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些細な仕返し1【ブログ転載】(カミュ視点)

 カミュ視点で、意地っ張りな少年の懺悔の裏話です。

 時間軸は、本編終了後となり、もしもオクトが本編で神様になったらな世界のお話です。

 カミュが黒く、コンユウが可哀想な話となっています。この話はもう1話続きます。

 混融湖に少年が流れ着いたと連絡をもらったのは、いつもと変わらない平凡な日だった。

「だからさ。黒髪で紫色の瞳で、たぶん魔族なんだって。怪我はないみたいだけど、一応俺の家で休んでもらうから。それでいいだろ?」

「うん。連絡ご苦労様。ひと段落したら向かわせてもらうよ」

 僕は代々異界屋を営む、猫型の獣人族の青年からの電話連絡を切ると、深くため息をついた。


 黒髪。紫の瞳。そして魔族。そんな少年を僕は知っていた。ただし、僕が知っているヒトが少年だったのは100年前。いくら長生きの魔族だとしても、今も少年だなんてことは普通に考えてあり得ない。それでもたぶん、流れ着いたのは僕が想像するヒトであり、僕の最愛の少女の待ち人でもあるだろうと思った。

 今更。

 そんな言葉が思い浮かぶと同時に、今だからかとも思う。

「カミュ、仕事?」

 気づかわしげに声をかけてきたのは、ウサギのぬいぐるみだった。僕自身、魔法が発達した国の生まれだが、人形が歩きましてや話すなんて、頭がどうにかなってしまったのではないかと思うような現象だ。しかし僕にとっては既になじみ深い現象であり、今は特に驚くようなものでもなっている。

「そんな所かな」

 なので僕は人形に対して穏やかに返事をした。

 すると人形は腕組みをして、考え込んでいるようなポーズを取る。残念なことに表情までは変わらない。それでもジェスチャーで困っているような空気が伝わり、器用に人形を動かすものだと苦笑する。

 そんな無駄に良く動く人形を動かしている根源は、闇属性の魔法。喉があるのか分からない人形から出す声に関しては風属性の魔法だ。魔法について知っていればできなくはない魔法。でも普通はこんな風に魔法を使い続ければ魔力が枯渇してしまう。

 それができるのは、人形を動かしているヒトが、規格外の魔力の持ち主である証拠でもあった。

「もう年なんだから、無理はしない方がいいと思う。もちろん、カミュが必要とされてるのはわかるけど」

「そうだねぇ。本当ならもう、僕は隠居している事になっているんだけどね」

 年だからと言われると、そんなことないと言い返したくなるが、実際僕はかなり年を取った。人形を動かしている本人--オクトさんが心配する程度には。


「僕の孫たちが不甲斐ないからねぇ。息子や娘は性格が歪んでいるし。全く、誰に似たんだか」

「いや……皆、カミュによく似ていると思うけど」

 人形はついっと顔を背けるようなポーズを取る。本当に、無駄によく動く人形だ。まあオクトさんが分かりやすい素直な性格だからというのもあるけれど。

「そうだねぇ。まあ僕に似ている部分もあるとは思うよ。でも僕ならもう少しうまく立ち回るかな。色々、本当にまだまだだね」

 とりあえず、僕の子供も孫も、オクトさんを気に入っている。その愛情表現はまちまちだが、まあ確実に僕の血を引き継いでいるなと思う程度には強かだ。

「さすが腹黒」

「お褒めの言葉としてもらっておくよ」

 オクトさんの嫌味に、シレッと笑顔で返しておく。僕も自分自身が真っ白なヒトだとは思っていない。そして、そんなヒトになりたいとも思っていない。それでは何も守ることができないのだから。

