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初めてな子爵邸(3)(主人公オクト視点)

「すみません」

 私はロベルトを探し出して、ペルーラをベッドに移動させてもらった後、私はある場所へ向かった。

 普通に考えたら子供なんて入るべきじゃないと言われる場所だし、嫌がられそうだ。でもペルーラは1週間とはいえ私付きのメイドなのだし、主人として私にできる限りの事はしたい。


 私の呼びかけに厨房の中から、人族っぽい見た目の男が現れた。厨房には海賊の所で何度も出入りしていたけれど、あれは特別だ。

 普通は厨房に子供なんて入れない。特に私は、アスタの養女となっているのだから絶対入れてくれないだろう。ただの子供言い分に耳を傾けてくれる人なんて、少ないだろうけど、それでも私は何としても話を聞いてもらわなければいけない。

「貴方が、食事を作る人の責任者?」

「ああ」

 私の言葉に短い返事が返り、その後沈黙が落ちる。

 どうやら私並みに無口な人らしい。何だか威圧感があって怖いが、ここで怯むわけにはいかないと思い私は勇気を振り絞る。

「私のメイドが倒れた。食事に問題があると思う」

 自分で言っておいてなんだが、これではただのクレーマーだ。怒られる可能性は高い。

 でもペルーラの様子を見て、ロベルトにペルーラについて聞いた結果、たぶん食事が原因である可能性が高いと考えた。

 まずは理由を伝えて納得してもらう所から始めなければかと思い、どう伝えようか考える。


「どうすれば?」

「えっ。ああ。鉄分の多い食事を出してもらいたのだけど……」

 怒られる事を覚悟で言ったのに、私が理由を説明する前に怒気がこもっていない問いかけが返ってきた。もしかして、私がアスタの義理の娘であると知っていて、怒鳴りつけるのは避けたのかもしれない。……ただそれにしては落ち着いているが。

「鉄……? 剣?」

「あ、いや。金属を入れろといってるのではなくて、鉄分はレバー……えっと、動物の肝臓とかに多くて。でも、ペルーラは苦手みたいだから、できたらほうれん草を使った料理をお願いしたいのだけど」

 どうやらペルーラは犬系の獣人なのに、肉があまり得意ではないらしい。内臓系は鼻が良すぎる為にまったく駄目で、牛肉や豚も食べ慣れていない為苦手らしい。何とか鶏肉は食べられて、後は魚も食べられるようだが、ここの料理は牛肉料理が多くあまり食べられなかったそうだ。

 特に子爵邸へやって来たばかりで仕事にもなれず、余計に食が細くなっていたとロベルトから聞いた。というか、そんな状態なら、ちゃんと手を差し伸べてあげようよと思うが、食事に関してはロベルトはさっぱりどうしていいのか分からず、まったく食べていないわけではないから何とかなるだろうと思っていたらしい。

 私が見た限り、ペルーラの目の下まぶたは白かったし、症状も貧血ととてもよく似ていた。思春期の女の子は特に鉄が必要だからこれからはきっちり食べてもらわなければ。


「ほうれん草って、あの草みたいな?」

「そう。植物の。ついでに、鶏肉か、魚か卵を料理に加えて欲しい。その方が鉄の吸収が良くなるから。後、ビタミンC……えっと、生のフルーツを一緒に出してくれるといいと思う」

 ほうれん草には鉄が多く入っているが、非ヘム鉄という吸収率の悪いものだ。だからその吸収を促進するために、タンパク質とビタミンCを一緒に食べるのが効果的である。

「分かった」

 何を言ってるんだとか、否定の言葉が来るかもと身構えていたのに、返ってきたのは、とても素直な返事だ。私の予想とずれる為、反応が遅れる。

「えっ。あ、ありがとうございます……あ、でも。ペルーラは、今胃が弱っているから、消化にいいものの方がいいかも……」

「なら、今日の夕食は草のスープにする」

 良い人だな。

 私の話をまったく否定せずに聞いてくれるなんて。ちょっと変わった人っぽいが、これなら私も何とかやっていけそうだ。 


「ああ、居た居た。お嬢、ここでしたか」

「お嬢?」

「タレッジオ。彼女は旦那様の娘だよ。誰か知らずに話してたのか。お嬢、もしかしたらコイツが失礼な事をしたかもしれませんというか、したと思いますが、本当に申し訳ないです。コイツの頭の中には料理しかないので、大目に見てやって下さい。仕事はできますから」

