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はじまりな物語(1)(オクトのママ視点)

 この話は、オクトのママ視点の話となり、時間軸はオクトが生れるずっと前、【無敵な歌姫】よりも前の話となります。

 この話は次回に続きます。

 私はいつも同じ夢を見る。

 友達と一緒に旅行へ行く夢だ。自分の娘を連れて、飛行機に乗り込む所から始まる。夫は単身赴任中。たまの息抜きだと思い決行した。

 行き先は同じ日本だから大丈夫。

 私は笑顔で旅を夢見ながら乗り込むのだけど、その夢の先を知っている。乗ってはいけない。だけどこれは過去に起こった出来事なので、その行動を止めることはできない。

 私たちが乗った飛行機は目的地へ着くことはないというのに。


 和やかに進んでいた旅行が一転する。

 墜落する飛行機。前の席に乗っていた外国の方は神に祈りを捧げ、後ろに座っていた女性は、悲鳴を上げる。私は隣に座っていた娘の頭を守るように抑え衝撃に耐えた。

 そこで一度記憶が途切れる。

 次に目を開けた時、私は真っ青な空を見上げていた。ザーザーと波の音が聞こえるので、海の中にでも落ちて打ち上げられたのかもしれない。ただその時とても怖いと思ったのは、海水の冷たさも、怪我をしているはずの体の痛みも何も感じる事が出来なかった事だ。

 もしかしたら、ひどい怪我をしていて体が麻痺してしまっているのかもしれない。痛いのは嫌だけれど、絶対痛みがあっておかしくない状況で痛くないというのは怖くて仕方がなかった。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。楽しい旅行になるはずだったのに、私は何故死のうとしているのだろう。


 嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない――。

 

 何も感じる事の出来ない恐怖から生まれたのは、生への渇望だった。まだやりたい事がいっぱいあるのに、大切なヒトを置いて、どうして私が死ななければいけないのか。

 もう少し冷静な頭で考えれば、ぼろ布のようになり、マヒの残った体で生きていく事は逆に辛い結果を残していくことになっていただろうと思ったに違いない。しかし当事者であった私は、そんな未来を考える事も出来なかった。ただ辛くて、悔しくて、苦しくて。

 孤独に死んでいくのが悲しくて。--孤独?


 呪詛のように生への渇望だけにとりつかれていた私は、この時になってようやく隣に居たはずの大切なものがない事に気がついた。

 その大切な存在を探したいのに、打ち捨てられるように転がる私は、体を動かす事も叶わない。

「歩夢っ――」

 近くに居るのだろうか。それとも居ないのだろうか。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 歩夢が居ないのは、私が死ぬ事よりもずっと許せない出来事で私は泣いた。零れ落ちる涙を拭く事すら叶わない事が余計に泣けた。これでは歩夢を探すことすらできない。


 そんな中誰かが近づいてきた。

『こいつは、駄目だな』

 聞いたこともない言葉で何かをしゃべる。いや、今ならこれが龍玉語だと分かるのだが、当時の私は日本語以外はほとんど分からなかった。ましてや異世界の言葉など分かるはずもない。そのヒトは、私の頭の上を通りすぎ、さらに隣で倒れている誰かを観察しているようだ。

 一瞬だけ見えた紫の瞳は、日本人のものではない。私はその時、そこに居るのが、神か、悪魔か、死神なのだろうと思った。後から思えば、何を馬鹿な事を考えているのかと笑うところだが、あの時はそうとしか思えなかった。

 だから私は祈る。

 どうか神様、歩夢を助けて下さい。いや、神様でなくても、悪魔でも、誰でもいい。私の命は上げるから。

 だからお願い、この子を殺さないで――と。


「うん。分かった。……なんとかするから」

 うす暗くなっていく世界で最後に聞こえた声は、神や悪魔、ましてや死神のものではなく、それは一緒に旅行へ行った親友のものだった。






◇◆◇◆◇◆◇





「――最悪」

 なんて寝ざめの悪い朝だろう。

 私はベッドの上で大きくため息をついた。今見た夢は、前世のものだ。

 前世とか、何中二病みたいな事いってるの?と他人の事だったら笑うのだが、自分の事なので笑えない。よくあるネット小説のように、私の中には生まれた時から前世の記憶があったりする。

 しかもどうやら飛行機事故で死んだというありがち設定な上に、娘を失い、友人に重いものを背負わせてしまったという後悔の残る記憶だ。変えられない事だからこそ、それは私の中に重いものしか残さない。とはいえ、私と同じように負傷し異世界へ来てしまった親友と私の娘がどうなったのかを知り得る前に死んでしまったのだからどうしようもない。

 ネット小説とかでは、前世の記憶を使って俺TUEEEEとか、転生チートやったネ的な、夢いっぱいな話が多かったと思うが、私の場合はたぶん罪を償えという神様からの罰なのだろう。


 異世界で死んだ私は、再び異世界で生まれ落ちた。

 日本には居ない、獣人族と精霊族のハーフとして生まれた私は、金色の髪に琥珀色の瞳孔の長い瞳、毛深い茶色の耳を持つ、ファンタジーにありがちな外見となっている。加藤裕子(かとうゆうこ)という平凡な名前だったはずなのに、今は聖夜(せいや)と呼ばれ、この国の姫として生きていた。

 姫に生まれるとか、確かに転生補正がされているような気がするが、言語は一生懸命覚えなければならなかったし、やっぱりそんな都合のいいものではないようだ。しかもこの国は獣人族である事が普通なようで、精霊族とのハーフで生まれてしまった私は異端扱いである。

