偽物な賢者(6)(主人公オクト視点)
「オクトさん?!」
私はようやく自分の家に帰って来てすぐ、カミュの呼びかけも無視して自室兼魔法研究をしている部屋に引きこもった。
扉には鍵をかけ、更に時属性の魔法を扉に施し、絶対動かないようにする。部屋の中には魔動冷蔵庫もあるので、しばらくはこのまま立てこもり可能だ。
「もう……無理」
布団をかぶって、本日のできごとを思い出した瞬間、発狂しそうになる。無理。もう、無理。絶対無理。
「一体なんなんだ」
何の嫌がらせだ。
萌えとは何か。それを得々と語れば良かったのか、何なのか。とりあえず今回の騒ぎは、オタク仲間がいない寂しい系魔術師の中でも私のファンクラブという、残念極まりないものに所属している人達が同人誌を作ってみたり、コスプレしてみたりと、暴走をしまくった結果だったわけだが。
頭を掻き毟りたくなるような感覚に陥った。今すぐ誰かプラカードを持ってきて、ビックリでしたと言ってくれないものだろうか。
「しばらくこのまま引きこもろう」
うん。そうだ。そうしよう。そして好きな事だけやって、しばらくこの心の傷を癒すのだ。
オタクの繰り広げた暴走の結果を見たり聞いたりするたびに、精神が擦り切れていった。もう私のHPはゼロだ。
元々魔術師が、オタクに走りやすい傾向にあるのは何となく理解できる。アスタなんて明らかな魔術オタクと言っても過言ではない。でもオタクの道も究めれば神業になるというもので、アスタのような魔法オタクは問題ない。しかしだ。
私のオタクになった所で、まったくもって、非生産的すぎる。もっと、他にあるだろうと思うのだ。
「オクトさん、一体どうしたんだい?」
扉の向こうからカミュの声が聞こえる。
唐突に私が部屋に引きこもった為心配している様な声だ。だから私も、大丈夫だという意味で宣言する事にした。
「しばらく私は、引きこもろうと思う」
「は? 何で?」
「今まで私は引きこもる詐欺のように、引きこもるといっておきながらまったく引きこもっていなかった」
そう思い起こせば、私はちゃんと引きこもれた事がなかった。
だからこんな事になるのだ。
「……なんだか相変わらず斜め上に突飛な事を考えているみたいだね。とりあえず、結論を言うと?」
「家から一歩も出たくない。しばらく誰とも会いたくない」
もしも家の前で裸踊りをされようと私はここを一歩も動く気はないと、前世の知識にある、岩戸に引きこもりを果たした神話の女神の話を思い出す。
「何故そう言う結論になったんだい?」
「ファンクラブを潰したい。私がいなければ、自然消滅するはず」
というか、卒業して数年が経ち、もう消滅していてもおかしくないと思っていたのに。私が大人しく引きこもっていなかったばかりにあんな事になっているだなんて。
「なるほど。オクトさんはそんなにファンクラブが嫌だったんだ」
「もちろん、……ありがたい話だとは思っている」
きっと、ミウやエストは、私が混ぜモノである事によって必要以上に嫌われないように助けてくれようと始めたのだと思う。すごく優しい友人たちだから。
「でも、私の精神が崩壊する。嘘大げさ紛らわしいは良くない。私に詐欺師は向いていないと思う」
まったくすごいヒトではないのに、大げさな名前だけが広がっていくこの状況。
【ものぐさな賢者】なんて、一体誰が言い始めて、どうして広まってしまったのか。その上でファンクラブ。こんな残念なヒトのファンをやってどうすると声を大にしていいたい。
この作品はフィクションであり、現実とは異なる場合がありますと書かれていたって、皆が皆隅々まで読んでいるわけではなく、絶対変な理想を思い浮かべているはずだ。
現実を見て騙されたと思い、ショックで嫌がらせされたらどうしよう。
「なるほど。つまり本当の事だけを書けばいいんだね」
「いや。素の私を書いたらファンはできない。つまり読む人がいないから、書く必要もないと思う」
前世の知識を集めれば、そもそもアイドルというのは作られた存在だと思われる。いや、情報源に偏りがある可能性はあるが、テレビの中のキャラクターがそのまま現実にいたら、色々問題ありそうな人が多いからそう思うのだけど。でも一緒に生活していたら色々不都合がありそうな人でも、アイドルだとファンがいて人気者。つまりアイドルは【可愛い】という理想のキャラクターとしてつくられているからファンがいるのだ。
現在の私はアイドルではないが、似たようなものではないかと思う。
