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はじまりな物語(2)(オクトのママ視点)

『なんや、元気あらへんなー』

 ため息をつきながらフラフラと庭を散歩していると、どこからともなく日本語で声をかけられた。……異世界で日本語。

 中国のような文化圏で、初めて聞いた時は、かなりの違和感だったが、何度も聞いていると慣れてくるものだ。それに前世を忘れられない私にとっては、今でもちょっとした慰めになっている。


『相変わらず、すごい破壊力ね』

 私はカビが生えそうなぐらい古い記憶を呼び起こして、日本語で言葉を返した。日本語なんて誰にも伝わらないから、結構久しぶりだ。

『しゃーないやん。俺も好きでハーフエルフに転生したわけやないし』

 声がした方を見れば、青髪、青目のエルフの男がいた。彫りが深く西洋人のような顔で、目はくっきり二重。ストレートの長髪は青という奇抜な色だが、この世のものとは思えない、ものすごい美貌のために逆に似合っている。

 それなのに口から出てくる言葉は関西弁。

『分かってるんだけど、なんだか外国人のヒトにペラペラの関西弁を話されているような気分になるのよねー』

『それは俺だって同じや。パツ金の外人さんが日本語話してるんやで』

 そう言って、私とハーフエルフの青年、カイはぷっと吹き出した。


 カイと出会ったのは数年前に遡る。

 カイは幼い時に人攫いにあい、商人に買い取られたそうで、その日もたまたまこの城へ注文の品を納めに来ていたところだった。カイはハーフエルフである為、とても美しい外見をしている。その為私と出会ったその日、納品先でセクハラにあったらしく『禿げ散らせっ。エロ爺』と日本語で1人愚痴っていた。にこにこと終始笑顔のハーフエルフがそんな内容をしゃべっていたとは、きっと誰も思わなかっただろう。

 しかし私はその言葉が日本語だと気が付き、無我夢中でその手を掴んだ。それ以来、私とカイは誰もいない時はお互い日本語で話しかけあっている。

『今日はセクハラには合わなかったの?』

『そんなことあらへん。でもケツ触られる前に、上手くかわしたったわ』

『BLネタ提供。ごちそうさまです!』

『って、おい。ごちそうさまってなんや。せめてそこは、御苦労さまとか、ご愁傷様とかやろ』

 流石関西人。素早い切り返しである。


『まあね。BLの基本は、美形同士だし、貴方はいいとしても相手がねぇ。たまにそうじゃないのもあるけど、マイナーには違いないか。今度いいヒト紹介するわね』

『おおきに――って、言うと思ったか。いいヒトっていうのは、女なんやろうな』

『女じゃBLにならないじゃない』

『ならんでええわ。まさか異世界で、BLなんていう残念な日本語を覚える事になるとはおもわんかったわ』

 カイははぁとため息をつく。

 まあ私も本気で言っているわけではないし、カイもその点は分かってくれているはずだ。そもそも私自身BLは3次元ではなく、2次元推奨派だから――。いやいや、そうじゃなく、普通に日本語をしゃべれて、私が私で居られる、そんな空気が私は好きなだけで、本当のところ会話なんてどんなものだってよかった。ただし、からかうといい反応をしてくれるから面白かったりはするけれど。


『でも、ちょっと元気が出たみたいやな』

『うん。ありがとう』

 こんな風に、日本語で落ち着くとか、はっきり言って不健全だという事は分かっている。

 前世の私は、少女向けの漫画とか小説で、前世から繋がっていたの――の話にめっちゃ萌えていた時期もあった。でも実際体験してみると、それはとても不健全だという事が分る。

 私はもう加藤裕子ではなくて、加藤裕子だった事を知っている人もいない。私は聖夜で……でもこれでは聖夜の人生を歩めていないのだ。

 これは本当に転生なのか。それとも元々聖夜という存在がいたのに、私がその人生を乗っ取ってしまったのか。考え出すと、不安で押しつぶされそうになる。

 昔、友人の春妃と萌えトークをしていた時、春妃は『私なら前世より今を大切にしたいなぁ』と言っていた。もしも彼女が生まれ変わっていたら、もっと聖夜を大切にしてあげられたのだろうか。

 それでも私は、私でしかないから、ずっと悩み続けるしかないのだろう。


『今日はどないしたん?』

『別にー。ただ、ちょっと疲れただけ』

 そう。私の、加藤裕子の価値観を壊そうとする【淑女学】にうんざりして、さらに未だに前世に未練タラタラな自分自身にうんざりしているだけだ。

『聖夜はきー張りすぎなんや。そうも嫌やったら、逃げればええやん』

『はぁ?逃げる?何処に?』

『まあ、俺も偉そうな事は言えへんけどな。でも世界はこの城の中だけやあらへん。ちゃんとこの世界も、日本と同じで城の外はあるんやで』

 城の外か。

 行った事もない場所だ。私の世界は、今のところこの城の中だけだ。カイの提案はとても魅力的だけれど、同時にそれをした時、私はここで王女として暮らす為に生まれた聖夜を裏切るという事ではないかと思ってしまう。

