合コンへ行こう!
総合研究所の2階ロビーです。
食後のおしゃべりタイムです。食堂でもしてますが、部署を超えての議論はここになります。そこへ、安全製研究部の広田礼子が大きな紙をもってやってきました。小太りしたジャージ姿の女の子です。その他にも医薬動態部の緑川貴子、研究総務部の吉川宏美、化学療法部の供田香と蒼々たる面々です。実はこないだの更衣室の面々と同じですが・・
「じゃーん。これ見て!」と言って、広田礼子が模造紙を広げました。
そこには、『日下部にスカートをはかせる会』と書かれています。四隅には花丸が!みんなはそれを見て頭をかかえるやらあきれるやら・・
「今日の議題はそれだけど。そこまでするとは・・・」と供田香があきれ顔でいいました。
みんなで大笑いした後、吉川宏美が口火をきりました。
「さて、本題よね。あいつ、声変わりしたわね。」
「うん、びっくり。声がかすれででなくなったと思ったら、きれいな声になってたわね。」
「おっぱいも結構、大きくなったわ。ウエストも細いし、ヒップもある。」
「もう、十分女よね。なのにずっと男の服のまま。もったいないわ。」
「それで、今回の会議よ。まずはいつにする?」
「給料日がいいんじゃない。」
「そうね。服はどこで買うの。」
「百貨店に連れ行けばいいんじゃない。買い物に付き合ってとか言ってさあ。」
「そりゃいいわね。」
「化粧もしたいわね。百貨店ならメイクもしてくれるんじゃない。」
「ああ、それいい。パンストに靴も買おう。」
「結構かかるよ。あいつ、カードもってかな。」
「それは確かめた。大丈夫。それより、合コンしない。」
「合コン?そこまでするの。でも、女ぷりを確かめるの一番よね。」
「日下部が男と知らない相手でないとだめね。よその会社の男ねぇ。いいわ、私が手配する。」と緑川貴子が答えました。
こうして、主人に内緒で『日下部にスカートをはかせる会』の謀議がおこなわれたのです。遠くで主人が何を騒いでいるだろうとみていましたけど。
女子更衣室です。
「今日は給料日よね。」と吉川宏美がにこにこして主人に言いました。
これは何かあるぞと主人は構えて後ずさりしました。
「買い物に付き合って!」
「どうしてそんなのに付き合わねばならないんです?」
「もと男の目で似合うか、みてほしいのよ。」
「元じゃないです。今も男です。」
本人以外は、だれも認めてませんけど・・・
「断るなら明日から外で着替えてもいいのよ。それだけでなくいろいろひどい目にあうわよ。注文した薬品が届かないとか。社内メールが紛失するとか。」と吉川宏美はどす黒い笑いをします。
社内メールとは社内郵便のことです。会社というのは、部署同士の書類交換がたくさんあります。その書類の交換をするため本社や支店との間に定期的に車を走らせ運搬しています。部屋にあるボックスに入れれば、研究総務の人が回収して、その定期便に乗せてくれるという大変便利なシステムです。総合研究所に来たメールは、研究総務で仕分けられ、社外から来た郵便物と一緒にボックスに入れくれます。その仕分け仕事をするのが吉川宏美なのです。日下部宛の書類を片っ端から捨てられてはたまりません。冗談に決まってます。ホントにしたら大変なことになりますが・・・
主人はすぐ白旗を揚げました。
「わかりました。付き合います。」
それを聞くと、くるりと振り返ります。
見ればいつもの4人組でした。
「・・ということで、さあ、皆さん行きましょう。」
「えい、えい、おー」
(こいらなんで気勢をあげるんだ。不安だな・・)
ここは駅ビルの百貨店です。
「わぁ。かわいい。」
「これ素敵ね。前からほしかったのよ。」
「こらこら、自分のをみてはだめでしょ。」
「え?君らの服を見に来たんでしょ。」と主人が口を挟みますが無視されます。
みんなで賑やかに服選びです。
「これなんかいいんじゃない。」
「そうね。いくら?」
「うーん。上から下まで一揃いそろえるのよ。もっと安いのでないと。」
(え? なんか話が違うような・・・)
「じゃぁ、これはどう?」
「おっ、大胆なものを選びましたね。」
「女ぷりを上げるにはこれくらしないと。」
「サイズは合う? すみません。測ってもらえますか。」
店員を呼び止めてます。
「え?なんで僕のサイズを・・・」
「自分宛のメールをゴミ箱に捨てられたくないでしょ。何か言いたいことある?」
「ありません。それに測らなくても知ってます。毎日、病院で計測してますから・・」
