スキーに行く? 行く行く。
最近は、スキーはすたれましねぇ。私はシュプール号で行きました・・・あっと年がばれちゃう。
ここは女子更衣室です。ん? この話は女子更衣室が多いですね。単なる偶然です。
「日下部さん、スキー行く?」
「行く行く!」と主人は二つ返事OKをしました。
実は主人は中学時代からスキーをしており、大学時代は冬に数回はこなす強者だったのです。他のスポーツはろくでもなかったですが・・
「じゃぁ、組合のスキーツアー申し込んどくね。」
「よろしく。」
背広に着替えつつ、にこにこして、主人はみんなに聞きました。
「ところで、みんなはどうするの。」
「もちろん、行くわよ。」
「じゃあ。早速、ウェアを買いに行こうか!」
「え?」
「今のヤツは3年ぐらい前のヤツだからね。最新のヤツに買い換えたんいだ。板も新しいのがほしいしね。」
「今日ですか。」
「善は急げというじゃん。カードもあるし、現金がなかったら貸して上げるよ。」
合コンの時とテンションが違いますね。この日、主人は新しい板とウェアを買ったのです。みんなで楽しく服選びをしたことは言うまでもありません。
スキーのさかんな頃です。学生はもちろんのこと、社会人も若手は冬の一大イベントスキーです。毎週、土日はどこかのゲレンデで滑り、春に向けて北上するというスキー渡り鳥もいました。滑り納めは初夏の残雪スキーだそうです。リフトもないところを板を担いで上がり滑るんですよ。よっぽと好きでないとこんな馬鹿はできません。仲間同士でツアーに申し込むのが普通ですが、組合のツアーもこれまた楽しいものなのです。
ここは組合会議室です。労働組合のスキー企画で担当者が悩んでます。
「おい。日下部をどうすんだ。」
「ブラジャー付けて、男部屋というわけにはいかんだろ。」
「しかし、女性部屋というのもなあ。あいつ、アレがついてんだろ。まちがいがあるといけないし・・」
「断るか。」
「組合主催だろ。そんな差別的なことできるか。」
「しかし、1人部屋も無理ですよ。」
「宿に頼めないか。」
「やりました。勘弁して下さいとのことです。」
「悩むこと無いわよ。女子部屋でいいわよ。」と安全製研究部の広田礼子が言いました。
「でもなあ。」
「なんだったら、『日スカ会』の4人組を一緒にしてくれたらいいわよ。いつも、私達、日下部さんといっしょだから平気よ。他にも一緒でもいいと言う人いるじゃない。」
『日スカ会』は『日下部にスカートをはかせる会』の略称です。
「1部屋6から8人だから、まあ、5人以上ならいいだろう。」
「泊さんいいですか。」
泊茂一さんは、主人より8つ年上の組合専従の委員長です。組合主催のスキーですから今回ツアーの責任者でもあるのです。後に、とっても深い関係になるとは思ってもいませんでした。
ここは郊外のとある駅です。この周りは道路沿いに高いビルが数棟と住宅と倉庫が並びます。そして、そこを少し外れると一面の田園地帯です。
今日も駅からたくさんの人が吐きだされてきました。今日だけちょっと変わった格好をしているものがいます。派手なダウンジャケットと綿入り上着を着て、大きな荷物と長い袋を持っているのです。そう、こんな町中であり得ないスキー客です。普通に背広を着て板とスキー鞄を抱えている人もいます。
実は、総合研究所の最寄り駅なのです。そして、本日は金曜日、夜の8時頃にスキーバスは研究所を出発する予定です。業務の終了は、夕方の6時なのですが、出発時間までに、家まで取りに帰れるはまれです。そのため、ほとんどがスキーいく格好で出社してくるのです。
夜になりました。スキー参加者は食堂に集まっています。お弁当が山積みされいます。本日、夜はこれが晩ご飯らしいです。初心者を除いて、ほとんどがスキーウェアです。女子達は新調したウェアを批評しあっています。
主人はジーパンにセータという格好でこの中に加わっていました。周りは、例の日スカ会の4人組です。
「あら、日下部さん。新調したウェアは着ないの。」
「あれは、ちょっと・・ボディラインが目立つから・・」とちょっと顔を赤らめています。
「まあ、いいわ。現場についてからのお楽しみね。」
組合ツアーのボランティアの人が入ってきました。
「バスが来ました。移動して下さい。」
組合主催とはいえ、有給休暇を取る日程は組めません。1月から2月の3連休で4泊3日を狙うのですが、年によっては飛び石ばかりでやむえず3泊2日のツアーにする年もありました。今回は、3泊2日ツアーになってしまいました。車中2泊と宿1泊のツアーです。
