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ナナシな少年(1)(エスト視点)

 混融湖の事件後のエスト視点の話です。

 どうして、オレはここに居るのだろう。


 呆然としていられる時間はもう過ぎてしまい、混融湖で流れ着いた時に負った怪我も治ってしまった。だから、もう次の段階へ進まなくてはいけない。

 分かっている。

 元の場所へ帰る為の方法を調べなければいけないのだ。

 でも、帰ってどうする?

 オレが混融湖の中に落ちた日を思い出すと、怒りや悲しみや色んなものをとにかく胸に入れられたようなざわめきで、思考が停止しがちになる。


 あの日オレはドルン国と呼ばれる国へ、親友であるオクトとコンユウと遊びに来ていた。

 アールベロ国にはない、ドルン国の土産屋をオクトと一緒に回ったりして、楽しかった……。全てはそういう、楽しい思い出になるはずだった。

 事前に、ライさんに気を付けろと言われていたことも忘れて。

 そして楽しい旅行は突然急変した。いや、もしかしたら、じわりじわりと全てはゆっくりと動いていたけれど、オレが気が付かなかっただけかもしれない。

 変調は確かにあったのだ。コンユウの様子はおかしかったし、そもそも唐突な外国への旅行にも違和感を感じるべきだった。

 今から推測すると、あれはオクトを囮として、反王家の魔法使いをあぶりだそうとする旅行だったのだろう。そして、オレ達の中に裏切り者がいた。……それがコンユウだっただなんて思いたくないけれど、オクトに剣を向けていた時点で、オレの思い過ごしにはできない。そして、オレは親友の裏切りに気が付けなかった清算をする為コンユウともみ合いになり一緒に混融湖の中へ落ちたのだ。


 そして俺だけが、混融湖から流れ着いた。混融湖に落ちれば浮かぶことができないとされる。だから、オレはとても幸運だったのだろう。でも、流れ着いた場所は、オレが知っている場所ではなかった。

 位置的にはドルン国で間違いないと思う。でも国名は、バウム国。……ドルン国が生まれる前にあった国名で、既に存在しない滅びた国でもある。

 バウム国があった時代、それは小さな国がいくつもあり、戦国時代とも呼ばれるほど新しい国ができては消えを繰り返す激動の時代でもあった。そしてそれは、オレが生まれた時間よりずっと前、1000年とは言わなくても、900年ぐらいは昔のできごとだ。オレも本の中でしか知らない時代の話。

 最初は全然状況が理解できなかった。でも怪我を治す為の時間は、オレに状況を理解させ仮説を立てさせるには十分な長さがあった。

 どうやら、混融湖というのは、湖の中の時間がぐちゃぐちゃになっている異常な状態の様だ。だから、一度落ちたら浮かばない。中に入ったら最後、別の時間に強制的に移動させられてしまうのだ。予想では、コンユウも別の時間軸に移動したのではないかと思う。

 ただどうしてそれを誰も知らないのか。その理由も、身をもって体験した。混融湖の中をくぐると、今までの過去の事を他人に伝えられなくなるのだ。伝えようとすれば時間が止まる。【時】属性の魔力が、強制的に身に付き、その代りその魔力、または魔素と思われるものが勝手に時魔法を発動させる。

 たぶん時属性を持つヒトは同じような体験をして身に着けたのだろう。となると、オレはこの珍しい体験をした事のある人物を偶然にも3人は知っているという事になる。

 オクトとコンユウ、そして図書館の館長だ。

 オクトと出会ったのは、彼女が5歳の時。だから彼女は渡った事すら知らないぐらい幼いころに体験したのかもしれない。コンユウは魔法使いに幼いころに拾われたと言っていたので、きっと流された先の時間でそのまま生活をしていたのだろう。残るは館長だか……彼は元の時間に戻れたのだろうか。

 それとも戻れないまま、その場で長い時を過ごしたのだろうか。分からない。


「オレは……戻りたい」

 色々考えて、最終的にそう決心した。帰ろう。帰る為の方法を真剣に探そうと。

 もうあの、楽しかっただけの時間は戻らないかもしれないけれど。

 でもオクトは優しいからきっとオレや、オレだけではなく自分を襲ったコンユウの事も心配して、自分の所為だと考えているだろう。だとしたら、オレは帰らなくてはいけない。昔自分の命を救ってくれた好きな女の子に自分の所為で悲しい顔をさせたくない。それに俺自身もう一度会いたい。それだけじゃなく、オレには姉さんの事だってある。姉さんにはもうオレしか身寄りがないのだ。

 この時間で、混融湖の事を知っていそうで、且つ生きているのは館長だ。

 その館長が時属性をすでに持っていれば、そこから彼の意見を聞く事できるだろうし、もしも持っていなければ、彼は元の時代に戻ってきたという事になる。館長がこの時代にすでにいるのは間違いない。もう少しすれば、まだ小国であったアールベロ国が、隣国のというか1つの武装集落と衝突し戦争が開始される。その戦争に館長は参戦していたという伝記が残っていた。

