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図書館の館長の幸せな最期(2)(エスト視点)

 トキワと契約した後、俺の意識は一時的に途切れた。


 そして目が覚めると、そこは全く知らない場所だった。最近物忘れも激しいので、ただ単に忘れてるだけかもしれないけれど、いつも寝ている図書館ではないのだけは確かだ。

 それにしても、今日はやけにさっぱりとした目覚めだ。最近は朝起き上がれないぐらい体が重かったはずなのに、嘘のように軽かった。上体を起こすが、関節の痛みもない。そう言えば、視界を覆う髪の毛がないのに気が付く。

「おはよう、エスト」

「おはよう。ちょっと状況が分からないから、説明してもらえる?」

 声をかけてきたのは、オクトだった。周りには彼女以外には誰もいない。俺の記憶に間違いがなければ、契約をかわしたトキワもいると思ったのに。


「エストは、トキワさんと契約をして肉体を捨てて精神だけの精霊族になった事は覚えている?」

「契約をした所までは。でも良かった。夢じゃなかったんだね。もう一度オクトに会えるなんて、死に際に見た夢かと思ったよ」

 あまりにも現実味が乏しいあの場面は、俺には夢のような時間に感じた。それどころか今もなお、夢の続きのように感じている。

ただ、夢ではないと訴えるように俺の言葉にオクトは悲し気な顔をしていた。もしも夢なら、彼女は俺と居られる未来に笑みを返してくれたはずだ。

そういえば精霊族になることにオクトは最後まで反対していたのをふと思い出す。


「オクトは俺と一緒に居るのは辛い?」

「そんなはずない。エストが一緒に居てくれるのは、とても心強いし、嬉しい。嬉しいけれど……。ごめん。なんて言ったらいいか分からない」

 彼女は、長い時を生きたけれど、相変わらず想いを言葉にする事が苦手なようだ。唇を噛んで、眉をひそめている。一生懸命言葉を探しているのだろう。

 でも彼女はどんな葛藤があるにしろ、嬉しいと言った。なら俺はこの結末がどうなろうと、後悔だけはしない。これは俺が選んだわがままなのだ。選ぶことすらできずに、起こってしまった出来事とは違う。


「嬉しいと思ってくれるなら、俺はそれでいいよ。ところで気になったけれど、ここはどこで、トキワは何処にいったわけ? まだ精霊族になりたてで、良く分からない事が多いのだけど」

 実際になってみて分かったが、精霊族になったからといって、精霊の事が全てわかるというわけではないようだ。今の所俺は、先ほどまでと変わらない、エストのままだと思う。まあ意識が変容してしまった時に、変容したという自覚を持つ事ができるのかどうかは分からないけれど。

「ここは、時の神の神殿。今はエストの状態が落ち着くまで、精霊族が近づけないように隔離している状態」

「隔離?」

「トキワさんにも言われたと思うけれど、精霊族は肉体を持たないから、周りの感情などに影響されやすい。特に精霊になりたての時は、自分を掴み切れていないから影響を受ける大きさが、通常よりも大きい。エストはトキワさんの魔素を使って精霊となったから、高位並の力を持っている。でも高位並の力を持っていても扱いきれなければ意味がないし、他の精霊がエストを吸収しようとするかもしれない」

「吸収?! 俺が食べられるという事? 物騒だね」

 精霊族は文献にもほぼ載っていない未知の存在だ。居るのは分かっているけれど、元々の種族である翼族からはとても遠い存在だった。それでも分類はヒトである。だからこそ共食いをするなんて驚きだ。


「食べるとは違うかも。吸収というか、融合? 結局のところ、二つのものをくっつけて、より一層大きくする感じ。精霊は精神的に弱れば悪意なく、他の精霊とくっついてしまうから。くっ付いたらもう離せないし、新しい存在として生まれ直した感じになる。精霊同士から産まれる子供はこれの応用。精神の一部であるお互いの魔素と魔素をくっつけて新しいものを作るという感じ。だから新しい精霊というのは、エストの様にまっさらな魔素に記憶等を焼き付けて産まれるパターンと、異なる二つの精神を混ぜ合わせて作るパターンの二つに分かれる」

「つまり今の俺は精霊族の中では力が強いと保証された赤子って事?」

「そういう事。そして生まれたての精霊族はしばらく隔離するのが基本なの。そこで自分の大きさや色んなものを把握していく。エストの場合は高位だから、仮初の肉体をつくる練習をするといいと思う。肉体さえあれば、他の種族とも交流は可能だから」

 そこまで言われて、俺は改めて気が付く。

 そうか。俺は今、普通の人には見えない状態なのか。体が軽く痛みがないのも当たり前だ。そもそも体がないのだから。まるで幽霊だなと思ったが、あながち間違っていないのかもしれない。俺の肉体は既に死んでしまったのだから。


「今の俺は、オクトにはどういう姿で見えているの?」

「私の記憶にある学生時代のエストの姿をしている。目の色だけは紫色だけど」

「そっか。じゃあ、ようやく俺とオクトは同い年ぐらいにみえるんだね。俺の方が先に成長してしまったから」

「うん。でもこれは私の脳内が見せる映像に過ぎない」

「受肉する時は、それぐらいの姿にするよ。お爺さん姿は、周りに労わってもらえるのはいいけれど、動くには不便だったりするからね」

 オクトさんの中の俺は、館長ではなく、あの時別れてしまった頃のエストなのだろう。俺としても、館長としてではなく、エストとして居たいのでそれがいい。


「あと、トキワさんは、終わる旅に出かけた」

「終わる旅?」

「うん。トキワさんに残された魔素は少ないから。消滅までのカウントダウンを始めたの。だから彼女は彼女のしたい事をするんだと思う」

「俺が彼女を殺したという事?」

「違う。たぶんトキワさんは、本当は前任の時の神に連れて行って欲しかったんだと思う。でも時の神に頼まれて、この世界に留まって、時を守る一部になった。だから私という後任ができて、それを見守れるエストをつくれたから、ようやく自分の時間を過ごすんだと思う。殺したんじゃなくて、これは解放だと思う」

