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最強な母(4)(オクトのママ視点)

「素敵な演目ありがとう。楽しかったわ」

 スマイル0円。聖女の微笑みと周りから言われる、余所行きな笑顔を旅芸人の方に向けながら、今後どうやって彼らに頼るかを考えていた。

 風神祭りが始まり、先ほどまで私は旅芸人の演目を見ていた。そして今は王族の務めとして、彼らに近づきねぎらいの言葉をかけている真っ最中だ。

 旅芸人の演目は、大道芸の集まりという感じで、ジャグリング的なものや、アクロバット的なもの、マジックなのか魔法なのか良く分からないけれど見た目が派手な演出など、様々なものがあった。つまりは旅芸人として生きていくならば、何か一芸に秀でていなければならないという事だ。

 この世界にはCDどころかカセットテープもないので、バイオリンなどの楽器を使って場を盛り上げる、裏方的な役柄の人もいる。なので必ず一人で舞台に立つような技がなければならないという事はなさそうだ。

 ただし私が音を奏でるとなると、二胡という弦楽器はたしなみ程度に弾けるが、あくまで良家子女のたしなみレベルだ。揚琴という打楽器も同じだ。先生が持っていたので、触らせてもらったというレベルで、人前で披露できるものではない。

 それぐらいなら、私の場合は歌で勝負した方がいいだろう。精霊族の血を引いているためなのか、音感は抜群にいい。聖女として度々歌った事もあるが、評判はそこそこいいと思う。舞の方も結構自信があった。もしも問題があるとしたら、私の一族はそれほど背丈が大きくない一族という点だ。普段は気にならないし、この国で居る限りは問題はないけれど、他国へ行けば話は別だ。旅芸人の人達を見ていて気がついたが、私達はかなり小さい。旅芸人の人の中には、女性なのに私の国の男共よりも大きな人もいる。

 そんなちんまりした小娘の踊りとなると、それなりに頑張らなければ、見栄えがしないだろう。もしも踊るならコテコテに飾り、鈴を鳴らすなど小道具が必要だ。だとすると、そういった物を一式、一緒に持ち出さなければいけない。

 荷物はあまり増やしたくないが、自分を彼らに買ってもらう為には必要なモノだ。


 と、考えてみたものの、全ては旅芸人次第で、それらを揃えた所で、仲間に入れてもらえるとは限らない。最悪お金で彼らを雇って、この国の外へ出るまで仲間のふりをしてもらうという手もあるのだけれど、この国を出た後、手持ちの金が少ない状況で、子供を抱えてどう生きていけばいいのか。

 悪い想像が簡単にできてしまい憂鬱になる。

「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」

 私がこんな事を考えていると知るはずもない旅芸人の団長は、私よりかなり大きな体を少し丸めながら、緊張気味に笑った。元々私の種族の背丈が小さいという事もあるが、この男は旅芸人の中でもひときわ大きく、私と並ぶと大人と子どもの様になる。二メートル以上あるのではないだろうか? 猫背で若干差は縮まっているが、実のところを言うと少しだけ怖い。ここまで大柄な男は、私は聖夜として生まれてこのかた見た事がなかった。

 それでも、私は持ち前の外面の良さでにこりと笑って手を差し出す。

「これからの旅に風神の加護がありますように」

 男は私の手を見た後に、そわそわと周りを見渡し、少し困り顔でそっと握った。ガラス細工ではないのだから、そこまで壊れ物を扱うかのように手を握らなくていいのに。

 しかし男は握りつぶしてしまうのではないかとひやひやしている様に見える。

 そんな扱いをするのは、私がこの国で聖女と言われ、王族でもあるからかもしれないが、元々この男の気質が優しいからというのもある気がした。猫背なのも、私が怖がらないようにする為かもしれない。

 見た目は怖いけれど、根が優しいのなら、付け込む隙ーーじゃなくて、お願いを聞いてくれる可能性があるかもしれない。

 不安で仕方がなかったけれど、それで動きが鈍るようならその緊張は無意味だ。駄目な想像は頭の隅に追いやり、少しでも成功する可能性を上げるために頭を働かせた。



◇◆◇◆◇◆



「本当になさるのですか?」

 光凜は部屋で魔法陣の作成をしている私に声をかけてきた。これで何度目の質問か。私の性格から考えて、答えは変わらないと分かっているだろうに、それでも同じ質問を繰り返す。