実は帰りに病院に寄ってスリーサイズを測るのが日課となっていたのでした。店員にサイズを伝えると適合サイズを持ってきてくれました。
その素敵なワンピースに着替えるよういわれています。胸が大きく開いており、谷間がくっきり、丈が短く太ももがばっちりとむき出しです。脱いだ服はあっという間にたたまれて取り去られました。
「うぁ、何だこれは、」
「ううん。いいな。」
「すごい。色っぽくなった。」
「結構、胸あるのね。いくつなの。」
「80です。」
「う、負けている・・・」
「まあ、これにしちゃいましょう。値札とっちゃて。支払いはこいつのカードでね。」
「はあい。」
主人のズボンを持っていた広田礼子がポケットから財布を取り出します。
そして、レジに行くと紙切れとペンを持ってきました。
「さあ、これにサインして。」
「えー。こんなの買うのいやですよ。」
「値札とっちゃったからもうだめよ。」
「さあ、靴を履いて!」
当時、主人は学生時代から履いていたソックスに革靴でした。
「ふふふ。その格好でその靴は似合わないわね。」
次いでタイツ売り場へつれて行かれました。当時は柄プリントの全盛期、色とりどりのタイツを履いた足が壁からにょきにょきと生えてます。シンプルでスマートな柄タイツが選ばれました。支払いが終わるとすぐに中身をとりだます。
「みんなで隠すからそこで履きなさい。」
「え?」
ストッキング売り場には試着室なんてないので、3人が囲んで隠すからそこで着替えろというのです。
あれ?1人足りませんね。医薬動態部の緑川貴子が消えていました。
「大丈夫よ。服はちゃんと持っているから、早くしなさい。」
「あっ、パンツは脱がなくていいの。早くなさい。履いた?」
「履きました。」
「じゃ、靴よ。」
次は靴売り場です。主人はもうどうにでもなれといった趣で椅子に腰掛けています。
「これかわいい。」
「だめため。ハイヒールは危険よ。」
「ローヒール!」
「サイズは?いくら。」
「25.5です。」
「大きな足ね。これを履いてみて」
ハイヒールとはいかなもののヒールのある靴でした。
「あら、だぶだぶじゃない。足が縮んだんじゃないの。」
「へえ。ホントですが、なんだか最近おかしいなと・・」
「これはどう?」
「24でぴったりね。靴も買い換えた方がいいわよ。」
「次は?」
「化粧!」
「化粧をするんですか?」
ここは化粧品売り場です。
「すみません。この女に化粧して頂けますか。」
「あら、なかなかかわいいですね。眉が少し太いけど剃っていいですか。」
「結構です。化粧もどんどんしてやってください。全部買いますから。但し、安いのにしてね。」
ベースクリーム、パウダー、アイライン、つけまつげ、アイシャドウ、マスカラ、ルージュ、ほお紅と次から次へとメイクが積み重ねられ、メイクアーティスの手によって主人は別人に作り替えられてゆきます。
「うぉーー。」
「すげぇ。」
「こんな、ど派手メイクできないわ。」
(自分できなくても、他人ならばいいのかよ!)
「3万6千円になります。ありがとうございました。」
「えーー。そんなにするの。」
「この化粧ポーチをサービスします。」
「わぁいいな。」
(払うのはこっちだ!)
「次は、小物ね。」
胸が大きく開いているのでネックレスがいいという意見もありましが高価です。
結局、チョーカーに落ち着きました。イヤリングは買わされましたが、幸い宝石のない安いものでした。しかし、鳥のように札束が飛んでいきます。手は白のメッシュの手袋です。
(ひぇー。預金残高あるよな・・)
主人は変身した自分を見てまんざらでもないようでした。自分で自分ながら、「僕ってこんなにきれいだったんだ。」と感心していました。
「これで女になった。次は合コンよ。」
「合コン??」
「何言っているのよ。そのために女を磨いてきたんでしょ。」
「ええ?女装するだけじゃなんですか。」
「合コンでばれないか試してみたいと思わない?」
「でも、合コンなんて・・・」
「大丈夫よ。ニコニコして頷いていればいいのよ。」
「相手が勝手におもしろおかしく盛り上げてくれるから。」
「じゃあ。行ってみましょうか。」
主人の女装と言う言葉は合っているよな合っていないような微妙な言葉ですけど本人とっては女装です。主人はいつのまにかに乗ってきたいました。
「それじゃ。荷物はコインロッカーに預けてに行きましょう。財布は化粧ポーチに入れとくといいわ。」
「はあい。」
ここは繁華街です。要するに飲み屋街です。
