図書館の館長の幸せな最期(4)(エスト視点)
「凄い。体が軽い」
思った以上に威力が出て、コンユウが吹っ飛んだ。ベンチに座っていた所を襲ったので、それなりに加減はするつもりではあったけれど、予想以上に体が動いてしまった。
それもそうか。今の俺はジジイではないので、体の柔軟性も筋力も上がっているのだ。それに俺の体は、これまでの戦地などの経験で、戦い方というものを覚えている。生まれ変わったようなものではあるけれど、ゼロからの出発ではない。なるほど、なるほど。
ただしその結果、コンユウから結構痛そうな音がした。……コンユウは戦闘経験とか積んだとかなさそうだもんな。魔族だから、体は丈夫だろうけど。
色々な時間を渡り歩いてきたコンユウの知識は俺以上にある。これは間違いない。そもそも学生時代の時点で、飛び級を繰り返すコンユウとオクトの頭のできは俺よりもずば抜けていたのだ。
成長したコンユウは、俺の覚えている彼よりもずっと大きな体をしていたが、どこかひょろっとした印象がある。食事とか、ちゃんと食べていたのだろうか。
コンユウは一つの事が気になるとそれに没頭する癖があった。たぶん魔族特有の癖のようなものだろうけれど、体が丈夫な分、色々無茶をしていそうだ。
「いってぇ。誰だよ!!」
「誰だと思う? この顔忘れたというなら、もう一発殴ったら思いだすか試すけど」
拳をぐっと握ってコンユウに話しかければ、コンユウはまるで幽霊でも見たかのようにぽかんと口を開け、間抜け面をさらした。
実際、俺は幽霊みたいなものだけど。
「えっ?」
「よし、殴ろうか」
「ちょ、えっ? エスト?……いや、その子孫?」
大分と混乱しているらしいコンユウは、目を白黒させていた。
オクトが会える状況になる前に俺の事を伝えているとは思えないし、突然昔の友人がその頃の姿のまま現れたら混乱するよなと思う。でも今のコンユウには、これぐらい動揺させた方がいい。
全てが終わったなんて勝手な勘違いをして、燃え尽き症候群とか、そんな事している暇はないのだ。
「正確には、精霊族として生まれ変わったエストかな。元気そうだね」
「は? 精霊?」
「ただし、俺は君も殴ってくれなんて言わないからね。コンユウは俺に殴られるだけの事をした。それを忘れてもらったら困る」
まだまだ混乱中のコンユウに、俺は畳みかける様に伝えた。古い伝承にある熱い友情の物語の様に、お前も俺を殴ってくれなんて俺は言わない。
正直俺は、コンユウに殴られるような事をしてないと思う。むしろ一発蹴るだけで終わらせてやろうと思っている俺は、かなり人がいいと思うぐらいだ。本当はたこ殴りしてもいいぐらいの事をされたと思っている。
でもコンユウも同じだけの代償を払ってきたと思うから、これ以上俺の不満やうっぷんをぶつける気はない。
「ほ、本当に、エストなのか?」
「正真正銘のね。エストであり、元図書館の館長であり、死色の賢者様さ。恐れいった?」
俺がどや顔で色々な二つ名を告げれば、コンユウは顔をくしゃりと歪めた。そして俯いた彼から嗚咽が聞こえだした。
コンユウは相変わらず意地っ張りなようだ。きっとオクトの前では泣けなかったに違いない。かくいう俺も、オクトの前では泣けないと思う。オクトが親友ではないとかそういう問題ではなく、俺もコンユウも、きっとオクトを守る立場から守られる立場になんてなりたくないのだ。
愚痴とか、そういうのは言い合える立場ではいたいけれどね。
「エッ、エスト」
「うん」
「エストッ……」
「うん」
「エスト……ごめんなさい」
「絶対許さないよ」
俺の言葉に、キョトンとした後、コンユウは青ざめながら唇を噛んだ。ショックを受けたような顔をしているけれど、多分コンユウだって許されるとも、許されたいとも思っていないだろう。
それでもきっと言いたかった言葉だから、伝えたに過ぎない。
「謝ってすむ問題じゃないよね」
「ああ。……分かってる」
「そうそう。ちゃんと理解してよ。俺は怒ってる。これまでの事を謝罪だけでチャラにはできない。俺は死色の賢者になりたくてなったわけじゃない」
なるしかなかったから、なっただけだ。
あの時コンユウが馬鹿な事をしなければ、俺達三人の未来は違うものとなっていただろう。
「でもね、謝る必要はないよ。もうこの運命は受け入れたから。ただし償ってはして欲しい。というわけで、こんな場所で燃え尽きてもらったら困るんだよね」