 とにかくそこへ行けば館長には会えるのだ。

 そこからまた、どうしていくか考えればいい。


「おおっ。起きてたか。調子はどうだ?」

「ザキエルさん。おはようございます。調子は、だいぶんといいです」

「そりゃ良かった」

 突然ドアが開いたかと思うと、黄緑色の髪と瞳をした青年が入ってきた。髪と瞳の色の所為で、カミュエル先輩に似ているようだが、雰囲気はだいぶんと違う。何というか、カミュエル先輩より荒々しいような喋り方だからだと思う。でも食事をする時とか、ところどころ小さな動きが洗練されているような気もするので、何だかアンバランスなイメージが強い。

 そしてそんな彼がオレを助けてくれたヒトだった。

 偶然混融湖の近くを散歩していた時に偶然流れ着いたオレを見つけてくれたらしい。

「それでナナシ。記憶の方は戻ったのか?」

「いいえ。実はまだ……でも、アールベロ国という国名に覚えがあるので、そこへ向かってみようと思います」

 過去の事が喋られなくなった為、オレは最終的に記憶が思い出せないという事にした。どう頑張っても伝えられないので、そう言うしかなかったのだ。きっとこれまでに流れ着いた事がある人も、そうやって言っていたのだろう。だから、誰も混融湖の中の時間が狂っているだなんて知らない。

 そしてそんな、自分の名前すら言えないオレを、ザキエルさんは仮で【ナナシ】と呼んだ。意味は名前がないというものだそうで、遠い異国の地の言葉らしい。


「おっ。お前もアールベロ国の人間だったのかぁ。そうだよな。何となく、そんな気がしてたんだよ。俺も、そこの出身なんだ。折角だし俺もそろそろ戻るから、一緒に来いよ」

「えっと……そこまで迷惑は……」

 すでに彼には助けられてしまい、恩があった。流石にこのまま甘え続けるのは気が引ける。

「ばーか。勿論一緒に行く限り、ナナシにはきっちり働いてもらうさ。俺もそこまでお人よしじゃないんでね。ナナシって、魔法が使えるだろ? だから俺の護衛兼、荷物持ちって事で」

「……オレが魔法を使える事良く知ってましたね」

「いやー、倒れてるお前のポケットあさったらさ、魔法陣が書かれた紙が出てきたんだよな。かなり複雑な物だったからたぶん魔法使いなんだろうなって。というわけで、恩を売って、俺の為に少し働いてもらおうと思った次第よ」

 ……案外このヒトカミュエル先輩寄りかもしれない。

 目ざといというか、用意周到というか。

「記憶は失っているけど、日常動作には問題ないし、その様子だと魔法もちゃんと使えるみたいだな」

 そして本当にヒトを観察している。今、魔法を使えることをばらしたのは俺の方だけど……その流れを作ったのはザキエルさんだ。

「オレがどういう素性の人間か分からないのに、よくそんな賭けみたいなことしますね」

「この国にいる限り、俺にとっては全員素性を知らない人間だからなぁ。さっきも言った通り、俺はアールベロ出身だからさ。まあ、同郷のよしみって事で、俺に付き合えよ。行先も一緒なんだしな?」

「嫌ですと言ったら?」

「ここの、役人に引き渡すだけだ。俺は、一応、この国の身分証を持っている。でもお前は持っていない。まあ魔法使いと言えば、命は取られずに、ここで働かされるだけだと思うけど。さあ、この国で買われるように働くか、俺と一緒にアールベロ国まで行って晴れて自由の身になるかどうする?」

 カミュエル先輩寄りどころじゃない。全く同じというか、それより更に用意周到な上に、厄介そうだ。運に頼りつつ、策も練る。この人のアンバランスな雰囲気そのままの性格だ。

  

「……道中の警護って、ザキエルさんはそんなに周りから命を狙われてるんですか?」

「おう。山ほどな。それにここら辺も結構物騒なんだよ。国が荒れるから、人も荒れる。最近は山賊が多くて困る。まあ根城潰して、金は強奪しやすいからいいんだけどな」

 ……なるほど。それでいっぱい恨みを買って命狙われてると。

 大丈夫だろうか、この人。でもこの時代の常識を知っている今のオレの知り合いはザキエルさんだけだ。

「分かりました。護衛と荷物持ちをやります」

 ここで躊躇した所で、オレもアールベロ国へ戻る方法をどうにか考えなければいけないのだ。彼についていけば、確実にそこまではたどり着ける。詳しい地図を貰い、行動範囲を広げていけば、転移魔法も使えるようになるので、逃げ出すことも可能だ。

 ここに滞在していて気が付いたのだけど、この国を含め、世界が過去になった分、魔法が俺が知っているものより全て簡易だ。彼に裏切られても、どうにかなるとは思う。

「ならよろしくな、ナナシ」

 そう言って、ザキエルは手を差し出した。


 オレはどんなことをしても、もう一度オクトに会わないといけないのだ。だから、オレも負けないように笑い、油断ならない相手の握手を受け入れた。

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