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図書館の館長の幸せな最期(1)(エスト視点)

この話は、図書館の館長であるエストの死に際のエスト視点の話です。図書館の館長として死ぬ間際の選択の話で、シリアスっぽい話となります。バッドエンドではないけれど、ハッピーエンドでもない話だと思います。もしも読んだ後にコレジャナイ感じでしたら、IFの世界なんだなと思って下さい。


 オクトにとって、この世界は少しはマシになっただろうか。


 それが長年、この時間の為だけに様々なものを費やしてきた俺の心配だった。

 その心配が消えないから、もう少しだけ、後もう少しだけと、必死に命を引き延ばす。体はとっくの昔に限界を迎えているのは分かっていた。

 たぶんどれだけ頑張っても、これ以上生きられない。それはあらかじめ決まっていたかのように、俺の命の砂がサラサラと落ちていく。

 とにかく少しでも時の流れを変えたくて、足掻いてみたけれど、結局小さな波紋をいくつか作る程度の事しかできなかった。……きっと、変えたいという思いと、この大切な時間を壊したくないという思いがあるからだろう。

 だから徹底的に変える事もできず、中途半端な事しかできない。


「……楽しいですよ」

 そう優しい眼差しで声をかけてくれる君は、俺の中にある記憶と全く変わらない。

 全てを伝える事ができれば、少なくともオクトとコンユウが救われる世界に変わるというのに、時の女神はそれを許してはくれなかった。でもある意味、よかったと思う。この時間のオクトは俺のオクトではないとちゃんと分けて考えられるから。この時間のオクトは、この時間のエストと過ごすオクトなのだ。


「そうか。よかった……本当に良かった」

 俺の想いは既に妄執とも取れる執着だ。こんなものをぶつけてしまったら、今の彼女は耐えられないだろう。

 だから綺麗な心のまま、彼女の幸せを願える自分で居られて良かった。

 この言葉を聞けたなら、俺がやってきた事は正しいかどうかは置いておいて、無意味ではなかったと分かるから。


 でもとても疲れた。

 意識はふわふわしている。たぶん、死が近いからだろう。

「……会いたい」

 終わりが近くなっても思う。もう悪あがきもできないというのに。それでももう一度、オクトとコンユウに会いたかった。

 この長い人生で、多くの人と出会い、別れてきたけれど、結局のところ俺の核はこの二人なのだ。この時間までたどり着いて、そういえばミウやライ先輩やカミュエル先輩など、多くの友人がいたなと思い出したけれど、時間はどんどん俺から記憶を奪っていき、結局強く残った記憶はこの二人とのものばかりだ。

 長い時間、何度も何度も、どうしてこうなってしまったのかと後悔したからだろう。


「エスト、お待たせ」

 不意に声をかけられ、俺は目を開けた。久々に意識がはっきりしている。ろうそくの炎が最期の瞬間大きくなるかのようだと思った。

 目の前にあったのはあり得ない光景だった。

 この時間のオクトよりも成長した彼女が、空を飛んでいた。意識がはっきりしていると思ったけれど、これは夢だろうか。

 でも、夢でもいい。夢で十分だ。

 彼女が……オクトが、俺をエストと呼んでくれているのだ。


「ああっ……」

 泣いてしまえば彼女を見る事ができなくなってしまう。そう思っても、涙が止まらない。

 館長と呼ばれた日々が不幸せだとは言わない。あれはあれで、ちゃんと幸せな日々だったと思う。でも、ずっと、ずっと、ずっと、呼ばれたかったのだ。

 俺が俺であると気が付いてもらいたかった。俺を知っている人に。


「遅くなってごめん。でもこの時間がなければ、この時間の彼女は私に繋がらないから」

「どういう?」

「私はこの時間の彼女と繋がった存在。今は【時の神】、【ヤヨイ】と呼ばれているけど、元々の名前はオクトという事」

 ああ。結局彼女は神になったのか。

 この気持ちは落胆なのか、良く分からない。コンユウはオクトが神にならないように動いていたはずだけれど、結局何も変わっていない。

 それでもこの瞬間、彼女に会えたのが、彼女が神になることを選んだからだと思えば、何とも言えない気持ちになる。俺は彼女が不幸になるかもしれないと分かっても、もう一度会い、名を呼んでもらえた事を幸せだと思ってしまう。


「今からエストに選択肢を与えたいと思う」

「選択?」

「一つはこのまま寿命を終える選択。ここまでエストは色々あったと思う。だからこれが自分の人生だと思うなら、ここでエストを終わらせるというのもありだと思う」

 それは選ぶというより、元々この先に横たわっている現実だ。俺の寿命はもう、ほとんど残っていない。だから彼女がたとえこの場に現れなくても、そうなる未来が来ただろう。

「もう一つは、やり直しをする未来」

「やり直し?」

「そう。もしもの世界となってしまうけれど、分岐した別世界でもう一度エストをやり直して、エストの人生を生きなおす事ができる」

 それはとんでもない言葉だった。やり直せない人生をやり直す。でも少し気になる点がある。


「別世界ってどういう事?」

「この世界で私が神にならないと、エストを別の時間軸に移動させられない。だからこの世界はこのまま続かなくてはいけないという事」

「そこにオクトは居るの?」

「その世界のオクトがいる。正確には分岐した時間軸のオクトとなるけれど。えっと、分岐した時点のエストの意識を奪うのが気が引けるというなら、赤子からのやり直しもできる。ああ。そこまで戻れば、エストのお姉さんも助けられるかも」