「やるわ」

 でもその質問は、私の事を心配してだという事は分かっているから、私も同じ答えを何度も返す。

「せめて私を連れていってもらえませんか?」

「無理よ。私の味方は光凜しかいないもの。貴方しか、私が死んだと証言してくれないでしょ?」

 逃げ出したとばれれば、絶対追手が来る。だから私は、私を殺さなければいけないし、そう信じさせる為には、証言が必要だ。


「他に方法はないのですか? 私はただ、聖夜様に幸せになっていただければ――」

「光凜」

 私は魔法陣を描いていた手を止め、顔を上げた。

「私は幸せよ」

 聖女として、飼われるように生きて、前世ばかりに執着していたあのころよりも。どうしても生きたいと思える今の方が、ずっと。

 ただ光凜と過ごした日々が不幸だったかといえば決してそうではないから、あえて比べる事は言わない。

「……私はよぼよぼになるまで聖夜様に仕え、最期はここで看取ってもらおうと思っていたんですよ」

「看取ってて」

 光凜の言葉に私は苦笑する。確かに出会った時は綺麗なお姉さんだった光凜も、今では白髪が交じりはじめ、私ぐらい(もちろん見た目の年齢としてだ)の子供がいてもおかしくない外見になってきていた。でもよぼよぼには、まだ遠いはずだ。

「聖夜様の面倒を私以外の誰が見れるというんです。でもきっと私の方が先に寿命が来てしまう。だから聖夜様には、聖夜様の面倒を見れるぐらい懐の大きな殿方と結婚して、子供はいなくても幸せになってもらいたい……普通の幸せを手に入れてもらいたいと思っていました」

「さりげなくけなされている気がするわ」

 光凜以外では私の面倒を見れないとか、私の面倒を見るには懐が大きくないと無理とか。

「本当の事でございましょう? まさか結婚もされずに子供を作って一人で育てるなんて馬鹿な事を言うほど破天荒だとは思ってもみませんでしたが」

 溜息をつかれて、私はうっと詰まる。

 確かに、私のやっている事は馬鹿娘と言われてもおかしくない状況だ。前世の常識で考えてもあり得ないぐらいの馬鹿女だと思う。それでも、こうなってしまったのだ。


「それでも、幸せだというならもういいです」

「光凜といるのが幸せじゃないという意味じゃないのよ?」

 不意に突き離された気がして、私は慌てて取り繕う。もうこれっきり会えなくなるというのに、喧嘩別れなんてしたくない。

「私は光凜に感謝していて、その。こんなことになってしまったけれど――」

「私も感謝しています。子供が居ない私に、子供がいたらきっとこうだったのだろうと、とても楽しい毎日を過ごさせていただきました」

「光凜」

「子供はいつかは巣立つもの。幸せになって下さい。必ず……幸せに……」

 私はたまらず、肩を震わせる光凜に抱きついた。

 こうするのだと全て私が決めた事だから後悔はしない。だから泣いたりしないと思っていたけれど、部屋の中ではどちらの泣き声か分からないすすり泣きが響いた。



◇◆◇◆◇◆




 城を出るすべての準備を終えた私は、食糧庫に隠れながら、朝が来るのを待っていた。

 お腹の子の父親であるカイのおかげで、商人が朝早くに食材を配達しに来て、夕方に配達した荷物を入れていた木箱や酒樽を回収していくのを知っていた。

 だから私はその荷馬車に隠れて城の外へ出ていこうと思っていた。

 そして門番が中を検品しようとするタイミングで、私の部屋を風の魔法でふっとばし、城の中を混乱させ外へ出るのだ。

 肉体のない精霊族は、最期は小さな嵐となって消えるという。だから私も同じようにして死んだと思わせることにしたのだ。光凜には部屋の中に直前まで私が居たと証言してもらう手筈となっている。死体はなくても、その証言で葬儀を出してもらえるはずだ。