わいわいといいながらバスに乗り込みます。席は特に決められていないのですが、みんな自然とグループを作り、仲良く座席を占めていきます。バスというものは不思議なものですね。自然と後部座席睡眠派と前部座席の不眠派に分かれるのです。逆のこともありますが、おおむねそうなります。前座席は、ボラティアのひとが集まったいるからです。
うっかり、不眠派の中に加わっていると悲惨です。おしゃべりが一晩中続き、酒を飲まされ、到着する頃はふらふらです。強者である彼らは、平気な顔で宿に荷物を置くなり、板を抱えて、まだ動き出してないリフトに並ぶのですから、大したものです。
さあ、信州へ出発です。おっと、言い忘れていました。ここは、東京ではありません。大阪です。そのつもりで読んで下さい。
ここは夜中のサービスエリアです。バスが駐車できて工程上休憩場所にふさわしいサービスエリアは限られいます。その結果、たくさんのツアーバスが同じサービスエリアに集中することになるのです。当時はトイレ付きのバスなんてありません。寒い中女子トイレは長蛇の列となるのです。
「うう、寒う。」
「ホントに何しているのかしら、さっさと済ませればいいのに。」
トイレでパウダーをたたく女が、自分のことを棚に上げて文句をいっています。
女性はみんな寒さに震えつつ並んでいるところに涼しい顔した主人が通りがかりました。上には新調した深紅のスキーウェアの上着を着ています。
「あら、日下部さんトイレは済ましたの。」
「行ったよ。」
「え? 並んでなかったじゃないの。」
「男子トイレだもの。ほとんど並んでないよ。」
「えー、よく平気ねぇ。」
「僕は男だよ。平気に決まっているじゃん。」
主人は笑顔で答えていましたが、こんなきれいな美女が、立ちションをしていたのに、周囲の男達が驚いていたのに気がついていません。
「大変だな。バスの出発時間に間に合うかな。」
「そうなのよ。」
見れば、まだ、入り口にも達していません。15分というトイレタイムに間に合うでしょうか?
「そうだ。男子トイレにいったら?」
「えー、でも・・」
「僕がドアの前で見張っててあげるよ。」
「それいいわねぇ。安心だわ。」
「わたしもそうする。」
「私も!」
こうして、十数人連れだって、男子トイレに侵入しました。いつの間にかに、他のバスの人も着いてきています。若い女性の集団です。主人以外は内心、心臓バクバクだったみたいです。
バスに帰ってからは男子トイレの初体験報告で大騒ぎでした。
明け方にバスはスキー場に着きました。幸い渋滞にも巻き込まれなかったみたいです。ひどいときには、到着が夕刻になりこれから何するんだということもあるそうです。
民宿に向かいます。ぞろぞろと雪道を歩いて行きます。予定した部屋割りが発表され、ゼッケンが渡されます。これぞ組合ツアーの醍醐味です。ゼッケンには社名が記載されているので、ゲレンデで仲間とすぐわかるのです。困っていると同じゼッケンをつけてくれた人が助けてくれるので安心です。板を乾燥室におき、荷物もって部屋に入ると早速着替えです。
ロングパンツやスカートからを脱いで、タイツを履きスキーパンツに着替えます。主人は強者ですから、あっという間に着替えさっさと板をとりに乾燥室へ行こうとしています。
「ちょっと、待った!」
「あんた。すっぴんで行く気?」と供田香がうすら笑いをして声をかけました。
こんなときはろくなことがありません。
「いや、UVクリームを塗るよ。ほら・・・あれ?」
「これなあんだ。」
「あっ!いつのまに」
「化粧で塗り固めないと大変なことになるよ。」
「また、化粧ですか?」
「やってあげるから、そこに座りなさい。」
「う・・・・」
主人は憮然とした顔でそこに座りました。
「あれ? この子、まつげのびたんじゃない。つけまつげいらないわよ。」
「え? 本当、これならマスカラだけで十分よね。」
本人の意思に関係なく、ますます、美女となる主人でした。
ここは信州のスキー場のゲレンデです。青空です。ふんわりとした雪が斜面を覆っています。そこを深紅上下のウェアをきた女性が華麗に滑降しています。スピードはそう速くはありませんがこの上もなく華麗です。サングラスに赤いルージュ、たなびく栗色の髪、豊かなバスト、締まったウエストと蠱惑的ですらあります。
「おっ、うまいなぁ。あんな美人いたか。村田、あれは誰だ?」
