傍迷惑な忘れ物(1) 【5/30】(主人公オクト視点)
ものぐさな賢者、学生編で、オクトが10歳になった辺りの小話です。
視点は、主人公であるオクトとなります。この話はエンド視点、アスタ視点の3話で完結します。
「あっ……忘れ物」
机の上に置きっぱなしにされた書類を見つけたのは、すでにアスタが仕事に出かけた後だった。この封筒に入った書類は、確か珍しく持ち帰ってきた仕事だったはず。わざわざ持ちかえるくらいなのだから、今日必要なのではないだろうか。
忘れた事に気がついて一度とりに戻ってこればいいのだが、必要な時にようやく気がつくようだったら困るはずだ。
アスタは召喚魔法を使えるが、それは召喚したいものが何処に保管してあるかを把握できている事が前提だ。机の上に置きっぱなしという状況で、場所をしっかり把握しているとは到底思えない。
どうしよう。大切な書類だろうか。
「よし。届けに行こう」
目的地はアスタの仕事場。何だか初めてのお使い並みにドキドキするが、別にお城の中まで入ろうと思っているわけではない。
外の門番に渡せば、きっとアスタの所へ届けてくれるだろう。
うん。きっと大丈夫。若干引きこもり万歳な性格だけど、私だってきっと、やればできる子だ。そもそも前世の記憶もあるのだし、ただの子供ではない。
「えーっと、そうだ。手土産」
アスタがお世話になっている職場に行くのだから何かあった方がいいだろう。特にアスタは私を引き取ってから、家へ帰ってくる時間が早くなったと聞く。たまたま偶然仕事が減ったとも思えないので、きっと周りのヒトが、子供を引き取ったと知って、アスタを助けてくれているに違いない。申し訳なさでいっぱいだ。
冷蔵庫を開ければ、昨日作ったレアチーズケーキが入っていた。まあ、これでいいか。
私はとりあえずレアチーズを手に取り箱に詰めると、急いで外へ出た。
◆◇◆◇◆◇
初めて近づいた王宮の塀は、とても高かった。たぶん私が小さいからそう見えるというわけではないだろう。見上げていると首が痛くなりそうだ。
「しっしっ。ここはお前のような者が来る場所じゃないぞ」
門番がいる場所を発見し近づくと、ひらひらと犬猫を追い払う様に手を振られた。そういえば、外に出るからと思い、平民の少年が着るような服に着替えてきたのだった。たしかにこの恰好で王宮に近づいたら、不審者だろう。TPOを力いっぱい無視している。普通こんな服装の人物が王宮に用事があるとは思わないはずだ。
「あ、あの。忙しい所、すみません。アスタリスク・アロッロ魔術師に届けものをしに来たのですが」
服装の選択ミスをして不審者扱いされるのは私が悪いのだ。せめて礼儀正しいと思われるようにしなければと、できるだけ丁寧に挨拶をする。
すると門番は何故かぎょっとしたような顔をした。まるで幽霊か化け物にでもあったかのように、顔色が悪い。
「アアアア、アロッロ様とはどういう関係で?」
「えっと……義親子?」
若干違う気もするが、今のところこれ以上にあう言葉を私は知らない。気持ち的には、同士とか、仲間とかが正しい気もするが、世間一般的にはそう見えないだろう。
「しょ、しょしょしょ、少々お待ち下さいっ!!」
門番は顔を青くさせて敬礼すると、すぐさま中へ入って行った。
それにしても――。
「何故どもる。顔を青くする?」
私が混ぜモノだからだろうか。
