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偽物な賢者(5)(主人公オクト視点)

「取り乱してすまなかった。狭いところで悪いね」

「はぁ」

 取り乱し……まあ、取り乱しか。

 

 私は目の前のエルフの女性、ユーリ先輩の家で座布団を出され、そこに座った。更にその隣にミウも座る。

 外で突然鼻血を出し、謎の言葉を発したユーリ先輩だが、きっとアレは突然大勢から拝まれるなんているあり得ない状況が見せた白昼夢だったに違いない。いや、エルフが『萌え』だなんて叫んだなんて、白昼夢というより、夢をぶち壊す悪夢な気もするけれど。

「あ、いえ。すみません。家に招いていただいていただいてありがとうございます」

「本当に助かりました。あそこに先輩が通りがかってくれたおかげで。まさかあんな風に拝まれるなんて思ってなかったもんねー」

 ミウに言われて、私はコクリと頷く。

 突然大勢の人から拝まれて、本当にどうしようかと思ったのだ。あそこから出ていく事であんな風に周りが反応するならば、ちゃんと事前に伝えておいて欲しかったと思うが、電話を先に切ってしまったのは私かと思い溜息をつく。

「水の神の神殿には、結界のようなものがあって、一般人は中に入れないからね。祭りの時に巫女として精霊が神の代わりに現れるだけだから皆そう思ったんだよ。でも、どうしてそんな場所に?」

 ……神様が知り合いだからですというのは、色々マズイ気がする。

 神様には神様の中で何やら取り決めがあるようだし、私をここへ送ってくれたのは、好意によるものだ。だとしたら、伝えていいのかどうかを確認してからしか私は言う事は出来ない。

「知り合いに……少々」

「まあ、君なら色々な知り合いがいても驚かないよ。いつも、【新・ものぐさな賢者】の発行を楽しみにして読んでいるからね。ある程度の現状は知っているよ」

 えっ?

 今、何だかおかしな言葉が聞こえた気がする。【新・ものぐさな賢者】? ……何それ、美味しいの?


「ちゃんと届いて良かったです。会員証を頼りに、送っているので。でも先輩、その会報誌をコピーして、再配布は許可してませんよ」

「すまない。1人ではあまりに辛かったんだ。イベントも1人ではできないし、ここには同じ話題を語り合うオタク仲間もいない。その上萌えを供給する為のオクトちゃんもこの国にはいないんだ。大切なことなのでもう一度言うが、本当に辛かったんだよ」

「分かります。分かりますが、それとこれとは別です。確かに、オクトちゃん成分がない国で、誰もオクトちゃんを知らない、萌えを共有できない、イベントなどの発散場所もないだなんて辛すぎるので、同情はします。でもオクトちゃんの名を騙り、コスプレをするのはタブーです」

 ……帰っていいかなぁ。

 帰りたい。というか、今の話は全て聞かなかった事にして、引きこもりたい。

 何だろう宇宙語がここで話されている。微妙に分かってしまうけど分かりたくない内容だ。頭痛がする。でもこのまま放置してはいけない気がして、私は凄く……もの凄く気がのらないが、2人の会話に参加する事にする。


「えっと、ごめん。ミウは色々分かっているみたいだけど、根本のところを確認していい?」

「うん。いいよ。ごめんね、置いてきぼりにしちゃって」

「いや。むしろ置いていって欲しいというか……」

 自分と関係ない星でやって欲しいというか。異世界でやって欲しいというか……。

「それで、何を確認したいんだい?」

「……ユーリ先輩は、ファンクラブの会員……という事で……」

 言葉がだんだん小さくなってしまうのは、自分で自分をほめている様なうすら寒い状況に感じるからだ。舞台役者でもあるまいし、ファンクラブってなんだという感じで。

「ああ。間違いないよ。私は君のファンクラブの会員だ」

「何で?!」

 私は反射的に叫んだ。

「何故?」

「いや……えっと。確かユーリ先輩は、学校でファンクラブを作られているほど人気の方だったとミウから聞いたから」

「それほど意外ではないよ。ファンクラブを作られていても、別のファンクラブに所属している事なんてよくある事だからね。そして、この際、はっきり言おう。自分はこういう外見と喋り方で勘違いされやすいが、可愛いモノが好きだ」

 バンとちゃぶ台を叩いて、ユーリ先輩は拳を握りしめ立ち上がった。

「えっ、あ。はい」

「特に幼い子が大人ぶった喋り方をするのは萌える。今の君もパーフェクトだ。その萌え袖状態の白衣も、幼いのに賢者と呼ばれて、大人ぶった口調をしている所も、モダモダするほど可愛い」

