傍迷惑な忘れ物(2) 【6/12】(エンド視点)
前話の別視点の話しです。視点はアスタの同僚であるエルフのエンド魔術師となっております。
※ロリコンっぽい内容が含まれますので、そういったものに嫌悪感のある方はご注意ください。
今日はいたって普通の日だった。
いつも通りに起き、食堂でご飯を食べ、会社に向かう。ただ途中で研究材料の薬草が切れていた事を思い出し、私は少し遅刻する事を職場に伝書鳩で伝えると、薬屋へ寄った。特殊な薬草ではないので、薬屋ならどこでも取り扱っているのでありがたい。
ここまでは、何の変哲もない日の始まりだった。そう、職場の入口、つまり城の門の前に来るまでは。
門の前には珍しく、門番が居ないようだ。常ならば、必ず2人立っており、何かあってもどちらかが残っているはずなのだが……。職務怠慢である。
代わりに、小さな子供が門の前にいた。供を付けているわけでもないし、服装からして、平民の子供だろう。この子供が門番という事もありえない。小柄な姿をしているし、10歳にも満たないのではないだろうか。
門番が居なくて、代わりに子供が居るという事は、子供の知り合いを門番が呼びに行ったのかも知れない。
2人で行くなんて事はないので、片方が席を外している間にこの子供が来たというところか。せめてもう1人が帰ってくるまで待てばいいものを。後で上司に伝えておこう。
「どいてもらえないだろうか?」
門の真ん中で突っ立っている子供に、私は声をかけた。とりあえず、中に入らなければ、上司に現状を報告することすらできない。
「すみません」
振り返った子供を見た瞬間、私は上司に報告しようとかという考えが吹っ飛ぶぐらいの、雷に打たれたような衝撃が走った。
さらさらの金髪を肩のあたりで切りそろえた髪型。海のように深い青をした大きな瞳。可愛らしい顔には、混ぜモノ特有の痣があった。
この可愛らしい子供に、私は見覚えがある。
「もしや、貴方はアスタの娘では」
あまりの衝撃に声が震えそうになったが、彼女は気がついただろうか。動悸、息切れ、目まいで倒れてしまいそうだ。
まさかこんな場所で出会う事になるとは。
もしも会うと分かっていたら、彼女に会うのにふさわしい恰好をして、プレゼントを用意しておいたというのに。はっ?!まさか、これはアスタの嫌がらせか。
心の狭い男なので、ありえなくはない。しかしアスタなら、会わせる事さえしなさそうなので、やはり偶然……いや、運命の可能性が高い。
「あ、はい。そうです。あの……アスタを知っていらっしゃるんですか?」
確か彼女は10歳だったはずだ。なのにこれほどしっかりとした受け答えができるなんて。おじさん感激――。いやいや、私はまだ若い。
私は微笑ましい気分で、彼女を見下ろした。頭を撫ぜたいが、出会ったばかりなのにそんな事をやったら驚くだろう。仲良くなるまでの我慢だとぐっと堪える。
「初めまして。私はアスタの同僚のエンドという」
◆◇◆◇◆◇
何とか和やかに自己紹介ができた所で、オクトは茶色の封筒を私の方へ向けた。私への手紙という事はないだろう。手紙を入れるには少し大きい。
「あの、これなんですけれど、アスタに渡してもらえないでしょうか?家に忘れていたので、届けに来たんですが……えっと」
まさか、こんな小さな子供がアスタの忘れ物を持ってきたというのか?!
寮は王宮に近いが、小さな子供には大冒険だろう。そもそも、アスタの忘れものなど自業自得だ。捨てておけばいいというのに、それを持ってきてあげるなんて、なんて優しい子だろう。アスタに育てられたとは思えない。
ああ、お兄さんの目から鼻水が出てきそうだよ。
「なんて、健気な」
「いや、荷物届けに来ただけですから」
しかも謙虚だ。
なんだか癒された気分になる。どうにも自分の部署は、自己主張が激しい奴が多い。それが悪いとは言わない。しかし彼らに比べれば、オクトはまるで一服の清涼剤だ。
「そうだ折角来たのだから、お茶をだそう。休んできなさい」
「いえ。そんなご迷惑はかけられません」
「なっ。そんな小さな形で、気を使えるとは」
何だこのパーフェクトな生き物は。
これは是非とも一緒にお茶をしたい。オクトがこんな癒しの能力を持っていたなんて。今まで文通しかできなかったが、そろそろ一歩踏み出したい所だ。
「あの、家も近いので、本当に大丈夫です」
ふわりとオクトが笑ったのを見て、私は固まった。
可愛い。どうしよう。凄く可愛い。
何故、1家に1人オクトが居ないのか。こんなに謙虚で可愛くて、さらに癒し効果があり、料理はこの世のものとは思えない絶品さだというのに。
世の中は不公平である。
私は現実の世知辛さに肩を落とした。
「……そうか」
きっとオクトにも用事があるのだろう。私だって、ようやく自己紹介ができたというのに、あまり強引な事をして、嫌われる事は避けたい。
「ひきとめて悪かったな」
さようなら、私の癒し。
「いえ。……あ、そうだ。コレ、皆さんで食べて下さい」
オクトはふと思い出したように手に持っている箱を私の方へ向けた。食べて下さいという事は、中身は食べ物なのだろう。……オクトが持ってきた食べ物?!
