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仮面舞う夜


我を過ぐれば憂ひの都あり


我を過ぐれば永遠の苦患あり


我を過ぐれば滅亡の民あり


義は尊き我が造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れし


永遠の物のほか物として我より先に造られしはなし、しかして我永遠に立つ


汝等ここに入るもの一切の望みを棄てよ



――ダンテ  神曲 地獄篇 第三歌 


 


 


 


 


 


「仮面舞う夜」


 


 


  


(アメイジング・テイルズ誌 1978年6月号掲載 原題「the Masquerade night」より)







#1


――重々しい溜息を吐き出して、装甲列車のような外観のチューブド・トレインが、ミドル・キングス・クロス駅に停まった。

霊柩車のようなクロームメタルの装甲扉が一斉に開き、薄ら暗いホームに向かって人の群れがどっとあふれ出す。

人々の一日分の汗の臭いと、列車の吐きだす煤煙でむせかえるその中に、彼もまた居た。

紺の地味なスーツの上下に包まれた体系は中肉中背。

底の薄くなった革靴を履き、擦り切れたビジネス鞄を重たげにぶら下げた彼は、自分と似たような格好をしたサラリーマン達の群れの中を、打ちひしがれた敗残兵のような足取りでよろよろと歩いて行く。

肩が何度かぶつかり、その度に舌打ちや冷たい視線を背中に浴びせられたが、彼はそんな事にも頓着する様子は無い。

「この夏、新たな衝撃を貴方に」という煽り文句の上でサイバー・ガントレットに包まれた腕でファイティングポーズを取る女優の巨大な看板が掛った壁際まで歩いて行くと、男はその下のベンチに倒れ込むようにして腰を下ろした。

「――はあ……」

身体の中の空気を1cc残らず吐き出すかのような大きな溜息を一つついて、男はスーツの内ポケットを探る。

ややもして、皺くちゃになった「セント・エルモ」のパッケージを取り出すと、すかすかになったそこから最後の一本を咥えて火を点けた。

「これで最後か……」

初めの一口を胸の中にため込み、財布の中身に思いを馳せる。

雀の涙ほどの退職金の事を考えると、これからは嫌がおうにも禁煙せざるを得ないようだった。

「禁煙、禁煙ねえ……」

言葉にして呟いてみて、思わず乾いた笑いが口の端から零れそうになる。

禁煙して、生活費を切り詰めて、果たしてその先に何が開けるというのだろうか。

既に四十の大台に乗りきったこの身を、果たしてどんな企業が拾ってくれるというのだろうか。

「どうにかなんて、なるものかよ……」

紫煙と共に盛大な溜息を吐きだしながら、男は前を通り過ぎていくスーツ姿の一団を見るともなしにぼんやりと眺める。

「あ、そう言えば来週の合同コンベンションの企画書の件ですけど――」

「それだったらこれから飲み屋にでも入って話を詰めちゃおうか」

「えー、俺今月キツイんすよねえ」

「いいからいいから、ここは上司である俺が奢るから」

「あ、マジっすか?それじゃあお言葉に甘えて――」

生気に溢れた若いサラリーマンと、その上司らしき三十路前程の男のやり取り。

何の事は無い、就業後の一風景。昨日までは、彼もまたあの景色の中に居た。

未来に何の不安も無く、来る日も来る日も我武者羅になっては奔走した。

辛い残業にも耐えた。新人がミスをすれば、自分がその責任を負った。上司から無茶な仕事を回されても、文句も言わずに一人でこなした。

なのに、どうして。

「ねえ、パパ見てー!クーにゃん!クーにゃんの映画がやるんだってー!」

幼い声に思わず男が顔を上げれば、彼の前には三人の親子連れが足を止め、齢七つ程の少女が彼の背後の構内看板を指差している。

「ねえ、来週公開だって!じゃあ来週見にこなきゃ!」

「おいおい、今日動物園に連れて行ったばっかりだろう?来週はパパも会社の人と……」

「あら、いいじゃない。私もクーちゃんの映画見たいな~」

「おいおい、お前まで――」

幸せそうに笑いながら再び歩き出す家族連れ。胸の底がちくりと傷んだような気がして、男は煙草を左隣りの公衆灰皿に押し付け消した。

家族の温かみ。男にとってそれすらも、今では夜毎の悪夢の中でしか思い出せないものだ。

仕事に次ぐ仕事の日々の中、唯一と呼べる安らぎの場である筈の家庭が突然煙のように消えたのは、果たして何時の事だったか。

仕事と家庭、その二つの乗った天秤のバランスを計り間違えた事に対する罰が、これほどまでに重いものだとは、男も実際に体験してみるまでは分りもしなかった。

再婚の事などは、一度たりとも考えた事は無かった。

家庭を失った以上、犠牲にして手に入れた仕事に心血を注ごうと、あの時は思っていたのだ。

不器用な性分の自分では、そう多くのものは守りきれないだろうと、そう思っていた。

……結果、男は今日の役員会議の末、最後の一つさえもを失った。

「どうして…どうして俺が……」

仕事一筋二十年。

真面目さと忍耐強さだけが取り柄の自分が積み上げてきたものが、こうもあっさりと崩れ去るなど、男は夢にも思っていなかった。

粉骨砕身、尽くせども、尽くせども、結局は彼も企業という巨大な機械の中の一個の歯車に過ぎず、古くなった歯車に交換の時期がやってくるように、彼は紙きれ一枚で今後の人生における全てを失った。