「も、もだ……」

「可愛いは正義だ。混ぜモノが何だ! 男っぽいから可愛いモノが嫌い? そんなはずがない! もう一度、いう。可愛いは正義。ただ、今回の事は申し訳ないと思っている。萌え成分が足りないからといって、本を再配布して布教活動したり、君のコスプレまでしてしまうなんて」

 しょんぼりされたが、しょんぼりして反省して欲しいのはそこじゃない。私に萌えている事がそもそもの間違いだ。

「オクトちゃん。いっそ、この国に住まない――」

「駄目に決まってます! 先輩だからって言っていい事と悪い事があります。オクトちゃんは、ファンが多い、アールベロ国に居るべきです」

 いや。私がアールベロ国に居るのはファンがいるからではなく、あの魔の森が私には暮らしやすいからだ。


「だが、私のこの押さえきれない萌えはどこにぶつければいいんだ。一度は止めようとした。でももうこの気持ちは止められないんだ。年1回の会報誌1冊では、足りないんだ!」

「……違う萌えを見つけてはどうでしょう」

「それができるなら……とっくにやっているさ」

 哀愁を漂わせて語るユーリ先輩はとてもカッコイイ。でも内容はとてつもなく残念な感じだ。

「せめて、オクトちゃんファンクラブの仲間と連絡が簡単に取り合えれば、萌えを昇華できるのだが」

 チラッと先輩が私を見た。

「確かに、もっと会員同士密な連絡をとれればいいのにと私も思います」

 チラッとミウも私を見た。

 ……何故私を見る。

「オクトちゃん」

「何とかできないかな」

 2人の美女に見つめられ、私は解決案を考える。先輩が私で萌えなければそれが一番だが、今のところそれが受け入れてくれるように思えない。

 前世であった、インターネットや電話などの通信手段も今の世界にはない。今回はそれが原因で、ユーロ先輩が布教――いや、友人作りをしようとしたために起こった事。


「とりあえず、遠方の方には、カタログによる通信販売で本やグッツを売ってはどうかと。後は、会員証を利用した通信方法も検討できるけれど……維持をする為に、そこに人とお金は必要になりそう」

 要は、私が今使っている魔道電話を、携帯電話のような形にすればいいという事。魔法陣に番号をつけ指定した場所へ声飛ばすやり方だ。

 距離等考えれば少し多くの魔力を使う事になるだろうが、魔法学校に通えている人ならばできるとは思う。

 ただしその番号をふった魔法陣を誰が作成し管理し続けるのかもあるし、話したくない相手に番号が知られると大変などの問題も生じるだろう。

 そして、何人ファンクラブに所属しているかは知らないが、数が多ければ多いほど、管理は大変になって来ると思う。無償でやるには限度がある。

「じゃあ、オクトちゃんと協力して、その方向で進めていきます。今後ですが、コピーによる会報誌の再配布までは利益をとらない限り許可しますが、コスプレはイベント会場以外では今後も禁止です。オクトちゃんの偽物が出たって、今騒ぎになってますから。まあ、そういう事をやってしまっているのは、先輩だけではないみたいですけど」

 ……あれ?

 なんだかこの流れは自分のファンクラブを維持するために率先して協力する事になっていないだろうか? 何その、恥ずかしい人。自分で自分の誕生日パーティーを開いて友人を呼んでいる人並みに痛い。色々この話を知り合いに知られたら、私は立ち直れないかもしれない。

「あ、あの。ミウ――」

「頑張ろうね、オクトちゃん! さてと、他の人のところにも注意しにいかないと。また、知り合いに頼めるかな?」

 

 断れなさそうな雰囲気に私はひとまず騒ぎを沈静化させる為だと自分にいい訳する。沈静化できた暁には、もう少し娯楽本を世界中で増やせないか館長に相談しよう。

 目指せ、ファンクラブ撲滅又は縮小化だ。

「そうだ。ここまで簡単に来れるなら、今度エルフが住む村に遊びに来ないかい?オクトちゃんは、父親が水の民のハーフエルフなのだし、もしかしたら、そこが出身地かもしれない」

「先輩、オクトちゃんに変な事吹き込んだら駄目です」

「吹き込んでいないさ。まあでも、エルフ族は仲間意識が強いからね。気にいったらここで永住すればいいとは思うけれど」

「先輩!」

 あ、そうか。よく考えると会った事もない父親は水属性を持ったハーフエルフらしいので、この大地のどこかが出身地の可能性はある。とはいえ家から出るのは面倒だし、しばらくはもう引きこもっていたい。

 色々精神的につかれた。

「ありがとうございます。……善処し考えておきます」

 もちろん答えはいいえです。

 私は心の中でそうつぶやきつつも、あまり使わない表情筋を駆使し、曖昧に笑っておいた。

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