秘密な取引(カミュ視点)
本編終了後の、カミュ視点の話です。
「ご無理を言ってすみません」
僕は目の前の女性に頭を下げた。アールベロ国の第二王子である僕は立場上あまりむやみに頭を下げる事ができない。しかしこの女性に対してだけは特に気にする必要もない。
何故ならば、政治に関与をする事はないが、この国の国王よりも立場は上なのだから。
「別にいいのよ。可愛いカミュちゃんのお願いごとだもの。それにこれはお願い事というよりも、取引と言った方が正しいのだし」
ふんわりとウエーブのかかった髪と同じように、ふんわりとした雰囲気をした女性は緑の瞳を柔和に緩める。まるで子供でも見るかのように。
「それにしても、神と取引をしようとか、相変わらず貴方の家系は心臓が強いというか……」
「ええ。貴方と同じ血筋ですから、樹を司る神、【葉月様】」
ニコリと僕が笑えば、葉月様もニコリと微笑み返した。
「流石カミュちゃん。よくそこまで調べたわね」
「僕にも譲れないものがありましたので。王族のみが入れる書庫をひっくり返して文献を探しましたよ。貴方も僕が探すと分かって、オクトさんの置かれた状況をわざわざ説明して下さったのでしょう?」
「説明? あら? 自分で調べ上げたとは思わないのね」
「ええ。僕は貴方が上手く配置して下さったものを読み取っただけだと思います」
僕は誰よりもいち早く、オクトさんの状況を知った。
精霊魔法について調べていくうちに、混融湖のことへ行きあたり、神について調べる事となり、オクトさんが向かう先がどこなのかを理解したのだ。しかしあまりに順調すぎて何となく仕組まれたものを感じた。
そして最終的に僕が頼る場所を考えて、これは正しく仕組まれた情報であったのだと確信した。
「それに気が付いたのも凄し、その上で力を借りようとするカミュちゃんは、本当に空恐ろしい子ね」
「買いかぶりすぎですよ。僕の考え方は、どうやら貴方と似通っているようなので、気が付けただけですから」
この神はとても僕と似ている。
目的の為なら、様々なものを犠牲にできる所も、ああ血族なのだなと思う。そして自分の中で最優先にしている事柄がアールベロ国ではないところも。
それなりに国の事は気にかけているけれど、たぶん最後にそれを選びはしないだろう。ただし一番大切なものも選べず、いい落としどころを考える。
「貴方は初めから、神となる為に生まれた僕の曽祖父の妹ですね」
「ええ、そうよ。だから、私は国ではなく神を選び、その為ならば血族に血も涙もない選択を向けるの」
葉月様は、最初から神となる為に混ぜモノとして生まれた子だ。それは葉月様の前任者であった神と、僕の曽祖父の父が結んだ取引によって決められた。
この国にある、魔法学校。
どの大地からでも学びに来れるという、この世界ではかなり珍しい成り立ち。普通ならば、大地ごとの移動は旅芸人か商人だけしか許されていないに、その理を無視した場所。この学校があるから、アールベロ国は繁栄してこれた。逆に言えば、たぶんこの制度がなければとうの昔に滅んでいた地域だろう。
そして魔法学校の設立の許しを貰う為に、僕の先祖は樹の神と取引をした。
そろそろ代替わりを迎える樹の神に対して、後継者となり得る者をつくる代わりに目を瞑れと。
そして同じことを僕は再びこの神と取引した。
僕の子孫に混ぜモノを残し、1人は必ず神とする事を。
「血も涙もないことはないと思いますよ。死ねと言っているわけではないのだし。神となるかならないかの選択はできないけれど、王になるかならないかの選択だってできないのだから。王族に生まれた限り、自由なんてそもそもないと思います」
「まあ、それもそうね。神になるか、王族として鎖に繋がれるかだものね。私がいうのもなんだけど、神として生きるのも悪くはない人生だわ」
「それに少なくとも、神になった子は神となることを選んだオクトさんと同じ時を生きることになるでしょう。むしろ憎たらしいぐらいです。きっと僕はいじめてしまうでしょうね」
僕の子孫ならさぞかし性格もいい具合に歪んでそうだし。
血筋の問題なのか、代々性格が歪んだ中で育てられるから、似通った性格となってしまうのかは分からないけれど。でも素直でまっすぐな子が生まれるとはどうしても思えない。