「でも……無理はしない方がいい。憎まれっ子世に憚るというけれど、限度はある」

 オクトさんは冗談めいて言っているが、それが心の底からの叫びだと分からないほど僕の幼馴染歴は短くない。それほど長く、そしてずっと見守ってきたのだから。

 オクトさんは僕もまた彼女を置いていくだろうという事を分かっていると同時に、その時が来るのを怖がっていた。


 オクトさんが神になる事を選んだのは、ざっと100年ほど前だ。ホンニ帝国に行った際、彼女は1人でその道を選んでしまった。

 その後、オクトさんが意識だけでも動けるようになる前に、魔族特有の病気を患ったアスタリスク魔術師が他界した。そしてライが戦死。ミウは長生きをしたが、少し前に老衰。魔力を持たないアユムも同様だ。

 着実に、彼女の周りからは、彼女がまだヒトと呼ばれる枠組みにいた時の知り合いが数を減らしている。

 僕はもうしばらく生きられるが、彼女の人生に最後まで寄り添う事は不可能だろう。

「大丈夫。自分の限界はちゃんと知っているから。オクトさんと違って、適度に手を抜いているよ。それより、そろそろ眠らないと、また長く眠ることになってしまうんじゃないかな」

「……うっ」

 神となったオクトさんは肉体に合わせて眠るという事がなくなった。その代わり、定期的に意識的に眠るという作業をする。そうしないと、眠らなかった時間はすべてが合わさりされて、長期的に意識を眠らせることになってしまうのだ。今のところ、少し無茶をしたオクトさんが、5年ほど眠り続けたのを、僕は経験している。

 あの時は、もしかしたらもう意識を起こす事もできないのではないかと心配したものだ。

「大丈夫、オクトさんが次に起きる時も、ちゃんとここにいるから」

「別に私は添い寝してもらわないといけない幼子ではないのだけど」

「無理しすぎて倒れるヒトは、幼子より性質が悪いよ」

「……分かってる」

 ウサギの人形は肩をすくめるようなポーズをすると、てくてくと歩き棚の上によじ登った。ちょうど、棚の上が人形の置場だ。

「カミュお休み」

「お休み、オクトさん」

 あと何回この言葉をかけてあげられるか分からない。それでも彼女が寂しくないようにできる限りそばに居てあげたいと思う。

 たぶん僕が死んだ後は孫の誰かがこの場所に居座るのだろうけれど、せめてここに居られる間は。

「さて、仕事をしに行こうかな」

 ぽてっと倒れた人形を確認して、僕は部屋の外へ出た。







◇◆◇◆◇◆◇







「やあ、よく来たね」

 混融湖を囲う柵にもたれかかる様にして、時の神殿を眺める人物に僕は声をかけた。

 少年はその声で僕の存在に気が付いたようで、はじかれたように振り返る。そして不機嫌そうに口をへの字にした。

「カミュエル先輩が来いと言ってんでしょうが」

「そうだったね」

 そういえば、彼は別に不機嫌でもなんでもなく、誰に対してもそういう表情をする子だったなと思い返す。少年はあの時……僕がまだ愚かしい子供だった時と変わらない姿をしていて、懐かしく感じる。

 混融湖での惨劇が起こった時、彼が魔法使いと繋がり情報を流していたと気が付いていればと思わなくもないけれど、後悔したり恨んだりする時間はずっと昔に過ぎ去ってしまっていた。今はただ、若い姿でこの時間にいる彼が羨ましいと同時に憎らしい。魔族であるコンユウは、きっと僕よりもずっと長くオクトさんと居られるだろう。


 そう。混融湖に流れ着いた少年は、まぎれもなく、オクトさんのクラスメイトであり一緒に図書館で働いていた同僚であったコンユウだった。

 そしてオクトさんの情報を反王家側の魔法使いに流したヒトであり、そんな反王家側からオクトさんを守ろうとしたヒトでもある。相反する二つの事をしようとして、彼は混融湖に落ち、そして僕らの前から消えた。そしてこの時間に唐突に表れたという事は、僕が考えていた通り混融湖は、違う時間へとつながっていたという事だろう。

