ナナシな少年(3) (エスト視点)
「あれ? クロノスさんじゃん。部下まで連れてどうしたんだ?」
いつも通り、飄々とした様子で帰ってきたザキエルは、蔦でぐるぐるに巻いておいた男に対してそう声をかけた。
「やっぱり、ザキの知り合いか。いきなり剣を向けてきたから蔦で縛り上げておいたけど。……剣をいきなり向けて来る知り合いって何?」
「んー。何ていうか、まあ腐れ縁みたいなー」
全然答えになっていない。
ま、答えられたくもないけど。これは関わらない方が良い部類な気がする。既にオレ自身に色々問題を抱えているのだから、ザキエルの問題に首をつっこみたくはない。
「クロノスさんも、ナナシに喧嘩を売るなんてついてないよなぁ。というか、普通に魔法使いに喧嘩売ったらダメっしょ。ちゃんと、しばらくこの辺りでぷらぷら見て回ったら会いに行くつもりだったんだし」
「ザキエルが来るの待ってたら、いつまでかかるか分からんから捕えに来たんだ」
「……ザキ。とうとう捕まるのか。流石の詐欺師も年貢の納め時かぁ。懲役頑張って」
「なあ。ナナシって、基本愛想いいのに、俺に対して扱い酷くね?」
どう考えても、ザキエルに愛想よくして得する気がしないので仕方がない。というか、厄介事を毎度運んできては、普通に巻き込んでくれるので腹が立っているぐらいだ。
まあでも、いつまでも大人げなく腹を立てていても仕方がないかと、オレは立ち上がった。
「とりあえず、オレがいない方がいいなら、部屋をあけるけど」
その時は、荷物は持っていこう。重たいけれど、コイツに預けておく方が不安だ。
「いや。大丈夫だ。クロノスさんは俺に急ぎのようでもあったわけ? あ、ナナシは信用できるから別に気にしなくてもいいよ」
「勝手に信用するなよ」
オレとザキエルは思いっきり赤の他人だ。信用されるとか、そう言う深い関係には絶対なりたくない。
「ザキエル、実は先日ラシエル様が崩御されました」
「……えっ?」
だから、クロノスさんも喋るなといいたいところだが、聞こえてきた言葉にオレは一瞬固まった。ラシエル様が崩御って……ちょっと待て。
ラシエルはアールベロ国の現国王で、この時期はまだ生きていなければならないはずだ。もうすぐ起こるだろう戦争の時にだって、勇猛果敢に軍を率いたと文献で残っている。
「ラシエル様の病気の噂が流れ、アールベロ国を滅ぼすならば今だと、属州の中でも不穏な空気が出ています。これが知れたら、きっと戦争となるでしょう。しかしラシエル様がいなければ、軍の士気も落ちます」
「何が言いたい」
「ラシエル様……王座へお戻り下さい」
蔦でぐるぐる巻きにされた男はザキエルに頭を下げた。ザキエルをラシエルと呼んで。
「……ナナシ。クロノスさん達の蔦を解いてやってくれないか?」
「いいけど」
オレも斬りかかってこないのなら、別に縛り上げる必要はない。男たちを締め付けていた蔦は、魔法を解除したためボトリと地面に落ちた。
「クロノスさん。少しだけ整理させてくれ。明日には、ちゃんとそっちに行くから」
「……分かりました。お前ら、帰るぞ」
クロノスは共に来た部下を連れて部屋から出ていった。それを見届けたザキエルは、ムッとした表情のまま、地面に座って胡坐をかく。
何と声をかければいいのか分からず、オレは黙った。聞いてしまていい話には思えない。たぶん……オレが聞くべきではない内容だ。
「ナナシ。こういう場面なら少し位どう言う事だって聞いたり、オレを慰めてくれてもいいんじゃないか?」
「普通に嫌なんだけど」
沈黙が続いていると、ザキエルの方から恨めしそうな声で話しかけたれた。
「そう言う事言うなよ、兄弟。今日が俺の命日になるんだからさ。可哀想だと思うだろ。少しぐらい優しくしたってバチは当たらないと思わないか?」
「……状況を知らないのに可哀想だなんて言えないよ」
明るく振る舞っているが、ザキエルは、今日が自分の【命日】といった。今すぐ自殺なんてしそうにもないのに。
それはどういう意味なのか。
「俺の親父はこの国の王で、母親は平民なんだ。つまり、俺は庶子」
自分を指さし、ザキエルはへらっと笑う。オレは聞きたくないと言っているのに、ザキエルは言いたくて仕方がないらしい。
どうせ耳を塞いだって無理やり話してくるに違いないと思い、オレは諦めた。
