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意地っ張りな少年の懺悔(2)(コンユウ視点)

「待って、コンユウ。何処まで行くつもり?」

 混融湖を囲っている柵を超えたところで、俺はオクトに止められた。

 ……まあ、流石におかしいと思うよな。オクトは流されやすいが馬鹿ではない。こんな真夜中に行ってはいけないと言われている混融湖のほとりに近づけば、不審がるに決まっている。

 それでも、俺はオクトをそこへ連れて行かなくてはいけないのだ。だからオクトが一番苦手とする、情に訴えることにした。

「……俺は、混融湖に流れ着いて、魔法使いに拾われたんだ」

「流れ着いた?」

 我ながら、何とも卑怯だと思ったが、オクトは俺の思惑通りの言葉を返してきた。ここで何を言っているんだと返さないのがオクトであり、いつも貧乏くじを引く要因だろう。


「ああ。流れ着いた俺は、名前も年齢も住んでいた場所も、何も話せなくて色々迷惑をかけた」

 話したいのに話せない。

 自分の過去を話そうとするたびに、おかしな魔法が働いて、時間が止まってしまう。何度も、何度も繰り返して、幼い俺はようやくそれがどうしようもない事なのだと理解した。

 何が原因だったのかは分からない。もしかしたら混ぜモノの暴走に巻き込まれたのに、俺一人生き残ってしまった事で呪われてしまったのかもしれない。もしくは混融湖に落ち、未来へ移動してしまったから、その時俺の知らない魔法がかかったのかもしれない。魔族特有の赤い瞳が紫に変わってしまったので、その可能性は大きいだろう。しかし原因がなんだとしても、話せない事には変わらない。

 そんな得体の知れないモノとなってしまった俺を拾い育ててくれたのは魔法使い。俺は彼女に大きな借りがある。

「だから、もう少し近くで見てみたい」

 

 オクトは深くため息をついた。

 そして、柵に足をかける。

 きっと、まあいいかとかと、良く考えず能天気な結論をだしたのだろう。俺の言っている事を疑いもしない。俺の思い通りに行ってしまっている現状が苦しかった。足が重い。

 今ここで、オクトに本当の事を話したら、また別の道が開くのだろうか?

 オクトは王子の味方じゃないんだよなと確認すれば……いや。こいつは、王家の味方ではなくても、カミュエル王子の味方だ。他人ですら求められたら切り捨てられないオクトが、例え嘘でも簡単に友人を見捨てられるとは思えない。泥沼にはまっても、自分が貧乏くじを引くと分かっていても。

 なんと質問をすれば、オクトから、この現状を変えることができる言葉を引き出せるだろう。

「そういえば、コンユウの保護者は、異界屋か何か?」


 真剣に別の道はないかと探していると、俺の気も知らないで、さらっとオクトは別の質問をしてきた。もう時間がないのに。でもそんな不満をオクトにぶつけても仕方のない話だ。

 彼女は何も知らないのだから。

 ……もう一度やり直しがきくならば、もっとオクトと色々話がしたかった。俺は今まで、何も伝えなかったから。

「ああ。そんな感じだ。異界のモノを見に来て……俺を拾った」

 もしもやり直せるとしたら、どこからがいいだろう。

 一番不満に思っている現実は、混ぜモノの所為で家族と離れることになってしまった事。でもこれがなければ、俺は今の育ての親には会えなかったし、エストやオクトにも会えなかった。

 だから変えるなら、オクトと出会った最初から。入学した後、初めてオクトに会って、喧嘩を売ったあの日。混ぜモノである事は、決してオクトの所為ではないと分かっていたけれど、俺はこの時間に流れ着いて初めて会った混ぜモノを恨まずにはいられなかった。

 俺の憎しみをぶつける相手は、この時間にはもういなかったから。

「元々は王宮で働いていたらしいけど、上手くいかなくて止めたらしい」

「へえ。ならアスタの知っているヒトかも」


 でも混ぜモノを憎めなかったら、俺は生きる事を放棄していたに違いない。そうしたら、そもそも俺は、今ここにいない。

結局、どうすれば良かったのか。この短時間で分かるような問題だったら、きっとこんな状態にはならなかっただろうけど。

「そうだな」

 とてつもなく要領の悪い俺の育ての親。

 最初から自分の性格では、王宮ではやっていけないことぐらい分かっただろうに。辞めた後も巻き込まれて。……ああ、そうか。きっとオクトに似ているのだ。要領が悪く、人を見捨てられないところや、流されやすいところなど。

