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不合理な感情 【ブログ転載】(カミュ視点)

 カミュ視点で、時間軸は【31-2話】辺りの話です。オクトが混融湖で襲われた後のカミュサイドの話です。

 

 館長が亡くなったことで、色んな勢力図が動き出した。

 その中でも反王家の筆頭とされる過激派の一団の動きが活発となっている。

 特に兄がオクトさんに魔法を教えてもらったなどという噂を流したので、彼らは間違いなくオクトさんを狙うに違いない。

 しかも高確率で、オクトさんの周りの誰かがその一団と繋がっている。もしかしたら、僕が王子である事もすでに知られているかもしれない。


 オクトさんがこのままでは危険だと判断した僕はオクトさんを一時的に国外へ逃がし、その一団を国内で一掃する事に決めた。

 流石に過激派だって、いくら王家が憎いといっても近隣諸国と戦争になるのは避けたいはず。ならば暴走する可能性が高いといわれる混ぜモノを他国で襲う事はないだろうと判断した。

 兄からは、もしもオクトさんが襲われた時、国内よりも国外の方が損失が少ないと説明し了承を得た。

 ライを含めた数名の護衛での出発。僕はオクトさんが出発した時、何も心配していなかった。


 しかし結果は惨敗。

 僕の予想ははずれ、オクトさんやライは反王家による奇襲を受けてかなり大きな傷を負った。一応小数でも優秀なものを集めて結成した護衛だ。過激派の一部は話を聞くために生け捕りにし、その他は殺しつくすなどの対応は完ぺきである。

 それでも予想を超える大きな襲撃だった為、護衛達の怪我は大きい。そして僕へ宛てられた最初の手紙には、オクトさんが行方不明という知らせが書かれていた。

 その時僕は何をしていたのか、今でも正直思い出せない。ただ手紙を見た瞬間、僕は黙々といつも以上のスピードで目の前の仕事をこなし始めた。とにかく急いで終わらせなければと。


 次に送られてきた手紙には、オクトさんが暴走し混融湖のほとりで倒れた状態で見つかったという知らせが書かれていた。

 この時僕は淡々と、反王家の過激派を牢屋にぶち込んでいた。中には有力な貴族もいたが、適当に脱税したことを理由にした。事前にライに潜入捜査をしてもらっていたから、彼らが脱税という罪を犯していた事に間違いはない。

 この後、この貴族が今回の襲撃の主犯かどうかを調べるのは、また別のヒトの役目だ。


 そして最後にオクトさんが眠り続けているという手紙を貰ったのと同時に、僕はドルン国へ足を踏み入れた。

 国王への謝罪の手紙は兄から送られ、後日兄が会合しに行くはずだ。なので僕は領主へ挨拶をし、今回の惨事を詫び、淡々と事後処理をした。そしてすべてを終えたところで、ようやくオクトさんが眠る部屋へ行くことができた。


 領主に借りた城は片付けや修復がまだされきっておらず、酷い惨状だ。カーテンは破れ、飾ってあった花瓶などは割れ散乱していた。中に入っていただろう花は水を失い枯れた状態で転がっている。あの惨劇から長い時間がたったのだと僕に見せつけるかのように。血が染み込みどす黒くなった絨毯を躊躇いなく僕は踏みつけた。

 ギリッと歯の奥を噛み締めたまま、僕は廊下を進みオクトさんの為に用意された部屋を開ける。その部屋は静まり返っており、ヒトの気配を感じることができなかった。

 それでも備え付けられたベッドの布団は盛り上がっていたので、そこでヒトが眠っているのだという事は分かった。


「オクトさん」

 ずっと眠り続けているだろう少女に僕は声をかけた。

 しかしオクトさんの目蓋が動き、開かれることはない。まるで死人のような様相に怖くなりそっと手を握る。するとその手から熱を感じ、僕は深く息を吐いた。


 良かった。生きている。


 その瞬間、体の力が抜け、僕はそのまま無様に地面に座り込んだ。 

 生きている事が嬉しいのか、眠り続けている状況が悲しいのか分からないが、目頭が熱くなり、僕は片手で目を覆った。

 もしかしたら失ってしまっていたかも知れない。

 そう思うと、今更になって恐怖で手が震えてくる。

 実はこれは夢で、目が覚めたらまだ僕はアールベロ国にいたらどうしよう。本当は、オクトさんはすでに死んでいて、僕は執務室でそれを知らずに淡々と仕事をこなしているのだ。そんな妄想にかられ、僕はオクトさんが消えてしまわないようにぎゅっと両手で手を握った。


