嘘つきな海賊少年(1) 【4/15】(ライ視点)
この話は、海賊の根城に潜入し働くライ少年の話です。視点がライになります。
時間軸は、オクトが海賊の根城に捕まる少し前から捕まった所までです。
「おーい、新入り!ちゃんと磨いておけよ!」
「はーい、分かりましたよっ!!」
怒鳴り声に、俺も怒鳴り声を返しながら、船のデッキにブラシをかけた。
船はちゃんと掃除をしなければ、すぐに板が腐る。なのでこれも大切な仕事だ。特に新入りなのだから仕方がない。
「でも納得いかねぇ」
いくら新入りいびりとはいえ、普通一人でこんな馬鹿デカイ海賊船を磨かせるか?
まあ一人での仕事をおしつけてくれるおかげで、色々内部を調べ放題なのはありがたいけれど。
俺が海賊に入団したのは数日前。と言っても本気で海賊になる為ではない。俺の仕える王子の命令でだ。
実は今、うちの王子は吸血夫人の事件を調べている。吸血夫人の事件というのは、若い娘の血を抜いて殺すという悪質な連続殺人の事だ。もちろんただそれだけの事件ならば警備隊に任せておけばいい。しかしどうやら王子の従姉が関係しているらしいのだ。誤報ならそれでいいが、もしも本当ならば、王家は色んな場所から突っつかれる事になる。
王家自体の失態ではないので、その波紋はとても小さい。しかし微妙な勢力関係の中にある今の状態では、その小さな波紋も王家を崩し、国を内乱へと導くきっかけになってしまう。
そうならない為にも、誰よりも早く事態を掴み、場合によっては事件を握りつぶす必要があった。
「あのお嬢様が全ての黒幕ってことはないだろうけどさ」
王子の従兄は俺も何度か会った事があるが、そういう事を思いつきそうにないお嬢様だ。よく言えば純粋培養。悪く言えば、無知な所がある。血を抜いて殺すなんて発想がある様には思えない。ただ純粋に王子である、カミュを慕っていた。
もっとも純粋に慕っていたからこそ、そそのかされたのだろう。そういう発想がある奴ら……魔術師に。
ともかく事件を調べるにあたって、王家とは全く関係ない海賊に女性を売りさばいてもらい、犯人をあぶりだす手はずだ。そそのかされたといっても、お嬢様一人で全部をやっているわけではないだろう。真相を知っているヒトは全て把握しておく必要がある。
そこで売りさばく女性の中にカミュの部下である軍人を紛れ込ませる予定だが、そこを円滑に行う為、俺が海賊に潜入しているというわけだ。
「でもいつまでも、デッキ掃除ばっかしているわけにはいかないよな」
何とか捕虜関係の仕事にまわしてくれないだろうか。そもそも俺、まだここの船長に会ってないし。
後日入団試験をするとか言って、それっきりだ。まさかこのままただ働きさせるわけじゃないよな?
……何か頭の悪そうな奴ばっかだし、ありえそうで怖い。少し脅しておいた方がいいだろうか。あまり目立つのは避けたいんだけど――。
「おい、新入り!!船長が入団試験やるってよ」
「待ってました!!」
俺は朗報に、デッキブラシを高く掲げた。
噂をすれば影とはよく言ったものだ。いや、噂していたわけじゃないけど。
「おいおい。本気で受かる気かよ」
「受かるよ?だって俺優秀だもんね」
俺をいびっている体がでかいだけの男がニヤニヤと下衆な笑いを浮かべた。体ばかり大きいだけで、小心者のくせに。
入団試験がどういうものか知らないが、ペーパー試験って事はないだろ。コイツら頭悪そうだし。力にものを言わせていいなら、少し遊んでやろっと。
◇◆◇◆◇
「ライー。船長呼んでるよー」
「あいよー」
見事入団試験を突破した俺は、新人から名前呼びにランクアップした。
入団試験は分かりやすいもので、とりあえず船員を倒せという俺の得意とするものだった。合格するには、一人倒すか、それなりのガッツを見せれば良かったらしい。らしいというのは、とりあえずよく分からんし、少し脅してやろうという意味も兼ねて、10人抜きをしたからだ。最後の筋肉マッチョはこの船で3番目に強い奴だったと後から教えてもらった。
武術の素人さんにしてはまあそこそこ強かった気がするが、流石に本業の俺が負けるはずがない。
「ライさん。お疲れっす。あの、後でちょっと相談に乗って欲しい事が……」
「へ?俺?」
「はい。その……船長の用事の後でいいっす」
俺、新人なんだけど。
しかし目の前に居るバンダナを頭に巻いた細身の青年は本気のようだ。ここでは『強いが正義』というとんでもない標語がまかり通る場所だが……。いいのか、それで。
「いや、先でいいけど。俺頭悪いから忘れそうだし」
「えっ。船長を差し置いて、そんな」
「あー、大丈夫。大丈夫。ちょっと、便所行ってたって言うから……」
派手な入団試験を繰り広げた俺は、あれ以来よく船長に呼び出される。怪しまれたかとも思ったが、そうではなく俺が何処までできるのか調べて楽しんでいるだけだと最近気がついた。あの船長、別に内部に敵がいても、楽しければそれでいいと思っている節がある。それを副船長がフォローして――。
「……えっと、副船長だよな?」
「あれ?よく分かったっすね。うちの船員、まだ誰も気がついていないっすよ?」
確か副船長は、今は俺が倒してしまった3番手の奴と外回りの仕事、――戦利品の売買をしているはずだ。なのに、何故ここに?
