最強な母(5)(オクトのママ視点)
「ちょっと、私を雇いなさい」
やってしまった――!!
城を出てから緊張しっぱなしだった私は、旅芸人の団長を見た瞬間、言葉選びを間違え、内心悲鳴を上げた。勿論、長年王女をやっているおかげで、つらの皮はがっちり固いので、内心の叫びは伝わらないだろう! って、それは伝わらない方がいいの? いや、え? あれ?
「生憎、私どもでは姫君を護衛するのは力不足ですので――」
「それだけ大きな頭をしてるんだから、脳みそスッカラカンな言葉吐かないでよ。私が貴方を雇うなんて一言も言っていないわ。貴方が私を雇いなさいと言っているの」
色々大混乱しながらも、私は堂々とした態度で、団長を見上げた。とりあえず、体格では負けているのだから、これ以上負けるわけにはいかないと、何故か思ってしまったゆえの強がりだけれど、ここは強がらない方がよかったかもしれない。
かといって、今更下手に出ても、キャラがブレブレだし、どうしたらいいものか。
困った。本当に困った。
前世で就職活動をした時はどうしていただろうか。基本的に向こうからの質問に答えるだけだったけれど、自分のアピールポイントなどはきっちり伝えた方がよかった気がする。
「私を雇うとお得よ。半分精霊だから、歌声は自信があるわ。客引きなんて持ってこいね。あと、半分獣人だから、舞とか得意なの。プロにも負けない自信があるけれど、もしも自称じゃ困るって言うなら、今から踊って見せるわよ。それから、半分精霊なおかげで、魔法も多少は使えるわ。ね、有能でしょう?私が居れば無敵になれるわ」
錆びついた就職活動の記憶を思い出すけれど、それとは状況が全然違う。
できるだけ姿勢よくピシッと伝えるが、色々間違えている気がしてならない。気がしてならないけれど、だったらどうしたらいいのかも分からない。
「あのですね。私どもは生憎と遊びでやっているわけではないですので――」
「あら、私も遊びじゃないわよ。今頃王宮で、私は死んだ事になっているだろうし」
そう。もう後戻りはできないのだ。
城の外へ出た時点で、私は魔法陣を発動させた。今頃、光凜は私が消えてしまったと証言しているはず。これが嘘だったと知れたら光凜にまで迷惑がかかってしまう。
それだけは避けなければいけない。
今更になって光凜にとんでもない事をお願いしてしまったのだと気が付く。光凜しか頼れる人が居なかったからだけれど、子供を守る為に私はまた友人を犠牲にしようとしている。
不意に、私の前世の罪が頭をフラッシュバックした。
でも今はその罪悪感に酔っている場合ではない。何とかして、この国を出なければいけないのだ。たとえ雇ってもらえなかったとしても。
「もしも、どうしても雇えないと言うのなら……この国をでるまででいいの。匿って」
お金は大事。ただし使わなければいけない場面は間違えてはいけない。今優先するのは、この国から一刻も早く出ていくことだ。
そう覚悟を決めた時だった。
「あー……俺は名前も分からないようなヒトを雇うと団員に凄い怒られるんだが」
太い眉をハの字にして、団長が折れた。
一瞬、何を言われたか分からず呆然としてしまったが、すぐに意味を理解して体の力が抜けた。
よかった。
本当によかった。
気を抜いたら、泣いてしまいそうで、代わりに私は力強く笑った。
「ノエル。私の名前はノエルよ」
私はこれから使う新しい名前を団長に伝えた。
◆◇◆◇◆◇
「死にたくない、死にたくない……死に……く……死に……たく……い、死に……く……な」
呪いのように繰り返される言葉。
体は痛いのだけれど、限界を超えてしまっていて、よくわからない。ただ、上手く自分では動かせないのだけは分かる。
呪いの言葉は、自分の言葉でもあって、強い後悔の念だけが全身を支配している。
どうして旅行に行こうなんて言ってしまったのか。いや、旅行に行ってもいいのだ。何故飛行機を使うような旅行先を選んでしまったのか。
飛行機事故は、交通事故よりもずっと確率は低いから大丈夫と話していたのは誰だったか。確かに確率は低いだろうけれど、起こってしまったらずっと高い確率で死ぬ。
(ごめんなさい)
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
繰り返すのは、懺悔の言葉。謝っても、許される事はないと分かっている。
だって、許されたい相手は――。
「歩夢……」
それが、最期のつぶやきだった。
肺の中の空気がその言葉と共に抜け出ていってしまうのが分かる。
生きたいと願った友人の最期の言葉は、『娘』の名前だった。
「うん。分かった。……なんとかするから」
それで許されるとは思わないけれど。でもそれが彼女の一番の思い残しならば、『娘』の命だけでも守りぬこう――……歩夢は、大切な私の娘なのだから。
……そうだ。歩夢は私の娘だ。友人の娘ではない。
何かがおかしい。
コレは誰の過去なの――?
