意地っ張りな少年の懺悔(4)(コンユウ視点)
「へぇ。あそこが時の神が眠る場所か」
どういう作りになっているのか、変わった形の宮殿が、混融湖の中にそびえ立っている。混融湖は俺が体験した通り別の時間へ繋がっている為、泳ぐ事も船を浮かべる事もできない場所だ。
となると、ここからあそこへ移動するには、転移魔法を使うしかない。しかし混融湖は時属性の魔素が発生するパワースポットのような場所で、転移魔法は誤作動しやすい。その為魔法の移動も難しく、ヒトの出入りはあまりないと聞いた。
「やあ、よく来たね」
俺が混融湖のほとりで時の神殿を見上げていると、声をかけられた。少ししゃがれた声は、あまり聞き覚えのないものだが、その相手はどんな人物なのかを俺は知っている。
「カミュエル先輩が来いと言ってんでしょうが」
「そうだったね」
振り向くとシワが深く刻まれた顔で、カミュエル先輩は柔らかく微笑んていた。あの頃と変わらず、貴族らしさが滲み出ていて独特な雰囲気の持ち主である。実際、彼はアールベロ国の王子で、俺らとは違う立場だったのだけど。
獣人の家で会ったカミュエル先輩は、後日今いる場所に来るようにと俺に言った。そこに来たら、俺が知りたいことを教えると。
無視することも可能だったが、これからどうすればいいのかわからない俺は、カミュエル先輩の言葉に乗ることにした。
「コンユウが現れるのずっと待っていたからね。会えて嬉しいよ」
「……待っていたんですか?」
カミュエル先輩が?
この人は、混融湖に落ちたあの日、何があったのか知らないのだろうか?俺がオクトに剣を向けたこと、反王家の魔術師達に情報を流していたことを。
それとも、知った上で、俺を断罪したいと思っていたのだろうか?真意が見えず、俺は訝しむ。エストはカミュエル先輩の友人であるライ先輩の家に居候をしていたので、仲もそこそこ良かったようだ。しかし俺は、カミュエル先輩とはエストやオクトを介しての付き合いしかしていない。なので、普通に俺の事を心配して待っていたという事はないだろう。
「僕じゃなくて、オクトさんがね。ずっと君とエストの事を心配して、気に病んでいたよ。僕としては、どうしてそこまで君たちに……特に君にこだわるのか分からなかったけれどね」
「オクトがですか……」
どうやら俺とエストが混融湖に落ちた後、オクトはちゃんと生き残れたようだ。俺が彼女の育ての親を刺してしまい、暴走しかけていたので心配だったが、なんとか持ちこたえたのだろう。その上、魔術師達に襲われて命を落とす事もなかった。
あの場には俺の後をつけていた魔術師がいたはずなので、誰かが倒してくれたか、もしくはオクトが暴走したと踏んで、早々に退却した為か分からない。それにしても何とも悪運が強い。
でも良かった。
全てが失敗に終わってしまったけれど、オクトを俺の所為で殺さずに済んだ。
「そう。君のせいで育て親を失い、独りで生きなければならなかったにも関わらず、オクトさんはずっと君達に対して罪を償いたいと思っていたようでね」
「アイツに罪なんてありません」
カミュエル先輩の言葉を俺はとっさに否定した。
そう。オクトは巻き込まれただけで、本当ならば何の罪もない。もしも、混ぜモノであることが罪だとしても、それだってオクトが選んだわけではないのだ。
本当に、本当に罪深いのは……俺だ。
「それでも、オクトさんはそう思っていたから」
「なんで――」
俺がオクトの為を思ってやった事には間違いない。それでも俺がオクトに剣を向けたのは事実。だからオクトには怨まれていると思っていた。しかもカミュエル先輩の話を聞く限り、俺はオクトの育ての親を殺してしまったらしい。
怨まれるのは仕方のない事。なのにその反対だなんて。
「分かってるだろう?オクトさんだからだよ。どんな出来事でも、自分に非があるんじゃないかとまずは思ってしまう。誰より自信が足りなくて、誰より優しいからヒトだから」
その通りだ。
アイツが他人ばかりを気にして、自分の事をおざなりにするのは、俺も良く知っている。ずっとオクトは馬鹿みたいに生きにくい道を選んで歩いていたのだ。
でもそれは優しすぎるからに他ならなくて。
混融湖に行く途中でも俺の事を心配して、そして殺されかけても自分が悪いと思うなんて……馬鹿すぎる。
「……オクトは今何処にいるんですか?」
馬鹿かと言ってやらなければ。
言われた所で治るとも思えないけれど、それでも言わなければ分からないのだ。アイツは頭がいいようにみせて全然馬鹿で、自分の価値も、周りに与える影響も何も分かっちゃいない。
あの頃よりは少しは成長しているかもしれないけれど、いまだに俺に対して罪があるとか思っていたなら、馬鹿のままなのには変わりない。
「今日は彼女がいる場所に案内しようと思ってね」
「そうなんですか?」
案内?
