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図書館の館長の幸せな最期(3)(エスト視点)

 自分を把握するというのは、思っていたより難しい作業だった。

 例えば翼族だった時の習慣で夜に眠ろうとすれば、それだけで自分自身が広がり端から消えかけるような感触を覚え、慌てて起きるということもあった。またある時は、過去の事を思い出そうとして、自分の姿が年老いたり、若返ったりと定まらなくなることもあった。


 なるほど。確かにこの状態だと、すぐさま自分が自分でなくなることもあり得そうだ。例えば自分の容姿を想像する時に別の人の容姿を想像してしまえば、それに変化してしまうという事なのだ。その上で、他の人の感情に引きずられて、さらに過去を思い出さなくなってしまえば、それはもうエストではない。

 改めて、俺は違う存在になったのだと知った。


「……そもそも、俺はエストなのかな」

 エストの記憶と感情を持っている俺は【エスト】だと思う。でもエストという存在は、翼族の肉体を持ったヒトであるという事も重要な情報だった。それがなくなった今、俺は生まれ変わったという言い方が正しいのだと思う。

 エストは死んで、次の生を得たという事だ。


 時折オクトが見せる意味深な目は、多分それをどう飲み込んでいいか分からず、俺とのかかわり方に悩み戸惑っているのだろう。エストである事は間違いないけれど、新しい生を受けた俺は、エストそのものでもないという事だ。

 オクトは初めからそれが分かっていたのだろう。精霊になることを選んだ時点で俺の死は確定してしまう。もしかしたら、俺を殺したとでも思っているのかもしれない。でもあのままならやっぱり数日の差で俺は死んだだろう。だから例え俺が【エスト】ではなかったとしても、俺の記憶と感情は今もなお間違った選択はしていないと思っている。

 彼のオクトやコンユウへの妄執は、例え自分の生を歪める事だとしても、もう一度会う事ができるのなら何らためらわない。


 だからこそ、俺は胸を張ってエストとしてここに居られる。俺の過去は絶対俺を否定しない。これは彼が最も望んだ選択肢の結果なのだ。

「エスト、調子はどう?」

「だいぶん魔素や魔力の使い方が分かってきたよ。これなら、一応仮の肉体は作れそう」

 精霊になってもう一つ変わったのが、魔法に関する見え方だ。

 翼族の頃は、魔法を使う為に紙に魔法陣を書く方法や道具を使う方法を取っていた。しかし精霊族は、自分自身が魔法そのものだ。自己が崩れやすい代わりに、思ったままに魔力も魔素も動かせる。魔素は自分、自分は魔素。ほんとコレ。自分自身の延長だから、動かすのになんの障害もない。ただし、動かす為にはそれに自分自身を繋げている様なものなので、他者の意識を間違って自分に取り込みやすい。

 これが精霊族が変容しやすいという実態だ。肉体があれば、これが自分という線引きができるが、肉体がなければ線引きが難しい。

 高位の精霊は肉体をつくれるので比較的自分と他者を切り分けしやすいが、肉体を継続しては纏う事ができない中位や、魔素の核が小さすぎる低位はきっとどんどん変質しているのだろう。ある意味それが彼らの成長という事なのかもしれないけれど、俺はトキワに魔素を譲ってもらえて良かったとこの時ばかりは感謝した。流石に、コンユウに会う前にエストでなくなってしまったら、何の為に精霊になったのか分からない。


「精霊族ってさ、幽霊みたいだね」

「幽霊?」

「まあ、こういう種族で確立されてるからさ、厳密に言えば幽霊じゃないんだろうけど。でも肉体は死んでいるわけだし。そう言えば昔、オクトとコックリさんで精霊族と会話した事があったね。後日、コックリさんは幽霊と会話する遊びだって教えてくれたけれど、あながち間違いではなかったね」

 俺の言葉にオクトはきょとんとした顔をした。そして、首を傾ける。……あっ、これは多分、覚えていないパターンだな。

「えっと。その。ごめん。エストはよく覚えてるね」

「オクトと二人っきりになれるというのは、当時の俺にとってはとても特別な事だったからね。でもかなり昔の事だから、忘れてしまうのも無理ないよ」

 そう言えば、今のオクトは何歳ぐらいで、どれぐらいの年月が経っているのだろう。


「そう言えば、今オクトって何歳なの?」

「……数えてないから分からない。うーん。千年ぐらいは生きたって事にはなると思うけど」

 ……思った以上に時間が流れているようだ。俺もかなり長生きしたと思ったけれど、オクトに比べればまだまだだ。まあコンユウの話では神になると長い眠りにつくという事なので、それぐらいの時間が経過していても妥当かもしれない。

 でもそれだけの時間が経っているなら、色々忘れてしまうのも無理はないだろう。たぶん、どちらかといえば、俺の方が異常なんだろうし。


「思った以上に時間が経っているね。今の時間に、俺も知っている相手っている?」

「コンユウはいる。後は……知り合いの子孫がいるかな」

「交流はしているの?」

「カミュの所とは。後は一方的に見守っている感じ」

 神様は精霊、もしくは王族としか話せないんだっけ。となると、継続して交流があるのはカミュエル先輩の所ぐらいなのかもしれない。

 ……あれ? ちょっと待てよ?

