ナナシな少年(2)(エスト視点)
ザキエルとしばらく一緒に旅をするようになって分かった事がある。
「ザキって、もしかして詐欺師?」
「……言うに事欠いて、雇い主を詐欺師ってなぁ」
「いや、そもそも雇い主っておかしいんだけど」
確かにザキエルと一緒に旅をし始めて、オレの立場はザキエルの護衛と荷物持ちという感じになっているが、ザキエルから給料はもらっていない。賞金首を役人に引き渡して役人から貰うか、倒した盗賊の根城からお金を失敬してその場をしのいでいる感じで、まったくもって雇い主らしい事をしてもらった記憶がなかった。
それにしても、背に腹は変えられないとはいえ、こんな生活オクトには流石に言えないなと思う。完璧に真っ当な人から大きくかけ離れている。
「俺はお前に恩があるから、雇い主でいいの」
「はいはい」
最初こそザキエルの方が年上だった上に、拾ってもらった恩がある為敬語を使っていたが、一緒に旅をしていくうちにそれは消えた。敬語というのは敬意を払える人に対して使うものであって、この無鉄砲、むちゃくちゃ、強運な腹黒に対して使うものではないと思った為である。
「とにかく無事に国境を超えれたな。あー、久々の母国だ」
そう言って、ザキエルはぐっと背中を逸らしてストレッチをする。
ドルン国へ移動した時は、転移魔法を使ったので、こんなに長旅になるとは思わなかった。実際歩いてみてアスタリスク魔術師は性格に難ありでも凄い魔術師だったんだなという事が分かる。とはいえ、この世界にはまだアスタリスク魔術師は生まれてはいないので助けを求めるわけにもいかない。
オレは町を見渡して、少し違和感を覚える。
何というか、翼族と人族ぐらいしかいない。しかも全員が樹属性なのか、緑や茶色の髪や瞳の持ち主ばかりだ。
アールベロ国の特徴は、多種族国家。……ここは本当にアールベロ国なんだよなと疑いたくなるが、オレに嘘をついたところで、ザキエルに良い事があるようにも思えない。だとすると、昔のアールベロ国はこんな感じだったのだろう。確か、元々は翼族が集まってできた小国だと文献で読んだ事がある。
「ナナシは何処か行くあてがあるのか?」
「いや、特には」
「じゃあ、王都までは付き合えよ」
王都か……。
この時代だとまだ、図書館もできていないはずだ。館長が参加した戦争が起こるまで後どれぐらいか分からないが、王都にいた方が何かと便利ではあるだろう。
「いいよ。オレも探したい人がいるから」
「あ、そうだ。王都についたらオレは、止めとけ。何というか、お前が使うといいところの坊ちゃんが無理して使ってるみたいで、絶対絡まれるから」
「……人の一人称に口出ししないでくれないかな」
悪かったな。
ライさんに憧れて、学校に入って早々にオレと言い始めた。その為、どうにも周りと少しイントネーションが違うのには自分自身気が付いてる。
「それに、一人称だけで絡まれるって、どんなけ治安が悪いんだよ」
「ここのところ、麦の値が上がってるらしいからな。そうしたら治安も悪くなるだろ」
「……なんでそんな事分かるのさ」
ここのところというけれど、ザキエルはずっとバウム国にいたし、その後は俺と一緒に旅をしていた。治安の悪さ何て知りえない気がする。
「ここに来るまでの間に、商人からちょこちょこっと聞いておいたんだ。今年のアールベロ国の麦のできは良くなかったらしいぞ。で、麦の出来が良くないと村が飢える。飢えた村人の一部は都市に仕事を求めてやって来る。すると、人が飽和状態になって、都市の仕事は足りなくなる。結果、治安が悪くなるんだよ。で、そんな場所にいいところ出っぽい坊ちゃんがいたら、絶対絡んで金品を奪おうとする。……魔法使いのお前に、絡んでいったら可哀想だろ」
「話は分かったけれど、最終的に可哀想なのが、オレじゃなくて、チンピラという方が納得できないんだけど」
「山賊を散々追い回しただろうが。可哀想に」
「誰がやらせたんだ」
人の所為にするな。
お金がないから、よし襲おうと計画を立てたのは全てザキエルだ。まあ、その話に乗ったオレもマズイかもしれないけれど。ザキエルにだけは言われたくない。
「冗談はそれぐらいにして、せめて【俺】って発音変えろ。微妙にイントネーションがおかしいんだ。あと、場合によっては【わし】もいいぞ。山沿いの村だとそう言う言葉遣いだから、そっちの出身者だと思われる」
「わしって、爺さんみたいじゃないか?」
「まあ、昔はそれが一般的だったしな。今は山沿いの村ぐらいだけどな。とりあえず、【俺】って言ってみろ」
「……なんかムカつくからいい」
イントネーションがおかしいって言われたって仕方がないじゃないか。
