最強な母(1)(オクトのママ視点)
この話は、オクトのママ視点の話となり、時間軸はオクトが生れるずっと前、【はじまりな物語】のその後の話となります。
この話は次回に続きます。
「うえっ」
洗面器に嘔吐物を吐き出しながら、私はこれは不味い事になったなと眉間に皺を寄せる。
「聖夜様、大丈夫ですか?」
「……ええ。大丈夫よ」
私は後ろに控えている侍女の光凜に伝えながら、口を水ですすぐ。そして差し出された手拭いで拭きながら、どうしたものかと内心ため息をついた。
「顔色が優れませんし、やはり医者を呼ばれた方が……」
光凜はこの王宮の中でも、数少ない私の味方であり、本当に心配をしているのは分かる。今も、狐耳を少し垂らしながら、不安げにこちらを伺っているのを見ると申し訳なくなる。
私としても医者に診せられるものなら、見せて楽になってしまいたいが、医者に診せた瞬間に、とんでもない騒ぎになる事が分かっていたので、それをする事は出来なかった。
「ちょっと疲れてるだけだから。光凜ったら心配性ね」
果たして、私が現在抱えている問題を光凜に言うべきかどうか。
きっと光凜は、私の味方になってくれるだろう。そんな確証はある。でも聞いたところで、どうしたらいいのか分からないのはきっと光凜も同じだ。
だとしたら、どうするべきなのか、ちゃんと自分で道筋を立ててから彼女には話すべきだろう。彼女は味方ではあるけれど、私の味方であるだけで、お腹の子供の味方というわけではないのだ。
そう。私は妊娠している。前世で体験した苦しみと全く同じなのだから間違えないだろう。
相手が誰なのか、私は知っているが、既にその男はこの国には居ない。父親が居ないという事は問題であるだろうが、些細なものだ。私が抱える本当の問題はそこではなく、父親が誰かという部分だ。
それは相手の身分が云々ではなく、もっと根本的に相手の種族が何かという部分に問題があった。
この世界には、前世とは違い人族だけでなく、精霊族や獣人族など様々な種族が存在した。そして3種以上の血が混じった混血児の事を『混ぜモノ』と呼び、忌み嫌っている。混ぜモノが嫌われる理由は、混ぜモノは世界を滅ぼしかねない力を持っているからだ。かつて私が住む黄の大地には大きな国があった。しかし、混ぜモノが暴走した事により、一夜で王都は火の海に包まれ国は滅んだ。
私が住むこの国は、その滅んだ大国が分裂してできた国であり、未だに『混ぜモノ』を嫌う風潮は続いている。
そして私のお腹の中に居る子どもは、混ぜモノだった。
私が精霊族と獣人族のハーフであり、父親がエルフ族と人族のハーフだったので、つまりは四つの血を受け継いでしまったのだ。
しかも問題は混ぜモノだから周りに受け入れられないという事だけではない。
混ぜモノというのは、本来産まれないとされているのだ。そもそも妊娠する確率は低く、妊娠しても母子ともに死亡する。
それでもわずかではあるが、存在はしているので、絶対生まれないというわけでもないはずだけれど、その差は何処にあるのか。
私としては生き残れる確率が上がるようにしたいのだけれど、周りに相談すれば、きっとこの子は産まれる前に殺されてしまう。それだけは絶対嫌だった。それこそ私が死んでもこの子だけは守りたい。
でも私が死ねば、必然的にこの子も死んでしまう。だから二人が生き残れる道を探すしかないのだ。
「気分転換に書庫へ行くわ」
「聖夜様っ!」
「ちょっとだけよ。読みたい本を見つけたら借りてこの部屋でゆっくりと読むから」
1つだけいい点があるとすれば、私がこの国の姫であるという事だ。その為、書庫への出入りは禁止されていない。誰にも聞く事ができない状況で、調べるなら、本を読むしかない。
きっと何か答えはあるはずだ。そう信じて、私は今日も書庫へ通った。
◇◆◇◆◇◆
書庫に通って一月以上は経ったが、想像以上に混ぜモノについて書かれた本がなかった。
「うぅぅ。何で誰も書き残してくれないかなぁ」
紐で綴じられた本をパラパラとめくりながらため息をつく。
全くないわけではないけれど、期待したほどの内容は書かれていない。そもそも、この国には私が読みたいと常々思っている魔法に関する書物もほとんどないのだ。魔法が存在し、それによって発展している国があるにも関わらずにである。つまりこの書庫に集められた本の種類には偏りがあるという事。
それでも――と期待したのだけれど、甘かったと思うしかなかった。
