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初めてな子爵邸(1)(主人公オクト視点)

 この話は主人公視点で、本編終了後から過去を振り返る形で、ペルーラとの出会いの話(幼少編と学生編の間)になります。

「オクトお嬢様。そろそろ休憩なされたらいかがですか?」

 ペルーラはそう声をかけて、私とディノの前に紅茶を置いた。

 ディノが無事に魔法学校に通う事ができるように勉強を見ていたのだが、どうやら集中しすぎてしまったようだ。

 ディノも一気に知識を詰め込まれても疲れるだけで効率は上がらないだろうと思い、ペルーラの気づかいに感謝する。

「一度、休憩にしよう」

「あー、疲れたぁ」

 私の宣言と同時にぐたぁと机に臥せるディノを見て、やはり根を詰め過ぎたかと反省する。

「甘いものを食べると疲れが取れるから、何かお菓子を持ってくる」

「それなら、こちらに」

 ペルーラはそう言って、ドライフルーツを置いてくれた。ドライフルーツを私はあまり作らないが、アールベロ国では伝統のお菓子の一種だ。

 気が利くが……どうしたのだろう。

「この間、アロッロ伯爵様から頂いたものです」

「……ヘキサ兄、また送ってきたんだ」

「今日あたりにでも感想を伝えた方がよろしいかと思います。きっと喜ばれますから」

 私は申し訳なさと、自分への信頼度の低さにため息をつく。

「栄養失調で倒れたのなんて、ずっと昔の事なのに」

 あれはまだ1人暮らしというものになれていなかったから起こっただけで、今の私ならそんな事態にはならないと思う。

 だから食べ物を送って来る必要はないと言っているのに、何かと理由をつけて、超高級な食べ物を渡そうとするのだ。

 今住んでいる家もそうだ。しばらく家を空けている間に、勝手にビフォアアフタされ、ただの薬師には大きすぎるお屋敷と化している。今はアスタが半同棲している状態なので、義父大好きなヘキサ兄の改装が、これぐらいで止まってくれただけ良かったとも言えるが。

 

「なあ。先生って何モノなわけ?」

 ドライフルーツを先につまんでいたディノが質問してきた。

「何モノというか、ただの混ぜモノで職業薬師だけど」

「ほら、賢者様と呼ばれているだけでも普通じゃないのに、ここの伯爵様とすげぇ仲いいじゃん? それに先生びいきな美人メイドさんも雇っているし。しかもペルーラって美人なだけじゃなくて仕事もできるから、引く手あまただろ? それとも、この国では、薬師はメイドを持っているのが普通なわけ?」

「そんなわけがない」

 なんだそのセレブな薬師は。

 確かに薬師は、薬草にかなりの付加価値をつける事ができるので、比較的裕福な暮らしとなる。でも普通はメイドを雇うほど裕福になれるわけではない。なので下手に勘違いをさせて金持ちになる為に薬師への道をディノが選んだら大変だと私は否定する。

「私がオクトお嬢様びいきなのは、私が幼い時にオクトお嬢様に命を救っていただいたからです」

「幼い時って……」

 ディノがジッと私を上から下まで見て、何が言いたいのかに気が付き私はため息をついた。

「何度も言うが、私は魔力が大きいから成長がゆっくりであるだけで、ディノよりもずっと年上だ」

「いや、何となくは分かってるんだけどさ。なんていうか、魔力によって成長が違うってのが慣れなくて。俺が住んでいたホンニ帝国のチイアはほとんど人族しかいなかったからさ」

 世界的に見れば人族ばかりのホンニ帝国がおかしいのではなく、多種族国家であるアールベロ国の方が変わっていたりする。

 私は、幼いころは少数民族ばかりの集まりである旅芸人の一座に居たし、その後はアールベロ国に住んでいたので、この成長の違いはこういうものだという感じで慣れてしまっていたが、同じぐらいの魔力の人達だけで作られた集落から出てきたディノには違和感がありすぎる光景だろう。

 それに私だって、アスタに初めて会った時はまさか彼がおじいさんな年齢だったなんて思ってもいなかったわけだし。

「でもオクトお嬢様が賢者の知恵で助けて下さったのは、5歳か6歳ぐらいの頃だったような……」

「5歳?! いったい何をしたのさ」

「いや、それほど大したことはしていない」

 子供に出来る事なんてたかが知れているので、本当に私は些細なことしかしていないのだ。妙な勘違いをされては困るので、私はあわてて首を振る。


「いいえ。オクトお嬢様は幼い頃から神の申し子のように素晴らしく、とても頭が良い方でした」

「なあ、師匠が小さい時ってどんな感じだったわけ? 何か想像つかないんだけど」

「何の面白みもない子供だ」

 だからそんな興味を持つような事はないときっぱりと伝えたつもりだが、ディノは3つの目をしっかり開いて、キラキラとした眼差しをペルーラに向けていた。

「そうですね。オクトお嬢様は幼い時から賢者様でしたので、数々の病気を治され、人々に感謝されていました。また現在この地域の工芸品である折り紙もオクトお嬢様が発案されたものなんですよ。オクトお嬢様は賢く可愛いだけではなく、とても慈悲深い方ですので――」

