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意地っ張りな少年の懺悔(3)(コンユウ視点)

 パッと瞼を開けた瞬間に広がったのは、目が痛いくらいの青空だった。青い、青い空。夢でも見ているのかと思うぐらいに綺麗だ。

 でも――。

 体を動かした瞬間感じたのは、服の重さ。濡れて体に張り付いた服が、身動きを邪魔する。そして地味に俺の体温を奪っていく。

 腕を動かせば、汚く手に泥がついた。


 一瞬何が起こったのかが分からず混乱する。

 こんな風に目を覚ますのは2回目。夢に違いないと思う自分と、夢にしては感触がリアルすぎると思う自分がいた。

「大丈夫か?!」

 ぼんやりと空を見上げてると、声をかけられた。

 そこにいたのは、猫型の獣人だ。俺の昔の記憶に、こんな場面はない。……これは、過去の記憶ではないらしい。だとしたら――。

「おい、父ちゃん!ヒトだって、ヒト!」

「はあ?何言ってるんだ」

「何言ってるじゃなくて、ヒトが倒れているんだって。まだ生きてるから!」


 そうか。生きてるのか。……俺はまた生き延びてしまったのか。

 その瞬間、すべてを思い出す。

 慌てて体を起こし、俺は周りを見渡した。

「どうしたんだ?何か探しているのか?」

「俺以外、誰か倒れていないか?」

 俺はエストともみ合いになって、混融湖に落ちたはずだ。だとしたら、エストが近くに流れついているかもしれない。

「誰かとはぐれたのか?父ちゃん!他に倒れてるヒトがいるかもしんないらしいぞ!」

 子供――と言っても、もう成人はしているだろう男が、その父親らしき男へ伝える。

「とにかく、こんな場所で倒れていたら、混融湖に落ちるかもしれねぇ。立てるか?」

「……たぶん」

 とても疲れていたが、体のどこかが痛むことはなかったので、大きな怪我をしているという事はないだろう。あったとしても擦り傷ぐらいだ。

 足に力を入れれば、ちゃんと動かすことができた。


「一体、こんな場所でどうしたんだ?まさか、混融湖に落ちたのか?」

「俺は、ドルン国で――」

 言いかけて、時間が止まる気配を感じた。

 どうやら混融湖に落ちた事で、ドルン国で混融湖に落ちたという記憶を話せなくなったらしい。この呪いのような現象は、昔に体験済みなので、それほど動揺することはなかった。

「――分からない」

「分からない?どういうことだ?」

 俺はどれだけ伝えようとしても、無駄な努力だということを知っている。だから、早々に伝えることをあきらめた。そもそも俺の考えが正しいならば――。

「今日は、何年の何月何日だ?」

「何年の何月何日って……」

 俺は、たぶん違う時の中にいる。





◇◆◇◆◇◆◇






 どうやら、俺は現在ドルン国にいるのは間違いないらしい。ただその時間は、オクトに剣を向けた時から100年ちょっと経っているようだ。

 あの日、あの後、どうなってしまったのかは分からない。しかし混ぜモノが暴走した跡として、地面がえぐれた場所があり、そこは観光名所となっていた。……国が残り、観光名所となっているぐらいだから、それほど大惨事にはならなかったのではないだろうか?

「あ、うん。もう着いたんだ。……分かった。待ってるよ」

 獣人の青年は自分の家に俺を連れてきて、ベッドを貸してくれた。そしてその後、四角いものを耳に当てて喋っている。何をしているのかさっぱりだが、どうやら遠くの相手と話しているらしい。


「悪い。混融湖で倒れている人がいたら連絡しろって曾じいちゃんからの言い伝えでさ」

 四角い箱を耳から話した獣人は俺の方を見ると、そう伝えた。

「連絡?……アンタは魔術師なのか?」

「まさか。獣人の俺が魔術師なわけないだろ。ケイタイ電話で話していただけだけど……もしかして、別の大地出身者か?目の色も変わった色だもんな」

「ケイタイ?」

 俺は元々黄色の大地出身だったが、緑の大地で過ごした時間の方が長い。ただし俺がいた時間との空白の時間も大きい。その間にできた言葉なのだろう。

「ああ、そもそも記憶がないんだっけ。えっと、ケイタイってのはこの四角い箱の事。これを持っていれば、遠くにいる相手と話したり、手紙を送ったりできるんだよ。で、これを発明したのが、森の賢者なんだけどさ。ただ、ものぐさな賢者って言った方が有名かもな。二つ名がアレなんで、アールベロ国の魔の森に棲んでいるから、森の賢者って呼んでいるだけど。聞いた事ない?」