「えーと、ゼッケン57ですね。泊さん、ちょっと、まってください。エート・・・日下部拓也です。」
「日下部?! あいつか。」
深紅のウェアを来た主人は、軽く手を振りながら、泊さんの前を通り過ぎてゆきました。泊さんと村田さんが後を追いかけてゆきます。
ここは、ゲレンデのヒュッテの前です。主人が派手に雪煙を上げて停止し、泊さんと村田さんも後に続きます。
「おい!日下部、ちょっと休まないか。」
「これは、泊さん。いいですよ。」
「コーヒーでものもう。」
本当は、これは非常に例外的なことなのです。主人ほどの強者になると滑り方が違います。まずは、明け方のリフト稼働前に、リフトに並ぶところから始まります。そして、2.3本のリフトを乗り継いで、頂上まで登ります。それから、ほぼノンストップで下まで降りると、すぐにリフトをにのり、頂上まで上るのです。それを、ひたすら昼食頃まで続けます。昼食後は、また、同じことを夕食まで繰り返します。夕食後はナイターです。
ノンストップで滑っていつ休むか? リフトに乗っている時に決まっているでしょ。こんなペースですから、一緒に滑るのは同じ強者しかいません。ほとんどはひとりです。
ヒュッテで主人は、サングラスを取りました。アイシャドウに赤いマニキュアとちょっと濃い化粧です。コーヒーを飲む赤い唇、ぞくっとする美しさです。
「すげぇ」と思わず村田さんがうなりました。
「日焼け止めに、こんなに化粧をする必要はないと思うんだけど。」
「まあ、マニキュアは関係ないわな。」と泊さんが同意します。
「あの日スカ会の4人組が許してくれないんだ。」
(これが噂に聞く化粧美人か。想像以上だな・・)
「僕の顔になんか付いてますか?」
「いや、別に・・・・確かに、その化粧は濃すぎるな。」
泊さんの顔が少し赤くなったようですが、そこは大人です。自制しています。
「そうでしょ。ホントは落としたいんだけど。日焼け止めはしたいし、困っているんですよ。」
「大変だな。ところで、おまえ、スキーうまいなあ。いつからやってんだ。」
「うーん。小学生ぐらいかな。当時は竹のストックに紐靴でしたね。スプリングみたいなので、前でバチンと止めるんですよ。」
「おお・・・すごい時代からやっているだな。確かに昔はそんなだった。うまいわけだよ。」
「運動神経ないんでそんなに上達してないでけど。」
「結構、滑ったんだろ。何本だ。」
「うーん。上から下まで十本くらいかな。」
「え? リフトが動き出してから2時間だろ!」
「関さんほどじゃないですよ。あの人は僕が下に降りるまでに1回は抜いて行きますから。」
「あいつはヘルメットをかぶったスピード狂だからな。」
まあ、どこでも上には上がいるものです。
「泊さんは何回です?」
「おれは、まだ、2本かな。ちょっと休んでたからな。」
「信じられない。何しにきてるんですか。スキー場でスキーしないなんて・・」
「やかましいわい! おまえほど体力はないんでな。」
でも、泊さんの滑り方のほうが普通と私は思います。
「泊さん、昼から、北のゲレンデに行きませんか。」
「いや、やめとくよ。買い出しがある。」
「買い出し?」
「夜の宴会だよ。ここはいい地酒あるんだ。」
「大変ですね・・・・おっと、写真はだめですよ。化粧顔は撮らないで!」
村田さんがカメラを構えると、手でレンズを隠し、腕で顔を隠します。サングラスをかけて、ウェアの襟を立てて口を隠してしまいました。
「それじゃ!」と、あわてて、出て行きました。
「くそ。惜しい。」
「ずいぶんと嫌がっているな。もったいない。」
ここは民宿です。夜です。ビール片手に夕食を食べていた泊まりさんが主人に声をかけました。主人はサングラスをかけ襟をたててます。まだ化粧を落としてないようです。
「よう、お帰り。夕食たべれるぞ。」
「ありがとうございます。まずは風呂に入らないと・・」
「お風呂?」
「女風呂の一番風呂にはいることになっているですよ。早く化粧を落としたいんで、飯より風呂が先です。みんな一緒に入りたがりましが丁寧にことわりましたけど。」
(なるほどな。宿は貸し切りだからな。女子で示し合わせたらおしまいか。)
「落とすのか・・もったいない。」
「何言っているですか。僕は男ですよ。化粧なんて・・」
「わかった。わかった。おまえの風呂をどうするかが、心配だってが、杞憂だったな。」
「そうですね。」