「……痛っ」
背中が痛くて、私はのそりと寝返りをうった。
あれ? 体が動く?
いや、動いて当たり前で、でもどうしてこんなに固い場所で寝ているんだっけ?
「光凜――」
呼びかけかけて、私は慌てて口を閉じた。
周りから寝息が聞こえる。そうだ。私は旅芸人になって、国を飛びだして、仲間と雑魚寝をしていたんだっけ。
「んっしょっと」
私はそっと布団から起き上がると、他の寝ている人を起こさないように、そっと移動してテントの外へ向かう。
外へ出れば、怖いぐらい多くの星が頭上で輝いていた。背伸びをして体を伸ばしながら星を眺める。どうやら今日は新月だったようで、月の姿はない。
月が一つで満ち欠けがあるところや、昼は太陽が出て、夜は星が見えるところなど、前世の記憶と変わらない部分がこの世界にはある。だからここが地球以外の惑星という事はないと思う。でも魔法という前世ではなかった力があり、私のような獣人族など、人族以外の知的生命体がいるから、地球でもない。
並行世界とかそういうものなのだろうか。だったらどうして私はそんな場所で生まれ変わって、前世の記憶を持っているのか。
理由は考えても分かりそうにない。
分からないけれど、私は確かに前世の事を覚えている。覚えていない方が普通なのだけれど、私以外にも前世を覚えていたエルフがいた。だから私だけが特別というわけでもない。
きっとこの世の中には、まれに前世の記憶を持って生まれてきてしまう人が居るのだろう。
「ねえ。貴方は……」
お腹に宿った命へ声をかける。
最近前世の夢をよく見るようになっていたけれど、その夢は誰が見た夢だったのか。今見た夢の内容も、少しずつ薄れてしまって完璧には思いだせないけれど、でも『私の記憶』ではない。
それとも、あれは私の頭の中が勝手に作りだした妄想なのか。
それならばいい。そうであって欲しいと思う反面、そうではないと何となく確信してしまう。
あれは、確かに『誰か』の記憶だ。そしてそれはたぶん、『あの日』一緒に飛行機へ乗った親友のもの。
「どうしたらいいの?」
子供に問いかけるが、返事はない。
たとえ返事ができたとしても、どうしようもないとしか言えないと思う。私がそうなのだ。前世の記憶に振り回され、『聖夜』としての生を中々受け入れられなかった。ずっと変えられない過去を後悔しつづけ、前に進めずにいた。
前世の時間はもう終わってしまったというのに、どうして覚えていなければならないのだろう。
「幸せになってほしいだけなのに」
なんて難しいのだろう。
ちゃんと産んであげられるのかどうかすらままならず、産んだ後も無事に育てられるのか心配なのに、それに加えて前世の記憶持ちだなんて……。
泣きたい。
でも、泣いても解決はしないし、本当に泣きたいのはお腹の子の方だろう。生まれる前から『混ぜモノ』というだけで、苦労する事が決まってしまっているのだから。
産むと決めたのは私で、その為に名前も故郷も捨てた。だから泣いている場合じゃない。泣くより笑うべきだ。
少なくとも、ここまでは上手く行っているのだから。
「大丈夫?」
必死に不安を殺していると、不意に声を声をかけられ、私はビクッと耳を立てた。獣人族の血を引いている為気配には敏いはずなのに、声をかけられるまできづけずにいたのは、自分がいっぱいいっぱいになっているからだろう。
こんなんじゃ駄目なのに。
そう思い、息をゆっくりと吐きだした。息をしっかり吸うには、まず息を吐く事からだ。深呼吸すれば、少しは気持ちも落ち着く気がする。
「ええ。ちょっと目が冷めちゃったの」
どんなに辛くても笑顔でいるのは得意だ。