残されたものは、雀の涙ほどの退職金と、先月壊れたクーラーの室外機の修理代、それと元妻に対する慰謝料の支払いだけ。

他には何も無い。

資格も、貯金も、将来への展望も、何も。何もだ。

仕事の口なら選ばなければ幾らでもあるだろう。

ビルの清掃員、食肉加工場、サイバネティクス工場、下水道工事、資格が無くても出来るとなると、このようなものだろうか。

そうやって再就職して、果たしてこの四十代もあとわずかの肉体が、どこまでもつというのか。

唯一の肉親である母も、先月に葬式を上げたばかりで頼る者など既に居ない。

歳に不釣り合いな肉体労働に身体を壊したら、後はそこでおしまいだ。

多大な慰謝料の支払いの為に年金を解約してから既に数年、保障も何も無い彼には自分の葬式を上げる伝手さえも残っていない。

無い、無い、無い。ここまで何も残っていないと、いっそすがすがしさすら感じられるというものだ。

「はは…ははは……」

破れかぶれの調子になって、男はベンチから立ちあがる。

尻ポケットから財布を取り出して中身を見る。

100ドル素子が五つ、広くなった小銭入れの中で転がった。

最後の晩餐に合成ワインとツマミを買って、その釣りでロープも買えそうだった。

「これ以上、足掻いたって…な……」

光彩を欠いた瞳の奥で濁った決意を固めると、男は幽鬼染みた足取りで改札へと向かう。

終電が過ぎ去ってから数分が過ぎたホームの中には、既に数えるほどの人影が残るばかりだ。

そんな中、改札の手前の丸柱に背を預け、こちらをじっと見つめているその女の姿が、彼の眼に飛び込んできた。

ネオゴシカル風の黒いドレスを身に纏った彼女は、歳の頃は二十代の前半程だろうか。

顔の両脇で緩く巻いた金髪と、白い輪郭の中でサファイアのように光る紫色の瞳は、まるで人形か何かのようだ。

腰の後ろで細い腕を組んで、じっとこちらを見てくる、その女というには少しばかりの幼さを残した少女に、男もまた釘づけになった。

「ねえ?遊ばない?」

ゆっくりと身を擡げて歩いてくると、少女は男の数歩前で立ち止まって下から覗きこむようにして尋ねてくる。

なるほど、商売女か、と男は胸の底で僅かに嘆息した。

「いや、でもそんな金は……」

言ってみて、男は自分の情けなさにほとほと嫌気がさした。

どうせ、失うものなど何も無いのだ。今更何を財布の中身を気にすることなどあろうか。

「やだ、失礼ね。そんなんじゃないわ」

しかし男の予測を裏切るかのように、女は愛らしい顔を計算され尽くしたかのような形に歪めると、男の手を取った。

「え?ちょっと――」

「そのまんまの意味よ。これから私と一緒に遊びましょ?」

突然の事に戸惑い、男が声を上ずらせる間も、女はその手を掴んでぐいぐいとホームの中を進んでいく。

改札とは反対方向、その先には環境建造都市プロヴィデンスの中心を貫く、昇降リフトが大きな口を開けていた。

「良いバーがあるの。そこで朝まで飲み明かしましょ」

一体彼女は何を言っているのか。

男が理解出来ないでいる間にも、リフトの柵が上がり、二人の身体は下層エリアへ向かって降下を始めた。


#2


――息が詰まる程に天上の低いその小路のあちこちには、バーやサイバネ端子屋などの看板が、ところ狭しと肩を並べて連なっている。

小便と下水と生活排水の臭いが混在して漂う通りを歩く人々は、ネオゴスパンキッシュな格好をした若者たちが殆んどで、彼らの身体のあちこちからは違法サイバネ手術によって置換されたであろう、スチームパイプや歯車式のマシンアームなどが飛び出していた。

「……」

「この小路を入った先にあるんだけどね……」

プロヴィデンス下層区二十番街。

四十数年の人生を真面目に生きてきたこの男にとって、社会の落伍者達が集うプロヴィデンスの掃き溜め区画に足を踏み入れたのは、今日が初めてだった。

「ちょっと臭い、キツいけど。まあ、そこはちょっとの辛抱って事で」

まるで自分の庭を歩くかのような慣れた足取りで進む少女の隣を、男は訳も分らぬままにもついて行くしかない。

頭から襤褸を被った浮浪者やネオゴスパンクな若者たちの奇異の視線に晒されながら、小汚い通りを歩く男は、生まれてこの方感じた事が無い程の場違いな思いを感じていた。

(以下執筆中)

取りあえず形だけ整える為に未完成だけど上げときます。

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