「ストップッ、ストップッ! ディノ、この国のメイドや執事達は、少々大げさに主人を褒める傾向があるだけだから、鵜呑みにしなくていい」

「大げさな事なんてないです! むしろ全然オクトお嬢様の素晴らしさを私は伝えきれていませんっ!」

 元気よく言われるが、私としてはペルーラの記憶がイコール現実で起こった事の様に思えない。脚色がかなりありそうだ。

 ペルーラはとても気遣いができ、仕事もできるすばらしいメイドさんだが、それとこれとは話が別だ。


「じゃあさ、先生がどんな感じでペルーラを助けたのか教えてよ」

 確かにペルーラに語らせるよりは、私自身が伝えた方が少しは事実に基づいて伝える事ができそうだ。病気から救ったなんて話だと自分の自慢話になってしまいそうで嫌だが、まあ仕方がない。

「本当に、大したことはしていないから」

 そう私は前置きをして、当時の事を思いだした。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「あああ。オクトを1週間も独りぼっちにするのは心配だよ」

 どうしても研究の関係で仕事場に泊まらなくてはならなくなったアスタが、この世の終わりであるかのような嘆き声を上げた。

 確かに普通は私ぐらいの子供が1人で生活する事はないが、食事は自分で準備できるし、なんだかんだで大丈夫な気がする。しかしアスタは心配でたまらないらしい。

「別に、本を破いたりはしない」

「そういう事じゃないんだよ。あー、かといって仕事場に連れていくのも心配だし」

 私自身、アスタの仕事場へお邪魔して、仕事の邪魔をするのは止めておきたい。

 今だって、子供がいるからという理由で、アスタはさっさと仕事から帰ってきているのだ。これ以上迷惑をかけて知らない人から疎まれるのはごめんだ。

「実家もなぁ……一度連れていったら返してくれなくなりそうだし」

 アスタは相変わらず実家に帰るのが億劫らしい。

 でも親としては子供に会いたいだろうし、混ぜモノを引き留めておきたいという事はなくても、アスタを呼ぶために私を返さないとは確かに言うかもしれない。大人しく、たまに帰れば解決する話だがアスタにもアスタなりの事情があるのだろう。


「後は私を置いてくれそうなのは……海賊かカミュ達ぐらいだと思うけど」

「駄目だ。そんな所は」

 あっ、やっぱり。

 まあ私も、アスタに言われるまでもなく、自分を利用してくれちゃいそうな犯罪集団や王宮という面倒以外の何物でもない場所に厄介になるのは嫌だ。

 でも私を預かってくれそうな知り合いなんてそれぐらいしか思い浮かばない。

「そうだ。子爵邸にしよう。最近ずっと顔を出していなかったし」

「子爵邸?」

「子爵の称号を貰った時に、一つ王都に屋敷を貰ったから、使用人に管理を頼んであるんだ。管理をするだけの最低限の使用人しかいないけれど、1人にしておくよりは安心だし、うん。それがいい」


 勝手に納得したアスタが私の手を繋ごうとするので、私は慌てて離れる。その瞬間、凄く悲しげな顔をアスタがした。まるで、娘が反抗期に入ったかのような衝撃を受けているようも見える顔だ。

「オクト……」

「家を空けるなら、準備するから待って。後、先に行く事を連絡して」

 無計画は良くない。

 伯爵家の時もそうだが、アスタは色々思いつきで動きすぎだと思う。しかも子爵邸という場所は最低限の使用人しかい置いていないのならば、唐突に屋敷の主が訪れたらマジでビビるだろう。その上混ぜモノを泊めろといったら悲鳴が上がるかもしれない。

「別にそんな事気にしなくても大丈夫だよ。冷蔵庫の中のケーキなら、俺が仕事場で食べるし」

 貴族はこういうものなのだろうか?

 それともアスタだけがそうなのか。良く分からないけれど、子爵邸はいわばアスタの本当の家のようなものなのだから、帰るのにそれほど気にしなくてもいいのかもしれない。

 でも、さっきずっと顔を出していないといったような――。

「さあ、行くよ」

 悩んでいると、アスタに今度こそ手を掴まれる。

 そして一瞬で私は子爵邸に足を踏み入れる事となった。

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