表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/76

最強な母(6)(オクトのママ視点)

 というわけで、お腹に子供がいる事がバレました。

 いや、というわけでと言っている場合じゃないのは分かっている。どう考えても、子供が居たら働けなくなり、旅芸人の一座としてはマイナスだろう。子供がいるから働けませんで、ただ飯を食べさせてもらえるほど、旅芸人の生活は楽ではない。前世であった、生活保護とかどれだけ恵まれているのだろうと思う。今の私が生まれた国ですらそんな制度なんてなかった。


 まずいなーと思っていたのだけれど。

 ふてぶてしく、子供がいる事を伝え、あれやこれやとやり取りしているうちに、団長と親子ごっこをする事になった。意味が分からないだろう。うん、自分でも何を言っているんだと思う。でもなりゆきに任せたらそうなったのだから仕方がない。

「本当に、甘い人だわ」

 その甘さに付け込んでいる身としてはそこに文句を付けるのはおかしい気がするけれど、大丈夫かしらと思うぐらい甘い団長だ。足手まといにしかならない私をこのまま旅芸人に置いてくれる事を約束してくれたのだから。それどころか、混ぜモノだと伝えたのに、出産はいつ頃だ、その時は街に居た方がいいだろうと、出産の段取りまで考えてくれている。

「団長も、黄の大地出身のはずなのに」

 名前のニュアンスからして、黄の大地にある国の出身者のはずだ。もしかしたら、旅芸人生まれという可能性もあるけれど、私の国で公演するぐらいなのだから、流石に混ぜモノの暴走については知っているだろう。黄の大地では、とても有名な話だ。何と言ったって、黄の大地で最大だった国が一夜にして崩壊したのだから。元々多民族国家だったというのもあるけれど、王都を混ぜモノが破壊したことにより、国は分裂。私の国もそんな大国から分かれてできた小国の一つだ。

 だから、追い出されては困るけれど、追い出されると思った。甘そうな人だと思っていたので、最低限どこかの町には連れていってくれるかなとは思っていたけれど、まさか出産の心配までされるとは。

「オクトは死なないって宣言してしまったし、何とかしないと」

 勿論、絶対無事に産むつもりなのでいいのだけど、出産する場所まで考えてもらっていると考えると、より一層頑張らねばと思えた。

 味方が誰もいない状態で、不意にできた仲間。

 もしかしたら、騙そうとしているのかもしれない。でも、あの団長を見ている限り、本気で心配してくれていると信じたくなった。


「混融湖を明日通るはずだから、そこが勝負だわ」

 混融湖に居るという時の精霊。既に長い時間、混融湖の中でタイムパラドックスを減らす為だけに存在していた所為で、姿も声もない存在。会うためには、相手の姿や声などをイメージして呼びかけるしかないとママが言っていた。中々に難しい事を言われている気もしたが、ようはキャラ作りをしろという事だ。

 今世は箱入り娘で年齢の割に経験値が低いけれど、前世では薄い本をいくつか製造販売していたという経験がある。完璧に前世のことを覚えているのかと言われれば、そうではないけれど、時属性のキャラクターを想像するなんて萌える……燃えるじゃないの。

「年齢はお婆さんどころか、白骨レベルだけれど、時の精霊というぐらいだから、きっと若く見えるはずよね」

 よく前世の漫画や小説では、年をとらない、永遠の美少女なんか出てきたりするのだ。特に、トキワという名前の音もいい。偶然か分からないが、日本語の『常磐』を思い出す。永遠に変わらないとか、まさに時の精霊っぽい。

 さらに時属性の地域って、元々は結構暑い場所だと文献で読んだ事があった。だったら、アラジンに出て来るような服装とかが似合いそうだ。


「声も想像するなら、無口キャラか、それとも良くしゃべるキャラの声優か……中性っぽいのも捨てがたいわね」

「ノエル、玉ねぎの皮むきは終わった――って、なんで、涙流しながらにやけてるの?」

 ぺリぺリと玉ねぎの皮むきを担当していたのだけれど、その様子を見に来た、風香にギョッとした顔をされた。

「だって、玉ねぎが目に染みるんだもん」

「それは分かるわよ。でもにやけながら、泣かれるのを見たら、びっくりするわよ」

 しまった。

 あまりに妄想が楽しくて――じゃなくて、これでオクトが守れると思うと楽しくなってしまったのだ。うん。決して、前世のオタク魂が疼いたわけじゃない。断じてない。

「色々いい事があったのよ」

 私は涙を拭いて、むき終った玉ねぎを持って調理スペースへ向かった。



◇◆◇◆◇◆



 これが湖?

