苦労性な同僚【5/14】(リスト視点)
ものぐさな賢者、学生編で、オクトの学校へ第一王子が視察にきた時【20-3話】あたりの裏側の話しです。
視点は、アスタリスクの同僚のリスト魔術師となります。
「あぁぁぁぁ、落ち着いていられない!やっぱり学校へ――」
「行かせません」
ああ、僕の人生終わった。
アスタリスク魔術師に反論するなんてなんて命知らずなという目で同僚達が見ている。うん。僕もそう思うよ。でもここでアスタリスク魔術師を逃がしても、死亡フラグしかないのでその手を放す事はできない。
「リスト。俺は男に手を掴まれても気持ちが悪いだけなんだけど」
「そんなの、僕だって同じです。各方面から何故か山ほど仕事が来ているんですよ。ちゃんと手伝ってくれないと困ります」
誰が好きで、男の手なんか握るか、チクショウ!
僕だって好みがある。もしもサボっていいのなら、今すぐメイドのマリアちゃんに抱きつきたいところだ。……と、話がずれた。
アスタリスク魔術師は職場に来るなり、娘が一大事だと言ってずっと落ち着きがない。それでも仕事はちゃんと進んでいるところが流石だが、でも途中で逃げ出してもらっては困る。どういうわけか、今日は妙に各方面から色々仕事が雪崩込んでいるのだ。その書類の分類だけでも一苦労だというのに。
この部署を紙で埋め尽くして窒息死でもさせるつもりなのだろうか。書類を運んでくる奴らがとんでもない悪党に見えてくる。
「それは絶対、あの馬鹿殿の所為だって。俺を学校に行かせたくないから仕事で俺の足を止めようとしているわけ。多分視察が終わったら、元に戻るさ」
「王子がどうかしたのか?」
隣の席に座る、エンド魔術師が話に加わったのを見て、僕は絶望を感じた。
この2人が一緒に暴走したら、止められる自信ないよ?僕は誰か助けろとばかりにまわりを見るが、全員が目をそらした。
そらすな、馬鹿っ!!どうして、一番若手な僕がこんな苦労しなければいけないんだ。
この部署に配属された時は、凄くうれしかったはずなのに。誰だ、魔術師の花形的な部署だと言ったやつ。僕は過去の自分に、この苦労をじっくり語り聞かせてやりたい。
「聞いてくれよ。俺の可愛い可愛い娘が通う学校に、馬鹿殿が視察に行ってるんだ。絶対俺の娘に会う為に違いない。ああ、王子の毒牙に俺の娘が――」
「よし、私が助けて来よう」
「行かせるか!」
ほらやっぱり。
何故かアスタリスク魔術師の娘に一目ぼれをしてしまったらしいエンド魔術師は、本人を交えない、不毛な争いを始めた。確かに貴族ならば、父親に先にあいさつするのも間違いではない。間違いではないが……、本人とも仲良くなるべきだと思う。
噂では一方的な文通をしているそうだが……、一方的な時点で文通ではない。
「悪にとらわれた姫君を助け出すのは、ヒーローの役目」
「誰がヒーローだ。このロリコンエルフ」
そもそも2人が言っている悪は、この国の王子で、僕らが仕えている人ですからね。その理論でいくと、僕達は悪の手下ですからねと声を大にして言いたい。言いたいが、言ったところで話がそれて現状悪化するだけ。僕だけでも冷静でいなければと思うと、ツッコミをするべきではない。
「義父さん、あまり子離れできないのはどうかと思うのだが」
「10歳の娘が、変態に手を出されそうになったら、誰だって心配性になるわ。そもそも、お前のような大きな息子を持った事はない」
まあアスタリスク魔術師の言い分も間違ってはいない。確かにエンド魔術師は10歳の子供と恋愛関係になったら色々マズイ外見をしている。成長がゆっくりで化石と化している種族だけど世間一般にはロリコンと言われても仕方がない。
かとって、僕はアスタリスク魔術師に全面的に賛成するわけでもない。彼は彼で、度が過ぎる過保護っぷりだ。いっそそのまま結婚してしまえと思ったが、言ったら最後、娘さんが可哀そうな事になる気がして、言えなかった。
娘さんは十中八九、僕と同じ、ただの被害者である。
「すみません。上司に資料を運ぶように頼まれたんですけれど」
「あ、はーい。今行きます!!」
入口から声が聞こえて、僕は声を張り上げた。また仕事の追加らしい。うんざりする。
「良いですか。娘さんの学校に一刻も早く行きたければ、仕事をして下さい。そうでないと、ヒーローにはなれませんからね」
僕はそう言って仕事を受け取りに行った。
◆◇◆◇◆◇
「そんなに嫌なら、どうして辞めないの?」
マリアちゃんは凄く不思議そうな顔をして、僕を覗き込む。
僕は仕事の手が少しだけすいた所で、息抜きがてらメイドのマリアちゃんに会いに行った。あの書類の束達といつまでも一緒にいたら、僕まで気が変になりそうだ。