いや、だったら最初の時点で、犬猫を追い払うような行動をするとは思えない。どう考えても、アスタの名前に反応していた。しかし、いくらアスタが偉い立場に居るとしても、名前を聞いただけで態度が急変するなんて事があるだろうか。
いやいや、ないだろう。
となれば、問題はアスタにあるという事だ。一体、あの門番に何をしたのか。
「それに、ただ渡してくれれば良いだけなんだけどなぁ」
私は中に入りたいわけではないので、確認してもらう事は特にない。そもそも門番が勝手にその場を離れてもいいものなのか。普通駄目だよなと思うが、行ってしまったものは仕方がないので大人しく待つ事にした。
「どいてもらえないだろうか?」
ぼんやりと門の前で突っ立っていると、うしろから声をかけられた。確かにこんな真ん中に立っていては通行人の邪魔だ。
「すみません」
私は慌てて道を譲った。……あ、でも門番がいないけど、勝手に譲ってもいいものだろうか?相手はどんな人だろうとそろりと見上げて、絶句した。
なにこの美形。
そこに立っていたのは、場違いなぐらい綺麗な顔をした男だった。まるでギリシャの彫刻のように、作り物めいた顔立ちとプロポーションである。耳が長くとがっているので、たぶんエルフ族だろう。
アスタやカミュで美形は見慣れていると思ったが、上には上がいるものだ。
私があまりの綺麗さに凝視していると、エルフも足を止め私を凝視してきた。私の顔は整っている方だとは思うが、この緑髪のエルフほどではない。となれば、きっと混ぜモノが珍しいと思ったのだろう。
不躾な視線だが、私もヒトの事を言えないので黙っておく。
「もしや、貴方はアスタの娘では?」
「あ、はい。そうです。あの……アスタを知っていらしゃるんですか?」
もちろん、知らなかったらこんな聞き方はしてこないんだろうけどさ。それでもこんな簡単にアスタの知り合いに会うとは思っていなかった。アスタの顔が広いのか。それとも偶然か。
私の質問に対してエルフは、青緑色の瞳を三日月のように細めほほ笑んだ。何だろう。光り輝いているわけではないのに、キラキラしすぎて眩しい。
女のヒトは綺麗なものが好きだが、きっとこの手の綺麗過ぎるタイプは観賞用として重宝されるだけで、実際彼氏としてはパスと言われてしまうんだろうなとぼんやり思う。高確率で、隣に並ぶのがつらくなってくるはずだ。かくいう私も、彼女でもなんでもない赤の他人だが、今すぐ逃げ出したい気分だ。
「初めまして。私はアスタの同僚のエンドという」
同僚。
なるほど。アスタの同僚という事は、エンドも王宮魔術師なのだろう。顔だけでなく頭もいいとは。同性からはやっかまれそうだ。
きっと苦労してるんだろうなと私は勝手に同情した。大きなお世話と言われてしまうと思うので、心の中だけだけど。
しばらくぼんやりとエンドを眺めていたが、それではマズイと思い、慌てて頭を下げ自己紹介をした。
「えっと、私はオクトといいます」
「やはりそうか。アスタから噂はきいている。会えてうれしいが、今日はどうしてここに?」
「あの、これなんですけれど、アスタに渡してもらえないでしょうか?家に忘れていたので、届けに来たんですが……えっと」
手に持っていた封筒を手渡そうと思い、エンドを見上げれば、エンドの目が何故か潤んでいた。あれ?私、何も泣かせるような事言っていないよね?