 ただ精霊族というものは、獣人族とは違い魔法が使える種族だったようで、私も精霊族ほどではないが、魔法を使えたりする。うーん。この能力を身につける為に私は異端として生まれたのだろうか。だとしたら、神様にもう少し配慮してよと言いたい所だ。


「聖夜様、お目覚めですか?」

「おはよう。光凛(こうりん)

 私は中華系と思しき服を着た侍女に挨拶をする。生まれた時から世話をしてくれている光凛は、私の数少ない味方だ。

 異端として恐れられたり、聖女とあがめられたりする私だが、光凛はまるで家族のように親身になってくれる。もちろん光凛は侍女だからそれが仕事なんだとも思うけれど、例えそうだとしても、私にはかけがえのない存在だ。

「お食事はどうなさいますか?」

「あー、ここで食べるわ」

「分かりました」

 そう言って、光凛は次に蒸したタオルをくれる。それを使って、私は顔を拭いた。流石、姫生活。至れり尽くせりだ。

 ただそれは、前世の記憶がある私にとっては、とても窮屈で仕方がないのだけどそんなことを光凛に言ったところで困らせてしまうだけである。これが彼女の仕事であり、私は自分で何かをやるという事を知らない、お姫様なのだから。


「本日は、食事後に、文学と算学、それに淑女学がございますので」

「うわー。淑女学キター」

 淑女学というのは、いわばマナー教室のようなもの。皇女として恥ずかしくないように勉強するわけだが、はっきり言って苦手だ。

 数回やって分かった事は、とりあえず殿方には、脳みそがカランカランと音を立てそうな笑顔で微笑んでおけばいいんだろうという事ぐらい。殿方の為に――とか、はっきり言って性に合わない。

「大体さ、私をここで飼い殺したいくせに、なんでそんな面倒な勉強させるかなぁ」

「他の姫様もやられておりますよ」

「そういうのは、うちはうち、よそはよそにして欲しいのに」

 獣人と精霊族のハーフである私は、たぶん一生縁談は来ない。

 なぜならば、ハーフは子供が産めないからだ。厳密に言うと、ハーフだから産めないのではなく、産んではいけないとされている。

 

 この国は、元はもっと大きな大国だった。

 しかし100年前にハーフよりももっと他種族の血が混じったヒト、【混ぜモノ】と呼ばれるヒトが暴走し滅ぼしてしまった。その時王都は火の海にのまれ、王家に連なるモノの多くは亡くなり、その後小さな小国がいくつもできた。この風砂国(ふうさこく)はその中の一つである。王都からは離れた場所なのだが、それでもその話は消える事なく語り継がれている。

 その為混ぜモノを産むかもしれない私が子供を産む事は叶わない。

「私を聖女としておけば、この国はそれでいいんだし。むしろもっと魔法の勉強とかさせてくれればいいのに」

 獣人族ばかりで魔法の使えないこの人々の中で、私は聖女と呼ばれていた。恐れられる一方で、神の子だとあがめられ、この国のいい看板となっている。

 私は会った事がないのだが、私の母に当たる精霊は見目が良かったらしく、私もばっちりきれいな外見をしていた。最初は日本人顔から変わってしまたこの外見になれなかったが、何年も付き合っていればだんだん見慣れてくるものだ。今では親が面食いでラッキーと思っているぐらいだ。

 この見目の良さも、聖女とあがめられる一因だろうから。


「それは難しいのではないでしょうか?この国には魔法に通じたヒトがみえませんし、緑の大地にある魔法学校は遠すぎますので」

「でしょうね」

 この世界は、7つの大地に分かれていて、その大地ごとの交流はほぼないに等しい。そんな中で例外ともいえるのが、各国から魔力の強いものを集める魔法学校なのだが、流石にこの国の看板をそんな何も分からない場所に行かせるとはとても思えなかった。

 それでも折角魔法がある世界に生まれたのにと思ってしまうのは我儘なのだろうか。……きっと我儘なのだろう。風砂国は私を聖女と崇めるが、決して魔法を頼る事はない。この国に、魔法の知識はいらないのだ。

「ああでも、せめて散歩ぐらいさせて。朝から晩まで部屋の中なんて、気がおかしくなりそう」

「はい。食後でしたら、少しいいですよ」

「本当?!」

「算学は先生も教える事がないと嘆いておりましたから」

「だって、簡単なんだもの」

 算学はいわゆる算数で、前世の知識のおかげで独特な数字さえ覚えてしまえばあとは簡単だった。元々理系の方が得意だった事もあり全く苦労もない。

 最近は先生にお手製のイラストロジックや数独ゲームを解いてもらうなどして遊んでいる。

「聖夜様は頭がよろしいですからね。その調子で、淑女学も頑張って下さい」

「うぅ。そう来るか」


 まあ逃げられないものは仕方がないんだけど。

 私が逃げれば、光凛がおとがめを受けてしまうのだ。それは不本意だし、これだけ優雅な生活をしているのだから、それ相当の代償は受ける覚悟はしている。

 この国はたぶん日本ほど裕福ではない。それなのにこんな生活ができるのは、私が王族であるから。だとしたらその勤めは果たさなければいけないだろう。

「失礼します、聖夜様」

 他の侍女が朝ごはんを持ってきたのを見て、私は憂鬱な淑女学を一時だけでも忘れる事にした。 

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