「俺は何をしたらいい?」
コンユウはすぐさま俺の言葉に食いついた。
俺への罪の意識は、多分ずっと彼の根幹にあるのだろう。だから償ってもらう。それで、チャラだ。俺らの中のわだかまりはとりあえず表面上だけでもなかった事にする。
これからとても長い人生が待っているのだ。だからその長い人生の間に、もう一度ちゃんとした形の親友に戻れたらいいと思っている。
「まずは王様になってよ」
「分か――はぁぁぁぁぁぁ?!」
俺の言葉にコンユウは叫んだ。
その反応は思った通りだけどね。先ほどまでの涙も驚きすぎて止まったようだ。
「王様になって欲しいというのには、色々な理由があるけどね。まず一点目。神であるオクトさんは、王様か精霊族としか会う事を許されていない。コンユウは多分特別扱いだ。だけど、この先もそれが続けられるとは限らないでしょ? 他の神から邪魔が入るかもしれない。だから文句を言われない立場になって欲しい」
「いや、えっ。でも」
「まずは俺の話を聞いてよ。二点目。紫の大地は、今の所、宗教国家が一つだけで、後はばらばらと移民が入ってきて自給自足の生活をしているって聞いたんだ。この莫大な土地を一つの国だけで治め続けるのは不可能だよ。多様性は必要。だから他の国も欲しい」
国が増えれば諍いも起こり、戦争も将来的には考えられる。でも大きくなり過ぎた国は、内部分裂するだけだ。その方法で国が増えるのも悪くはないけれど、宗教国家の土台は時の神信仰だ。分裂した事により、時の神を否定する国が出来上がるのだけは避けたい。
オクトは最終的には神のいない世界を目指しているとは言ったし、彼女のする事に協力をしようとも思っている。でもオクトが殺されて新しい神を作るなんて事をされるのを黙って見過ごすわけにはいかない。俺はオクト以外の神なんて必要としていないのだ。
「そして、三点目。コンユウはさ、魔族だから、魔族の国を作ってもいいと思うんだ。彼らだったら、魔王の一言で集まるんじゃないかな?」
「いや、いや、いや。俺がいうのもなんだけど、俺らの種族は協調性がないぞ?」
「それはどうかな? 同じ方向さえ向いていれば、協力はできると思うんだよね。君達、無駄に凝り性だし。最後に四点目。コンユウは皇族に連なる者だったんだよね? だったら帝王学も少しは学んでいるでしょ?」
コンユウは何でそれを知っているという顔で、俺の方を見た。
きっと呪いの関係で、コンユウが誰にも明かす事ができなかった話だ。
「大地をまたいでしまっているからすべての情報を知ることはできなかったし、最終的には起こってしまった後に気が付いたんだ。でもね、俺はコンユウが生まれるずっと前の世界を生きてきたんだよ?」
俺らが初めて出会った時、既にコンユウは混ぜモノ嫌いで、紫の瞳をしていた。つまり、あの時点でコンユウは混融湖を渡っていたのだ。
そしてコンユウの魔力は【時】以外は【風】だったので、多分黄色の大地と関係があるのだろうと思っていた。そこから連想し、色々な情報を集めるにつれ、コンユウは黄色の大地で起こった混ぜモノによる暴走の被害者であろうというところまで突き止めた。
そして人伝に一夜で消滅した国の情報から、魔族とのハーフの末皇子の話を聞く事ができた。その皇子は遺体が見つからなかった者の一人だった。
「何で今更、そんな話を……」
「今更じゃなくて、これからの話を俺はしてるよ。コンユウには土台がある。だから国を纏める立場になって欲しい。ちなみに、俺もアールベロ国の国王の側近をしてきた事があるんだよね。だから手伝う気はあるよ。そして国を作る事が俺に対する償いだと思って欲しい」
コンユウは全て終わったと思っているかもしれない。でも、俺はこれからだと思っている。
三人が集まれてめでたしめでたしなんて、そんなわけがないのだ。
「……それをエストが望むなら」
「うん。望むよ」
図書館の館長は死んだ。でも精霊族のエストの人生は始まったのだ。幸せな最期だったなんて締めくくりなんていらない。
意地汚く、幸せに生きる為に足掻きたい。
「さあ、コンユウ。たぶんどうしたらいいか泣きそうな顔で混乱しているだろう、俺達の神様を迎えに行こう。話はそれからだ」
絶対幸せになってやる。
俺はバッドエンドになる為に運命と戦ってきたのではない。ようやく始まった、先が見えない真っ白な未来を俺達は歩み始めた。




