意地っ張りな少年の懺悔(1)【ブログ転載】(コンユウ視点)
コンユウ視点で、時間軸は【30-3話】、オクトとコンユウが混融湖に2人だけで向った時の話です。
この話は次回に続きます。
コイツが、嫌な奴だったら良かったのに。
混ぜモノという事は嫌うには十分な理由だった。それは俺が家族を失った原因といってもいい存在だったから。俺にとって混ぜモノは憎しみの対象で、一緒にいるなんて論外な話。
そのはずなのに、俺の中ではいつしかそうではなくなっていて……。だから俺はこうするしかなかった。
「ちょっと付き合ってくれないか」
そんな言葉を言いつつ、オクトが断ってくれればいいと心のどこかで思っている自分を、俺は冷静な目で見ていた。もしも断れば、オクトが自分でその道を選んだと割り切れる。そんなズルイ自分を。
……最悪だ。自己嫌悪で埋もれてしまいそうな気分になる。
「付き合うのはいいけど、何処に?」
そんな俺の気も知らず、オクトの答えはいつもと変わらなかった。分かり切っていたことだ。オクトは高確率でヒトの頼みごとを断らない。その方が楽だからとか、自分の為だとか言っているが、結局の所、他人に甘いだけだ。優しいとも違う。たぶんヒトから拒絶されないように、オクトはびくびくと生きているのだ。
そんな生き方が腹立つ。
なんでそんな自信がないのか。確かに混ぜモノだけど、オクトはずっと頑張っているのも俺は知っていた。……くそっ。やるせない気分ばかりが溜まっていく。
「混融湖までだ」
「……混融湖?」
「今見ておきたいものがあるから」
できるだけ俺はさりげなく誘った。
この城の中で戦闘が起これば、まず間違いなくコイツは死ぬ。それだけの人数がこの城の襲撃に当てられていた。
混ぜモノであり、賢者であるオクトが王家についたかもしれない。そんな憶測の為に。
それはないだろと俺は思ったが、疑わしきは消してしまえという考えの魔術師は想像以上に多かった。そして俺は彼らを止める力がないどころか、ここで彼らを裏切れば自分の育ての親が危ないという状況だ。
どうしてこうなってしまったのか。どこで、何を間違えてしまったのか。我ながら、泥沼な状況に嫌気がさす。
「いいけど、何で私?」
「……オクトなら、気を使わなくてもいいだろ。べ、別に嫌なら1人で行くからいい」
オクトとは入学して以来の付き合いだ。当時はクラスこそ違ったものの、毎日のように図書館で顔を合わせていた。初めは一緒の場所にいるだけでも嫌だったのに、どうしてこうなってしまったのか。
そう思うが、理由なんて簡単だ。
「いい、行く。1人だと危ない」
ほらこうやって、オクトがお人よしな部分を見せるから。
コイツがただの卑屈だったら良かった。好かれたいという思いが透けて見えるぐらいの奴だったら、ずっと嫌えたのに。でもコイツは嫌われたくないという自分勝手な思いだけでなく、本気で相手を心配しているから嫌になる。
馬鹿だ。もっとずるくなれば楽に生きていけるはずなのに、オクトはそれをしない。
「今、俺が弱いとか、失礼な事考えただろ」
「えーっと……。ほら、ヒトは誰しも得手不得手があり……」
「アンタに比べればマシだ」
「まあね」
そんな軽いやりとりをして、最終的に俺らは城の外へ出た。全てが俺の思惑通りに進んでいるのに、気分はどんどん最悪な物になる。当たり前だ。俺が今からやろうとしているのは、俺自身もまだ納得しきれないものなのだから。でも何度も何度もシミレーションをして、これがベストでなくてもベターだとは思っている。
城の外は寒く、息を吐くと白くなった。
隣を見れば、オクトはきっちりと外套のボタンを閉め、寒さで肩をすくめている。コイツは昔から何処に肉があるのかと思うぐらい細い。寒さには慣れているとはいえ、結構きついだろう。しかし文句一つ言わず、オクトは足早に俺の隣を歩いた。
罪悪感が募る。これで良かったのだろうかという思いがいつまでも消えない。