 魔の森の話は聞いた事がある。

 しかし俺が知っている限り、あそこは誰も入ることができないと言われていたはずだ。そんな場所に住むなんて、ものぐさな賢者とはよっぽどの変人なのだろう。そもそも、ものぐさな賢者とか呼ばれているあたりで、普通じゃないけど。


「いや。知らない」

「ふーん。結構有名だと思ったんだけどなぁ。俺の曾じいちゃんとか、じいちゃんは会った事があるらしいぞ。なんでも、異界の事を知ってる賢者らしくてさ。でもって幼い時から神童だったんだとさ」

 異界の事を知っている、神童ねぇ。

 混融湖から流れ着いたものを、異界のものとして取り扱っているのは知っている。ただ、俺の経験から考えると混融湖が繋がっているのは、過去や未来だ。

 確かにどう使うのか分からないものが多いが、それは大地ごとの地域差や、時間差が原因だと思っている。となると、そんな異界とされているものを知っているならば、その賢者様とやらも、もしかしたら、俺と同じで混融湖を流れ着いたヒトなのかもしれない。

 まあ幼い時に神童扱いさえたという事は、そこそこ頭が良かったには違いないだろうが。

「今もアールベロ国にいるのか?」


 俺と同じ、混融湖を渡ったことがある相手ならば、少し話をしてみたい。それに俺がいなくなった後どうなったのか、俺は知る必要がある。エストやオクト、それにあの人も――。

 だとしたら、どちらにしろアールベロ国に行かなければならない。

「いや。賢者様は生き神となられ、時の神殿で眠られてるよ」

「は?生き神?時の神殿?」

 また聞いた事もない話に俺は眉をひそめた。

 あの日から100年は経っている。だから、俺が知らないことが多くてもおかしくはない。おかしくはないけれど……なんだか目まぐるしく変わってしまった気がする。


「この大地に住む樹の神と同じ立場の、時の神になられたって意味だよ。再び時の神が目を開けた時、混融湖は消え大地が広がるんだってここら辺じゃ有名な話だ。実際、毎年混融湖が縮小しているって噂だし」

「消えるのか?」

 混融湖が?

 一体、ものぐさな賢者とは何者なのか。しかも時の神なんて、星神と同じ神話の中だけの話じゃなかったのだろうか。

「さあ。神様のやってる事なんて、俺には分からないし。でもこの混融湖は時の女神様が作ったものだからさ、新しい時の神様が生まれれば消えるって事だろ」

 そういえば、混融湖は時の女神が溶けてできたと言われていたな。

 以前ドルン国の紙芝居でちらっと見かけた。その時の俺はそれどころじゃなかったから、しっかりとは聞いていなかったが、あっちこっちで話しているから、自然に耳に残っている。


「でもずっと時の神なんていなかったのに、どうして今更?」

「そんなの、俺が知るわけないだろ。ああ、でも。今から来るヒトなら知ってるかも」

「今から来るヒト?」

「曾じいちゃんの言い伝えで、さっき連絡したヒトだよ。今は時の神の守り人をやっていて、昔はアールベロ国の貴族だったって噂だ」

 ふーん。

 時の神の守り人ねぇ。これも俺の時代にはなかった言葉だ。混融湖は時と密接に関係しているようだし、その事で俺を見に来るのかもしれない。

 そいつなら、俺が過去の事を話せない理由なども知っているかも――。


 コンコン。


「どうぞ。開いてるよ」

「失礼するよ」

 ドアの外から聞こえたのは、少ししゃがれた老人の声だった。

 開けられた先にいたのも老人で、白髪の細身の男だ。足が悪いのか、少し左足を引きずりながら部屋に入ってきた男は、俺を黄緑色の瞳でマジマジと見つめた。

 無言でじっと見られると、どうにも居心地が悪い。もしかして、俺の魔力とかを確認してるのか?

 どうやら混融湖を流れ着くと、時属性を帯びるみたいだし……。

「今椅子を用意するよ」

「ありがとう。でも、今日は確認しに来ただからね。すぐ帰るよ」

 バタバタと椅子を取りに出ていこうとした獣人を、やんわりと老人は止めた。確認という事は、やっぱり本当に混融湖から流れ着いたかどうかを確認するのだろう。

 だとしたら、この老人は魔法使いまたは、魔術師に違いない。ケイタイなんていうものが発明されているので絶対とは言い切れないけれど、一般人が魔力の種類を確認するなんて普通はない。となればそういう道具が発明されているとは思い難い。


「担当直入に聞くけれど……」

 さて、何を聞かれるのか。

 時の神の守り人だから、俺が呪いの所為で答えられないような事は聞いてこないと思うが。

「……君は、コンユウかい?」

 呼ばれるはずのない、俺の名前を目の前の老人が口にし、俺は目を見開いた。 

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