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エルフ的な料理教室(3)  【12/14】(エンド視点)

「やあ。お前ら。覚悟はいいか?」

 

 オクトにお菓子作りを教えてもらうために子爵邸へリストとやってきたのだが……。

 開かれた子爵邸の玄関には、笑みを浮かべ直々に出向いた屋敷の主人がいた。しかしその赤い瞳は冴え冴えとしており、笑みとはまったく反対の空気をかもし出している。

 どうやらアスタに内緒で、オクトに会いに来た事がばれているようだ。


「うわぁ」

 私の隣でリストが顔色を青ざめ、顔を覆った。まあ、その気持ちは私にも分かる。なんて厄介で面倒な空気を出しているのだろう。

 その後ろから、申し訳なさいっぱいな切羽詰った顔をした少女が、走ってやってきた。

「あの……ごめんなさい」

「何でオクトが謝っているんだい?悪いのは、勝手に家主の許可もなく屋敷へ訪問しているこいつらだろ?」

 アスタはこれでもかというぐらい、オクトへ甘い顔をしたかと思うと、それとは正反対の視線をこちらへ向ける。

 

 ……これは私も久々に本気で対応しなければまずそうだ。

 あまり攻撃魔法は得意ではないがと思いつつも、今日持ち合わせてきている植物の種子を頭の中で確認する。流石に本気の魔族に、丸腰では生き残る事はできないだろう。

 まさかオクトに料理を習いに来ただけで、命がけとなるとは。しかし幻の菓子の作り方を学びに来たのだ。これぐらいの試練覚悟の上だ。


「ちなみに言っておくけど、オクトがお前らのことを俺に報告したわけじゃないから」

「だろうな」

 根が真面目そうなオクトなら、きっとアスタに聞かれても最後まで誤魔化しただろう。もしもそれができなかったとしたら、私達の方へ連絡をくれるか、もしくはアスタを止めようとしてくれたと思う。

「だからもしも生き残ったとしても、オクトを恨むな――」

「駄目っ!!」

 アスタが私達の方へ手を向けた瞬間、オクトがアスタにタックルした。アスタはふらりと少しよろめくと、さっきまでの禍々しい笑みを止め、キョトンとした顔でオクトを見下ろした。


「こ、ここで。子爵邸で、ボス戦とか無理。色々無理っ!」

「ボス戦?」

 何だそれは。

「というか、魔族が魔王位置とか、はまりすぎというかっ!!」

 よく分からない事を口走りながら、オクトはアスタが私達に攻撃魔法を使うことを止めようと、しがみつく。

 もちろん小さなオクトにそんな事をされた所で、アスタが魔法を使うのには何の影響もないだろう。しかしアスタは、珍しく困った顔でオクトを見下ろした。

 

「とにかく、ここで喧嘩は止めて」

「だってオクトの為だし」

「いやいや。私の為に争うとか、何その少女漫画。というか無理。無理だから。お決まりのセリフだけど、そんなフラグ今は立ってないから」

 オクトは無口な方だと思っていたのだが、切羽詰ると饒舌になるようだ。もしかしたら、元々頭の中では色んな言葉が飛び交っていて、焦るとそれが垂れ流しになるのかも知れない。

 オクトの言葉は理解し難い単語がいくつも並んでいる。


「オクト?えっと、つまり、何が言いたいのかな?」

 困惑した表情のアスタを前にして、オクトは深呼吸した。

「うわぁ。ここで答え間違えたら、大惨事……」

 その様子を見てリストが顔を蒼白にしたままポソリと呟いた。多分、私に言っているのではなく独り言だろう。

 だがリストの言う通り、ここで魔族の独占欲を刺激するような答えを出したら、この屋敷が崩落する騒ぎに発展するのは間違いない。

「元々私達がまいた種だ」

 何があったとしても、それをオクトの所為にするのはお門違いだ。

「それは、そうなんですけど……駄目ならとりあえず逃げますよ」

 リストも覚悟は決めているようで、溜息をつくとポケットに手を突っ込んだ。


「あの……。実は、皆でアスタへのプレゼントを作ろうと思って……」

「「「えっ?」」」

 私だけではなく、アスタとリストもオクトの返答は予想もしていなかったもののようだ。

「えーっと、サプライズみたいな……。サプライズというのは、内緒にして驚かせようということで。……でも、勝手なことして、ごめんなさい」

 いつの間にそんな話に?