 前世なんて覚えていなければよかった。そうすれば、私は胸を張って、聖夜として生きられただろう。

『じゃあ、もう少し頑張って、もう駄目だーと思ったらお願いするわ』


 この記憶はきっと私の罪なのだ。

 だから、きっと私は自分を殺しても聖夜の人生を生きなければいけないのだろう。

『了解。無理するなよ。じゃあ、あんまり遅くなると叱られるから、そろそろ行くわ』

『うん。バイバイ』

 私は彼との道が決して繋がる事はないと分かりつつも、こうやって各駅停車するような関係を壊さずにいられる現実を手放せずにいた。







◇◆◇◆◇◆◇






「よっ!聖夜!」

「あ、神無(かんな)

 一日が終わり、部屋で一人まったりと本を読んでいると、窓から私の双子の妹である神無が入ってきた。

 と言っても、神無は書類上、私の妹ではなく赤の他人となっている。神無は精霊であったママに引き取られ、風の神という役職についているからだ。神様には親族はいないという事になっているので、きっとその関係でそういうまどろっこしい事になっているのだろう。

 そんな神無は、小さな時から時折こうやって私のところへ遊びに来てくれた。

「今日は何を読んでいるんだよ」

「前世とは何かを考えた書物よ」

「……うげっ。本当に、よくそういう文字ばかりの本を読めるよな」

 神無は私の隣までやってくると私の本を覗きこみ、顔をしかめた。

「そう?そりゃ挿絵の入った小説も好きだけど、こういうのも読んでみると面白いわよ。この作者は、前世は死ぬ直前に強い感情を抱いた時、その感情が魂を傷つけ、生まれ変わっても傷の分だけ覚えているのだと書いているわ。面白い考え方だと思わない?」

 元々本を読んで新しい知識を身につける事は嫌いじゃない。特にこの世界の事が分からなかった私は、真っ先に言語能力を身につける事に重点を置いて勉強したものだ。今ではそれが癖になり、寝る前に本を読む事は欠かせない日課となってる。


「面白いかも知れないけどさ、俺は本を読むより空を飛んでいる方が好きだな。あ、でも、聖夜は空を飛ぶの苦手だっけ?」

「まあね。でも神無に魔法を教えてもらうのは好きよ?」

 前世で飛行機で落ちた事が原因か、私は高いところがどうしても苦手なのだ。

 そして神無には私と違って前世の記憶がない。一緒に生まれたから、もしかしたら死んだ時に近くに居た春妃かもと期待してしまったけれど、そういうトラウマが全くないところをみると、きっと違うのだろう。

 その事を残念だと思う私と、よかったとほっとする私が居る。例え神無が春妃だったとしても、こんな記憶覚えていない方がいい。前世の記憶がないというのは、きっととても幸せな事で、神様からのプレゼントに違いないから。


「おっし。今日は何が知りたい?何でも教えてやるぞ」

「ありがとう。でも大丈夫なの?本当は私と会ったらダメなんじゃ」

 神様には親族が居ないとされる。

 でも実際に私という双子がいる神無が神を継げたという事は、神様というのは決して親族が居ないわけではないのだ。

 そこから導き出されるのは、神様は親族という特別な存在を作ってはいけないという事ではないだろうか?例えば、神様が誰かを特別扱いしたとすると、色々問題も出てきそうだ。私の前世で何冊も読んだ小説の知識を総動員すると、神様の親族だからという事で私腹を肥やす馬鹿が出るからという推理に行きつく。よくあるのが、神殿の中の権力争いとか、そういった類の話だ。神様の親族というだけで特別扱されるのだが、そのヒトにそれだけの能力がなかった場合、大抵の小説では天罰のようなものに見舞われたりする。下手すると、さらに大きな争いごとを引き起こし大事件となる。

 この城の中から出た事のない私には、そんなドロドロな世界がここにも存在するのか分からないけれど、でもきっとそういう事を未然に防ぐための決まりのような気がしてならない。

「大丈夫。だって聖夜は俺と会ってる事誰にも話していないんだろ?」

「そりゃ……まあ。約束だし」


 神無は私の双子の兄弟であり、友達のようなものだ。

 そんな神無の不利益になりそうな話を私がするはずがない。

「なら大丈夫。後は俺の方でなんとかするからさ」

 なんとかって……大丈夫なのだろうか?

 不安になる。不安になるけれど、私は神無に甘えるしかない。私は神無が居なくなってしまうのは嫌だから。

 前世を捨てられない癖に、今も大切で。……本当に私ってばどうしようもない。

「うん。ありがとう。じゃあさ。今日は混融湖について教えてよ。この間、本に載っていたけど、すごい広い湖なんでしょ?」

 私はずるい自分に目を閉じて、今を楽しむ事にした。いつかきっと、春妃のように、前世よりも今を大切にできる自分になれると信じて。

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