 生きたまま流れ着くことができたモノと、そうではないモノの差がどこから生まれるのかは分からない。でも確かに彼はここにいる。

「コンユウが現れるのずっと待っていたからね。会えて嬉しいよ」

「……待っていたんですか?」

 訝しんでいる彼を見ると笑えてくる。

 彼は僕が自分を恨んでいると思っているのだろう。それなのに待っていたなんておかしいと。

 事実、僕は彼の存在を待ってはいなかった。できれば二度と現れないで欲しかった。彼は過去であり、彼が居なくなってからとても長い時間が経っていたから。

 今更現れて、オクトさんの心を揺さぶらないで欲しい。偽りでもいいから、少しでも穏やかな時の中に居させてあげたいから。彼女は十分傷つき、これからもその傷を増やしていく。そして傷が癒しきれなくなって、立ち上がれなくなり、世界から見捨てられた時、ようやくその命を終えるのだ。やさしい彼女はそれも仕方がないと受け入れるだろうけれど、それは僕にとってはとても残酷なことに思えてならなかった。

「僕じゃなくて、オクトさんがね。ずっと君とエストの事を心配して、気に病んでいたよ。僕としては、どうしてそこまで君たちに……特に君にこだわるのか分からなかったけれどね」

「オクトがですか……」

 それでもオクトさんは、コンユウに会いたがっていた。

 むしろ彼の為に、神となる選択をしたといってもいい。本当に腹の立つ子供だ。彼女の中に消せない傷をつくって彼女に思われ続けているのだから。


「そう。君のせいで育て親を失い、独りで生きなければならなかったにも関わらず、オクトさんはずっと君達に対して罪を償いたいと思っていたようでね」

 だから、少しだけ意地悪をする。

 コンユウの所為で、アスタリスク魔術師が一時的にオクトさんの事を忘れて、彼女が育て親を失ったのは確かだから。

 まあ今の自分の言い回しだと、コンユウがアスタリスク魔術師を殺してしまったのだと思い込むだろうけれど。実際、あの場でオクトさんが精霊と契約しなければ、アスタリスク魔術師は死んでいた。少しぐらい、罪悪感に悩むといい。

「アイツに罪なんてありません」

 反射的にコンユウがそう反論してきて、少しだけ見直す。

 自分は悪くないとか、自分を庇護する言葉を吐くかと思っていた。少しはマトモな感性を持っていたようだ。


「それでも、オクトさんはそう思っていたから」

「なんで――」

「分かってるだろう?オクトさんだからだよ。どんな出来事でも、自分に非があるんじゃないかとまずは思ってしまう。誰より自信が足りなくて、誰より優しいからヒトだから」

 それは彼女の美点であり欠点でもある。

 でも長年の卑屈さはそう簡単に治るものでもなく、ずるずると今日まで来てしまっていた。

「……オクトは今何処にいるんですか?」

 そう、自分から言ってきたコンユウに僕はやさしく微笑みかけた。

 とりあえず、彼は僕が言葉で誘導する前から、少しは罪悪感を感じてくれていたようだし。前段階としては十分だ。

「今日は彼女がいる場所に案内しようと思ってね」

「そうなんですか?」

「ああ。僕が君を彼女に会わせたいと思っているだけだから」

「はあ」

 オクトさんは、この時間にコンユウがいると知らない。だから、僕の計画を実行するには、眠っている今しかない。

「手を借りるよ」

 だから僕は困惑するコンユウの――柔らかなまだ未来を紡げるだろう子供の手をとり、転移をした。







◇◆◇◆◇◆◇






「あの。もしかしてここは時の神殿ですか?」

 挙動不審に周りを見渡し、紫色の瞳を大きく見開いていた、コンユウは恐る恐るといった様子で訪ねてきた。普通は神がいる場所に入ることなどできないので、彼が驚き挙動不審になるのも無理はない。

 最も、今のオクトさんは神であって神ではない。また時の民もいない状態なので、現在は会っていいのが王族と精霊のみという制限はない。ただオクトさんが認めた相手が神殿に出入りできる状態になってはいたが。

