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傍迷惑な忘れ物(3) 【6/29】(アスタ視点)

 前話の別視点の話しです。視点はアスタとなっております。

 家に帰りたいなぁ。


 仕事をしながらぼんやりと思う。今日は久しぶりに子爵邸ではなく、宿舎で泊まっている。最近はオクトが転移魔法を覚えた事もあり、宿舎に泊まる割合が増えた。

 宿舎の方がオクトと話す時間が長いし、なによりオクトの手料理が食べられる。

 なのになんで、今日は仕事なのか。毎日、毎日、働いているのだし、たまにはサボっても罰はあたらない気がする。

 うん。よし。サボるか――。


「アスタリスク魔術師、門番が呼んでます」

「えっ、何で?」

「さあ。お礼参りかもしれませんよ」

「お礼参り?」

 何かしたっけ?

 考えるが、思い出せない。そもそもお礼参りってなんだ。普通に客が来た可能性の方が高いだろうが。

「アスタリスク魔術師、この間、門番虐めてたでしょうが」

「はあ?いつ?」


 リストの言葉に、俺は首を傾げた。そもそも、門番って誰だっけ?毎朝会っているはずだけど、顔が思い出せない。

「まあ、あれは門番が悪いとは思いますけど。ほら、あの人達、混ぜモノを街で見かけてしまったから不吉だとかなんとか言って、笑ってたじゃないですか。あの時です」

「ああ。あれか。でも、あれは虐めじゃないだろ。正当防衛だ」

「正当防衛というのは、危険が迫った時に防衛する攻撃の事です。アスタリスク魔術師の場合、何もされていなかったじゃないですか」

「いや、されたね。俺は心にとても深い傷を負った。もしかしたら死んでいたかもしれない」

 たまたま偶然非番の日にオクトを見かけた門番が面白おかしく、オクトの事を馬鹿にしていたのを聞いた瞬間、俺は門をぶっ壊していた。

 あれ以上壊していたら、王様の手で社会的に俺は抹殺される所だった。もちろんそうなるようなら、俺は他国へトンズラするが、オクトはまだ学生。無理やり学校を中退させたら絶対怒るだろうし……悩みどころだ。


「殺しても死なない癖に」

「何か言ったか?」

「いいえ。例え、あれが正当防衛だったと仮定したとしても、その後の呪いはえげつないなぁと思っただけです。しかも噂した本人だけでなくて、門番全員が対象でしたし」

「何言ってるんだ?仲間なんだし一蓮托生は当たり前だろ。仲間はずれなんて可哀想じゃないか。それに確かに門番達は不幸続きだったようだけど、俺が呪いなんていう不確定分野に頼るはずないだろう」

 呪いなんてそんな甘い。

 呪いというのは実在はするが、まだまだ不確定要素の大きい研究段階の力だ。嫌がらせはきっちりと。それがやる側の美学だと思う。


「……そうでしたね。とにかく、呼ばれているから、早く行ってあげて下さい。今いる彼、恐怖で最近髪が薄くなってきたようですから」




◆◇◆◇◆◇




「オクトがここに来ている?!」

「は、はいっ!!」

 門番は直立不動状態で、俺にとんでもない状況を教えてくれた。

 まさかオクトが王宮まで来るなんて。

「届け物が、あるそうで、今は門の前で待っていただいている次第でありますっ!!」

 

 届け物って何だ?

 分からないが、早く迎えに行ってやらなければ。きっと心細い思いをしているに違いない。可哀そうに。

「門って、どこ」

「ひっ……東であります」

 門番の顔がどんどん青ざめているが、そんなの知った事ではない。娘の一大事なのだ。もしも王子などの厄介な奴らに目を付けられたら……。


 俺は転移魔法陣を思い浮かべると、そのまま転移した。

 視界が廊下から、門の前の庭に切り替わる。何処にいるのだろうかと門へ近づいた所で、オクトの隣に腐れ縁の姿を発見した。

 声は聞こえないが、何やら談笑をしているようだ。しかもオクトは普段なかなか見せない笑顔を、腐れ縁であるエンドに向けている。


「あの、ロリコンエルフめっ」

 一緒に暮らしている俺だって、中々笑顔を見る事ができないというのにっ!!