「それで?」
「母親が病気になった時、父親が現れた。まあ、良くある話だよな。そして俺は、病弱なラシエルの【予備】となる代わりに母親の薬代を貰ったんだ。その後、母さんが元気になったかどうかも知らない。俺は貴族の息子として引き取られて、ラシエルの変わりがいつでもできるように色々仕込まれたというわけよ」
そう言えば、ラシエル王は幼少期病弱だったと書かれていた気がする。でも大人になってからは、武勲を上げ、【流血王】と呼ばれるほど、多くの戦争と勝利を導いた。
だから幼い時のオレはその話を読んだ時、今は病弱でもいつかは健康になれるのだと信じていた。実際は、オレの病気はアレルギーと呼ばれるものだとオクトのおかげで知り、大きくなったから元気になったというよりは、毒となるものに近づかない事で健康になれたという感じだけど。
「数年前に親父が死んで、ラシエルが王になって、俺は各国を回って情報を仕入れる役目を負った。ああ、これでようやく俺は俺の人生を歩めると思ったよ。でも人生上手くいかないものだな。結局、俺は最初の予定通り、ラシエルにならなくちゃいけない」
まるでオレに遺言でも残すかのように、自分の人生を語ったザキエルは深くため息をついた。
逃げたらと言おうとした言葉を、オレは彼らしくないため息を聞いた瞬間、口から出せなくなる。あの溜息は受け入れる為のものだ。そして、ザキエルが受け入れなければ、歴史が変わってしまう。
先ほど、ラシエルの崩御を待っている隣国があるとクロノスさんは言っていた。
そしてオレの記憶では、ラシエル王がいた事で、アールベロ国はこの波乱の時代を生き残れたのだ。だからラシエル王なしで時間を進めるわけにはいかない。そんな事をすれば、オレが産まれたあの時間には繋がらなくなってしまう。
「ラシエルと呼ばれても、お前はお前なんだろ?」
例え誰もザキエルと呼ばなくなっても。演じなければいけなくても。
「最初はラシエルをまねなくてはいけないかもしれないけれど、緩やかに地を出していけば、それはお前だし。そもそも、かなり迂闊な君が、まともに演技なんてできるわけがない。ちょっと、名前が変わるだけじゃないか」
「ナナシは、俺に容赦ないな」
「君に優しくしても、なにもいい事がないからね」
むしろつけあがるだけだ。
だからザキエルには優しくしない。例え、彼がラシエルと呼ばれるようになっても。
「なあ。ナナシはこの後何をするんだ?」
「何って……人探しだけど。たぶん、俺が帰る為の鍵を握っていると思うから」
「探しているのは何て名前なんだ?」
「クロワ」
時間が止まってしまうかと思ったが、何とか伝える事は出来た。自分の名前は伝えられないが、他人の名前は伝えられる……一体、どこでしゃべっていい内容と駄目な内容の線引きをしているのか。
この混融湖の呪いは良く分からない。
「なら、そのクロワが見つかるまでは、俺のところで働かないか? 勿論、ちゃんと給料も出るから――って、そんな嫌そうな顔をするなよ」
「だって、折角君と別れられると思ったのに、また君の尻拭いをしなければいけないかも思うと……こうなんだろう。オレの運のなさを神様に訴えたい気持ちになるよ」
どう考えても、ザキエルは厄介事しか運んでこないし。
「まあまあ。そう言うなって。その、クロワって奴を俺も探してやるからさ。ほら、俺、明日からは王様じゃん? 権力使いたい放題的な?」
「……君が王様になるしかないこの国の人達が可哀想になってきたよ」
「酷いな。俺は、意外に優秀なんだぞ」
そう言って、いい大人が頬を膨らませる。
可愛くないから。
ただ、クロワ館長が確実に表舞台に現れるのは、戦争でだ。その戦争には、ラシエル王も参加している。だとしたら、彼の申し出はオレ的にも悪い話ではない。
「なあ、頼むよ。俺を見捨てないでくれ」
……情けない顔だ。
でもそれぐらい切羽つまっているのだろう。
なあ。コンユウ。
お前も、オクトに剣を向けている時、こんな顔をしていたのか?
助けてとただその一言が言えなかっただけで。
「分かったよ。クロワが見つかるまでは、付き合ってあげるよ」
自分の望んだ人生を歩めないザキエルにコンユウが被って、オレは彼の提案を受け入れた。それがオレにとっても最善だと思って。