 初めて見る混融湖は、まるで海の様だった。といっても、私はこの世界の海も見た事がないので、前世の記憶によるものだ。

 かなり深いのか、底は見えず濃い青色をしている。いや、これが時の女神が作ったものだとするのならば、もしかしたら底というものがないのかもしれない。

 対岸が見えないぐらい大きな湖は、その大きさゆえに波が起こっている。

「あっ、呆然としている場合じゃなかったわ」

 見た事のないような風景に少し感動してしまって呆然としてしまったが、あまり長い時間テントを離れるわけにはいかない。私のお腹の中に混ぜモノがいるという事と、昨日泣きながら笑って玉ねぎをむいていた事もあり、団長が私の精神が参っているのではないかと心配しているのだ。あまり長時間戻らないと、無理心中でもするのではないかと、団長が探しにやって来てしまいそうである。

 確かに疲れていないかと言われれば、今までの生活とは大きく変わっているのだから疲れていると答えるしかない。でも元々オクトを産むと決めた時から長生きができない事は決まっているのだ。そんなに長く生きられるわけでもないのに、わざわざ命を絶つなんてあり得ない。


「えっと、呼びかければいいのよね」

 ママから聞いたのはそれだけだ。難しい呪文も何もない。ただ、姿かたちをイメージして、名前を呼ぶ。

 昨日は布団にくるまっても、興奮してしまって全然眠れなかった。まるで遠足前の小学生のようだと思うけれど、どうする事もできないので、夜の間中考えていたのだ。ちょっと徹夜をしてしまったけれど、たぶん大丈夫。私の想像力は、間違いない。うん。


「時の精霊の長、『トキワ』。私の声が聞こえるなら、答えて下さい」

 何もない場所で、私は目を閉じ一心不乱に、夜中に考えたイメージを頭に浮かべる。

 本当にこれで大丈夫だろうか。呼び出しの呪文もなければアイテムもない。色々、不安だ。不安だけど、私は祈った。祈って、祈って――。

「妾に何の用じゃ?」

 不意に声か聞こえた。

 まるで老人が喋るかのような口調。それなのに、声はどこまでも若く可愛らしい。

 その声が聞こえた瞬間、私は目が覚め、パッと前を見た。そして、同時に思った。


 やっちまったと。


「どうしたんじゃ? 妾の名を呼んだのはお主じゃろう?」

「……ご、合法ロリキタ━(゜∀゜)━!!!!!」

 あまりの破壊力な外見に、ぽろっと感想が口からこぼれてしまう。

 目の前にある混融湖の湖面の上で浮いている少女は、むしろ幼女といっていいぐらい幼く見える。そんな幼さを更に強調するように、頭には大きな帽子が被られており、言葉と相まってあざとすぎた。

 服はアラジンに出てきそうなパンツスタイルで、へそ出し。幼女のへそ出し。……色々やっちまった感がぬぐえない。これが徹夜ハイの恐ろしさか。

「合法ロリとはなんじゃ?」

 うぐっ。

 あまりの事についうっかり出てしまった感想にトキワが食いつく。いっそ、流して欲しかったがそうはいかないようだ。とはいえ下手な受け答えをして、気分を損ねて帰られてしまっても困る。

「子供と老人、過去と未来の同居した究極の存在。それが合法ロリです」

 二十歳を超えているのに幼女姿である事を指すなんて正直に答えられるはずもなく、私はファンタジーにありがちな、それっぽい説明をする。

 今こそ私の灰色の脳細胞よ。前世の知識をフル活用して、この危機を脱するのだ。

「なるほど。時を司る精霊の長として、まさにうってつけの現身じゃのう。合法ロリ。気にいったぞ」


 せ、セーフ。

 何とか納得してくれたわ。

 ただ、合法ロリを気にいられてしまったけれど、良かったのだろうか。

 まあでも、時の精霊なんて混融湖で引きこもっている様な存在だ。それに次に呼びだした時は、また別の姿をするに違いない。だとしたらこの合法ロリの説明を別の人にする事もないだろうし、この黒歴史が広がる事はないので良しとしよう。