 それでこの国での私は死ぬ。


「大丈夫。大丈夫。大丈夫」

 お腹に手を置いて、自分に言い聞かせる。

 もう後戻りはできない。不安が冷気と共に足元から這い上がってくるような感覚に、ひたすら大丈夫だとつぶやいて、自分に言い聞かせる。

 この子を守れるのは私しかいないのだ。

 だからやるしかない。


「もう少し分厚い服を着てこればよかった」

 日中は暖かいのだけれど、夜間は冷え込む。いつもは火のたかれた暖かい部屋にいる為、食糧庫がこんなに冷え込むとは思っていなかった。

 それでも腕をこすり合わせながら朝日が昇るまでじっと待つ。今から部屋に引き返して誰かに会ってしまったらいい訳が難しい。

 既にミスが見つかるだなんて、穴だらけの計画だなと苦笑する。お嬢様暮らしを続けていたから、これから先もきっと知らないことばかりで大変な生活になるに違いない。

 もっとしっかりしなければ。母親となるのだから。


 どれぐらい時間が経っただろう。唐突に、かちゃんと食糧庫の扉が開く音がして、私は息を飲む。

 かなり時間は経ったと思うが、まだ朝日が昇るには早い時間のはずだ。だとしたら商人や調理人ではない。

 誰だと思いながら、息をひそめ酒樽にしがみ付くような体勢で伺う。

「本当に、大丈夫かよ」

「大丈夫、大丈夫。前に先輩とやった時もばれなかったし」

 どうやら入口を開けたのは二人の男のようだ。カシャカシャと鎧がすれるような音がするので、警備兵の可能性が高い。

「祭りの時ぐらい、酒が飲みたいって、お前も思うだろう?」

「そーだけどさ」

「こんな日まで、働いてるんだ。いい酒を少しぐらい貰ったって罰は当たらないだろ。それに祭りの時は勘定がザルだからばれ難いんだ」

 いや、罰は当たるわよ。横領だから。

 男達の会話に心の中で突っ込みを入れるが、すぐさまそれどころではないと気が付く。私が隠れている場所はちょうど酒樽があるところだ。

 足音を聞きながら、私はしゃがんだまま移動する。

 

 警備兵の躾ぐらいちゃんとやりなさいよと、心の中で文句を言うが、私も後ろ暗いところがあるので注意なんてできない。

 むしろ彼らが見つかって、騒ぎになる方が私にとってはまずい。

 お酒でもなんでも勝手に飲めばいいからさっさと出てきなさいよと思っていると、どうしたわけか他にもごそごそとあさり始めた。もしかしたら、酒のつまみになりそうなものはないかと探しているのかもしれない。なんて図々しい。

 もしも彼らと出会ってしまったらどうするべきか。私の顔を知らない事はないだろうから、彼らの方が逃げ出すとは思う。でもどうして私がここに居るのかというのを説明するのは難しい。それに私はこの時間は部屋で眠っていたと光凜が証言することになっているのだ。

 酒をかすめようとした彼らはこのことをしゃべらないとは思うが、でも絶対ではない。死体がないのに死んだと思わせる無茶をするのに、少しでも懸念を抱かせる情報が出たら、光凜に迷惑がかかってしまう。


 どうしようと注意深く男たちの足音を確認していると、再び扉が開く音がした。

「そこで何をしている」

 低い声が、暗闇の中で大きく響いて、ドキッとする。

「で、殿下っ!」

 男の殿下という呼びかけで、この声がやっぱり、私の甥である春狐だと認識した。

 どうしてここに。

 警備兵の二人だけならまだ何とか誤魔化せただろうに、どうして彼まで現れるのか。流石に春狐に見つかったら言い訳できない。

 さっと血の気が引いていく。


「何をしていると聞いている。警備する場所はここではないだろう?」

「すみません」

「すみません、出来心で」

 春狐の声は、いつも私が聞く声とは違う声だった。低い、威圧感のある声に、忍び込んだ二人の声が震える。

 その後しばらく沈黙が続いたが、溜息が部屋の中に響いた。

「祭りの日だ。羽目をはずしたくなる事もあるだろう。今日だけは見なかったことにしてやる。私とここで会ったというのは他言せず、酒を持って行け。ただし次はない」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 慌ただしく、二人の足音が遠ざかっていく。