 俺はよっぽど運がないらしい。大切だと思った奴は、揃いも揃って、馬鹿ばっかだ。

「どうして、オクトは王宮魔術師の娘で……混ぜモノなんだろうな」

「へ?」


 でもその事実は変えられない。時間も巻き戻せない。

 俺は手の中に、剣を召喚する。

 ぶっんと剣を振った先にあるオクトの顔は恐怖ではなく、きょとんとしたものだった。何が起こっているのか分かっていないのだろう。

 ごめんと言えばいいのか、何と言っていいのか分からない。でも許してくれとは思わない。俺は俺のエゴでオクトを脅す目的でその剣の切っ先を向けたのだから。

 オクトが殺されるぐらないなら、俺はオクトに憎まれよう。俺がコイツを憎んで生き延びたように。


 しかし次の瞬間俺の手に伝わってきた感触はとても鈍いものだった。さっきまで俺とオクトを隔てるものはなかったはずなのに、瞬きをした瞬間、障害物があらわれる。

 赤いモノが飛び散り、俺自身を赤黒く染めた。ずるりという感覚と共に剣先を重くしたものが抜けオクトの方へ崩れ落ちる。

 カランカランと音を立ててランプが転がった。


「――アスタっ!!」


 悲鳴のようなオクトの声で、はっと俺は真っ白になりかけた意識が現実に引き戻される。

 気がつけば、汚すはずではなかった剣が血色に染まり鈍く光っていた。想定外の出来事に、俺は生唾を飲む。何故――。

 そんな思いが渦巻くが、今はそれ何処ではない。

 ここで踏みとどまったら失敗したと思った魔術師が、オクトを殺すためにやってきてしまう。俺の手は既に汚れてしまっているのだ。

 今更汚したからといって変わるわけではない。だから、今は何が起こったとか検証している場合じゃなくて。とにかく計画を進めるしかないのだ。

「……こうなりたくなかったら立て」 

 

 お願いだから、立ってくれ。

 このままじゃ、俺が今殺した男のようにオクトが殺されてしまう。それを避けるためにここへ来たのだ。

「あっ……」

 オクトが目を見開いたまま声を上げた。

「ああああああっ、嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 初めて聞くような声だった。

 オクトがこんな風に泣き叫ぶなんて事を俺は知らなかった。ボロボロと瞬きをせず涙をこぼし、叫ぶオクトをどうしていいのか分からず戸惑う。

 オクト自身が壊れてしまうような、悲痛な声に俺はどうしていいのか分からなる。でも泣いている場合ではないのだ。

 そんなことをしている場合じゃなくて。


「おいっ」

 頼むから正気に戻ってくれ。

 俺自身混乱していてどう言っていいのか分からない。分からないけれど、もう戻れないところまで来ているのだけは分かる。

 俺はオクトを揺さぶろうと手を伸ばした。

「殺されたくなかったら、叫んでないで――」

「コンユウ、何してるんだっ!!」

 横から衝撃を受けて、俺は転がった。

 ちょうど斜面になっていたようで、もみ合いになるように転がる。


「エストッ?!」

 何で。

 何で、ここにエストが?

「お前がっ……コンユウが、魔術師の仲間だったなんてっ!!」

 違うなんて言えない。

 だって、俺は確かに魔術師に育ての親を通じて情報を流していた。だから、俺は一瞬反撃をためらう。その間に、さらにゴロゴロと混融湖に向かって転がった。

 転がって、転がって。

 ふと俺は、ここがとても危険な場所だった事を思い出す。

「こんな事をしている場合じゃないんだ――」

 俺はエストが好きなオクトを助けるためにここにいて――。

 しかしそれをエストに伝える前に、俺は混融湖へ落ちる。浮かぶことのない水の底へと落ちていく。最後に見えたのは、星空。

 

 こんなはずじゃなかった。


 この世界の神は俺に優しくないのだろう。愚痴ならいつくもある。

 でも一度ぐらい俺に微笑んでくれたっていいじゃないか。俺はアイツの泣き顔が見たかったんじゃないのに。何で――。

 小さな時に見た星空と全く変わらない空を最後に、俺の意識は黒く塗りつぶされた。

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