 

 私は色々見なかった事にして、早速本題に入る事にした。

「私の母親である、風の精霊族の長から、貴方の事を伺いやってきました。私のお腹には混ぜモノの子供がいます。どうかこの子が無事に生まれてこれるようにお力をお貸し下さい」

「うむ。母親が風の精霊族であったら、お主との契約は命がけになるであろうしな。だが、わらわと契約するという事がどういう事か分かっておるか?」

「どういう事と申しますと?」

「『時』の神になるという事じゃ。本来なら候補止まりじゃが、時の神は長きにわたる不在。時の魔力を持つ民ももうおらぬ。じゃから、産まれる為の契約を交わすならば、産まれた瞬間から神となるべく力を継いでもらう」

 つまり生まれた瞬間からこの子は神になるという事か。

 神と言う存在は、神無のおかげで分かっては居るつもりだ。この世界の魔素を作り出す、柱のような存在。神が居なくなれば、この世界のシステムは崩壊し、ヒトは生きていけなくなる。

「産まれた瞬間から神となったら、この子はどうなるのですか?」

 神無は生まれた瞬間から神だったわけではない。私達が生まれた時は前任の神は生きており、精霊族として育ち、引き継いだのだ。

「この世界の『時』属性の魔素は枯渇しておる。さらに、混融湖に女神がすべての力を入れてしまった。じゃから、長い眠りにつき場の調整を行うことになるじゃろうな」

 産まれてすぐに長い眠りにつく?

 私は想像していなかった内容に困惑する。

「長いとはどれぐらいですか?」

「まあ千年も経てば、正常化するじゃろう」

 長寿である精霊族とはいえ、千という数字は途方もなく長い時間だ。そしてそんな長い時を、私が生きられる気がしない。


「待って貰えないでしょうか? 産まれてすぐに眠ってしまっては、育てる事ができません。目覚めた時に右も左も分からない状態では、あまりに不憫です」

 しかも時属性の民はすでに居ないのだ。

 神としてはかなり特殊。仕える精霊族もトキワ以外にどれだけいるか分からない。  

「待っても良いが、千年も経てば誰一人知り合いはおらん。何も知らないうちに眠ってしまった方が幸せじゃと思うがのう」

 確かにそうだ。

 この世界に生まれて、友人や恋人を作ったとしても、千年を超えて生きられる種族は居ない。エルフがギリギリ生きるかもしれないけれど、でもギリギリだ。死にかけの老人となった知り合いと再会して、それを喜べるだろうか。

 生きていれば必ず縁は生まれる。誰にも関わらず生きて行く事なんて到底無理だ。でも、だったら、どのタイミングでこの子はヒトとしての生と別れなければいけないのか。


 産んだのに、育てる事ができないなんて。

「何も、教えてあげられないなんて……」

 育てたいのは私のエゴだ。

 前世の私が子供を育ててあげられなかった分、この子を幸せにしてあげたかった。この世界の楽しい事を教えてあげたかった。

 でも私が育てたら、この子はより多くのものを失わなければいけなくなる。

「教えなくても、大丈夫じゃよ」

「大丈夫って。生まれたばかりの赤子には、親が必要なんです。何も知らないのだから」

 精霊は生まれが特殊だ。だから、子育てというのは慣れていない。きっと赤子がどれだけ無知で真っ白な存在なのかを知らないのだろう。

 そう思うと、余計に心配になる。

「お腹の中の子供は、お主と同じで前世の記憶がある。じゃから、おそらく大丈夫だと思うがのう。千年も経てば常識は変わるから、どうせ覚え直し――」

「待って?! えっ? 前世の記憶があるの? しかも何で私にもあるって知ってるんですか?」

 夢の関係で、前世の記憶があるのではないかと当たりはつけていたけれど、どうしてそれをトキワが知っているのか。しかも私の方まで。

「前世の記憶というのは、時属性の管轄じゃからのう。別に記憶が見えるわけじゃないぞ。たぶんお主も腹の子も生前に混融湖へ落ちたのじゃろう。うっすらと時属性を帯びておる。もしも今の体で混融湖に落ちたのなら、もっと強い時属性の気を帯びておるはずじゃからのう」

