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ナナシな少年(6)(エスト視点)

「皆、今日は祝杯だ。無礼講で存分に楽しんでくれ」

 

 王様の言葉に、歓声が上がる。その歓声に背を向けて、俺は会場から遠ざかった。

 分かっている。あの祝杯も必要な事。人を戦争から日常に戻す為の大切な行事なのだ。本来なら、俺も日常に戻らないといけない。戻らないといけないのに、戻れない。


 ベトゥッラ戦争は、昔読んだ、歴史の本のように、アールベロ国が無事に勝利をおさめた。最終的に、俺が仕掛けた地面を沼に変える魔法で騎士が落馬し沼に飲まれ、戦意が喪失した歩兵だけに守られた王は、書籍と同じようにラシエル王にその首をとられた。

 本の中の一文になるとあんなに軽いものなのに、俺はあの光景を地獄だと感じた。それと同時に、もう俺は【オレ】に戻れない場所にいるのだと思う。

 ラシエルに用意してもらった服に着替える時、初めてこの国の鏡を使った。そしてそこで気が付いた。俺の目が、以前の色と変わり紫色になってしまっている事に。

 正しく俺は【死色の賢者】だ。

 敵に死の色を送る賢者。ただ自分の望みのままに……その罪が深く深く胸に突き刺さる。


「帰りたい……」

 誰もいない王宮の庭の片隅で、俺は体操座りをして、顔を膝に押し付ける。目を閉じれば浮かぶ、亡者はどうしたら消えるのだろう。時が解決させてくれるのだろうか。それとも永遠に背負わなければいけないものなのか。

 こんなものを背負いつづけたら、いつか俺の中の大切な記憶さえも忘れてしまうのではないだろうか。それは怖くて怖くて仕方がない。俺がすがれるのは、あの【エスト】であった時間だけで、それを無くしたら、ただの殺戮をした悪魔になってしまいそうだ。


 どれぐらいの時間そうしていただろう。

 不意に目の前に人の気配を感じて顔を上げた。ラシエルだろうか?いや、でもラシエルがあの会場から抜けられるはずはない。

 目で確認をすると、そこには黒髪に血のような赤い瞳をした少女がいた。耳が少しだけ尖っている姿――魔族だ。この過去の時間にやって来てから初めて見た魔族。

 姿は俺と同じぐらいだが、魔族ならたぶん、もっと年上だろう。

「紫色の瞳、ベトゥッラ戦争の参加者……お前が【死色の賢者】と呼ばれるもので間違いないな」

 口から放たれた言葉は、男っぽい喋り方だった。だが、キリッとした見た目にとても良く似合っているようにも見える。

 それにしても……もうすでに俺は【死色の賢者】と呼ばれていたのか。

 俺は肯定する為、首を縦に動かした。彼女は誰だろう。誰かの仇討ちで俺を殺しに来たのだろうか。死ぬわけにはいかないと思うが、心が疲弊して、どうにも動きが緩慢になる。

 殺されて楽になりたいという気持ちがどこかにあるからかもしれない。


「私はツララ。現在、この世界の魔王を請け負っているモノだ」

「魔王?」

「すべての魔族に崇拝される象徴のようなものだ。別に国を持っているわけではない。そうだな、言うならば、魔族の親のようなものだ」

 その魔王が俺に何の用だろう? 仇討ちをしに来たにしては、それらしい空気はない。

 ただ堂々と自分の身分を喋ったツララは、俺の前でしゃがんだ。

「預かりものだ」

「預かり? 誰からですか?」

 彼女が差し出したのは、手紙のようだった。

「さあな。私の先任の魔王が預かったものでな。魔族というのは間違いないそうだが、名前は聞いていない」

 どうやら彼女が預かったのではなく、その前の魔王が預かったものらしいが、俺はこの時間で魔族とは知り合っていないと思う。

 それとも噂で聞いた誰かが、俺と連絡を取ろうとしているのだろうか? でも俺が戦場にいたのはついこの間の事だから、俺が【死色の賢者】と呼ばれるのを知っているのは戦争関係者ぐらいだとは思うけれど。


「受け取れ。そこまでが、私に課せられた仕事なんだ」

 断る理由もなく、俺は言われるままに差し出された封筒を手にとった。……ちょっと待て。封筒?

「ああ。それから。渡す時には、『ごめん』と『助けてくれ』を伝えてくれと言われていたな。では確かに渡したからな」

「これはいつ――」

 いつ受け取ったんだと聞こうとして手紙から視線を上げれば、まるで幻だったかのようにツララは消えていた。多分転移魔法を使って立ち去ったのだと思うが、どうしてそんなに急いているのかは分からない。

