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はじまりな物語(3)(オクトのママ視点)

 カイと出会ってから、さらに月日が経った。

 寿命の短い獣人族は世代交代も早く、私の父は王位を私の異母姉弟に譲った。そして弟の正妻や側室が子供を産み、その子供は今や私と変わらない外見まで成長している。

 昔はそれほど思わなかったが、流石に弟の子供の方が年上に見えるようになってくると、自分だけが取り残されているような、そんな気分になった。

「なんだか気がついたら、一人ぼっちになっていそう」

 初めて出会った時よりも、光凛は年をとってしまったけれど、まだ一緒に居てくれているし、神無も私と同様に年の変わらない姿で会いに来てくれる。カイだって老化が遅いエルフ族だった為、出会った当初と変わらない。

 だから大丈夫。

 そう自分に言い聞かせる。


 コンコン。


 ドアがノックされ、寂しい気持ちだったのが、一転しうんざりとしたものに変わる。光凛は今日は休みだし、神無はドアから入ってくる事はない。カイに至っては、身分的にこの部屋を訪ねてくる事は無理だ。

 だとしたら、ノックする相手は決まってくる。

 居留守を使ってしまいたいが、私の想像通りならば、相手は現王の子息なので、そんなわけにもいかない。

「どうぞ」

 私はできるだけそっけなく返事をした。

 すると扉が開き、その向こうに狐のような耳を頭につけた青年が入ってきた。私と同じ金色の髪に、琥珀色の瞳。獣人族特有の、がっしりとした体。……間違いない、私の甥だ。

「聖夜――」

「このような時間に来られるとは、何か緊急の用事でもおありでしたか?」

 私を見た瞬間ぱあっと顔を明るくし、尻尾をぶんぶんふる正室の第一王子に、私はできるだけ冷やかに声をかけた。しかし王子は全くめげた様子が見られず、余計にうんざりする。

「聖夜に会いに来たのだ」

「そうですか。では会ったので、帰って下さい」

「い、いや違う。私は、聖夜に会って話をしようと――」

「それは明るくなってからでよろしいのでは?このような時間に女性の部屋を訪ねるのはマナー違反です」

 

 何をとち狂ったのか、甥にあたる男、春狐(ちゅんふー)は私を口説きにくる。年の差を考えて欲しいと思うし、そもそも王子様なんかと結婚したくない。

 既に私をこの城に閉じ込めているのに、これ以上何が欲しいというのか。

「でも昼に来た時は忙しいと」

「事実忙しいですので。春狐も勉学で忙しいはずでは?」

「俺は――」

「立派な王様になりたいのならば、もっとしっかり勉強なさるべきです」

 絆される気はまったくない。なので私が彼になびく事はないだろう。


「だったら。俺が立派な王になったら、聖夜、結婚してくれ」

「嫌です」

「聖夜ぁ」

「そもそも私が結婚しないようにしているのは、貴方のお父上のお考えです。さらに前王様のお考えでもあります」

 外見は立派なくせに、情けない声を出す春狐の声をスパッと遮る。

「それは、混ぜモノが産まれるとといけないからで、俺となら――」

「例え貴方との子をもうけたとしても、その子が今度は混ぜモノを産むかもしれない。せめて私が人族とのハーフだったなら、人族の血はいずれ溶け消えてしまうから良かったのだけど、私は精霊族とのハーフ。この血は、残してはいけないのです」

 私は駄々っ子ののように言い募る春狐が、言い返せないように理論で責める。

 もっとも、私が彼を拒むのは本当はそんな理由ではないけれど。


 私が好きなヒトは、春狐じゃない。

 決して結ばれる事はないヒト。王族に生れてしまったからには、結婚一つだって自分の思い通りにはならない。特に私はこの国に飼われているような状況だ。

 年を取らず、魔法が使える私は聖女として崇められている。きっと一生その役目を続けることになるのだろう。

 どんどん私と血が近い人間が消え、知り合いが消えたとしても、私はこの国で聖女として存在し続けるのだ。だったら、一つぐらい我儘を言ったっていいではないか。

 どうせ子供を作る事が許されないならば、ずっと好きなヒトを思って、独り身で居たって。私のすべてをこの国は所有するのだから、せめて心だけは自由でいたい。

「私は、貴方の側室になる気はありません」


 風砂国は、一夫多妻の国。好きなヒトが相手でも、自分以外に妻がいるとか耐えられそうもないのに、好きでもないヒトと結婚した上に、大勢の中の1人になるとか無理だ。

 何年も、何年もこの国で過ごしているけれど、私は未だに日本の考えを崩せない。

「ですからお引き取りを」

 ピシャリと言い切り、私は春狐を部屋から追い出した。






◇◆◇◆◇◆◇






『なんや、結婚すればええのに』

 久々に庭で会ったカイは、私の気も知らず、さらりとそう言った。

『嫌よ。私、これでも結婚に夢見てるもの』

『いや、その年齢で夢を見るとか――』

『ババアで悪かったわね。でもババアだって、夢の1つや2つぐらい持っているものなの』

 そう言って、私は頬を膨らませた。

 なんてひどい、デリカシーのない男だろう。いいのは顔だけで、ロマンチックのかけらもないし、女心もさっぱり分かっていない。


『聖夜は相変わらずやなぁ』

『どういう意味よ』

『悪い意味やないで。いつまでも変わらへんなぁと思っただけや』

『仕方ないでしょ。どうしても精神って肉体に引っ張られるみたいだから』

 たぶん子供っぽいと言いたいのだろうけれど、私だって好きで子供でいるわけではない。

『だから、悪い意味やないって』

 そう言うと、カイはポリポリと頭を掻いた。頭を掻く姿すら絵になるとか、本当にイケメンはお得だ。カイだったら、【ただしイケメンに限る】的な行動を素でできそうだなぁと思ってしまう。