 私はリストを見たが、リストは首を横に振った。リストも全くの初耳だったようだ。


「そうだったのか!」

 しかし困惑中の私達とは反対に、ぱあぁぁぁっとアスタの顔が明るくなった。

 先程までの不気味な笑みから一転し、凄くいい笑顔だ。いい笑顔すぎて、逆に不気味である。

「なんだ。そう言う事なら、早く言ってくれよ」

 そう言ってバシリと私とリストの肩をアスタは叩く。

「でもオクト。手伝ってもらう相手は選ばないと」

「あー……アスタの友達なら、アスタの好みを私より知っているかと」

 友達?

 私は再びリストを見た。リストは、へらっと誤魔化すように笑っている。アスタと友達……うーん。今確かに私達を殲滅させようとした男が友達。

 友達という意味はとても奥深い。


「オクト、違うって。こいつらは、ただの腐れ縁だから」

「……でも付き合いが長いし。えっと、時間がなくなるから、料理を始めたいんだけど……駄目かな?」

 そういってオクトは、可愛らしく首をかしげる。

 もちろんそんな可愛らしいお願いをアスタが聞かないはずもなく……この時私は、オクトがただの子どもではないと悟った。






◇◆◇◆◇◆






「あの……適当な事を言ってすみません」

 子爵邸の厨房でエプロンに着替えた私のそばまでやってくると、オクトは小さな声で私に話しかけてきた。

「いや。私も助かった」

 

 そういえば、職場でもオクトは、女神だの救世主だのと呼ばれ、最終的に【アスタ使い】という名前で有名となっている。

 以前アスタの暴走を止めたのが理由だが、今回のことを踏まえるとただの偶然ではなく、その2つ名は間違いないようだ。

「オクトさん。アスタリスク魔術師の事、よろしくお願いします。ずっと面倒をみてあげて下さい」

「えっと」

 リストは真面目な顔でオクトにそういったが、対するオクトはとても困惑している。

「そんなの、当たり前だろ。俺はとっくの昔に、オクトのものなんだから」

 

 私と同じようにエプロンを着たアスタが話しに加わってきた。

 一応私達がオクトと一緒にお菓子を作る事は許したが、自分もいっしょでないと嫌だという条件を付けてだ。

「いや、違うから。とりあえず、今回は包丁を使わないから。アスタでも大丈夫かと」

 ……うーん。どうやら、リストの意見は上手くオクトに伝わらなかったらしい。

 街中で問答無用で攻撃魔法をぶっぱなそうとした男が、いまさら包丁程度で何かあるとは私には思えないのだが……。

 とはいえ、オクトが永遠にアスタの面倒を見ることになるというのは、私としても色々困る。なので分からないなら、分からないままの方が都合もいい。

 

「ええっと、じゃあ、始めます。材料はここに並べてあるとおりで、この紙に書いてあります」

 オクトは手書きで書いた紙を私達に配った。

 そこには、材料と作り方が、イラストつきで描かれている。なるほど。これなら後からも見直せるし、とても分かりやすい。

 面白い発想だ。


「レモンの皮の摩り下ろしと、ゼラチンを水でふやかす所までは既にやってあります。なのでまずはこのビスケットを砕きます」

「く、砕いてしまうのか?」

「はい。これに溶かしバターとレモンの皮を入れて、土台にしますので」

 まさかの、破壊からのスタートに、私は驚いた。オクトが手に持っているビスケットだけでもおいしそうだというのに。

 