「いつまでバレずに居られるかなぁ」
今のところ、まだお腹は目立っていない。人によっては臨月間近まで気がつかれない事もあると聞くので、私もそのタイプである事を祈るばかりだけれど、それでも限界はある。
どうするべきなのか。
そもそもこの国の技術では出産自体が命がけなのだ。前世で住んでいた日本とは違い、帝王切開もなければ、未熟児を助ける手段もない。例えこの子が混ぜモノでなかったとしても、本当にちゃんと産む事が出来るのか。
不安で押しつぶされそうだ。
でも潰れてしまうわけにはいかないから、私は何かないかと本をあさる。
幸い悪阻はそれほどひどくないようで、完璧とは言えないが、最初に比べれば落ち着いた。前世で出産した経験もあるので、妊娠中毒にならない為の対策も自分で打つことが出来る。
大丈夫。きっと大丈夫。
すべてがままならないわけではない。
そう自分に言い聞かせて、一日一日を過ごしていた。
このまま混ぜモノについての必要な情報がここで見つからないなら、特に混ぜモノへの風当たりが強いこの国からは早々に逃げ出した方が良いのだろうけれど、逃げ出すとしても何処へ逃げればいいものか。
この子の父親を頼るなら、青の大地だけれど、この広い世界で見つけられるとも思えないし、何の生活基盤もない状態で箱入りのお姫様が、幼子と一緒に生き抜けるほど世間は甘くないだろう。
ただでさえ子供が居たら働くのだって困難なのだ。
「混ぜモノとは3種以上に血が混じったモノの総称。その顔には必ず痣があり、多大な魔力を持つ。感情の起伏により、本来持つ魔力以上の暴走を起こし国を滅ぼす――ね」
少しだけ混ぜモノについて書かれた文献を声に出しながら読みため息をつく。
さらに続きで、混ぜモノは本来ならば生まれる事がなく、そして生まれてはならない存在であると書かれているのは、実際に国が滅んだ事があるからだろう。
普通は魔力暴走が起こったとしても、国が亡ぶなんて事あり得ない。でもそれができてしまうイレギュラーな存在、それが混ぜモノだ。
もしも生まれるまでに、お腹の中で暴走を起こせば、母体もただではすまない。胎児の状態で魔力暴走を起こすなんて聞いた事がないけれど、国を滅ぼすぐないの存在なのだから、ないとは言いきれない。もしかしたら、混ぜモノが生まれない原因はそこにあるのかもしれないと推測してみるけれど、だったらどうしたら無事に出産する事ができるのか。
何かを見逃してはいないだろうかと読むけれど、それ以上詳しく書かれた本はなかった。
「誰か混ぜモノを出産した人は居ないのかしら」
かつてあった大国を滅ぼした混ぜモノは、燃え盛る炎で自身も焼き尽くし死亡している。そしてその青年は身寄りがなかったと書かれていた。
もしも生きていたら話を聞きたかったのだけれど、そんなに甘くはないようだ。
せめて誰か、混ぜモノの母親の事か、もしくは混ぜモノの事を知っている存在がいればいいのだけれど、居たとしてもどうやって探せばいいのか。大っぴらに探せば、周りに感づかれてしまう。そうしたら、私もお腹の子供もアウトだ。
「……そういえば、どうして混ぜモノは本来持つ魔力以上の暴走なんて起こせるのかしら?」
魔法なんて不思議の塊なのだから、そういうものだと言われればそういうものなのかもしれないけれど、普通に考えれば変である。実際、この著者も変だと思って書いているからだろう。『魔力暴走』と書かずに『暴走』と書いている。
それに、顔にある痣も不思議だ。
混ぜモノは3種以上の血が混じったモノの総称であるだけで、種族は様々なはずだ。なのに何故、すべての混ぜモノの顔に痣ができるのか。
痣――……痣?
「ちょっと待って」
少し前に読んだ本に、痣について書かれた本があった様な気がする。私は慌てて別の本を開く。
それは色々な種族の特徴について書かれた本だった。
「これだわ」
その中で『痣』という単語が出てきた種族といえば、精霊族だ。精霊族は、気にいった相手と契約をし、その体に契約の証として痣を残すのだ。そして高位の精霊族は、目立つ場所――顔に痣を残すとされる。
偶然かもしれない。でも偶然ではないかもしれない。
「……百聞は一見に如かずよ。分からないなら精霊族に聞いてみればいいんだわ」
高位の精霊族は龍神に仕えていて、王族は龍神への面かいが許されている。そして私は、運がいい事に、王族だ。
この状況を打開出来るかもしれない、このわずかな情報に、私はすがる事にした。