『俺な、青の大地に行くねん』

『……へぇ』

 ぽつりとカイが言った言葉に私はどきりとした。青の大地というのは、風砂国がある黄の大地の隣だけれど、国交もない遠い場所だ。

 カイは商人だ。だからいつかは移動するかもと覚悟はしていた。でもそれを今日告白されるとは思ってもいなかった。

『ここには戻ってくるの?』

『たぶん、戻れへん。俺は商人としてやのうて、貴族の子息として引き取られるんや』

『えっ。カイ、貴族だったの?!』

『まさか。昔小さい時に人攫いに合って今の商人に売られたってゆうたやろ。同じ事で、今度は青の大地におる貴族の所へ売られるんや。なんでもその国では、子供を1人軍人として戦争に出さなあかんそうでな。俺はその貴族の息子の代わりに軍に入って戦争に行くんや』  

 戦争。

 それは日本に居た時は、とても遠い言葉だったもの。日本だってずっと前は戦争をしていたけれど、私が生きていた時代はとても平和で、戦争はしちゃいけませんと教育されていた。遠い外国で戦争が起こり、傷ついた子供をブラウン管の向こうで見ては、可哀そうだと言うだけでとても遠い話。

 でも風砂国に生れてからは、戦争はもっと身近になった。大国が分れて小国になった国だけあって、周りとの諍いは多い。年間何人もの兵士が死んでいるのも知っている。

 ただこの城から出られない私は、やっぱりどこか他人事のような、遠いモノだったけれど。


『俺はな、恵まれてるんや。エルフなんてもんは観賞用やから、普通やったら変態エロ親父にでも売られて、精神壊したりしとったと思う』

『えっ、何その、BLゲーム展開』

『茶化さず聞けや。まあ今あげたのは、一番最悪な例やけど、ないわけやない。この世界は同性愛を禁止する宗教があらへんからな。やから、俺を買ってくれた商人にはものすごい恩があるんや』

 そう言ったカイは震えていた。

 まるで自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。そうかカイは――。

『怖いの?』

『……ああ』

 少しためらい、でもカイは頷いた。

 でも当たり前だ。戦争に行く事が決まっていて、怖くないはずがない。特にカイなんて、軍人として育ったわけじゃないから、余計に心の整理が難しいだろう。

 ましてやカイは、日本の記憶を少なからず持っている。ならば怖いに決まっている。


『でも、俺は行かなあかんし、行きたいねん。恩返しがしたいんや』

 その言葉は、行きたくないと言っているようにしか聞こえない。それでも必死にカイは自分に言い聞かせる。

 ああ、まるで大丈夫だと言い聞かせる私みたいだ。だから私はあえてその嘘にのってあげる事にした。

 

『貴族になれるなんて、すごいチャンスじゃない』

『あ、やっぱりそう思う?』

『ええ。まあ戦争に行かなきゃいけないのは大変だけど、もしも上手く生き残れたら、大出世よ』

 本当は行かないでと叫びたい。

 でもカイがその言葉を望んでいないのは知っているし、もしも逃げる道を選んだら、彼はきっと一生後悔することになるのだろう。だから私は、彼がここから行ってしまうのを応援するしかない。

 せめて、この世界のどこかで生きていてと。

『だから、どれだけヒトを殺してもいいから、生き残りなさいよ』

『お前なぁ。殺せとか簡単に言うなや。仮にも聖女って呼ばれてるんやろ』

『あら?でも、実際そうでしょ?とにかく生き残って。そうしたら、きっとカイは幸せになれるわ。聖女様からの、ありがたーいお言葉よ。受け取りなさい』

 

 私も……この国に感化されてるんだなぁ。

 するりと、昔の私なら到底考えられなかった言葉が口から出る。殺せとか、絶対日本じゃ言わなかった。

 カイは変わっていないと言ったけれど、少しずつ私は変容している。変わらず置いてかれるのも怖いけれど、少しずつ変わっていくのも同じぐらい怖い。それでも、私は私の最善を選ぶしかないのだ。

「今日、窓を開けておくわ」

『へ?』

「待ってるから」

『ちょ、何言って』

「だから必ず私のところへ帰ってきて」

 

 風砂国には、戦争前に女を知ると帰ってこれるという、なんとも酷い、女の人権丸無視な言い伝えがある。でも愛しいものが帰りを待っているならば、男は何が何でも帰る為に頑張るという、ある意味理に適った話だ。

 私はカイにそれだけ伝えると、部屋に戻る為の道を進んだ。

 風砂国に長く住むカイならばきっと私が言った意味も分かるだろう。

 苦しかったけれど、泣くのは独りになってからだ。それまでは泣くものか。

 きっとカイは私のところへ帰ってこないけれど、それでも私はカイが生きていてくれなければ困るから。

 私はこの世界で生きるために、聖夜となる事を決めた。

 以上ママ視点の、オクトが産まれる前の話でした。

 カイが一応、オクトのパパになりますが、カイはオクトという存在が居る事を知りませんし、オクトも父親の事は全く知らないという状態です。

 ではここまでお付き合いありがとうございました。

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