大切な幼馴染(1) 【1/8】(クロ視点)
クロ視点で、時間軸は学生編と賢者編の間の話となります。
この話は前編で、後編に続きます。
「母さん、オクトしらない?」
一通り仕事が終わった俺は、同じくどこかで公演の片づけをしているだろうオクトを探していた。
いつもなら物置で道具を磨いているのに、今日に限ってオクトの姿が見えない。先に終わってご飯を食べに行っているのかと思ったがそこにもいなかった。
子供の俺にとっては、とても広いテントだ。でもオクトを探しても全然見つからないなんてことは今までなかった。かくれんぼをしても、俺は必ずオクトのいる場所が分かるという特技があったからだ。いつでも絶対オクトを見つけられる特技は、ノエルさんや母さんにもすごく驚かれてたので、ちょっとした自慢だったりする。
でも、俺は初めてオクトを見つけることができなかった。
「さっき、おじさんにうれのこったおかしをもらったんだ。だからオクトと、はんぶんこにしようと思ったんだけど」
オクトは俺みたいにお菓子をもらったりすることがない。だからいつもお菓子は半分、オクトに上げていた。オクトは俺の妹だし、1人で食べるよりもオクトと一緒に食べたほうが俺も嬉しかったから。
だからきっとオクトも喜んでくれるはずだとこの時の俺はそう思っていた。
「クロ。よく聞いて。オクトはね――」
その後母さんから聞いたオクトが魔術師に引き取られて行ってしまったという事実に、俺は大泣きした。
いつもならお兄ちゃんだから泣くのは恥ずかしいと思って我慢しているところだ。だけどこの時はそんなことも忘れて、ただ泣いた。悲しいのか悔しいのか俺にもよく分からないけれど、オクトとはもう会えないという事実が受け入れ難くて、声が嗄れるまで泣き続けた。
母さんはいつものように俺が泣くのを咎めることはなかった。だけど決してオクトと、またどこかで会えるなどの、安易な慰めをすることもなかった。
この時、母さんが何を思っていたのかは分からない。でも俺はオクトを取り戻したい一心で、盛大に泣き喚いた。でも泣き疲れて眠り、次の日に目を覚ましてもオクトはいなくて……子供だった俺は、このどうしようもなく残酷な現実を受け入れるしかないのだと理解した。
◇◆◇◆◇◆◇
幼馴染の女の子と運命的に再会したのは、あれから何年も経ってからだった。
幼馴染の女の子――オクトは、別れた時よりは背丈が大きくなっていたが、俺よりもずっと小さく、さらにか弱くなっていた。
か弱いというのは、突然俺の目の前で倒れるという、肝の冷える再会の演出をしてくれたからだ。俺の母さんも突然倒れたかと思うと、あっという間に逝ってしまったので、オクトもまさかこのまま死んでしまうのではないかとすごく心配した。しかもベッドまで運んだオクトは、とても軽く、今にも壊れてしまいそうでさらに驚かされた。今まで俺は、オクトは王宮勤めの魔術師に引き取られて幸せに暮らしているのだと思っていたからなおさらだ。
あわてて船医にみせて、ただの過労だと言われた時には少しほっとしたけれど、オクトの呼吸が止まってしまわないか不安で、あの時俺は目を覚ますまでずっと隣で待ていた。
「オクト、買い物なら俺もついて行くから」
「……別に大丈夫」
「いーから、いーから」
そんな衝撃の再会をした幼馴染は、俺に対してとても遠慮深かった。いや、俺に対してだけでなく、誰に対してもあまり心を開こうとはしない。
「私は一人で大丈夫だから」
そして、オクトはとにかく一人になりたがる。
再会し目を覚ましたオクトは、とても卑屈な事を言うようになっていた。どちらかというとウジウジした奴が嫌いな俺は、いつもの調子なら怒鳴りつけていたと思う。でも俺はオクトをこれ以上追いつめることができなかった。
この時のオクトは、心が壊れていないのが不思議なぐらい精神的にボロボロで、痛々しくて仕方がなかったからだ。だからオクトがこんな状態なのに、一人ぼっちにした魔術師が許せなかった。俺の育て親は厳しくて気難しいヒトだったけれど、絶対俺を一人ぼっちにはせず、ずっと隣にいてくれた。
今のオクトはたぶん自分の心が痛いと悲鳴を上げていることに気が付いていない。もしくは気が付いていてもなお、自分が許せないのか、さらに痛めつけている。
何があったのか俺は知らない。
それでも、俺は例え世界中の誰もがオクトが悪いと言ったとしても、オクトの味方でいようと、再会したあの時決めた。俺はオクトのお兄ちゃんなのに、オクトの手を握り続けてやれなかったのだ。だから今度こそ、その手を離さずに守ってやりたい。