主人を含めて4人が歩いています。主人は元男ですから175cmの身長で一段と高くただでさえ目立ちます。そして、この化粧です。注目を浴びないはずがありません。男の中には立ち止まってじっと見つめているものもいます。男女関わらず、みんな振り返りるのです。広田玲子、供田香や吉川宏美も自分でないと解ってながら、あまりにも見つめられるので恥ずかしくなる程でした。当の主人は鈍感なのか割と平気なようでした。
「ここよーー。」と言って緑川貴子が手を振りました。
いつのまにかに消えた緑川さんですが、既に待ち合わせ場所に来ていました。フリル付いたブラウスにスカートに化粧と華麗です。もともと、4人組の中では一番の美人です。
「おお、気合いがはっいてるな。」と言ったのは供田香さんでした。
「日下部さんのための合コンでしょ。なんであの人が・・」と研究総務部の吉川宏美が嘆いていいました。
「この女・・・・えーーー。ウソ! 日下部さん?」と緑川貴子の驚愕の顔でした。
「はい・・」と主人が顔を赤らめて言いました。
「なんちゅう格好を。水商売じゃ無いのよ。」
つけまつげをして、完全武装のちょっと濃いめのメイクをしています。確かにそのままパブで接客できそうです。
「ちょっと調子に乗り過ぎちゃたかな。」
後悔しても遅いです。男性群が来ちゃいました。
「女性陣はそろったかな。」と長髪のスーツを着こなしたハンサムボーイが声を掛けてきました。お連れの男性も悪くはありません。うーん、かなりレベル高い合コンになりそうです。こちらも緑川を初め美人揃い、元男の必殺の水商売美人までいますから・・
「あっ!ただいまそろいました。」
男どもの目は1人に集中しいました。もちろん主人です。緑川は後悔していました。確かに、美人を連れてくるからといって声をかけたですか、ここまでとは・・・自分の存在が霞んでいます。
イタリア料理の洒落たお店でした。ちょっと、照明を落としており大人の雰囲気がでています。自己紹介が始まりました。
「日下部といいます。日の下の部屋という字をかきます。食品研究所の研究員をしています。」
男同士が小声で会話しています。
「日下部さんか。この子がピカイチだな。」
「ちょっと、ケバくないか。」
「あれはねぇ。百貨店の化粧品コーナーでしてもらったのよ。普段はすっぴん。」と吉川宏美が解説します。
「なるほど。メイクアーティストがこれでもかと気合いを入れた化粧したんだ。」
「スカートも履かないんで、みんなであれこれコーディネイトしたのよ。でもちょっとやり過ぎたかな。」
「ホントは趣味じゃないのに、嫌がるのを無理矢理着させたということ?」
「あんだけの美貌と体型のくせに、普段は男みたいの格好をしているよ。一度、女らしい格好をさせたくてね。」
(私はウソ言ってないわよね。ウン、「男らしい格好」じゃなくて、「男みたいな格好」と言った。)
前菜に始まりパスタに終わる簡単なコース料理でした。主人は始終無口でにこにこ笑っているだけでした。主人は男には興味ありません。ただ、会話をして男とばれるがいやなので話さなかったのです。
男どももこれは難敵と判断し、まずはお連れ様との会話に興じて、様子を伺うことにしたようです。
一方、主人はわざと少し離れたテーブルに座っていました。主人が冷気で濡れたカクテルを持つために手袋を外しました。きちんと切りそろえられた短い爪にはもつ赤いマニキュアをしています。初めて履いた格子模様のタイツに包まれたきれいな足をくみ、スカートをおさえつつ伏し目がちにカクテルに赤い唇を近づけています。うーん、ゾクとくる色気は殺人的です。
そう長く様子見する訳にはいきません。ハンサムボーイが果敢にな攻撃を開始しました。桑田幸司といいます。グラスワインを片手にもう一方に椅子を持っています。
「ちょっといいかな。」
主人はいやとは言えずに黙っていましたが、そんなのに屈しません。勝手に座り勝手に話しかけます。さすがナンパの達人です。
「さっきは聞けなかったけど。仕事はなに?」
「食品の研究です。」
「油脂分析とか?」
「ええ。」
「オレ、輸入商社なんだけど。オリーブオイルの分析を頼んだことあるよ。」
「けん価、ヨウ素価、酸価とかですか。あれってめんどくさいですよね。」
(おっ、やっと食いついてきやがった。しかし、こいつは研究肌だな。でも、けん価、ヨウ素価とか、言われたってわかんないよ・・・こいつは難敵だせ。)
「いっぱいあったて忘れちゃったけど。そんなのだったよ。」
「へえ、研究職なんですか。」とメガネを掛けた男が割り込んできました。島田健介といいます。