そう言って、オレは無視して歩いた。……それに、オレはできるだけ早く元の時間に戻るのだ。この時間の世界に馴染む気はない。
「おいおい、兄弟。置いていくなよ」
俺がスタスタと歩いていくと、ザキエルは慌てたように追いかけてきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
今日は休日か何かなのだろうか。
町は人であふれていた。時間帯的には昼間なのだが、働いている様子がない人と何度かすれ違った。
路上で風呂敷を敷いて売っている人も多いし、子供が花を売っていたりもする。確かに、人が飽和状態で、貧困層ができていそうだ。
「とりあえず子供とはいえ、アイツらはスリの名人だったりする。さらにあげると言っておいて、普通の3倍の値段で売ったりするからな。絶対買うなよ」
「……一つ意見を言ってもいいかな?」
「何だ? 俺は寛大だからな。何でも聞くぞ」
「お前が言うな」
花を頭にプスプスさしながら隣を歩く脳内お花畑男は、既に何人もの子供に金をせびられ、スリにあいそうになり、待ち行くチンピラに喧嘩を売ったりと碌な事をしていない。
今言った気を付けなければいけないという話は、全て本人の経験に基づく話だったりする。それをすべて助けさせられたこっちの身になって欲しいところだ。
うかつと言いたいが、ワザとという可能性も捨てられない。
「ははは。そういう日もあるさ。にしても、ナナシともこれでお別れと思うと寂しいものだな」
「自分はせいせいするけどね」
「何だ。ツンデレか?」
「いや、本心だよ。安心して」
ツンデレは、オレの友人だけで十分だ。
彼と別れられて良かったと、心の底から思える。彼は悪いヒトではないかもしれないが、良いヒトでもない。底知れない部分がある。
彼を分かったと思うのは危険だ。たぶん長く一緒には居ない方が良い。
「とりあえず、今日泊まる場所は同じでいいよな。そこから、各々自分の向かうべき場所に行こうじゃないか」
「いいよ」
これからオレは館長を探さなければ行けないので、どこかを拠点にしなければならない。中々館長を見つけられなかった場合、戦争に参加することも視野に含めた方がいいだろう。
どちらにしろ、この時代の情報収集は必要だ。年号は一応頭に入っているが、何月何日に開戦したのかなどは俺も知らない。
それに独自でも帰り方を考えるべきだろう。時を渡ってしまったなら、同じように時を渡るしかない。幸か不幸か、今のオレは時属性を持ち合わせている。しかもどうやらこの時属性というのは、混融湖から間借りしているというのが正しいのかもしれない状態で、どれだけ使っても、オレの魔力が目減りした感じがしない。
なので、この属性の魔法を使えるように練習が必要だ。コンユウが練習しているのは隣でよく見ていたので、同じようにやればオレもなんとか使いこなせるようになるだろう。
それから、今後生活をする上で、お金も必要だ。ある程度はここに来るための道で集めたが、このまましばらく滞在するとなると、どうしても必要になってくる。
だとすれば一時的な仕事も探さないといけない。
ザキエルの話だと、仕事が中々見つからない可能性もあるから、明日からまずは求人を探すべきだろう。魔法を使う護衛などが一番向いていると思うけれど、何かないだろうか。ライさんと一緒に武道も習っているので、ある程度は自信がある。
「えっ?!マジで、そんなに高いのかよ」
しばらく町を歩いて、今日の宿を選んで入ったのだが、そこで今までにないような金額を提示された。法外とまでは言わないが、普通ならそれぐらいのお金を払えば、かなりいい宿に泊まれるだろう金額だ。
「嫌なら別のところを探しておくれ。この時期の野宿は、綺麗な氷像を作るだろうがね」
「ちぇっ。足元見やがって。分かったよ。その代わり、朝晩食事をつけろ」
「よし。それで手を打とうじゃないか」
先払い制なので、ザキエルは言われた金額を置き、鍵を受け取った。……一泊でこの金額だとすると、明日は別の泊まる場所も考えた方がいいかもしれない。あればだけど。
荷物をもって、オレはザキエルの後ろに続き部屋に入った。
ベッドが2つだけ置いてある、本当に簡易の場所だ。これであの値段……。都市から離れたいが、そうもいかない事情が辛い。
「さてと。俺はこれから出かけるが、ナナシはどうする?」
「オレは少し整理しておきたいことがあるから、ここに居るよ」
「ふーん。じゃあ、またな」
そう言って、荷物を部屋に置いてザキエルは出ていった。
金品の類の大半はこの部屋に置いっていた荷物の中にあるので、とりあえずザキエルがスリにあおうが、詐欺にあおうが問題はない。……でも、俺が荷物をもって逃げるとか疑わないのだろうか?