しかも見た目が違う。俺が入団試験を受けた時は、真っ赤なロン毛を後ろで一つにくくっていた。今は緑のバンダナで頭をくくり、髪が一筋も出ていない。
「えっ、髪は?」
「あんなのつけ毛っすよ。赤毛って目立つんすよね。だからアレ付けてると、髪の毛で俺かどうかを判断するようになるっすよねー」
あははと笑っている姿は悪びれたところがない。しかも簡単にネタばらしするところが、どうにも底知れない感じがした。
「それで、用事って何?」
「あれ?どうして俺がここに居るかとか聞かないっすか?」
「いや、別に副船長が何やってても、俺には関係ないし」
というか正直、関わりたくない。船長も厄介な性格をしていると思ったが、副船長はそれに輪をかけていそうだ。
「まあいいっすけど。実はうちの船員が間違えて混ぜモノの子攫ってきちゃったんっすよね」
「はあ?混ぜモノ?」
混ぜモノってアレだよな。
何種類かの種族の血を持った、忌み嫌われた存在。確か昔、精神が不安定になると魔力暴走をするとかなんとか聞いた気がする。
でも有名だけど、誰も見た事がない。まるで精霊のような存在だと思っていた。
「で、その面倒をライさんにお願いしたいんっすよ」
「げっ。なんで、俺?」
「いいじゃないっすか。コレ引き受けると、もれなく女性達の面倒が見れるっすよ?」
俺はゾワリと鳥肌を立てて、反射的に副船長から離れた。
ニコニコと笑う副船長は俺の行動を気にしている様子もない。……俺がどういう行動をとるかあらかじめ分かっているかのようだ。
「それどういう意味だ?」
「えー、男なら誰だって女性の介抱とかしたくないっすか?」
嘘だ。
副船長は、俺が捕虜関係の仕事につきたい事を知っている。まだ誰にも言っていないというのに。
「混ぜモノの面倒を見れるのはライさんしかいないんっすよ。ほらうちの船員って頭に筋肉しか詰まってないっすし。船長は船長で、ものは試しみたいな感じで混ぜモノを暴走させようとか本気でしかねないっす。俺、まだ死にたくないっす」
「でも俺だって、暴走させるかも……」
「大丈夫っすよ。ライさんは混ぜモノの子と年も近いっすし、魔法の事よくご存じっすよね」
色々そっちも調べているというわけか。
俺はまだ一度も魔法をここでは使っていない。入団試験も拳一つでのし上がった。俺の生活を観察しただけという発言ではない。
あー、こういう面倒な奴は俺の担当じゃなくて、カミュ担当なんだけど。
「よろしくっす。あ、それと。船長が呼んでいるの同じ内容っすから。じゃあ、俺は船のデッキ磨いてくるっすね」
「……いってらっしゃいっす」
笑顔で手を振る副船長の口調がうつっている事に気がつかないまま、俺は手を振った。
自分は海賊のふりが上手いと思っていたが、上には上がいると思い知った。
◇◆◇◆◇
「おい、飯持ってきたぞ」
そう言って俺は捕虜の女性たちの前にパンを運んだ。
えっと混ぜモノは……アレか。
女性達が固まっている場所から少し離れた所に、小さな子供がいた。俺と年が近いといったが、もっと全然小さい。見た感じ、3歳かもう少し育ったぐらいじゃないだろうか。
ただ不思議な事に、混ぜモノは泣くことなく、大きな瞳で俺の事を観察していた。ガタガタ震えるだけの女性よりも、よっぽどしっかりしているように見える。もしかしたら本当の年齢は、もっと上なのかもしれない。
女性にパンと水を配り終えたところで、最後に混ぜモノは俺の所までやってきた。自分が周りからどう見られて、どう行動すれば混乱が少ないかよく分かっているらしい。やはりただの幼児という事はないだろう。俺と同い年ぐらいか?