 優しさから選んだ言葉だろうけれど、でも正しくトキワは解放を望んだのだろう。だからあの時俺にこの選択を示した。俺が知っているトキワは、同情だけで命を捧げるような可愛らしい性格なんてしていない。


「オクトは……もしも神を辞める時は、俺も連れて行ってくれる? 俺はトキワみたいに、自分の神が死んだ後も頑張るのは嫌かな。だから後はまかせたみたいな死に方はなしだよ? 俺はね、十分長生きしたんだ。オクトも見たでしょ? あのヨボヨボの俺。もうオクトに隠す事がないぐらい最高にカッコ悪い姿だったよね」

 もしも混融湖に落ちる事がなかったら、あんなミイラの様な姿になるまで長生きしたとは思えない。とにかく俺は時間を変えるために限界ギリギリまで生きたのだ。だからこの先は、死に怯える生き方ではなく、ただ大切な者といる為の時間にしたい。

「館長はカッコ悪くなかったよ? 私の尊敬する人の一人だった。でも、うん。分かった。……エストには、ちゃんと神である私の目的を伝えておこうと思う」

「目的?」

 神となったオクトの紫の瞳が、強い意志を放った。


「コンユウには既に伝えてあるけれど、私は【時の神】の最期の神になろうと思ってる」

「は?」

「細かく説明すると長くなってしまうし、色々難しい部分もあるけれど、結局のところ私は神を殺す神となるのだと思う」

 オクトさんの声はとても真剣だった。冗談ではないようだ。……そもそも、冗談だとしたら、とても悪質な冗談だけれど。

「元々この世界のバランスは既に崩れてきていた。それはずっと昔、キサラギが初めての代替わりをした時から、ううん。それよりずっと前から分かっていた事。だからキサラギの意志を継いで、私は【神がいる世界】を終えて、再び【神がいない世界】に時間を進めて行こうと思っている」

「……何とも壮大だね」

 神が神殺しをして、神のいない世界にする。色々な反発だけではなく、それを進めていく上でのオクトの精神状態も恐ろしい。壊れてしまわないか心配だ。

 何でまた、そんな厄介なことを背負うことになったのか。キサラギの代替わりを俺は知らないので、きっと図書館の館長が死んだ後に何かあったのだろう。

 

「一応他の神は、もう承認している。後はどうやってその時間につなげていくかを模索している所。そして……神がいない世界という事は、つまりは恒久的に魔素が生み出されない世界だから……精霊族は滅びて、魔法も使えなくなるということ」

 オクトは申し訳なさそうな顔をしたけれど、一度は死んでいる様な身なのだし、オクトが死んだ後も生きるつもりはないのだから、その事に関してはそれほど責任は負わなくてもいい。

 でもきっと、優しい彼女は俺がどれだけ気にしないと言っても、俺を殺す事を悲しむのだろう。

「その事に関して精霊族からの反発はないの?」

「緩やかに進めているから。今の所は。そもそも長く生きすぎて自我崩壊する精霊族も多いぐらいだから。精霊族は自己否定を始めたら、簡単に精神崩壊が始まるの。だからエストも気を付けて。ヒトは誰しも、ふと死にたいなと思う事もあるぐらい脆い生き物だけれど、精霊族はそのふとした思いがそのまま死に直結してしまうから」

どうやら俺は中々に厄介な種族になったようだ。ずっと前向きに生きるというのは意外に難しい。でも俺は目的さえ見失わなければ、たぶん死ぬことはないと思う。


「……ごめん。私はこんな風にエストに助言しておきながら、エストを殺す作業をしている」

「その作業が完了するのは今すぐなの?」

「今すぐはどう頑張っても無理だから、早くても数百年以上かかると思う。それぐらいゆっくりと世界を変えないと、多くのヒトが死んでしまうから」

 その言葉に俺は笑ってしまった。だって、百年以上先の話を彼女はしているのだ。魔力の低い人だったら、そもそも百年も生きられない。それを殺してしまうなんておかしな話だ。

 それにすごく申し訳なさそうな顔をしているけれど、きっとオクトがそれを背負ったという事は、それをしなければいけない段階に、この世界が向かっているのだろう。

 何かを犠牲にすることをオクトは簡単に選べる性格ではない。だったら、それは彼女が悩みぬいた上での最善だったのだろう。


「気にする必要はないよ。さっきも言った通り、俺はオクトがいない世界で、更に長い時を生きるなんてごめんだよ。だから終わる時は俺も連れて行ってよね」

 トキワが俺にこの選択を持ってきた理由が分かった。なるほど。優しい彼女がこの作業を進める上で、心が壊れないように守るヒトが欲しかったという事だろう。

 ヒトは死が目の前に近づけば、案外その生にしがみついてしまうものだ。それこそ飽き飽きするぐらい長く生きて、その目的がオクトと共に居たいという俺ぐらいじゃないと、安心できないだろう。他の精霊族が裏切る可能性は十分あった。


「さあ、まずは自分を知る事からと言ったけれど、どうしたらいい? ねえ、俺の神様? 教えてよ。折角若返ったし、早くコンユウにも会いたいな」

 その言葉に、オクトはぽかんとした後、泣きそうな顔で笑った。

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