ミウや色んなファンクラブの人が作った同人誌の中の私が可愛く人気ものなのだ。
「でもオクトさん。このファンクラブは、もうオクトさんだけのものではないと思うんだよね」
「……そもそも私のものであったためしがないけれど」
基本不干渉だったのだから。今回は偽物が出るなんて意味が分からないことが起こったために関わったのだけ。そしてそれを見て私で申し訳ないという感じになったのだ。
「この世界で、混ぜモノは嫌われている。けれど、きっとオクトさんのおかげで希望を持てた混ぜモノは居ると思うんだ」
予想外に真面目な話に私は【でも】という言い訳の言葉を紡げない。
「ファンクラブができるほど好かれる混ぜモノがいて、さらに暴走をせずに、魔力を安定させている混ぜモノがいる。それはきっと、希望であり、道しるべじゃないかなと思うんだよね。混ぜモノは迫害するのではなくて、保護するべきだという考えが生まれたって不思議ではないと思うけど、オクトさんはどう思う?」
「……その言い方は卑怯だと思う」
どう思うもこう思うも、否定できない言葉に、私は不満だけを述べた。ただのフィクションで、【ものぐさな賢者】は幻想に過ぎないかもしれないけれど、でも信じている人にとっては、それが真実なのだから。
「もしも出てこないようなら、僕にも考えがあるよ」
「考え?」
「僕もそのファンクラブに加入して、大々的に国を挙げて広めていこうじゃないか。観光の一環としてもいいともうんだよね。【ものぐさな賢者】は、第二王子公認の――」
「止めてくれっ!!」
私は大慌てで、外に飛び出した。
無理。無理だから。ゆるキャラみたいな扱いされても、私は全然可愛くないから。【ものぐさな賢者】を変なご当地キャラにしたてないで。お願いだから。
「――というのは嘘だよ。思った以上に反応が早いねぇ」
飛び出てきた私を捕まえたカミュは、笑うのを堪えたような声で、私の耳元で囁いた。
「カミュはまだしも、カミュの兄ならやりかねないから」
第一王子の斜め上な行動力は恐ろしい。カミュがその案を言った瞬間、本当にやりかねない気がした。それ面白いなという軽いノリで。
前世でもご当地キャラを使った観光紹介はかなり行われていた。私は明らかにゆるキャラにはなれないが、ユーリ先輩の話を総合すれば二次元の中でなら萌えキャラになれ……なれ……なれるか畜生。無理、無理。絶対無理。無理というか、嫌すぎる。
全力の笑顔で愛想を振りまく自分を想像して、鳥肌が立った。現実とのギャップが酷過ぎる。……アイドルって凄いなと思う。私にはなれそうもない。
「言われてみると、確かにあり得そうだね。今のところそういうのは考えていないから安心していいよ」
「……本当に?」
今のところと言っているのがとても危険な気がするけれど。
「酷いなぁ。幼馴染の言葉を信じられないだなんて」
「カミュの言葉が信じてはいけない事を、幼馴染として信用しているから」
不安要素しか見えない。
「これは本当だよ。僕がそんなひどい嘘をつくはずがないじゃないか」
「今さっきついたと思うけれど」
舌の根も乾かぬうちにそういう事を言うか。
「別に全部が嘘というわけではないし、となると嘘はついていない事になるかなぁ」
「……ん?」
「あ、でも。たまには嘘をついて良い日とかあると楽しそうだね」
「カミュが嘘をつくとどっちか分からないから止めて」
何そのエイプリールフール。
カミュが嘘をつくと碌な事がない。いや、でも。さっき全部が嘘じゃないといったが、何が嘘じゃないんだ? いや、でも。そもそもそれは本当なのか?
嘘か、本当なのか。
「……今回の騒動は全部カミュが仕掛けた嘘という事はない?」
そうであって欲しいような……でも大地を跨ぐなんて大がかりすぎるから、こんなことが起こせると分かったら恐怖のような……。
「さて、どうだろうね」
「あ、そう」
駄目だ。私をからかう気満々で、まったくカミュは真意を悟らせてくれなさそうだ。そもそもカミュの真意なんて知りえた試しがないのだから、私の能力では無駄なあがきなのかもしれない。
「ただオクトさんが引きこもろうとしたら、僕たちは本気でそれを邪魔すると思うよ。賢者様」
そう言って、相変わらず真意の読めない笑顔でカミュは笑った。
【偽物な賢者】はこれで終わりです。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。