脳裏によみがえる、あの幻のケーキ。実家に戻った時に食べた食感などを説明したが、誰もそれを作りだす事ができなかった。
「ま、まさか。これは、幻の――」
「すみません。ただの手作りです」
手作りだと?!
あの時のケーキとは違うかもしれない。しかしオクトが作るものだ。あの時と同等、もしくは上回るものに違いない。
私は恐る恐るその箱に手を伸ばした。取りおとすなどの粗相があってはいけない。
しかし途中でふと違和感を感じ、箱に伸ばした手を止めた。……何だろう。風邪を引いた時のようにぞくぞくする。
次の瞬間、グイッと影が引っ張られた事により、何が起こったのか理解した。
攻撃魔法だ。
◆◇◆◇◆◇
影が壁の方へ引っ張られると同時に、私の体も引っ張られる。これは闇魔法に違いない。光魔法か闇魔法で影を一時的に消すなり形を変えるなりして相殺させてもいいが、これだけ勢いよく飛ばされていると、魔法が消えても壁に叩きつけられそうだ。
私はとりあえず自分が持っている種子を取り出し、魔法で成長させた。そして成長した蔦をクッションがわりにする。
ドンガラガッシャンッ。
実際の衝撃よりも派手な音を立てて私は止まった。
どうやらゴミ置き場となっている壁際にとばされたようだ。足元には割れた瓶が転がっている。わざとそんな場所に飛ばしたに違いない。
私は蔦を種に戻して立ち上がると、派手な嫌がらせをしてくれた相手を睨みつけた。
視線の先では、性悪魔族が私の事をロリコンだとオクトに吹きこんでいる所だった。……やってくれる。
「何をするんだ。それに私はロリコンではないと前から言っているはずだが?義父さん」
「誰が、義父だ。とにかく、オクトに近づくなと言ったはずだよな?」
「私はそれを承諾した覚えはないんだが」
「口で言って納得してもらえないなら、力づくで納得してもらうしかないだろう?俺は害虫にまで優しくできるほど心が広くはないもんでね」
アスタはにこやかにそう語ったが、紅い瞳は笑っていない。
そもそもアスタは害虫どころか全てのヒトに対して心が狭いと思う。魔族と喧嘩をするのは骨が折れるが、仕方がないか。
「あ……アスタ?」
「ん?何だい?すぐ終わらせるから、いい子で待ってろよ」
オクトに話しかけられたアスタは、先ほどの氷のような空気とは打って変わって、気持ち悪いぐらい優しく微笑んだ。そしてオクトの頭を撫ぜる。
くっ。私はまだそこまでできないというのに。なんて羨ましい。
「いや。アスタ……えっと、お仕事頑張って」
オクトはすっと、茶色の封筒をアスタに向けた。そういえば、封筒を預かり損ねた事を私は今更ながらに思いだした。
「もしかして、これを届けに?」
「うん。後、これ。レアチーズケーキ。職場のヒトと一緒に食べて」
「オクト……。ありがとう」
アスタはまるでご主人様にじゃれつく犬のようにオクトに抱きついた。
羨まし……いやいや。紳士たるもの、そんな破廉恥な事はできない。まずは食事を共にできるようになる事が最優先事項だ。
「えっと、アスタ。今日の夕食はアスタの好きな、オムライスにする。だから早く仕事を終わらせて」
「さあ、エンド。早く仕事を始めようじゃないか!」
先に攻撃魔法をしかけてきたのはお前だろうが。
しかし輝かしいばかりの笑顔を見ていると、怒りを通り越して、むしろ残念な生き物を見ている気分になった。あ、あれか。アスタは世に居る、子離れできない親馬鹿という生き物なんだな。
私もむやみやたらに王宮や王都を壊したいわけではない。それにオクトのケーキもある事だしと考えて、とりあえず喧嘩は保留した。こんな馬鹿馬鹿しいことで、幻のケーキが粉々になったら目も当てられない。
「ケーキは私が持とう」
オクトの足元に置かれた箱を私は拾い上げた。良かった。中身は大丈夫そうだ。
周りからは危険人物を止めたオクトが拍手を貰っていたが、オクトは今一この拍手が何かを理解していないようだ。
キョトンとした顔をしている。怒り狂った魔族を止めるなんて、よっぽどの事でなければできないというのに。大物である。
「えっと、じゃあこれで失礼します」
「ああ。今度は忙しくない時に、遊びに来てくれ。歓迎する」
「……ありがとうございます」
オクトはにこりと笑って頭を下げると、宿舎に向かって去って行った。
こうして、返信のない文通を初めて早4年。ようやく私はオクトと出会う事ができた。
以上エルフさん視点でした。一応、隣の部屋なエルフさんの続編のようなものになったかと思います。
次回は大御所、アスタ視点となります。




