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教室に花爆弾(前編)

作者: ふみ

花瓶の割れる、大きな音。


ざわめきで揺れた教室に、すぐさま訪れた沈黙。


まるで時間が止まったようであった。


花瓶を割った人物―杉原綾子は、驚いて固まった集団の中から、一人の女生徒を見つけ出すと、彼女にまっすぐに歩み寄り、その頬を鋭く打った。

ピシャリッ

と、教室の空気を切り裂くような音が響く。

呆然とする周囲を尻目に、さっと身を翻して教室を出る、杉原綾子。

残されたのは、顔面蒼白の頬を打たれた生徒と、硬直から徐々に解けてきた周囲。

そして。

床に散った、赤い花と、飛び散った水を受けて、きらきら光るガラスのかけら。

(…まるで、爆弾みたい)

この一連の騒動を遠くから眺めていた小林雅美の感想はこれだった。

だんだんと、教室が騒がしくなる。件の生徒を慰める者もあれば、自業自得だと言う者もいる。がやがやと、騒がしくなる周囲を見渡してて、弾かれたように席を立つ。箒と塵取りを掴んで、床を掃く。何人か、手伝ってくれる人もいる。「ガラス踏まないようにねー」「わたし、新聞紙とってくるー!」などと、言いあいながら。

片付いてしまうと、表面上は何事もなかったようになった。

いつも通りの、にぎやかな教室の風景。

だが、落とされた爆弾の威力は、確かに、生徒たちの胸に刻まれた。


 小林雅美は、目立たない生徒だった。成績はよく、割とよいゆえに教師もあまり気にかけない。容姿も平凡だ。運動は、少し苦手。友人もいるが、親友はいない。唯一、人からもらうほめ言葉は「雅美ちゃんって、やさしいね」。

けれど、彼女自身は自分を優しい人間だとは思わない。ほんのちょっと、人が面倒だと思うことを、断ったり、やんわり他人に押し付けたりすることが面倒だから、人から言われる前にやるだけ。「わたし、やっておくよ」と言うだけ。

「優しい」という言葉が、「都合がいい」という意味に聞こえて、傷つくこともある。平凡で、影の薄い、そんな生徒だった。

 (わたしなんて、いても、いなくてもいい。)

35。この教室に並べられた、机と椅子の数である。もちろん、それと同数の人間がいる。

その中で、杉原綾子は特別だった。

 なにより、整った顔をしている。大人びた印象の容姿で、あまり笑わない。色白で、背もすらりと高い。人とうち解けにくい性格らしく、この四月から、雅美のいる中学へ転校してきたが、二ヶ月たった今でも、親しい人はいないようである。その容姿と雰囲気から、男子には人気がある。そのせいで、一部の女子から嫌われている。

今回の爆弾投下は、その女子たちの嫌がらせに端を発している。

 ビンタされた生徒―山瀬みちるには、中1の時より憧れの先輩がいた。1学年上のバスケ部所属、日下部俊介である。彼は、杉原綾子の「転入生が可愛いらしい」の噂を聞きつけ、わざわざ教室まで見に来た。そのことで山瀬みちるのグループに目をつけられた。その後、何度か積極的に杉原綾子に声をかける日下部の姿を雅美は何度か見た。彼を眼で追っている山瀬みちるは、何度もそういった現場を目にしたことだろう。

 いじめ、とはいかないものの、山瀬みちるたちは杉原綾子に嫌がらせをしていた。とうとう今回―山瀬たちが行ったのはひどく気分の悪くなる嫌がらせだった。


 杉原綾子の机に、花瓶を置いたのだ。

花は、赤いガーベラであったが、最低だ。

さすがに、周囲も引いて、咎めようとした矢先に、綾子が教室に入ってきた。そして、自席に置かれた花瓶を見つけ、迷わず花瓶を床に投げつけた。


冒頭の場面である。

雅美が綾子だったら、目をつけられる前にどこかのグループに属して、身を守ろうとするだろう。席に花瓶を置かれたら震えて泣きだすかもしれない。

端正な容姿に似合う、毅然とした態度。

雅美は、彼女に憧れた。

彼女の存在が誰かの気に障るのは、眩いからだ。

鋭く、美しい。雅美は、先程の光景を思い浮かべる。


きらきら光るガラスの破片。触れる者を、傷つけてしまう美しさ。

まるで、彼女そのものだった。











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