「そうなんですよ。」
「じゃ、そのかわいい手で、ビーカーとか振っているのかな。今、油脂分析を自動でやる機器があるよ。僕は桑田と同じ商社で分析機器を取り扱っているだ。今度カタログ持って行くよ。」
(ふん、桑田め、研究職となればこっちのもんだぜ。伊達に研究所巡りをしているわけじゃねぇ。勝ったな。)
一人、二人と主人の周りに集まり始めました。緑川貴子、広田礼子、供田香、吉川宏美達から離れて行きます。
「あっちゃ。逃げられた。」と残念がるのは、島田と話していた研究総務部の吉川宏美です。彼女は島田健介とは知り合いだったのです。たぶん、機器の売り込みに来ていたのでしょう。
「結構、モテるわね。」と悔しがる緑川貴子です。
「くくく、完全に女と思っている。」と皿の残り物を平らげつつ喜ぶのは広田礼子です。
残った一人もしきりに主人のことを聞いてきます。
「え、あの子29なの。誕生日とかしらない?・・・・・」
「さあ、そこまでは・・」
吉川宏美がめんどうくさそうに答えてました。
宴半ばで主人が立ち上がりました。
「どちらへ」
「トイレです。」
「あっそう。」
トイレと言われれれば追いかける訳にいきません。
ここはトイレ前です。主人は悩んでました。主人にとって女性トイレは未知の領域だったのです。入ったことがなかったのです。
それを見て、スタッフの人が声をかけてくれました。
「女性用は左です。わかり難くてすみません。」
「あっ、すみません。」
確かに、ドアの色が同じで小さく、{lady]と[gentleman]書かれているので、どっちか迷っていると勘違いしたのでしょう。意を決して、女性用に入りました。もっとも、中にはだれもいませんでしたが・・・
その頃、緑川貴子がとんでもないことを言い始めていました。
「さあて、皆さん。クイズです。日下部さんは、左の女性用と右の男性用のどちらに入ったでしょう。」
「なにを言い出すの緑川さん。」
「おかしなことをいうんですね。どうして、日下部さんが男性用になんか・」
「あら、そうかしら、彼は半年前までは男だったのよ。」
みんなから驚きの声があがります。
「えーー」「嘘だろ!」
「それって、ニューハーフ?」
「オカマ?整形したの?」
「あんなに美人なのに・・・」
「声も高いよ。そんな馬鹿な・・」
「詳しくは本人に聞いて」
程なく主人が戻ってきました。さっきまでと空気が違います。
「日下部さんは、ホントは男なんですか?」
「ははは、もう、ばれたんですか? その通りです。」
「本当なんだ。」
「整形手術ですか?」
「よく、会社が認めたなあ。性同一性障害ですか。」
「いやぁ。違うんですよ。まだ、原因は不明なんですが・・突然、体が女になっちゃて」
「女に?」
「ええ、生理が突然始まって、変身の進行がとまらないんです。おっぱいは大きくなるわ。体臭が変わるわ。ひげは生えなくなるし、声は高くなる。とうとう、今ではどっからみてもおんなです。」
「へぇーー」
「こんな体ですが、おチンチンは元気なんですよ。女とやること想像すると立つ。」
「よくわかんないなあ。」
「体は女でしょ。どんな感じなんですか? 百合族とはちがうんですよね。」
「ええ、そうです。ところで、君ら女性トイレの実態をしっているかい?」
「え?なんですかそれは!」
「エヘン!僕は堂々と入れるんだよ。本日の女性トイレ体験談を話そうか。」
「うんうん。」
別の意味で会話が盛りあかって来ました。結局、主人は最後まで囲まれて話題の中心にいました。主人は男には興味ありません。ましてや、女と間違えられて。言い寄られるなんて迷惑千万なのです。でも、男の同士の会話なら下ネタでも大歓迎です。女性トイレだって男の目から見れば神聖な領域、みんな興味津々です。
後日の女子更衣室です。緑川貴子が主人に手を合わせてたのんでます。
「ねぇ、お願いよ。どうしてももう一回合コンしてくれというのよ。」
「いやですよ。」
「そこをなんとか。」
「もう、たくさん。皆さんでやればいいじゃないですか。」
「それがためなのよ。彼が、あんたにもう一度会いたいと言ってね。」
「カレ?緑川さん、あの中に彼氏がいたとの。」
「う・・違う、いないわよ。」
「ちょっと、だれだったのよ。」
「ヒューヒュー、ねぇ誰?桑田さんでしょ。」
「え?その・・・」
主人は攻撃の的が変わったのを幸いに逃げ出しました。
よく考えたら、性同一性障害と言う単語はこの時代には無かったかも知れませんね。まっいいか。このくらい、読者も少ないし・・