「ねえ。今この神殿が立っている所は何処なの?」

「元々は混融湖があった場所。今は混融湖が消えて、紫の大地と呼ばれている」

「それって、まさかとは思うけど、他の国から死の大地とか妙な言いまわしされてないよね? 混融湖があった場所なら元々は誰も住んでないわけだし」

 その言葉にオクトは目をそらした。どうやら俺は大正解をしたようだ。

「……今もほとんど人は住んでない。で、でも、少しづつ移民は入ってきているから」

「そもそも、大地って旅芸人ぐらいしか跨げないんじゃなかった?」

「うん。神の誓約でそうなってる。旅芸人は、神の都合で住む場所を失った人が定住の場所を見つけられるようにと神が作った救済処置だから。最近はだんだんその認識が薄れて、元居た大地から移動したい人が乗り合いバスみたいに便乗してしまっているけれど」

 へぇ。昔から旅芸人だけが大地がまたげるのは不思議だなと思ってたけれど、そういう理由だったのか。でも今の話を聞くと余計に不安になって来た。国がなければ王はいない。つまり、オクトは普段誰とも交流せず、ぼっち生活を送っていないかという疑惑だ。そもそもオクトは人見知りするし、人付き合いが得意ではないタイプだ。


「移民って、もしかして旅芸人?」

「そう。移民のほとんどは自給自足の生活をしてる。あっ、でも。一つだけ一応国みたいな形をしている場所がある」

「みたい?」

「……私が体を動かせない間に、時の神を信仰する宗教がつくられてしまって。年々そこに人が集まって、宗教国家みたいな形になってる」

 宗教国家とは、これまた極端なのができている。将来的に神様をなくすとかいっているのに大丈夫だろうか。……オクトのコミュニケーション能力を思うと不安しか感じない。


「誰がそれ始めたの?」

「……たぶんカミュ」

「へ?」

「たぶんだから、何とも言えないけど。でも絶対カミュが何かしたと思う。隠居してから暇そうだったから」

 たぶんオクトの事を考えて動いたんだろうなとは思うけれど、何でオクトが嫌がるような国を真っ先に作ったのか。あの人は本当にドSだ。

 でも彼が作ったのなら、きっと何か意味がある組織なのだろう。カミュエル先輩が死んだ後に変容した可能性もなきにしもあらずだけど。


「あ、あの。国民というか、住む人が少ない件は大丈夫。一応他の神も、王様やりたがっている人を各地で探して下さっているから。その中で出来そうな人を旅芸人使って送ってくれるって言ってた。たぶん数百年もすれば、もう少しマシになるとお思う」

「王様をやりたがっている人?」

「私なら絶対お断りだけど、中には物好きもいるみたい。私もまだただの混ぜモノだった頃、国を欲しがる海賊と知り合いだったし」

 うん。色々、発言がおかしいね。

 そもそも海賊と何で知り合いになってるんだろ……後でその辺りじっくり聞かせてもらって、本に残しておこう。折角、堂々とオクトの隣にいなければいけない状態になったのだ。オクトの同人誌――じゃなくて、武勇伝でもなくて、えーっと、そう。伝記とか残した方がいいよね。オクトがそういう物を残しているとは思えないし。うん。これはファンクラブ会長であり、時の精霊となった俺の務めだ。


「それで、唯一生き残っている僕らの親友は何処にいるの?」

「えっと、神殿の中の何処かには居ると思うけど――」

 ふーん。この建物の中なのか。

 そう考えて、魔素を通して建物内を俺は見渡してみた。時の魔素がある所ならば、俺は結構なんでもできるらしい。この点は、精霊族はとても楽だ。すると一階にある中庭に黒髪の男を発見した。

 ……なんだか黄昏れながら、ベンチに座ってぼんやりしている。セリフを入れるなら、『燃え尽きたぜ真っ白に……』だろうか。髪をちゃんと切りそろえず適当になっているせいで、余計に世捨て人っぽい。

 まったく、何勝手に燃え尽き症候群を発症しているのだろう。むしろ、俺らの時間はここからだろうが。


「じゃあ、折角だから旧知の仲を深めようか」

「えっ?」

「俺もそれなりに長く生きててね、色々経験する中で、時には拳で肉体言語も必要なんだなって思ったんだよね」

「ちょ、エスト?!」

 オクトの慌てる顔を見ながら、俺は親友の元に転移した。

 そして切り替わった視界でとらえた黒髪の男に向かって、俺は肉体を纏って飛んだ。


「コンユウ覚悟っ!!」

 あっ、拳じゃなくて、足だった。

 そんなことを思いながら、俺は数百年分の鬱憤を馬鹿にぶつけたのだった。

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