 まるで白昼夢でも見たかのような出来事だが、確かに自分の手には封筒が残っている。


 この時代の文を書くための【紙】は羊皮紙が基本。その紙はとても値がはり、封筒を使う文化が出てくるのは、もっと先だったはず。

 そして受け取った封筒は、羊皮紙ではなく、【エスト】がいた時代に使われていたものと遜色がない。

 目に魔力をためてもう一度見れば、時属性をおびているようで紫に発光していた。つまりは、これは混融湖に流れ着いたものということである。

 更に今の、『ごめん』と『助けてくれ』の言葉。それが誰からもたらされたものなのか。

 何が書かれているのか分からない手紙。不安と期待とが混ざったような思いでその封を開けた。


 中に入っていたのは一枚の手紙だった。

 そこに書かれていたのは、【エストへ】と書かれた文字と1つの住所だった。他には何も書かれていない。潔いぐらいに。

 でもその、少し不格好な文字は、とても見慣れたものだった。もう見る事は出来ないかもしれないと思っていた文字。

「コンユウ……」

 この住所に何があるというのか。

 そして『ごめん』が俺を巻き込んでだとして、『助けて』は何をなのか。この住所の先に何があるというのか。

 助けては俺の方だ。でも……俺は、その言葉を嬉しいと感じた。戦争の空気から戻れない俺を、一気に日常に引き戻す。

 コンユウを止められなくて、何もかも取り返しがつかないところにいるのは変わらない。でもコンユウからの俺に対するメッセージが届いたという事は、まだ彼との縁は切れていないという事で。しかも自分から弱音が中々言えないコンユウが、助けを求めてきたのだ。


「まったく。しょうがない奴」

 俺はそう、友人からの手紙に向かってぼやいた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 コンユウから指定された場所にあったのは、小さな小屋だった。

 ドアノブをひねるが、まったく動かない。鍵がかかっているわけではなく、何やら魔法的なものが使われているらしい。目に魔力を溜めて、それが時属性の魔法だと確認する。

 どうやら、この小屋は混融湖の魔素で時を止められているらしい。

 どこかに魔法陣はないだろうかと小屋の周りを見て回り、屋根のところで魔法陣を見つけた。

「……解いても大丈夫だよな」

 この魔法陣を壊した瞬間から、この家は時を刻み始める。この中に何があるかは分からないが、この魔法を終わらせた瞬間に壊れるものでない事を祈ろう。


 物に対しての時間を止める魔法は、何度も図書館で見ていた。そして不意にこの場所にデジャブを覚える。

 ……あれ?ここって、もしかして、図書館があった場所じゃないだろうか?

 地名が違うし、地図も今のものとは違うため絶対とはいえない。目印の塔もなければ学校もまだないのだから。それでも何となくそうではないかと思った。

 オクトとコンユウとミウと俺を繋げた場所。


 コンユウならあえてそこを選ぶ可能性は高い。魔法陣に文字を書き加え、俺は小屋にかけられた時属性の魔法を停止させる。

 そしてもう一度入口の前へ行き、ドアノブをひねれば、今度はすんなりとドアが開いた。

 時属性の魔法を鍵替わりにするのは初めて見たが、時属性を持っている人物が少ない上に、その知識を持っている者がほぼいないことなどを考えると、確かに鍵よりも安全だろう。

 踏み入れた家の中は時間が止まっていた為か、埃っぽさなどはなかった。

 そしてテーブルの上に、再び手紙を見つける。……まさかまた別の場所へ行けと言う命令ではないだろうなと若干警戒をするのは、コンユウが凝り性だからだ。こだわり出すと、とことんまでこだわるので、可能性はなくはない。


 しかし置かれた手紙には、住所は書かれていなかった。

 ごめんから始まった手紙は、素直に話したりすることが苦手なコンユウにしては多弁に書かれていた。まるで、話したい事がとてもたくさんあるかのように。

 でもそうだよな。俺もそうなのだ。俺も、もう一度、彼らと話がしたい。

 読みながら、俺だってお前に言わなくちゃいけないことがたくさんあるんだぞと言いたくなる。

 そこに書かれたコンユウの言葉を読む限り、コンユウはどうやら混融湖を使い時を渡り歩いているらしい。俺がいるこの時代より前に流れ着いた時に、この手紙を残していったそうだ。

 紙は未来に流れ着いた時に仕入れているそうで……かなりやりたい放題しているなと思う。


 そして読み進めていき、その手紙の内容は、どうしてコンユウが時を渡り歩いているのかの部分に行きあたる。俺は読み進めていって、俺の知らない、ずっと先の話を知った。

 そしてそれが、コンユウの『助けて』の部分だと理解する。

「馬鹿だなぁ」

 コンユウはあの時間に戻ろうとしているのかと思ったがそうではなく、また何の罪悪感もなくオクトに剣を向けていたわけでもないのだと、その理由から推測できた。


 コンユウが自分の為ではなくオクトの為に時を変えようとしている。そして俺に助けを求めている。それはどうしようもなく悲しい事でもあり嬉しい事でもあった。

 彼は確かに俺と同じ気持ちで、あの時間を大切に思っていてくれたという事なのだから。

「言われなくても、協力するよ」

 でもその協力はコンユウとはまた別の方法でだ。

 俺はコンユウが見た未来を知らない。そしてそんな先の未来より、もっと手前の未来を変えたい。あの時間が大切だったのは、『オレ』だけではないのだと分かったから。

 俺の残りの時間を全てその時間を守るために費やそう。そしてきっと守り切る事ができれば、コンユウが書いた未来もまた変わるはずだ。


「なあ。コンユウ」

 『オレ』はね、オクトの事が好きだけど、あの時間そのものも好きだったんだ。だからコンユウが独りぼっちで時間を渡り歩くなんて未来も否定したいんだよ。

 まだ具体的な方法は分からない。でもこの時間をあの時間に繋げて、そして彼らを守り切って見せようと決意した。それが、俺がこの時代にいる理由だと信じて。

 これで、エスト視点の【ナナシな少年】は終了です。ここからエストの戦いが始まるという、プロローグ的な話でした。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。

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