そう思うが、何か粗相したのではないかと焦る。こんな美形に泣かれた日にはどうしていいのか分からない。
「なんて、健気な」
「いや、荷物届けに来ただけですから」
どうやら初めてのおつかいを見た気分になっていたようだ。外見年齢はかなり幼く見えるが……どうなんだろう。少なくても、幼児よりは大きいつもりだ。
「そうだ折角来たのだから、お茶をだそう。休んできなさい」
「いえ。そんなご迷惑はかけられません」
「なっ。そんな小さな形で、気を使えるとは」
妙に感動されているが……一応私はこれでも10歳だ。こうも感動されると若干馬鹿にされている気分になってくる。もっともエンドは馬鹿にした様子はないので、きっと本気なのだろうけれど。
私は微妙な気分でとりあえず、笑っておいた。困った時は笑って誤魔化せだ。
「あの、家も近いので、本当に大丈夫です」
それに城の中に入りたくはないというのが正直な所だ。王宮とか、危険信号が点滅している。もしも粗相をしたらなんて……考えたくもない。
「……そうか」
見るからにしょぼーんとされて、私が悪いわけでもないのに、グサリと心に突き刺さった。くっ。これだから美形は得だ。
不覚にも、自分より大きな相手に対して、可愛いと思ってしまった。
「ひきとめて悪かったな」
だからそういう濡れた瞳でこっちを見てくるの止めてくれないだろうか。罪悪感で土の中に埋まりたい気分になってくる。
「いえ。……あ、そうだ。コレ、皆さんで食べて下さい」
ふと手土産を思い出し、私は精一杯の笑顔でエンドに差し出した。何とかこれで機嫌を直してもらえないものか。
「ま、まさか。これは、幻の――」
「すみません。ただの手作りです」
幻のって何だろう。流石にそんな凄いものを私が持っているはずがない。
しかしエンドはまるで宝ものでも受け取るかのように、恐る恐ると行った様子でケーキの箱に手を伸ばした。
「オクトぉぉぉぉっ!」
ドンガラガッシャーン。
箱に手が届くか届かないかの所で、凄い音と共に、目の前からエンドが吹き飛んだ。何が起こったのか理解できず、私は目を瞬かせた。
えっ?何?
「大丈夫か?ロリコンエルフに何もされてないかい?!」
「あー……うん。私は何もされていない」
どちらかというと、塀に激突して地面に崩れ落ちた、エンドの方がヤバいのではないだろうか。しかしエンドは凄い音がしたにもかかわらず、顔に傷一つない状態で立ち上がった。
「何をするんだ。それに私はロリコンではないと前から言っているはずだが?義父さん」
「誰が、義父だ。とにかく、オクトに近づくなと言ったはずだよな?」
何が起こっているのだろう。目の前でエンドとアスタが睨みあっている。
同僚じゃなかったのだろうか?
ふと門を見れば、門の陰に門番が隠れてガタガタ震えていた。いやいや、門番がそんなところで隠れてたらまずいんじゃないだろうか?職務放棄もいいところだ。でも同僚の喧嘩を止めるのは門番の業務内容を超えているかもしれない。
しかし今すぐにでも攻撃魔法を使いそうな様子に、私はどうしたものかと悩む。正門ではないとはいえ、喧嘩で王宮の壁をぶち壊すのはマズイと分かるぐらいの常識はある。
「あ……アスタ?」
「ん?何だい?すぐ終わらせるから、いい子で待ってろよ」
いやいや。終わらせるって何を?まさかエンドの人生じゃないよね。
アスタにいい子いい子と頭を撫ぜられるが、むしろいい子にしなければいけないのは私ではない。
「いや。アスタ……えっと、お仕事頑張って」
私はアスタが机の上に忘れていった封筒をアスタに向かって差し出し、とりあえず笑っておいた。何とか誤魔化されてくれないものだろうか。
「もしかして、これを届けに?」
「うん。後、これ。レアチーズケーキ。職場のヒトと一緒に食べて」
「オクト……。ありがとう」
突然感極まったようなアスタに抱きしめられ、私は慌ててケーキがつぶれないようにさっと下に置いた。危ないところだった。アスタの抱きつき癖は、何とかならないものだろうか。
すると周りから拍手がわき上がる。……えーっと、一体何が何だか。
意味が分からないが、とにかくアスタには仕事に戻って貰った方がいいだろう。これ以上仕事の邪魔にならない為にも。
「えっと、アスタ。今日の夕食はアスタの好きな、オムライスにする。だから早く仕事を終わらせて」
色々考えた結果、私は食べ物で釣る作戦にでる事にした。
その後しばらく、私はアスタの職場で、女神だ、救世主だ、勇者だと赤面ものの呼び名であがめられていたそうだ。しかし王宮に近づきたくない私が、それを知る事はなかった。
以上、オクトのとある一日でした。
次は、隣の部屋なエルフさんでおなじみのエンド魔術師視点となります。