「あら。生まれる前からカミュちゃんに嫌われるだなんて災難ね。でも、安心していいわよ。そうやって言っても、結構子供というものは可愛くて、歴代の王族も皆、すごく分かりにくい愛情を注いできているから」
「……注いでたんですか。アレで」
自分の父親を思い返し、注がれていたことに少しだけ驚く。
義務的に子供を作ったので、義務的に最低限の面倒を見ているのだとばかり思っていた。
「アレでもよ。カミュちゃんのお兄ちゃんのサリーちゃんもカミュちゃんの事を可愛がっていると思うわ」
「アレでですか」
同じ言葉になってしまい、ひねりもないが、心の底からの言葉だ。あれだけ僕のことを押さえつけて色々いびっておいて、愛情を注いでいるとか……あまり信じたくはないというか、自分も将来アレかと思うと少しばかり憂鬱になる。
しかし、あの兄をちゃんづけで呼べるような人なのだ。まったくの嘘とも思えない。
「ほら、サリーちゃん、自分に歯向かうものに対して容赦できないでしょ? だから、反抗心を起こさないようにって。こういうのを何というのだったかしら? えっと、鉄は熱いうちに打て? 三つ子の魂百まで?」
兄が打ちすぎで心がポッキリ折れて、かなり自分でも歪んだ性格になってしまったと思うのだけど。その辺どうなのだろう。
できれば葉月様の勘違いであって欲しい。僕の性格が兄と同じような攻撃型だった場合、ただの兄弟同士の血塗られた歴史が刻まれただけだろう。アレが愛情とか歪すぎる。
「もしも本当にあれが愛情というならば、自分で言うのもなんですが、かなり頭がおかしい一族ですね」
「ええ。私もそう思うわ」
自分の曽祖父の妹にも肯定される一族って、どうなんだろう。
「やだわ。そんな顔しないでちょうだい。性格が悪くて、頭のネジが一本や二本抜けている方が、王族としては向いているのよ?」
とてつもなく、嫌な肯定方法だなと思う。
全く持って、褒められている気がしない。
「まあ、僕も性格が悪くて良かったとは思いますけど。……少しお聞きしたいのですが、どれぐらいの間に、新しい神候補が必要なんですか? それとどの属性が必要です?」
これ以上身内の馬鹿自慢をしても仕方がない。
葉月様は代替わりするには、まだまだ元気だ。となれば、樹属性以外ではないだろうか。
自分は純粋な樹属性である為、もしも樹の神以外であるならば、そういう血をとりこまなければならない。
「私はまだ大丈夫よ。たぶん最初に代替わりをむかえるのは地の神だと思うわ。次が私。その次が火の神だけど、フミヅキ君もまだ大丈夫そうなのよね」
「地ですか……」
地の大地は遠いため、この国でも比較的数が少ない属性だ。自分が知っている地の属性の人物は、ヘキサグラム先生だけ。
ヘキサグラム先生はつい最近アリス先輩と結婚をされたがまだ子供はいない。……僕は比較的魔力が高いので老化は遅いが、ヘキサグラム先生の子供も魔力が高い可能性は十分ある。伯爵なので身分的には問題がないが――。
「あ、でも。多くの属性が混ざっている場合は、案外ゴリ押しで別の属性を加える事もできるのよ? 例えばオクトちゃんみたいに」
「そうなんですね」
確かにすでになくなった属性である【時】を持っているというのは、無理やり新しく追加したという事だろう。それにオクトさんは【樹】の属性も持っている。確かに属性を新しく加えるというのは、やってやれないものでもないらしい。
「あら、つまらない反応ね」
「そうですか? 僕はつまらない男ですので。新しくいい情報をありがとうございます」
「それだけなの?」
「ええ。それだけですよ」
葉月様が何が言いたいのかは分かるが、僕は答える気はない。
引きこもりで面倒くさがりで、その実彼女の性格の方がよっぽど面倒な子が、こんなややこしい事を知ったとする。その結果は、不幸になるだけだ。誰も幸せにはしない。
だからこの取引は、永遠に表舞台には出る必要はない話だ。彼女が僕の我儘に巻き込まれる必要はない。
「僕は性格が悪いので、最期まで騙し続けるだけです」
だから内緒にしておいて下さいねといい、人差し指を唇に当てた。