 お酒とはいえ王家のものを盗んだというのに、かなり甘い事を言うものだと思っていると、再び溜息が聞こえた。


「聖夜。そこにいるんだろう?」

 少し気が緩んでしまったところで、爆弾を落とされて、心臓が止まるのではないかと思うぐらいドキリとする。冷たくなった手で服の袖を握り、どうしたらいいのかと必死に考える。

 そもそもどうして私がここにいると知っているのか。

「侍女に聞いたのだ。本当は協力などしたくないが、むしろ失敗してしまえと思うが……協力する。だから出てきてくれ」

 まるで私の心の中を読み取ったかのように春狐が付け加えた。

 侍女というのは光凜の事だろう。どうして光凜が春狐に話してしまったのか分からないけれど、でも彼が私の計画を知っているのは間違いなさそうだ。

 私はあきらめて立ち上がる。

 するとランプに照らされた春狐が見えた。

「……本当にいるなんて」

「居て悪いですか?」

「悪いに決まっているだろう。商人の荷馬車に乗るのはいいが、もしも見つかったらどう説明するつもりだったんだ? なんで、貴方はこう考えなしな計画を立てているんだ」

 年下のくせにずけずけものを言ってくれる。でも、穴だらけのザルな計画である事は、私自身が良く分かっているから、言い返す言葉もない。

「別に私が困るだけなんだからいいじゃない」

「だったら、今この場で兵を呼ぶぞ」

「きょ、協力してくれると言ったのに卑怯よ。私はそんな子に育てた覚えはありません」

「育てられた覚えはない」

「おしめだって替えてあげたのに、その言いぐさはないわ。昔はママが居ないと言って、ピーピー泣いていたくせに」

「何年前の話をしてるんだっ!」 

 本当になんでこんな話をしているのか。

 ついつい言い返してしまったが、今から逃げ出すというのに、この緊張感のなさはあり得ない。


「それで、協力してくれるの?」

「貴方が、俺と結婚してくれるというなら、もっと楽に助けられるというのに」

「聞いてないのかしら? 私のお腹には――」

「赤子がいる……だろ? 本当なら相手の男を切り殺したいぐらいだ。だが終わった話をしても仕方がない。堕ろすのが嫌ならば、その子供を俺の子供としてもいい」

「無理よ。混ぜモノだから」

「病弱だといって、王宮の奥に隠してしまえばどうということもない」

 きっとこの国の次の王となる春狐なら、本当にそんな事ができるのかもしれない。そうすれば、私は今までとそれほど変わらない生活で、子供を育てる事ができる。

 でも――。

「まあ、それを聖夜が選ばない事は分かっている」

 私が何かを言う前に、春狐はそう締めくくった。


「ごめんね」

「何年片思いしていたと思うんだ。本当にすまないと思うなら、どこでもいいから、生きていてくれ。そして俺が王として即位したら、この国をもう一度見に来てくれ。それが、聖夜に手を貸す条件だ」

 ランプに照らされた春狐の顔は泣きそうな情けない表情をしていた。

 昔から変わらない。彼がどれだけ大きくなって、見た目だけ私と同じような年齢になったとしても、彼はやっぱり私にとって子供のように可愛い甥っ子だ。

「分かったわ」

 だから彼が私の嘘に気が付かないなんてこともない事も分かっている。

 それでも、私が今彼に言える言葉はこれだけだ。その言葉に、春狐はやっぱり泣きそうな顔で笑った。

「ちなみにこの先、生きていくなら、色んな人を利用するように」

「は?」

「聖夜は確かに誰よりも賢いけれど、うかつだし、常識がないとは言わないが、城の外で生きていくには、ふわふわし過ぎなんだ。もう少し年相応の落ち着きをもって――いや。むしろ、若く見せかせて、周りを頼る方が上手くいくか?」

 心配しているように見せかけて、馬鹿にされている気がしてならない。

 春狐の方が年下で、同じく城育ちのボンボンのくせに。

 私がにらみつけると、彼は笑った。彼のこんな笑みを見るのは久々かもしれない。そういえば、春狐が私を口説き始めてから、距離をとるようにしていたから、こんな風に普通に会話するのも久々だ。


「俺が知ってる、抜け道を教えてやる」

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