「そうだよ。ここは昔、紫の大地という場所があった時代と同じ造りの建物になっているんだ。トキワ――、時の精霊が再現したんだよ」

「へえ」

 感心しきった様子で、コンユウは好奇心旺盛にコンユウはキョロキョロと見渡した。確かに興味深い作りをした建物ではある。

「オクトさんはこちらだよ」

 僕はそう言い、オクトさんが眠る場所へ案内した。

 ただし眠りについたばかりのオクトさんは、コンユウが着たとしても決して起きることはない。しかし僕はあえてそれをコンユウに伝える気はなかった。

 さて、もう少し罪悪感を感じてもらおうかと僕はそっと笑う。

「オクトさんは君たちがいなくなった後、贖罪のつもりか、時には薬剤師として、また時には異世界の知識を使って、とても多くのヒトを救っていったんだ」

 コンユウの方を見ることなく足を進めながら、ゆっくりとオクトさんについて僕は語った。昔戦場で足を痛めてから右足がうまく動かず、進みがゆっくりになってしまうため、語る時間はまだまだある。


「そしてオクトさんは、賢者と呼ばれるようになった」

「えっ……ああ。異世界の知識があったからか」

 まあ、賢者と呼ばせたのは、オクトさんを引きこもらせない為、僕が始めたことでもあったのだけど。その2つ名により、多くの人がオクトさんを訪ねてくるのは、想定内のことだった。でもそうでもしなければ、オクトさんは自分から独りになろうとしただろう。

 もしもオクトさんをそのまま独りにしていたら、自己管理もまともにできず、早々に死んでいたはずだ。あの時の彼女は自分の為でなく、他人の為にしか生きられなくなっていたから。そうなってしまった最終的な原因の一つが、後ろを歩く少年だと思うと、息もできなくなるぐらいの罪悪感で埋まってしまえと思う。

「ヒトに中々会おうとしない彼女を、いつしかヒトは【ものぐさな賢者】と呼び始めた。面倒臭がりだけど、助けを求めに行けば必ず力を貸してくれたからね。それは古典のお話と同じで、その2つ名はもしかしたらそこからきているのかもしれない。そして森はいつしか、賢者の森と呼ばれるようになったんだ」

 それでも、まだその頃の方が、彼女は幸せだった。忙しさと、体調不良とで頻回に倒れてはいたけれど、オクトさんは生き生きしていた。


「多くのヒトを救った彼女は、さらに多くのヒトを救う事になる。自分の人生と引き換えに……。僕はね。オクトさんが幸せなら、それで良かった。例えどんな形だろうと、僕以外の別の誰かがその隣に居たとしても、構わないと思っていた」

 王子である僕ではオクトさんを幸せにできないから。

 他の誰かと幸せになれるまで、そっと見守っていようと思っていた。彼女が泣くことがないように。

「オクトさんが幸せなら、他の誰かが犠牲になってもいいと思っている。彼女は幸せになる権利があるから。……もちろんオクトさんは、そんな事ができないからこそ、オクトさんなんだという事も分かっている」

 あの時、オクトさんが眠り続けて、泣くことさえできなくなるなんて思いもしなかった。

 なぜ彼女は自分から厄介事を抱え込もうとするのか。賢者である彼女に会いに来るヒトは、僕も事前に分かるように気をつけていた。でも自分から厄介事へ飛び込んでしまう彼女を止めることはできなかった。もしもあの時に戻れるのならば、たとえ彼女に嫌われることになったとしても、どんな方法を使っても、オクトさんが神になることを止めただろう。

 だから、他の誰かが犠牲になっても……、そう、目の前の彼が不幸になろうとも、僕はオクトさんが幸せになれるように、彼の心に楔を打ち込む。

 彼の中でオクトさんが、大きく重い、決して裏切ることのできない存在となるように。

「それでも、エストやコンユウを不幸にしてしまった贖罪をしなければと彼女が思っていなければ……多くの友人に囲まれて魔の森で独り生活を送っていなければ、きっとオクトさんは時の神になんてならなかった」

 そう言い、僕はオクトさんが眠る部屋へ足を進めた。

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