩が回ってない砲丸なげです。
その中で数少ない打撃フォームも様になっている主人でした。ビール片手に泊さんがやってきました。
「ほう。日下部がピッチャーか。」
(泊さん、よくわかるなあ。おれはわからんかったぞ・・)
「エースで3番の主力打者ですからね。」
「日下部のやつ女子の中では様になっているな。」
2死満塁、カンという金属音とともに白球が宙を舞います。セカンドの正面、簡単なイージーフライです。ベンチのみんなは万事急須を覚悟します。
ところが、グローブの土手で受けてぽろり。一斉に、黄色い声が上がります。焦って内野に投げると暴投・・・とはなりません。あろうことかピッチャーへ投げたのです。結果的にはいい判断です。1名はホームに帰りましたが、他は先へ進めません。次は、ピッチャーゴロ、ファーストに送球してアウトでした。
主人がマウンドに上がりました。いきなり、内野の頭を越えるフライです。外野の女≪こ≫が転がるボールを上からグローブでおさえてて、ファーストにワンバウンドで返します。うーん、ここが女子の試合の醍醐味です。
男なら片手で拾ってサイドスローでセカンドかサードに返すんですけど。それではかわいいくありません。
ノーアウト2塁になりました。しかし、次が続きません。内野は大体スポーツセンスのある女≪こ≫で押さえてあります。ゴロならば大丈夫です。
試合終了です。内野手が喜んで主人に抱きついています。泣いている子もいます。こんなので泣くかなんて言うのは野暮です。
「日下部のやつ馴染んでいるなあ。おっと、試合が始まる時間だ。」そう言って井村さんはグラウンドを去りました。
こちらは、別のグラウンドです。
食品研究所と化学療法部第二チームの敗者復活戦の試合です。
ベンチがにわかに賑やかになりました。女子が応援にやってきたのです。色とりどりの運動着、その中にひときわ異彩を放つ美女がいます。必殺の巨乳の胸をはだけ、タオルで汗を拭いています。ペットボトルを握る赤いマニキュアが色っぽいです。
試合を見に来ていた大川部長がいいました。
「急に賑やかになったな。だれだアノ美女は?ウチの応援をしてくれているみたいだが」
「何言っているですか。日下部じゃないですか。」
「えーー。あいつかぁ。ウソだろ。」
「ボール、ファー。バッター1塁。」との審判の声です。
「ありゃ。ピッチャーばてているみたいね。」と広田礼子がいいました。
「ああ、3試合目だからな。」と井村義男が渋顔で答えます。
「どうして、日下部さんを使わないの。」
「日下部かあ。遅いし、あんまりコントロールよくないんだよ。」
「でも、練習では速いの投げてたわよ。受けられる女の子がいないんで投げなかったけど。」
「ホントか?そういえば・・練習していたとか言っていたな。」
「おおい。ピッチャー交代だ。日下部だ。」が井村義男が審判に声をかけました。
「わあい。ほんとですか。」と主人は満面の笑顔です。
主人がマウンドにあがります。
突然応援していた色っぽい美女がマウンドに現れたのです。化学療法部第二チームのベンチが騒いでます。
「おお、今度は女か。試合放棄か?」
「バッター変われ、俺が立つ!」
「どこを?」と言った男は袋だたきにされました。
淑女をまえにして当然です。審判も苦笑いしています。
主人がボールを手前に構えて、足を振りだし、腕を大きく後ろに回しました。一度もみせなかったウィンドミルです。スパンと小気味よい音を上げて速球がミットに吸い込まれました。ヤジが一瞬でとまりました。
「え・・・」と驚くバッター。
「え、ボールはずれましたか。」と尋ねる主人
「ス、ストライク。」
遅れて審判がコールしました。
「はい。」と主人は満足げです。
「おい、速いぞ。」
「ウィンドミルだ!本格的だ。」
「あれは、だれだ?」
ピッチャー交代、日下部と聞いたはずですが・・
また、スパンと小気味よい音。
「ストライク。」
「えっ、ちょっとまってくれ。」
また、スパンと小気味よい音。主人はテンポが早いのです。
「ストライク、バッターアウト。」
「えーー。ウソだろう。あんなの打てるか。」
みんな急場こしらえのチームです。下手投げが普通で、本格的なウィンドミルで投げるものはいないのです。ほとんどが山なりのボールに対し、直線的で浮いてくるボールです。独特のフォームはタイミングもとりにくいのです。いきなり対面するとまず打てません。
「ストライク、バッターアウト。スリーアウトチェンジ。」
「あれは速度違反じゃねぇか。」と審判にくってかかるバッターです。
「まさか。」と審判も笑っています。
「ゲームセット。4-5で食品研究所の勝ち。」
試合が終了しました。
一斉に上がる黄色い声!女子が主人の周りに集まっています。
「わあ。すごいじゃないの。」
「速い、速い。ビックリしたわ。」
フル出場で2点のハンディがもらえるくらい格下にみられていた女性。その女性が男性をきりきりまいさせる快挙!主人は女性のヒーローです。本人は男だと言ってますが・・
昼休みです。みんな弁当を食べています。主人の周りは日スカ会のメンバーを中心に一緒に試合をしたメンバーです。主人は一躍「時の人」となりました。
「すげえな。日下部も成長したな。一躍、ヒーローだ。」
「それって、胸のことか。」
「馬鹿!」
また、袋ただきに合っています。
井村義男さんが部長にしかられいます。
「なんで、最初から日下部をださなかったんだ。」
「そうは言いましてもね。」
「予選、楽勝だった。じゃないか。」
「まあ、そうですが・・私達も今日初めてなんですよ。守備はざるですよ。変わってない。」
「昼休みのを見てれば、確かにそうだな。」と部長は苦笑いをしました。
錆びたネット越しに見えるのは青空です。主人を中心に賑やかな笑い声が響いていました。
ちよっと、短かったですかね。次の章で、準決勝と決勝が続きます。