 オクトの言葉に、俺は自然と笑みが浮かぶ。でもこれは嬉しさからくるものではない。


「そんなの、俺のオクトじゃないじゃない」

「エスト?」

「俺は、君と生きたかったんだよ。やり直しは、もちろんしたかった。でも、違うんだ。君がいいんだっ!! 馬鹿にするなっ!!」

 俺の叫び声に、オクトは顔を青ざめさせ、泣きそうな顔をしていた。

 分かっている。どうしようもない事を俺は彼女に言っているのだ。決して悪いのは彼女ではないと分かっているけれど、言いたくなった。

「……死にたいわけじゃない。でもこの時間を否定することだけはできないんだ。分かって」

「ごめん……ごめん、エスト」

「ううん。オクトが悪いんじゃないって分かってる。でも俺が好きなのは君なんだよ」

 そういうと、オクトは俺に抱き付いた。


 神様だからなのか、体重を感じない。これが俺の幻覚だと言われればそうなのかなと思えてしまうぐらい、現実味が薄い。でも確かにここに居るのは、俺が知っている、俺のオクトなのだ。

「なら、選択肢をもう一つ広げてみるのはどうじゃ?」

 二人っきりの空間に、もう一つ声が入った。


 その声は俺も知っている。

 顔を上げれば不思議な恰好をした幼児が浮かんでいた。この存在は俺も知っているし、会った事もある。だがきっと、コレは俺が知っている今の時間ではない、別の時間軸の存在なのだろう。

 オクトもそれが分かっているようで、目に見えて顔色を変えた。

「トキワさん。エストとコンユウの事にだけは口を出さない約束だったはず」

「そうじゃ。口は出さん。でも、選択肢がもう一つだけある事を伝えるのは口出しじゃない。単なる提案じゃ」

「そんな屁理屈――」

「決めるのは、我が神ではなく、彼じゃ。どうする? 聞くならただじゃぞ?」

 にんまりと笑う彼女は決して幼児の顔ではない。

 俺と同じ、いや、それ以上に生きた魔物だ。でも俺はオクトが隠そうとしている、もう一つの選択肢を聞いてみたいと思った。

 きっとそれはオクトが望まない未来の選択肢なのだろうけれど。


「教えて下さい」

「エストッ!!」

「よかろう。もう一つの選択肢は、お主が精霊となって、オクトに仕えるというものじゃ」

「精霊になる?」

 オクトは今にも泣きそうな、悲愴な顔で俺達を見ていた。しかし俺には、どうしてそんな顔をするのか分からない。そもそも精霊というのは、なりたくてなれるものでもないはずだ。


「精霊族というのはな、かつて滅びた文明にあった禁術で作られた者達の総称なんじゃよ。濃い魔素にその魂と記憶を写し取り、肉体を捨てるというものじゃ」

「エスト。駄目。前に私が言ったように、美味しい話には裏があるの」

「そうじゃな。欠点を先に伝えよう。まず精霊族は自身が消えぬように濃い魔素や魔力が必要となる。だから神に仕えるようになるんじゃ。そして精霊族には肉体がない。だからむき出しの魂は他者の感情や意識に変質させられる。よほど強い意志がなければエストはエストのままではおれんという事じゃ。そして元の肉体は精霊となった瞬間に死を迎える。」

 俺の魂と記憶は残せるけれど、それはとても簡単に変質させられ、状況においては俺ではなくなるという事か。どのみち、この肉体はもう持たない。向かう場所は死だけだ。それならば、変質させられるのと何が変わるのだろう。

「それだけじゃない。精霊は長い時を生きなければいけないという事。これ以上、エストに苦しんで欲しくない。だから駄目」

「だが長く生きなければいけないのは神も同じ。今なら、わしの持つ魔素をお主にやろう。わしはそろそろ眠りにつきたいんじゃよ。だが、我が神を一人にはできんからな」

「勝手に私を理由にするな。私は、そんな事望まない」

 

 なるほど。そういう事。

 そう言えばコンユウも言っていた。オクトは神になった瞬間から、全ての縁を捨てなければならなくなるのだと。

 縁を捨てた上で、神が話せるのは王族、もしくは精霊族のみとなるのだ。色々な制約にがんじがらめになって、それでも世界を維持していかなければならない。

 

 オクトは正しくそれを理解している。理解した上で、いつもの自己犠牲なのだろう。いや、そもそも彼女の中に自己犠牲という概念はあるのだろうか。たぶん分かっていない。分かっていないから平気で自分を粗末にする。

 そしてこの精霊と俺の望みは同じなのだ。

 【時の神】が長く生きていく上で、隣で支える者を必要とし、そして俺は支える者になりたい。

「俺はトキワさんの選択肢を選ぶよ」

「エストッ?!」

 オクトは悲鳴を上げるかのように俺の名前を呼んだ。止めてくれとその顔が訴えている。でもね。ごめんね。

「オクト。俺の望みはね、もう一度、俺のオクトとコンユウと一緒に過ごしたい、ただそれだけなんだよ」

 見守るのも悪くはなかった。この国を導いていくことも、嫌ではなかった。

 コンユウと同じ目的に向かっていくことも、それなりに楽しかった。うん。これまでの事が悪かったなんて言わない。

 言わないけれど、俺は、ずっと、ずっと、ずっと、求めていたんだ。


 きっと、君達にもう一度会うためだけに生きていたんだ。

「トキワさん。お願い」

 オクトの悲鳴が聞こえる中、俺は目を閉じた。

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