「オクトさん」

 もう一度呼びかけるが、オクトさんから聞こえてくるのはかすかな寝息だけだ。王子様がきたらお姫様が目を開ける、そんなおとぎ話のような奇跡など起こらない。

 それでもこの音がなければオクトさんの命が途切れてしまうのだと思うと、とても愛おしく感じた。


 その後どれぐらいの時間、ずっとそうしていたのかは分からない。

 途中で部下が僕の様子を見にきたが、全ての仕事は終わっているからと伝え、僕はオクトさんのそばに残ることを選んだ。

 この部屋には誰もやってこない。ライたちは怪我をして病院にいるのだから仕方がないけれど、あまりに静かすぎる。

 最低限オクトさんの世話をしにメイドがやってくるだけだ。そのメイドも、多分身分が低いもので人身御供としてやってきたかのような様子だ。

 実際オクトさんが暴走を起こしかけたからの反応だろう。しかしアスタリスク魔術師が刺されたという極限の状態で、オクトさんは暴走してしまうのを寸前に止められたのだ。そんなオクトさんが今更暴走するとは思えない。

 でもそんな事、魔法を勉強していないメイドに分かるはずもなくて、オクトさんはいつまでも一人ぼっちだ。

 

「ごめん」

 今回は明らかに僕の采配ミスだ。

 反王家が国外で襲うほどまでに追い詰められていると思わなかった。混ぜモノという存在の危うさを、僕が読み違えていたから起こった人災だ。

「どれだけ罵ってもいいから」

 オクトさんには僕を怒るだけの理由と権利がある。

 だから目を覚まして、怒って欲しい。この思いは、罪を償いたいという所からきているのか、それともまた別の部分からやってきているのか分からない。

「お願いだから、目を開けて」

 ただ一心に、僕はそれだけを願った。



 そんな思いのまま待ち続けて、翌日。

 ゴソゴソとする物音で僕は目を覚ました。

 目を開け音のした方を見れば、そこには水を飲もうとしたのか、中途半端な姿で動きを止めたオクトさんがいた。

「オクトさん?」

 オクトさんはよく状況を理解していないようなキョトンとした顔で、青い瞳を僕に向ける。

 その海のような瞳を見た瞬間、せき止められていた感情が一気に僕の中で膨らみ、暴れた。

「……よかった」

 もう、この青い瞳を見る事ができないかもしれないと何度も思った。かすかな息づかいが、気がついたら止まっていたらと思うと、どうしても部屋を離れることができなかった。

「目を覚まさなかったら、どうしようかと思ったよ。……本当によかった」

 

 オクトさんがずっとこのまま眠り続けていたら。そう思うと、心臓を鷲摑みされたような痛みに襲われる。

 罪を償えないからとか、そういう話ではない。

 だって、僕は今までに何度か僕の命令で部下を失った事があった。だからこんな事はオクトさんが初めてではない。

 それでも、……絶対失いたくないと思ったのはこれが初めてだ。


「……えっと……泣くな」

 オクトさんに言われて、僕は自分が泣いている事に気がついた。

 ああ。これが泣くということか。

 赤子の時を含めなければ、僕は生まれてこの方、自分の意思とは別で泣くという事はなかった。泣いたって仕方がないし、泣くならもっと有効活用できる場で泣くべきだと思っていたから。

 だからこんな風に、自然に零れ落ちるものだと初めて知った。

 そしてこの胸に沸き起こる想いが、きっと愛おしいというものなのだろう。失えなくて、その瞳が僕を映しているだけで感極まるなんて、きっとそんな陳腐な言葉がとてもよく似合う。


 僕はオクトさんを捨てられない。


 国と天秤にかけた時に、王子としては絶対選んではならない選択だ。兄と比べると僕は王には向いていないと思っていたが、これで決定的だ。

 僕はこの先も王になるべきではない。

 僕はきっと最期まで、王であり続けることなど出来ないだろう。そして国の為に全てをささげるべきである王子としても二流だ。

 でも、きっとこの想いは消す事はできない。たぶん僕は次にオクトさんに何かあれば、間違った選択を行ってしまう。

 

 だからこの想いは、決して誰にも悟られてはいけない。

 僕が間違った選択をすると気がつけば、きっと兄はオクトさんを切り捨てるだろう。もしくは、オクトさんを何が何でも王家に縛りつけ、僕と一緒に首輪で繋ぐことを考えるに違いない。

 それにオクトさんが耐えられるとも思えないし、僕としても不本意だ。オクトさんには自由に笑っていて欲しいから。この感情は一時的な恋とは違う。

 

「泣きたくもなるよ。ずっと死んだように眠り続けたらね」

 不安げな顔をするオクトさんに僕はそう伝えると、自傷ぎみに笑った。

 大切なものほど、一番近くには置けない。

 気がついたときから、報われることなど絶対ない感情。この感情はきっと、愛と呼ばれるものなのだろう。

 

 それを僕は是とした上で、オクトさんと共にいる事を選んだ。


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