それに今日は夕食を一緒に食べる約束をしていたので、そちらも断らなければいけなかった。アスタリスク魔術師ではないが、あの所業が王子の仕業なら、悪魔に見える。
「王宮で働けなかったら、君に会えないからじゃないか」
「そうやって、すぐ誤魔化すんだから」
「嘘じゃないよ。それとも、僕とは会いたくない?」
もうっと顔を赤らめる姿は大変可愛らしい。
ああ、女の子っていい。それに比べてうちの部署ときたら。野郎ばかりだし、紙一重が多いしで、いいとこなしだ。
「でも魔術師が働いている部署は、リスト君がいる所だけじゃないでしょ?」
「まあ……うん。そうだね」
確かに魔術師が関わる部署は、別に今居る所だけではない。
自分は結構器用にできているから、例え部署が変わっても上手くやって行く自信はあった。そして、その方が圧倒的に楽だという事も分かっている。
でもなぁ……。
「でも今の部署、結構給料がいいんだ。愚痴を聞かせちゃってごめんね。それより、マリアちゃんは仕事は大丈夫?」
自分でもあまりつっつかれたくない話題だった為、僕は話をそらした。
そして適当に雑談し、彼女は再び仕事に戻って行った。ニコニコとマリアちゃんが見えなくなるまで手を振った僕は、彼女が見えなくなった後で深くため息をつく。
別に彼女との会話が失敗したわけではない。ちゃんと穏便に、今日の夕食のキャンセルもできた。
憂鬱になったのはそれではないのだ。
「……本当に、何で変わらないんだろう」
というか、変えれないんだろう。職場を。
「アスタリスク魔術師が憧れのヒトだなんて、絶対言えない」
しかも未だに過去形にできない自分が憎い。迷惑大魔王と分かっても、いまだに尊敬してしまっている。刷り込みって恐ろしい。
今でこそウイング魔法学校では、最短で卒業し、ホンニ帝国で勤める事になったカザルズ魔術師が憧れの先輩となっている。しかし自分が通っていた時代は、まだアスタリスク魔術師が憧れの先輩だった。
卒業してしばらくしてからに軍に配属されたアスタリスク魔術師は、数々の武勲を上げ、子爵の位を頂いた。あれから何十年も経っているというのに、当時アスタリスク魔術師が作った魔法陣は、いまだに軍で使われているという伝説つきだ。
その後、研究職につき、一時的に第二王子の家庭教師も勤め上げ、今にいたる。性格に難ありだが、魔法に関する知識は凄い。彼のようなヒトを天才というのだろう。
これらがただのうわさに過ぎなければ、今頃もっと楽な部署に移動願いを出していたはずだ。でもそれをしないのは……噂ではなかったからに他ならない。
彼に憧れて、王宮魔術師を目指したのだ。
「リスト。いつまで仕事をサボっているんだよ」
廊下でため息をついていると、アスタリスク魔術師がやってきた。
しまった。ちょっと話をしすぎたかもしれない。忙しいのに、仕事場から抜けた事には変わりないし。
「サボってませんよ。今、マリアちゃんにうちの部署に仕事を持ってくる率を減らしてもらえるように頼んでたんです。マリアちゃん、情報通な上に、顔が広いですから」
正確に言えば、マリアちゃんは各部署のお偉いさんの彼女や妻と面識がある人が多いというだけだ。直接顔がきくわけではない。
それでも、妻や彼女からお願いされれば、少しぐらいは仕事を回す率を下げてくれるだろう。
「ふーん。よくやった」
「よくやったじゃないですよ。まだ仕事はたんまりあるんですからね。アスタリスク魔術師こそどうしてここに居るんですか」
ああ。悔しい。ちょっと認められただけで、嬉しくなっている自分が悔しい。
ダメダメ魔術師だと分かっているのに。
「それより、仕事が終わったら、娘さん紹介して下さいよ。そっちの方がよっぽどやる気が出ます」
「ダメに決まっているだろう」
ですよね。
でもきっとアスタリスク魔術師の娘さんなら、僕と同じ事を考えている気がしたのだ。
ダメダメだって分かっていても、尊敬してしまうこの矛盾や、褒められた時の嬉しさを知っている気がする。
一度話してみたい。
「減るもんじゃあるまいし。いいじゃないですか」
「なんで女好きに、うちの可愛い娘を紹介しなければいけないんだよ」
「男が女好きなのは、とても健全で間違っていない反応だと思います」
僕はそう言って笑った。
今は無理でも、アスタリスク魔術師の娘さんだ。きっと近い将来、会う事もあるだろう。
以上、リスト魔術師の苦労話でした。
この後、再びリスト魔術師は、アスタリスクとエンドの暴走を止めるのに苦労し、本気で部署を変わろうかを悩んだりします。きっと変われませんけど。