 しかもオクトが、エンドへ何やらプレゼントのようなものを手渡そうとするのが見えた。まさか、届け物ってエンドへのプレゼントか?!

 エンドはオクトと知り合ったようなそぶりは一度も見せなかったが、アイツの部屋は俺の隣だ。オクトと顔を合わせないとは言い切れない。

 エンドは顔だけはいいし、エルフ至上主義だから、エルフの血が流れているオクトの事を可愛がるだろう。変な詩集の所為でドン引きぎみのオクトだが、あの顔で優しくされたら、オクトが懐く可能性は高い。


 俺の頭の中に瞬時に攻撃魔法が浮かんだ。

「くたばれ、ロリコン」

 俺が思い描いた魔方陣が発動し、エンドが壁に向かって吹っ飛ぶ。遠慮なくやったが、たぶんエンドだから大丈夫だろう。

 はっ。でも、オクトは?!

 一応エンドだけを対象にしたが、近くにいたオクトが巻き込まれていないとは限らない。


「オクトぉぉぉぉっ!!」

 名前を呼ぶと、オクトは俺の方へ顔を向けた。攻撃魔法に驚いたらしく、目を丸くしているが、怪我とかはなさそうだ。

「大丈夫か?ロリコンエルフに何もされてないかい?!」

「あー……うん。私は何もされていない」

 オクトは歯切れ悪く答えると、壁へ吹っ飛ばしたエンドの方を見た。まさか、本当に用事があるというのはエンドにだろうか。

 胸にチリチリと焦げ付くような痛みが走る。


「何をするんだ。それに私はロリコンではないと前から言っているはずだが?義父さん」

「誰が、義父だ。とにかく、オクトに近づくなと言ったはずだよな?」

 オクトがこのエルフと俺よりも仲がいいのかと思うと、目の前が真っ暗になるような気分になった。もしもオクトがエンドの家の子になると言い出したらどうしよう。

「私はそれを承諾した覚えはないんだが」 

「口で言って納得してもらえないなら、力づくで納得してもらうしかないだろう?俺は害虫にまで優しくできるほど心が広くはないもんでね」

 エンドを痛めつけたからといって、オクトの一番が俺になるわけではない。それでも、八つ当たりしなければやっていられない。


「あ……アスタ?」

「ん?何だい?すぐ終わらせるから、いい子で待ってろよ」

 心配そうな顔をして、オクトが俺を見上げた。

 オクトにこんな顔をさせるなんて。エンドめ、どうしてくれよう。でもオクトは血生臭い事があまり好きではないようだし、殺さない程度にしないと、俺がオクトに嫌われてしまう。

「いや。アスタ……えっと、お仕事頑張って」

 へ?

 オクトは手に持っていた封筒を俺へ差し出した。




◆◇◆◇◆◇




 娘が可愛すぎる件について。

 可愛すぎてどうしたらいいのだろう。脳内で今朝の事をリピートするたびに、顔がゆるむのを止められない。

「気持ち悪い」

「本当ですね。でも僕も娘さんに会ってみたかったです」


 本人目の前にして失礼な事をいう同僚だが、今日は寛大な心で許す気になった。オクトが凄い可愛らしい顔をして、早く帰ってきてと言ってくれたのだ。こんな素晴らしい日はない。

 しかも、帰ったらオクトの手料理が待っている。


「そうだ。そろそろ、お茶にしませんか。朝頂いた、チーズケーキもありますし」

 気がつけば、すでに昼をまわっていた。

 リストはしばらくすると、紅茶と白いケーキを持ってきた。たぶんオクトが作ってきたものだろう。オクトが作ったものに間違いはないのだが、リストは少し不思議そうな顔をしている。

「娘さんが持って来られたケーキって、チーズケーキですよね?」

「確かレアチーズケーキと言っていたと思ったけど」

「レア?えっと、チーズケーキの割には、色が白いというか……生っぽいというか。もしかして失敗――」

 

 失敗なんて失礼極まりない言葉に俺はリストを睨む。

「これは、幻のケーキの一種に違いない。失敗なわけがなかろう」

 しかし俺が文句を言う前に、エンドが苦言した。うん。よく分かってるじゃないか。……ん?でもコイツはいつオクトの手料理を食べたんだ?