「オクトはか弱いから、運ぶの大変だろ。また道端で倒れて眠りこんだらどうするんだ?」
「うっ」
ただとても頑固なので、たまに意地悪な事を言わなければ、オクトは守らせてもくれなかったりする。何故かオクトは自分が非力だということをとても気にしていた。別にできないところは、できる奴と補いあえばいいと俺は思う。しかし一人で生きようとしているオクトにとって、できないことがあるというのは、とても悪いことだと思っているみたいなのだ。
だからか弱いと言うことは、オクトの弱点をつっつくみたいなものだ。いっぱいやさしくしたい俺としては、本当のところそんな事言いたくはない。それでも言わなければオクトは納得しないので困ったところだ。
「だから俺の心配を減らす為。ひいては俺の為でもあるんだから、諦めろ」
「それクロのためじゃないし……。うー……でも、お願いします」
オクトは眉間にしわを寄せて悩んだが、最終的にそう言って頭を下げた。
「素直でよろしい」
俺はそう言ってオクトの頭を撫ぜる。するとオクトは、嫌がるというより、戸惑った顔をして俺を見上げてきた。その表情は嬉しいや恥ずかしいという反応ではなく、どこか暗いものを感じて俺も戸惑う。
「もしかして、頭を撫ぜられるのはいやか?」
「嫌ではないけど……」
そういうが、オクトの顔は明らかに浮かないものだ。
もしかしたら、頭を撫ぜられるという行為に嫌な思い出があるのかもしれない。俺が孤児だった時の仲間の中には、親に殴られたことがトラウマで、頭の上に手をやられるということがすでに恐怖と感じる奴がいた。
オクトは過去をあまり話さない。
きっとそれはオクトが傷ついている理由につながるから。だからオクトが自分から話すまでは、聞くべき時ではないのだろうと思い、俺は待つことにしている。話すことによって軽くなればいいが、それによって再びオクトが傷つくのは嫌だ。
「それで、何を買いに行くんだ?」
「生クリームを買おうかと思って。えっと、アイスというお菓子を試しに作ろうかと」
「アイス?」
はじめて聞く名前のお菓子だ。
今通っている魔法学校で覚えてくるのか、オクトは不思議な単語をいくつも知っていた。でもそういえば、オクトは昔から不思議なことを知っていた気がする。
「えっと、生クリームを凍らせたお菓子で。暑いから皆に食べてもらおうかと」
「凍らせる?って、どうやって」
「どうって……魔法?」
「へぇ。魔法って料理にも使えたんだ。すごいな」
俺の知り合いにも魔術師がいるが、はたしてあいつは、アイスなんていう食べ物を作ることができるだろうか。攻撃魔法は天下一品なドSだが、料理に魔法を使ったりする姿は見たことがない。
オクトが器用なのか、それとも知り合いがあまり大した魔術師ではないのかは分からないが、オクトがすごいには変わりないだろう。
「うん。魔法ってすごく便利だと思う」
「いや、俺は魔法がすごいんじゃなくて、オクトがすごいなっと」
「へ?……いやいやいや」
オクトはきょとんと眼を丸くしたかと思うと、ボッと顔を一気に赤くした。
「べ、別に大した魔法を使うわけじゃないから」
「俺は魔法を使えないから十分すごいし」
冬ならまだしも、今日みたいな暑い日に何かを凍らせるとか、普通は無理だ。しかしオクトは顔を赤くしたまま、首が千切れてしまうのではないかと思うぐらい勢いよく首を振った。
「って、あぶなっ……そんな、力いっぱい首を振らなくったっていいのに」
首を振りすぎて血の気が引いてしまったのか、オクトがふらついた。俺はあわてて手を伸ばし、オクトを支える。
「いや。だって。勘違いはよくないし」
勘違いじゃないと思うんだけどなぁ。
でもこれ以上言うと、オクトが首の振りすぎで倒れてしまいそうなので、黙っておく。
昔もオクトは自分に厳しかったが、卑屈になった分、さらに輪をかけて厳しくなった気がする。そんなに自分を卑下しなくてもいいのにと思うが、こればかりは時間をかけて分かってもらうしかないのだろう。
俺もたまに自分の国へ帰らなければいけないけれど、もう前のようにオクトとずっと会えなくなることはないのだ。いくらだって時間はある。
「火事だっ!!」
「「へ?」」
そんなほのぼのした空気の中、突然聞こえた不穏な言葉に、俺とオクトは同時に声のした方を見た。