「あんたが最後か。って、ちっさ。何?ママと一緒に攫われたのか?」
その言葉に混ぜモノは首を横に振った。少し待ってみたが、喋る様子はない。もしかして喋れないのだろうか。
「そっか。普通はそんなに小さい奴は攫わないのに。あんた運が悪いなぁ。しかも混ぜモノの男かよ。あいつらどうするつもりだ?」
混ぜモノってだけで忌避されて大変だろうに。心の底から俺は同情した。見た目が幼いから余計同情的になるのかもしれない。
何でタイミング良く攫われてしまうのか。
「混ぜモノならあいつらも下手に殺す事だけはないと思うから、安心しろよ。ほら、パン食べな」
パンを手渡してやると、混ぜモノはその場で食べ始めた。
知能が低いというわけではなさそうなので、さらった犯人の前で食べ始めるとは、中々に度胸がある混ぜモノだ。女性達は俺をちらちらと見ながらも端によって食べている。
何を考えているか知らないが、……俺も見た目が子供だしなぁ。何か面倒な考えを起こさなきゃいいんだけど。
そんな中ふと一人の女性と目があった。何かを訴えてくる目に、俺は彼女が、カミュの部下だと理解した。アンタも災難だなと同情の眼差しを向けておく。
「いい食べっぷりだな。そんなに、腹減ってたのか?」
視界を混ぜモノに戻せば、混ぜモノは一生懸命咀嚼しながらコクリと頭を縦に振った。
もしかして普段からまともに食事をしていなかったのだろうか。混ぜモノだし、ありえるかもしれない。そう考えると、この子供は俺の方で保護してやった方がいいんじゃないか?
混ぜモノは問題も多いが、上手に育てば兵器となる。失敗して大変な事になった国も数多いが、放置してこの国で暴走されても困るし。
「俺はライ。アンタ、名前は?」
「……オクト」
喋れないのかと思ったが、そうではなかったらしい。その後少し雑談したが、混ぜモノはそこそこ知能がある事が分かった。俺から情報を聞き出そうとしているのがその証拠だ。
これはやっぱりカミュに報告してやるべきだろう。
「おい、ライ。飯を配ったら、病人の世話に戻れ」
「はいはい。今行くよ」
また明日も色々話してみるかと思い、俺は立ちあがった。
「病人がいるの?」
「ああ。海の精霊に好かれちまうとなる怖い病気だ。といっても精霊相手に俺らは何もできないしな。看病って言っても飯を持ってくだけだよ。長く航海をしてるとなるけれど、陸に戻れば治るやつもいるし」
「海に精霊?どんな人?」
「さあ。姿が見えないから精霊なんだし」
「病気はどんなの?」
「お前質問はぽんぽん喋るんだな。まあ、いいけどさ。海の精霊に好かれた奴がなるだけで、うつる病気じゃないから安心しろよ。ただ壮絶だぜ。歯茎から血が出て歯は抜けて、全身に青あざができるし。そんでもって酷い場合は死んじまう」
よくこれだけポンポンと質問が出てくるものだ。
それにしても俺が海賊だって事をちゃんと分かっているのだろうか。全く怖がる様子がない。とにかくそろそろ戻らないと。
「じゃあ、俺行くから。大人しく今日は寝ろよ」
「待って」
まだ何かあるのか。
若干質問の嵐にうんざりした俺は聞こえないふりをしようと決めた。どうせ明日も会えるのだ。
「その病気、私なら治せる」
は?
治せる?何が?
想像もしなかった言葉に俺は足を止めた。