意識して無邪気な笑顔を見せながら振り向けば、長身の金髪の女性がいた。確か彼女は一人でテントを使える、旅芸人の中でもトップクラスの人だったはず。一緒に雑魚寝をしていた人を起こしてしまったわけではなさそうだ。
「一座に入ったばかりなんだし、この生活に慣れるまでは無理は禁物よ。体調を崩しても移動し続けなければならないからね」
「ありがとう……えっと」
「風香よ」
顔は見た事があるが、名前が分からず言い淀むと、自己紹介をしてくれた。
「呼び捨てで構わないわ。大勢の中で寝づらいなら、私のテントに来なさい。大部屋よりは狭いけれど、二人なら十分に広いから」
そう言って、風香は私の手を握る。確かに大勢の中で寝るというのは慣れていないのでありがたい申し出ではある。でもほぼ初対面の彼女にそこまでしてもらう理由が見当たらない。
「何で?」
素直に厚意を受け取るには、警戒の方が勝った。王宮から若干お金になるモノは持ってきているが、それ目当てなのだろうか? 私を落とし入れるとしたら、王宮がらみだとは思うけれど、旅芸人というのは、どんな国にも肩入れはしない立場だったと思う。それが条件で、様々な国を大地の垣根なく渡り歩く権利を、神から貰えるのだ。勿論直接神に会えるのは王族だけなので王が許可したという形はとるけれど、許可した王も祭りへの参加などは命じられても、諜報などの協力を命じる事は許されていない。
神との約束事を破れば天罰が下る。そのさばきは天災となるので、慈悲はなく、大勢の命が失われる場合もある。
「私は片親しかいなくて、でもその親が死んでしまって、先代の団長に拾ってもらったの。だから私と似たような境遇の子供には優しくすると決めているの」
「子供って――」
確かに私の方が身長は低いし、魔力が強いから幼く見えるかもしれないけれど、たぶん風香より年上だと思う。
「いいから、今日の所は私の所で寝なさい。いい演技ができて、稼ぎ頭になれたら自分のテントが貰えるから」
そう言ってやや強引に風香は私の手を引っ張った。
私はその力に引っ張られ、足を進める。私が子供っぽいから誘ってくれているのだろうかと思ったが、ふと雑魚寝スペースには、明らかに私よりも年下の子供もいた。だから、これは明らかな特別扱いである。
一座に入ったばかりで心配してくれているのかもしれないけれど……。
「後は、現団長の妻の座を狙っているから、団員の母親を気取ってるのよ」
「えっ。団長って、あの大男の?」
「そう。あのクマさん鈍いから、プロポーズしてくれるのは、まだまだ先だろうけどね」
風香さんは長身ではあるけれど、団長にくらべたら全然小さい。というか、美女と野獣という言葉が似合いそうな2人だ。団長はイイ人っぽいけれど、どうして団長? と思ってしまう。
「とにかく、旅慣れしていない分、今までより辛いはずだから、しっかり休める時は休みなさい」
私が驚いている間に、風香は自分のテントに私を引っ張りこんだ。
どうしていいのか分からず、私はテントの中で立ちすくむ。
「あと、私からアドバイスできるとしたら、あのクマさん本当に鈍いから、自分で言わないと気が付いてはくれないわよ。悪いようにはしないと思うから、心の準備ができたらちゃんと話しなさい。一人では限界があるから」
「えっ?」
「ほら。私も眠いからさっさと寝るわよ」
そう言うと、私の手を引っ張ったまま、風香は横になってしまった。
私も腰をかがめた状態で立っている辛いので、仕方なく横になる。
風香はその後、特に私について何も聞いてこなかった。ただ、この一座にはどんな人がいて、どんなことをしているかを話してくれた。
不安で不安で仕方がなかったのに、風香の声を聞いているだけで溶けだしていく。目から涙が流れ頬を濡らしたけれど、胸の奥は暖かくて、その後は夢も見ることなく、ぐっすりと眠る事ができた。