とはいえ、俺の行動を見張っている魔術師がいるはずなので、迂闊なまねはできない。魔術師達の目が離れたすきにこちらの状況を話してオクトを逃がせれば一番いいのだが、流石にそんな都合のいいタイミングはないだろう。
俺に残された唯一の手は、殺すように見せかけて、混融湖にオクトを落とす事ぐらいだ。混融湖から繋がる先は何処なのかは分からない。でもここにいたら確実にオクトは魔術師達の手により命を落とす。
混融湖ならば誰も追いかける事はできないし、浮んでこないオクトは、俺が殺したのだと魔術師達も思うだろう。
でも混融湖に落とすという事は、この世界のすべてと縁を切り、別の時間へ追い出すという事だ。俺が昔体験した理不尽な状況と同じ。それが本当にそれがオクトの為になるのだろうか。もうこれしかないと分かっているのに、そんな甘い考えが俺を責める。
何処かに正解があると言うならば、教えて欲しい。
「星……凄い」
もんもんと悩んでいると、ぽつりとオクトが呟いた。
かなり切羽詰まった状況なのに、何て能天気な言葉だろう。それでも、キラキラした目で空を見上げるオクトを見ると、イラついているのが馬鹿みたいに思えた。
そう言えば、最近星を見る事がなくなったなぁと俺も一緒に空を見上げる。
「確かに星神がよく見えるな」
「星神?」
「あの良く輝いている星の近くにある、あの星の事だ。どの時間になっても、必ずあの場所に居て旅人の道しるべとなるんだ」
「へぇ」
そうやって教えてくれたのは、誰だったか。その時は俺の人生がこんな風になるなんて思ってもいなかった。
「って、神様は龍神じゃないの?」
「星神も龍神だ。もっとも、地上から旅立った龍神だけどな」
「地上から旅立った?」
「オクトも龍神が元々12柱いた話は聞いた事があるだろ。星神はその中の1柱なんだよ」
そう。俺も確かそうやって、聞いたはずだ。
こうやってずっと星だけを見ていればいい、子供のままでいられれば良かった。もしくは全てを守る事ができる大人に、早くなりたかった。
「もしかして、コンユウって星が好きとか?」
「別に。……大体、星なんて知ってたって、何にもならないし」
星の事を、俺を拾ったあのヒトは色々教えてくれた。あの時は純粋に凄いと思ったものだ。でも今思うと、なんて無駄知識なのかとあきれるばかりの情報である。そんなものばかりに現をぬかしているから、魔術師達に利用されるんだ。
星を見上げていると懐かしかったはずなのに、綺麗に輝くそれらがどんどん憎らしくなってきた。
「あの星は、何で光ってるのだろう」
「はあ?」
「どれぐらい遠い場所にあるのだろう。星はどう動くのだろう。何故動くのだろう」
突然何を言っているんだ?
オクトは先ほどと同じキラキラした目のまま俺を見た。
「私は星の事は分からないし、疑問も多い。だから少しでもそれを減らしてくれれば、とりあえず私には役に立ってる」
……本当に、馬鹿だ。
これから酷い事をする男を慰めるなんて、愚か過ぎる。そう思うのに、胸が熱くなる。俺の大切な思い出を、肯定するオクトが、大切過ぎて目頭が熱くなった。
ああ。今が夜でよかった。
「オクトの役に立ったからってどうだって言うんだ」
「まあね」
そんな思いを必死に誤魔化す。俺はオクトを選ぶわけにはいかない。あのヒトを裏切れない。
「……どうして、オクトは混ぜモノなんだろうな」
「そんなの、先祖に言え」
もしもオクトが混ぜモノでなければ俺はもっと早くコイツを認めていて、まだ別の選択肢が見えたかもしれない。こんな土壇場になる前に何とか――。
「そうだよな。生まれは選べないもんな……」
でもそれはすでにオクトではなくて。
人生はやり直せない事を、俺が一番よく知っている。失った時間はもう戻らない。だからもう、この流れは止められないのだ。
それでも少しでも大切なヒトを助けたいから。
俺は地獄へと続くこの道を、無言でつき進んだ。