「破壊からの創造とは……流石、幻」

「いや、既存のレシピなので……。えっと、じゃあ、今度はバターを火にかけて溶かします」

「溶かすだけなら、私がやろう」

 じっと見ているだけでは気が引け、私は手伝いを申し出た。


「駄目ですよ。お菓子の賢者様の邪魔をしてはっ!」

 しかし私がオクトからバターを受け取ろうとすると、リストが邪魔をしてきた。

「えっ?お菓子の賢者?」

「何をいう。見ているだけなど、それこそ迷惑だろう」

「また虹色に鍋を光らせて、料理という名のテロ活動をするつもりでしょうが」

「えっ?虹色?光る?」

「虹色に光るのは普通だろうが」

 まるで人が料理音痴であるかのように。人聞きが悪い。たまたま失敗が重なっているのと、鍋の強度が弱いだけではないか。


「流石、アスタの同僚。ファンタジー……」

「えっ?俺が何?」

「いや。……えっと、今日は私が作るので、見ていてもらってもいいですか?えーっと、よければ、この紙に書いたレシピで分かりにくいところがあれば、その時その時教えて下さい」

「それでは、負担をかけすぎでは?」

 料理は体力も必要だ。それをオクト一人で行うのはとても大変だろう。

 教えを請いにきたものが楽をするなど、あってはならないことだ。


「いや……むしろその方がいいというか。あー、えっと。私は教えるのが苦手なので、作っている最中に分からない所を言ってくれると助かります」

 なんて、控えめな子なのだろう。

 すでに作り方を絵に描くなど、素晴らしい教え方を考案しているというのに、それでも教えるのが苦手とは。

 流石エルフ族の子だ。向上心が高い。


「分かった。では、手伝いが必要な時は何でもいってくれ」

 

 その後結局、オクトがレアチーズケーキという名のお菓子を冷やすまで、私達はただ観察することとなった。





◆◇◆◇◆◇




 ちゅーどんっ!


「なんで、また爆発させているんですかっ?!」

「おかしい。オクトが作ったのと同じようにしているのだが」

 私はオクトの説明通り、バターを溶かそうとしただけなのだが……不思議だ。

 というか、どうしてオクトが使った鍋は七色に光らなかったのだろう。


「同じとか、おこがましいですと何度言ったら……。そもそも、なんで光らせるんですか?!オクトさんの鍋は光ってませんでしたよね」

 給湯室を覗き込んだ、リストが部屋の惨状に目を見開いて叫んだ。

「早くバターを溶かすなら、この魔方陣が一番だと思う」

「早く溶かす必要性はないでしょうが」

 意味が分からないと言って、リストは髪を掻き毟った。

 そんな事をしていると、禿げるぞと思うが、カリカリしているリストにそんな事を言っても無駄だろう。

「何だ、エンド。まだそんな無駄な努力をしているのか」

「無駄とは何だ」

 リストの叫び声を聞きつけたらしいアスタがひょいと覗き込んできた。それにしても失礼な奴め。

 いつもオクトのお菓子が食べられるからといって、いい気になりよって。


「だって、絶対エンドには料理の才能がないだろ」

「オクトは同じエルフ族。ならば、私にだってできるはずだ。他部族は黙っていて貰おう」

 いいところまできている気がする。きっと完成まで、あと少しだ。

「俺はオクトの父親なんだけど?」

「ふっ。血の繋がりもないのに何をいう」

 バチバチっと私とアスタの間で火花が散った。

 いい度胸だ。

 

「ちょ。これ以上、ここを壊さないで下さい。あーもう、誰か、天才、エルフ使いと魔族使いの子を、この部署にスカウトして下さいっ!!」

 そうリストが叫ぶと同時に、給湯室は破壊しつくされ、しばらく私は料理作りの禁止命令を貰う事になるのだった。

 やはり、あの菓子は幻だ。 


 以上、アンケート3位だった、エルフさん視点のお話でした。

 ド天然視点なので、いつも以上にぐだぐだした感じになりましたが、ここまでお付き合いいただけた方、ありがとうございました。

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