主人は、夕食の後、幹事室に呼ばれました。宴会です。スェットやジャージーを着て、トランプをしたり、スルメを裂いたりと、地酒を湯飲みで飲んだりと、ほとんど学生のノリです。
「あれ? 日下部、化粧を落としたのかあ。」
「もったいねぇな。」
「・・・あれは無理矢理されたんですよ。」
主人はむっとして答えます。
「しかし、おまえら日下部と一緒に寝るんだろ。よく平気だな。」と広田礼子に聞いています。
「あはは、日下部さんは女ですよ。そうでないと行っているのは本人だけですよ。」
「何言っているだ。僕は男だ。おちんちんもあるんだぞ。おしっこだって立ちションだ。」
「はいはい・・・」
「そういえば、日下部が男子トイレでションベンしたときは傑作だったな。」
「化粧したあの色っぽい顔で、男子便所にずかずかと入ってきて、立ちションするんだ。」
「ホントですか?」
「隣でくわえたばこでションベンしてたやつが、びっくりして火のついたたばこを落として騒いでたぞ。」
「ああ、たばこがウェアの中に落ちて騒いでましたね。」
「こいつは平然と出て行ったけどな。」
「はははは」
「しかし、日下部さん、スキーうまいのね。教えて・」と一人の女の子が言います。
「いいけど・・・村田さんがやるじゃなかったの。」と答える主人です。
「俺は、中級をやるから、おまえは初級をするか。」と村田さんが答えました。
「他にも、明日はタイムトライアルとかもするんだろ。」と言う泊さんです。
「そうだったな。」
「なにそれ?」と聞く主人です。
「ポールを借りて、それを縫って滑る競争するんだよ。商品も出るぞ。」
「じゃ、村田チームと日下部チームでやったらどうだ。」という泊さんです。
「いいですね。やりましょう。」
翌日のゲレンデです。スキーを教える村田さんに泊さんが声をかけました。
「おお。ちょっとさびしいな。」
「初級の女の子がみんな日下部の方に行きたいといいましてね。」
見れば男ばかりで5人しかいません。少し離れたところの主人のところは、倍の10人はいます。助手を買って出た男性も3人もいます。主人に下心をもっても無駄なのに・・主人は男が嫌いです。
「おっ、日下部のやつ今日は化粧しているな。おれもあっち行こう。」
「泊さん。こっちも手伝ってくださいよ。」
「わははは」
「わらってごまかさないでください。」
でも、村田さんは見捨てられました。泊さんは嬉々として 、主人の手伝いをしています。
昼からはタイムトライアルがおこなわれ、主人が優勝しました。どうも、主人より早い人が軒並み失格ししたり失敗をしたのです。下心丸出しのえこひいきだったのに、主人は素直に喜んでいました。美人って得ですね。
夕刻、民宿の人にお別れを告げ、バスは出発しました。二日目のバスは静かです。みんなグウグウと寝ていました。翌朝、「渋滞で、まだ、名古屋です。」という電話はしなくてもよかったようです。明け方無事到着し、始発で一度家に帰ったり、そのまま喫茶店でモーニングを食べてから、仕事にとりかかったりしていました。有給休暇を取る人も多かったです。
ここは組合会議室です。みんなで、写真に番号をふりネガ番号と突き合わせをしています。模造紙に貼りだし、写真の焼き増し募集をするのです。主人が入ってきました。
「こんちわ。写真ができたと聞きましたが。」
みんなに緊張が走ります。
「おう、日下部か。おまえの言うとおりにしたぞ。」
「本当でしょうね。」
「僕の化粧顔はないでしょうね。」
「と、当然だろう。」
「見せてください。」
「ほら、見てみろ。」
「うーん・・・・・・」
多量の写真を目をさらのように見ています。
「あっ、これアウト。背後に僕が横切ったのが写ってます。」
「えーー、これはないだろ。前の二人を撮ったんだぜ。」
「だめなものはだめです。別にこの人の写真がこれだけと言うわけじゃないでしょ。」
「うん、まあ、そうだが・・」
「あっ、これもだめです。指の影から見えてます。」
「わかった。わかった。これもアウトだな。」
「油断も隙もないなあ。」
こうして、バス中と宿の宴会で、すっぴんの主人の写真のみが掲載されました。のこったのは両手で顔を隠したり、襟で顔を隠している写真ばかりです。
これを見て主人は満足したようです。密かに隠し撮りされたピンナップが、うすら笑いをする男どもに数百円から千円で取引されていたとも知らずに・・
主人が子供の頃、使っていた留め具を「カンダーハー」と言うそうです。現代の「ワンタッチ」と違って、流れ留めはひもだったそうです。