「幻ってなんですか」

「幻は、幻だ。誰にも再現できない伝説のケーキなのだ。これは失われた古代文明にも匹敵する――」

「じゃあケーキ、ここに置いておきますね」

 エンドの演説が長くなりそうなのに気がついたリストは、紅茶とケーキを俺とエンドの机に置くと、他の席へ向かった。

 まあ確かに、古代文明とオクトのケーキに接点はないので、今話しているのは100%エンドの妄想話だ。時間の無駄である。


「とりあえず、食べないなら俺が――」

「食べるに決まっているだろうが」

 エンドは長くなりそうだった演説をピタリと止めると、ケーキの皿を掴んだ。獣人族に負けないぐらい素早い。

 食べ物の恨みは怖いとよく言ったものだが、確かにエンドのケーキを横取りしたら、とんでもない事になりそうだ。


 恐る恐るといった様子で、ケーキを口に運んだエンドは、目を細め咀嚼した。薄ら目元に涙が浮かんでいるのは気のせいではないだろう。そこまで感動するとは。きっと普段、いいものを食べていないに違いない。

「じゃあ、俺も」

 うん。やっぱり俺の娘は料理上手だ。

 どうやらチーズケーキといっても、焼き菓子ではないようだ。ひんやりしており、何とも表現し難い食感だ。底にはクッキーが敷き詰められているようで、それがまた良いアクセントとなっている。

「アスタ……、結婚を前提――」

「断る」

 俺は反射的にエンドの言葉を遮った。

 以前も言われた事がある単語だった為、俺の反応は早いものだ。もちろんあの時のような勘違いはしない。コイツはただのロリコンだ。


 

「自分だけ幻の料理を食べて、不公平だと思わないか?」

「思うわけない――」

「そうです。不公平です」

「はっ?」

 ロリコンを撃退すべく言い争っていると、横やりが入った。

 まさか、オクトの手料理は、ロリコンではないリストの胃袋までつかんだというのか。あまりの事態に戦慄する。すでにケーキは部屋中に配ってしまった。


「何で娘さんをケーキ屋さんにしないんですか」

 へ?ケーキ屋さん?

 想像とは違う可愛らしい単語に俺は反応が遅れた。

「何でって……うちの子混ぜモノで、シャイだし……」

 妙な迫力でリストに詰め寄られ、俺は若干引きながら答える。そもそもオクトは、魔法学校に通っているのであって、製菓屋で修業をしているわけではない。たぶんオクトもケーキ屋さんになる気はないだろう。


「混ぜモノだからって何だって言うんですか!怒れる魔族を止められるお嬢さんが、ただのシャイなわけないでしょう。お菓子の賢者をこんな所で埋もれさせるなんてとんでもない。こんなの、お菓子の神への冒涜です!」

 リストの言葉に周りの男どもは頷くが、お菓子の神って何だとか、色々ツッコミ所が多い。お菓子の神とかお菓子の賢者なんて初めて聞いた。

「僕、娘さんの為なら、パトロンでも、なんでもなりますから。是非娘さんをパティシエにっ!!」

「あー。うん。聞いておくよ」

 血走った眼で訴えてくるリストに俺は若干適当に答えた。

 

 同僚がロリコンと甘味フェチである件について。

 とりあえず、しばらく娘を職場に近づけるのは止めておこうと思った。

 以上、オクトのとある1日でした。

 今回のアスタ視点で、この話は終了させていただきます。ここまでありがとうございました。

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