 拝むようなポーズでロベルトが話しかけてきて、このつかみどころのない男が、タレッジオという名前だと知る。

「いや、特に失礼な事は何も」

 私は頭を横に振った。

 むしろ、突然クレームを付けたのに、よくこんな失礼な子供の話を聞いてくれたなと思う。ふとタレッジオの方を見れば、もう話は終わったとばかりに厨房の中へ帰っていった。かなりマイペースそうな人だ。

「旦那様は仕事はできるけど、ちょっと変わり者な使用人ばかり雇ってしまうんですよ。まあ、そうでなければ俺もここで働けませんけど」

「何人の方がここで働いている?」

「屋敷は大きいですが全部で5人ですね。空の屋敷を維持してるだけみたいなものですし、旦那様はパーティーを開くような柄でもありませんから」

 確かに。

 アスタがダンスパーティーをやっている姿は想像がつかない。そんな時間があれば、魔法の書物を読んでいそうだ。

「まあ、そういうわけですから、お嬢も気楽にして下さい。どうせここに居るのは、貴族のきも分かっていない5人の変人ですから。あっ。そうでした。ペルーラが凄く動揺してるので、部屋に戻っていただいてもいいですか?」

 こうして、私の子爵邸での生活はスタートした。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「――というわけで、私は特に何もしていない。ペルーラをベッドに運んでくれたのはロベルトで、貧血を治す料理を作ってくれたのはタレッジオだ」

 私は昔話をし終えて、ペルーラが入れてくれたお茶を飲む。

 確かにあの後も、ペルーラの食事に口出しをしていたが、正直口しか出していない。タレッジオの料理は美味しかったので、特に私があれこれ言う事もなかった。流石プロである。

「どうしよう。俺、魔法学校に入学できるか不安になってきた」

「何でそうなる」

 私の話を聞いてどうしてそこに結論が結びつくのかさっぱり分からない。

 

「先生は何でもないように話すけど、普通の5歳児はそんな口出しできないものなんだって。確かアスタ兄ちゃんに引き取られて3年後に入学したんだよね。俺3年後には13歳で、でも更にかかったら……。先生勉強再開しようよ」

「大丈夫ですよ。オクトお嬢様は特別に頭が良かっただけで、魔法学校には普通の人も入学されていらっしゃいますから」

「いや。私はそれほど頭は良くないと――いや……えっと」

 良くないと言えばディノが心配になるみたいだし、かといって認めれば私はとても傲慢な女となる。

 何だこの状態。

「……まあ、馬鹿ではない。ただ私よりカミュやアスタの方が頭がいいから、私が頭が良いというのは間違った解釈だ」

 色々迷った末に、私は例題を上げて、事実を伝える事にした。

 別に自分も自分が馬鹿だとは思っていない。しかし周りに本物の天才がいると、自分は大した事がないと謙虚になれるのだ。


「類は友を呼ぶって本当だな」

「そうですね。おかげでオクトお嬢様の認識が少し世間とはずれてしまって……」

「あっ、やっぱりそうなんだ。俺も先生と話していて、どうも認識の差があるなって、思っていたんだよね」

「人を変人みたいに言うな」

 確かに私のまわりは凄い人が多いが、私はそうでもない。まあ、前世知識のおかげで少しだけ賢者と呼ばれる知識は知っているが、それだけだ。

「どうしよう。俺も数年後には、あんな感じで世間とずれるのかな?」

「大丈夫だと思います。オクトお嬢様は特別謙虚なだけですから。というわけで、私はオクトお嬢様に命を救っていただきましたので、これからもずっと仕えていこうと思っているんです」

 待て待て。ディノとアユムが独立したら、再び私は小さな家に引っ越しをして、一人引きこもろうと思ってるんだけど。まあ、アスタはついてくるかもしれないが、2人だけなのにメイドはいらない。

「あ、あのね。ペルーラ」

「末永く、よろしくお願いしますね。子守もできるように色々勉強しておきますから」

 ……子守?

 ふふふ。あはははは。

「さて、勉強を再開しようか」

 なんだか雲行きの怪しい話へ突入しそうだと思った私は、ディノに勉強の再開を伝え、話題を変えた。

 うんうん。今のは幻聴だ。大丈夫、問題ない。

 幻聴じゃなければ、ペルーらがいう子守はアユムに対してに違いない。もしくは自分の子供という意味だろう。いや、そうに違いない。

「はーい」

 その為ペルーラにアユム達の独立後の予定を伝え損ねてしまったが、何とかなるだろうと私は深く考えるのは止めた。

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