 トキワの目に私達がどう映っているのかは分からない。ただ前世の記憶があると当てられたことよりも、この子には前世の記憶があると断言された事の方に衝撃を覚える。

 本当に前世の記憶があるのなら、やっぱりこの子は――。


 今でも思出せる、辛い前世の最期。アレは聖夜ではないのに、私は生まれた時から、飛行機事故の記憶の所為で高所恐怖症となり高い所に登れない。

 そして、長い間、私は聖夜として生きる事ができなかった。絶対会う事のできない前世の知り合いに会えない事を嘆き、子供を殺してしまった事を後悔し、戻れない過去を恨んだ。

 覚えている事が幸せとは限らない。むしろ、新しい命として生きるなら邪魔なものだ。

 私はこの子に私と同じ辛い目に遭わせた上で、神としての責務を負わせてしまっていいのだろうか。

「……ねえ。前世の記憶は忘れる事はできないんですか?」

 ふと、思った。

 記憶が時の属性の管轄ならば、できるのではないかと。

「消す事はできんが、忘れるという事は出来るぞ。記憶は時間じゃ。じゃから、その時間に繋がらないようにすればよい」

 トキワの言葉を聞いた瞬間、私は罪深い思いに駆られる。

 忘れてしまった方がこの子の為だと。

 前世の記憶を忘れることが、本当に正しいか分からない。私はなければよかったと何度も思ったけれど、もしかしたらこの子はそうではないかもしれない。

 

 喉がからからに乾く。

 たぶん、それが私のエゴで、本当にこの子の為になるのか分からないからだ。でも、私は――。

「生まれてくるための協力はいいわ。その代わり、この子の前世の記憶を忘れさせて。そして、自分の意志で思い出したいと言ったら記憶を返してあげて。その為の契約をしてちょうだい」

「それは精霊魔法の契約という事でよいかのう?」

「良く分からないけれど、それができるならどんな形でもいいわ。この子……オクトがそれを判断できるようになるまではどうか知らないままで、普通の子供にしてあげて欲しいの」

 最初から前世の記憶があったら、以前の私の様にこの世界で生きるという事が、前世の延長戦になってしまう。もう過去には戻れないというのに。

「じゃが、契約をしてもわらわになんの利益もない。精霊魔法の契約では、神になる事を強制できぬしのう」

「あら。オクトが色々判断できる年頃になったら、時の神にならないかって口説いていいわよ。契約したなら何処にいるかぐらい分かるんでしょ?」

 オクト自身がそれを選ぶなら、私は何も言わない。

 でもオクトには前世に縛られず、神に縛られず、自由にのびのび成長してもらいたいのだ。


「じゃが、結局混ぜモノが生まれる為の契約をした精霊が、オクトを神にしてしまったら、口説く事ができぬ」

「それは大丈夫よ。風の精霊に頼むから。風の神は代替わりしたばかりだから、後任はまだまだいらないでしょうし」

 結局ママに頼る事になってしまいそうだ。

 申し訳ないと思いつつ、オクトに自由をあげるなら、これしか方法はないのだ。

「ねえ、この契約面白そうじゃない?」

 私はきっとトキワはのって来ると確信しつつ、ニコリと笑った。



◇◆◇◆◇◆



 その後私はトキワとママの二人と契約を交わした。

 二人の精霊との契約は私の体を蝕み、たぶん寿命を縮めたが、なんとか私は消える事なく生き残った。そして生き残った私は、生まれたばかりのオクトを抱きしめる。

「産まれてきてくれてありがとう」

 本当にありがとう。

 玉ねぎをむいているわけでもないし、悲しいわけでもないのに、ポロポロと涙がこぼれた。これからはオクトと過ごす一分一秒が大切で、涙でオクトが見えないなんて駄目だと思うのに、止められない。

 きっと彼女を一生守る事は出来ない。

 私の命はそれほど長くないだろう。

 だから彼女を守り続けられない代わりに、少しでも生きやすいようにしてあげたい。そしてこれから混ぜモノである為にきっと辛い事もいっぱい体験するだろう彼女に何度も伝えるのだ。

「大好きよ、オクト」

 誰も望んでいなくても、私だけはオクトが生まれて来る事を望んでいたのだと。

 だから幸せになって欲しい。そう私は願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