普通ならオクトがここに出向いてもよさそうなのに、あえてヨボヨボな外見をしているカミュエル先輩を使者としてよこすなんて。
オクトの意向……という事はないな。アイツなら、ヒトを使わず自分で動きたがるはずだ。特にカミュエル先輩よりもオクトの方が若くて魔力も高いのだから、自分で動いた方が楽だろう。それこそ、移動できない理由でもない限り。
「ああ。僕が君を彼女に会わせたいと思っているだけだから」
「はあ」
いまいちどういう状況か分からないが、オクトは俺がここにいることをまだ知らないのだろう。何故っ知らせてくれないのか。会わせたくないという理由からならば理解できなくないが、実際はその反対。カミュエル先輩が何を考えているのかも、俺には良く分からない。ただ俺もオクトには会いたいので、拒否する理由はない。
「手を借りるよ」
カミュエル先輩が俺を腕を掴んだ瞬間、転移魔法が発動した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
カミュエル先輩が転移した場所は、不思議な造りの建物の中だった。ベランダのような場所に突然移動した俺は、周りが湖で囲まれている事に気が付き目を見張る。
向こう岸をみれば、さっきまで俺が居たあたりが見えた。
「あの。もしかしてここは時の神殿ですか?」
「そうだよ。ここは昔、紫の大地という場所があった時代と同じ造りの建物になっているんだ。トキワ――、時の精霊が再現したんだよ」
「へえ」
紫の大地なんて神話みたいなものだと思ったが、カミュエル先輩がそういうなら、そうなのだろう。それを再現しようとか、凄い執念だと思う。
壁は土壁らしく、そこに模様が描かれていて、俺が知っているどの国の建物とも雰囲気が違った。
それにしても、何で時の神殿にオクトがいるんだ?
カミュエル先輩は、時の神を守る守り人になったとか聞いたので、ここにいるのも変ではないけれど。……もしかして、オクトも同じく守り人とか巫女とかやっているのだろうか?
オクトは確か俺と同じで時属性を持っていた。となると何かの拍子に巻き込まれ、そんなことになったというのは十分考えられる。
「オクトさんはこちらだよ」
カミュエル先輩が歩き始めたので、俺はその後ろをついて足を進めた。
建物の中は、ヒトがいないのか無音だ。俺とカミュエル先輩の足音と混融湖の波の音だけが響く。ただ宮殿の中が荒れている様子はないので、定期的に誰かが掃除をしているのだろう。
いくらカミュエル先輩が守り人とはいえ、1人でこの馬鹿みたいに広い建物を掃除しているとは思えない。となれば誰かかしら、定期的に人がやってきているのだろう。
やっぱりその1人がオクトなのだろうか?
「オクトさんは君たちがいなくなった後、贖罪のつもりか、時には薬剤師として、また時には異世界の知識を使って、とても多くのヒトを救っていったんだ」
無言でカミュエル先輩の後をついていっていると、ポツリとカミュエル先輩は話し始めた。
ヒトを救ったとか、実にオクトらしい。贖罪の意識はあったかもしれないが、どうせ誰かに頼られるたびにNOと言えなくて、片っ端から手助けをしたのだろう。俺にも簡単に想像できる未来図は、すとんと納得できた。不特定多数のヒトを救うなんて、学生時代と全く変わらない。
「そしてオクトさんは、賢者と呼ばれるようになった」
「えっ……ああ。異世界の知識があったからか」
【賢者】。
その言葉にどきりとする。つい最近、そんな言葉を聞いたばかりだからかもしれない。でもその単語は、まるで目をそらすなとばかりに、俺に何かを訴えかけてきているような気がした。
心臓が少しだけ鼓動を早める。
「そう。そしてオクトさんは、ヒトにこれ以上迷惑をかけたくないと言って、学校を卒業後は魔の森に住み始めた。あそこへ立ち入ろうと思うヒトはほとんどいないからね」
魔の森に住む賢者。
それは、獣人が話していた内容にとても似ている気がした。でも、その時の話はオクトの事ではなくて。
嫌な汗が背中を伝う。
なぜ、今、カミュエル先輩はそんな事を話すのだろう。
「ヒトに中々会おうとしない彼女を、いつしかヒトは【ものぐさな賢者】と呼び始めた。面倒臭がりだけど、助けを求めに行けば必ず力を貸してくれたからね。それは古典のお話と同じで、その2つ名はもしかしたらそこからきているのかもしれない。そして森はいつしか、賢者の森と呼ばれるようになったんだ」
その話は、この間聞いたばかりのもの。
もう俺自身を誤魔化す事もできない。ものぐさな賢者と呼ばれ、魔の森を賢者の森と呼ばせたヒト。そのヒトは、今は――。
「多くのヒトを救った彼女は、さらに多くのヒトを救う事になる。自分の人生と引き換えに」
そういって、カミュエル先輩はその足を止めた。
「僕はね。オクトさんが幸せなら、それで良かった。例えどんな形だろうと、僕以外の別の誰かがその隣に居たとしても、構わないと思っていた」
俺はこの時になって初めてカミュエル先輩の心が少しだけ見えた気がした。
……ああ。そうなのか。このヒトは、オクトの事をずっと――。
「オクトさんが幸せなら、他の誰かが犠牲になってもいいと思っている。彼女は幸せになる権利があるから。……もちろんオクトさんは、そんなことができないからこそ、オクトさんなんだという事も分かっている」
カミュエル先輩は、扉を押して開いた。
その部屋は廊下よりも一層きらびやかで、そしてより一層静かな場所だった。きれいに装飾品が飾られた部屋はとてもきれいだからこそ、生活感というものを感じさせない。
「それでも、エストやコンユウを不幸にしてしまった贖罪をしなければと彼女が思っていなければ……多くの友人に囲まれて魔の森で独り生活を送っていなければ、きっとオクトさんは時の神になんてならなかった」
カミュエル先輩の声しかしない、静かすぎる部屋の奥には、棺が一つ置かれていた。