自分で言うのもなんだけど、記憶がない魔法使いなんて、かなり怪しいと思う。本当にワケが分からない男だ。
久々に一人になると、心の底にしまいこんであった不安が滲み出ててきた。その為、オレは深くため息をつく。
「本当にどうしよう」
もちろん元の時代に戻るのは当たり前だ。
今考えているのは、このまま戻っても、コンユウやオクト、それにミウと楽しく過ごしていた時間には戻れない事に対してだ。
コンユウがオクトの命を狙い、アスタリスク魔術師がコンユウに刺され、さらにコンユウが混融湖に落ちた。この出来事がある限り、元には戻らない。何がいけななかったのか。
どこを間違えてしまったのか。
分からないけれど、あの結果は、決してオレが求めたものではない。
何故、コンユウはオクトの命を狙うことになってしまったのだろうか。もちろんコンユウが混ぜモノを嫌っているのは知っている。それの所為で、オクトのことも最初は嫌っていたはずだ。
でも序々にオクトとコンユウの仲は狭まっていたように思う。オクトはコンユウに対しては何でもずかずかものを言えていたし、コンユウもオクトのことは認めていた。……オレが焦るぐらいに。
そう。オレは焦っていた。オレはオクトの事が好きだったから。
オクトは成長が遅いエルフ族の血が混じっていて、本当ならまだ恋愛とかは早い。それは十分分かっている。そもそも引っ込み思案で、人と関わるのが苦手なオクトだから、そいういう感情を向けられても困惑してしまうのも分かっていた。それでも、オレは彼女に気持ちをぶつけた。
それはオレに自信がなかったから。
オクトの周りにいる人物は全てがオレとは違いすごい人ばかりだった。
魔術師として恐ろしく優秀なアスタリスク魔術師、将来有望な第二王子であるカミュエル先輩、武道の達人のライさん、オクトと同じようにどんどん飛び級をしてしまう天才少年のコンユウ。誰もがオレにはないものを持っていて、オクトがまだ誰か一人を選ぶ前にと焦って告白してしまった。
きっとコンユウはオレがオクトの事を好きだと知って、オクトに惹かれても線引きしたのだと思う。それ以上好きにならないように。
もしもオレが違う選択をしていたらどうなっただろう。
コンユウがオクトに剣を向ける未来は訪れなかったのだろうか――。
考え事をしていると、唐突に、ドアがノックされた。
ザキエルが戻ってきたのだろうか。それにしては、早い気がするが……。
「どうぞ。空いてるけど?」
そう言いながら、オレは立ち上がる。一応念の為に剣を持った。
ドアをノックする強盗は少ないとは思うが、いないとは言えない。
ガチャと音を立てて開かれたドアの先には、軍人のような服を着た男達がいた。そして、剣を向けられる。
「こちらにザキエルはいるだろうか?」
……また、アイツかっ。
オレは、最後の最後まで迷惑をかけてくれる旅仲間に対して、ちょっと一度死んで詫びろと、今までだったら絶対言わないような悪態を心の中でついた。




